おばあちゃんの願い

源公子

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若牧師様の打ち明け話

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「僕は早くに父をなくして、母と二人で生きてきた。成績は良い方だったけど大学は諦めて、高校出たら働いて母に楽をさせてやるんだと、それが僕の人生なんだと思ってた。

 なのに高校の最終学年の年、母は突然再婚すると言い出した。
相手は勤め先の社長でお腹に相手との子供がいると言うのだ。
「もう決めたの」母は言った。

 住み慣れたボロアパートのある街を出て、義父の住む、郊外の上流階級のプール付きの家に引っ越した。
 義父はいい人だったが、急にできた大きな息子をどう扱っていいのかわからず、腫れ物に触るように扱われて気づまりだった。
 僕は緊張すると吃るたちで、慣れない人とは、うまく喋れないんだ。

 仲睦まじい両親。母の大きくなっていくお腹。
赤ん坊が生まれれば、母と義父と赤ん坊は血のつながった家族、
 僕の居場所がなくなるのは目に見えていた。 

 良かったことといえば、ずっと欲しかった犬を飼えたことだけ。
真っ白の大きな犬で、毎日散歩するのが唯一の楽しみだった。

 僕を一流大学に入れたいと望む母のために、高校も私立に変わった。
上流階級の生徒の通う有名校だった。
 でも、僕が貧乏な育ちなのがばれるといじめが始まり、成績も落ちていった。

 母のおなかの中の子供を恨み、学校と今の生活の全てを恨み、
ついに僕は期末テストのすべてを、白紙で出した。
 それで、僕の推薦入学の希望は消えてしまった。


 驚いた両親に問い詰められたとき、僕は生まれて初めて大好きな母に、大声で怒鳴った。

「あんたが悪いんだ。あんたが再婚さえしなければ、僕はこんな事にならなかった。僕はあのボロアパートで、昔なじみのご近所さんと友達のいる公立学校で、充分幸せだったんだ。

 でかいこの家も、すかした私立高校も、無駄に金ばっかり使う生活も、それに満足しきってるあんたら二人も大嫌いだ。
 その腹の中の赤ん坊さえいなければ、僕はこんな思いしなくて済んだのに。そんなやつ生まれてこなくていい、死んじまえ」

 その時義父が初めて僕を殴った。母は驚いて義父を止めようとして、転んでお腹を打ってしまった。
 苦しむ母を連れて、義父はあわてて車で病院に向かった。

 僕は一人で犬小屋の前で犬にすがって泣き続けた。
悪いのは全部自分だとわかっていた。だから必死で神に祈った。

「悪いのは僕なんです。神様お願い、ママと赤ちゃんを助けて」

 でもその願いは聞き届けられなかった。病院へと急ぐあまり、義父はスピードを上げすぎて、事故を起こし、義父と母とお腹の赤ん坊はそのまま帰らぬ人になった。

 警察からの電話で両親の死を知った僕は、浴室で手首を切って自殺を図った。

 心配して駆けつけた警官に発見されて、未遂に終わったけどね。これがその時の傷だよ」

 そう言って若牧師様は、手袋をあげて、左手首の切り傷を見せてくれたのだ。

 あたしは、息がしづらくなった。
「お母さんと赤ちゃんを助けて」って願ったのに、叶えてもらえなかった。

 それが退けられた“正しくないお願い”なの? 


 若牧師様は、さらに話し続けた。

「僕が目を覚ましたとき、両親の葬儀は全て終わった後だった。
 枕元に母さんの親友で同僚だった、タバサおばさんが泣きながら座ってた。
 そして思いがけない話をしてくれた。
 母さんは、お金目当てで父さんと結婚するため、わざと妊娠したと言うのだ。

『そうでもしなかったら、あの子は私の再婚を許してくれない。お腹の子供を殺してまで再婚をやめろとは言わないはず、そういう子なの。私、あの子をどうしても大学に入れてやりたいのよ』  
 
 なのに僕がどんどん元気がなくなっていくのを見て、母さんはとても後悔したのだそうだ。
『これは罰。お金欲しさに命を軽々しく扱ったから、神様が怒ってらっしゃるんだわ』そう言って泣いてたそうだ。
 その挙句のこの事故、ほんとに天罰だったのかもしれない。

