異端児と魔女

うたたん

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アルカナの魔女

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「うぅ…… 」

異端の子ブルーは目が覚めた。
あたりは薄暗く、鬱蒼と茂った木や岩壁の輪郭が月明かりに照らされて、ここが森の中にある小さな広場だと辛うじて判別することができた。

「手は動かないし、足だって力が入らない。僕は一体、どうしちゃったんだろう……」

ブルーはこの世界では異端児であり異形の子でもあった。
体に比べて頭は大きく、体には全く毛が全く生えていない。
円らな瞳から放たれる生命の光は今にも消え去りそうで、暗闇の中淡い翡翠色の光をかろうじて、力無く放っていた。

「おや?人の子かえ、珍しい。食うてやっても良いが今は人手が欲しい。死にかけとるな……ふむ、崖から落ちたのか? 」

真っ黒なローブの魔女が一人、ブルーの側にいつの間にか立っていた。

「ほら、助けて欲しくば自分の口で言わぬか、「助けてください」と」

ブルーは目の前が暗くなっていくのを感じていた。


◇◇◇◇◇


「お……おのれっドラゴン風情がアルカナの森の主である私に手を出すとは、どうなるか分かっての暴挙か! 」

所々破れてボロボロになった黒いフードに身を包み、魔女は力なく立っていた。
手に持っている魔導杖は無残にも二つに折れてしまい、いつもの禍々しい魔力はもう微塵も感じられなかった。

「アルカナの森の主だと?知らぬ名前だな。それにしても、さっきからその折れた棒っきれで何をしようとしてるのだ? 」

ドラゴンは腹に響く低い声で脅すように魔女に言い放った。

「ぐっ、今日がジルバの破砕日でなければ、お前など一瞬で消し去ってくれるのに……」

魔女は覚悟を決めた。
ジルバの破砕日、それは魔女の魔力の源であるエーテルの流れが一年に一度止まる日であった。
魔女は静かに目を閉じた。

(あれだけ今日は行くなと私を止めたブルー。言うことを聞くべきだったか。最近妙に大人びて、私を見下ろすまでになってしまった。「僕も魔法使いになる」と才能のカケラもないのに馬鹿な奴…… まぁ良い。最期に楽しみな奴に出会えたわ)

魔女は薄っすら笑みを浮かべていた。

「ほう、命乞いでもしたら使いっ走りにでもしてやろうと思ったが潔よし。よかろう我が紅蓮の業火で跡形もなく消しとばしてくれよう」

ドラゴンはその大きな巨体を揺らし首を大きく振りかぶった。鋭い牙が所々見える口の隙間から焔が溢れ出している。

(私がいなくなったら、あやつ寂しがらんじゃろうか……それとも、うるさい奴が居なくなったとせいせいするか。そうじゃな。あやつは人の子、異形の子。私のことなど何とも思っておらぬじゃろうて)

魔女の頬を伝う一筋の水。力なく無意識のうちに拭った自分の手を見て魔女は驚いた。

「私が涙……?まさか……」

(ブルーよ。早う助けに来い。何をしておる、私の恩を忘れたか。崖から落ちて瀕死のお前を助けたのは、誇り高きアルカナの森の覇者である、このエミルぞ。)

魔女はもう、その双眸から流れ伝う涙を隠すことなく立ち竦み、その顔はまるで力無き少女のようになっていた。
ドラゴンはその様子を一瞥してニヤリと笑うと、容赦無く迸る火炎を魔女に向かって解き放った。
魔女に襲いかかる紅蓮の焔。
その先端が魔女に届く寸前、魔女は力無く呟いた。

「……ブルー」

その刹那、魔女の前に翡翠色の優しい目をした青年が魔女をかばう様に立ちはだかった。
青年が素早く胸の前で術式を指でなぞると、目の前に迫っていた炎はまるで二人を避けるように二又に分かれた。
さらに、真っ黒の瘴気がドラゴンの周りに突如現れ、やがて炎もろともドラゴンを周りから押し縮めるとやがて点にまで縮まり、「パチンッ」と弾けて消し飛んでしまった。

「エミルごめん、結界を作るのに手間取って」

青年ブルーはボロボロになって今にも倒れそうな魔女を、そっと優しく抱き寄せたのであった。

「全く遅すぎる、だからお前は半人前なのじゃ。こんな事ではまだまだ妾の側で修行してもらわねばならん」

ブルーは力なくもたれかかる魔女の栗色の髪を無言で撫でていたのであった。
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