 そして一人残された僕に、義父の莫大な遺産が転がり込んだ。
 タバサおばさんは、そのお金でママの願う大学に行ってくれと言ったが、僕は断った。

 僕は荒れに荒れて、遊びまくった。欲しくも無かった義父の残した遺産なんて、一セント残らず使い切ってやりたかった。
 挙句に大量の酒と、睡眠薬と風邪薬を買って全部飲んだ。そうやったら二度と目が覚めずに死ねるって聞いたから。でも薬を吐いて失敗した。

 そのうちさすがに虚しくなって、昔の仲間に会いに前のアパートを訪ねた。
みんな優しくしてくれた。ここに戻って来たいと思った。
 なのにみんな最後にこういうんだ。
『ねぇちょっとお金貸してよ』
 みんなにはもう、僕が札束にしか見えなかったのさ。

 僕は悲しみのあまり、帰りの地下鉄に飛び込もうとした。
でも駅員や周りの乗客に押さえつけられまた失敗――
 もうわかったよね。僕の“退けられた正しくない願い”とは
『死なせてくれ』だったんだよ。

 それからは、木の枝を見るたび「どこに首吊り用のロープを下げようか」と考えるようになった。でも、ロープが切れて失敗した。
 嵐の海に飛び込んでも、なぜか船が通り掛かってたすかり、とうとう家に灯油をまいて火をつけた。そしてこうなった」

 若牧師様が手袋と鬘をとると、両手と頭全体が火傷の跡で覆われて、髪の毛はほとんど生えていなかった。

 あたしはもう目が点だった。

「でもね、一番辛かったのは、僕を助けようとして、あの犬が死んだ事だった。

 燃え盛る炎の中に飛び込んで、自分も火だるまになりながら、僕をくわえてプールに飛び込んだんだ。
 犬は全身に火傷を負って死んだのに、また僕は助かった。

 とっさに顔だけは手で覆って無事だったけど、ミイラみたいになったからだから包帯が取れたとき、僕の頭と右半身の皮膚はすっかり溶けて引き攣っていた。

 雪の降るクリスマスイブの朝、僕は神を呪った。

「なぜ死なせてくれないんだ。僕から大事なものを全て奪ったくせに、なぜ命だけ取らないんだ。神様、あんたが僕を作ったんだとしても、僕は欠陥品だ、生きるに値しない。だから僕は自分で自分を罰する」

 そう天に向かって叫んで、僕は病院の屋上から飛び降りた。

 落ちていく間、『やっとこれで楽になれる』とほっとしたのを覚えている。
でも落ちていく僕の頭の中で『NO!』と声がした。母さんの声だった。

 そう思った瞬間、
『ボギョエェ』と変な声がして、
僕は何か柔らかいものの上に落ちた。

 大きなプレゼントの袋を持った、太ったサンタクロースだった。
そのサンタの中身が、おじいちゃん牧師様こと、トニー・グレゴリウスだったのさ。
 病院の子供たちに、ふわふわなぬいぐるみのプレゼントを、袋に詰めて持って来た所だったんだ。
牧師様は、ムチウチと鎖骨の骨折で即入院。またもや僕は無傷だった」

 あたしは、頭がぐらぐらしてきた。
「あのー若牧師様、話作ってない?」

「それがねェ、全部本当のことなんだよ。僕は七回、神に死を願って、全て退けられたんだ。
 僕は、治療を終えたグレゴリウス牧師様のところに、謝りに行った。
当然、自殺の理由を聞かれた。仕方なく、今話したことを彼に話した。

 七回も自殺し損じたのを聞いて、彼は
『えらい粉々に砕かれたなぁ。よっぽど神様に見込まれたんだよ、君は』
と言った。

 僕が、訳が分からずポカンとしていると、

『神様はね、自分の“道具”として使いたい人間を見つけると、まず自信やプライド“自我”ってやつを、木っ端微塵になるまで砕くんだ。
 たくさんの試練を送ってね。砕かれた人間にしか、神の声を聞くことはできないからさ。私もそうだったよ』

 そう言って出エジプト記のモーゼの話をしてくれた。



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