5 / 33
第二章 鋼の昔話~十六夜との出会い
しおりを挟む
1. 鋼の昔話
「あーあ、お城に出入り禁止にされた上、煉瓦を焼く薪を弁償かあ」
鋼がため息を天に吐きます。
「ごめんなさい。僕のせいで」
五つ窪みが、大きな体を小さくしてしょげています。
「まあ、生まれた初日じゃ何も知らなくて当たり前だけど、いつもお澄まし顔のオオジロがあんなに怒ったの初めて見たよ」
なぜか、鋼は楽しそうに笑っています。
「ごめんなさい、僕のせいで鋼さんまで悪口言われて」
「いいさ、本当のことだ。カップ殺しの鋼……僕は昔踊り子だった頃、生まれたてのカップを殺してしまったことがあるんだ」
「ええ? 鋼さんが踊り子だったの」
「そっちに驚くの? 産まれたてって本当に可愛いねぇ。そんな子供を、まだ名前もつけてもらう前の子供を、僕は殺してしまったんだ。踊ってるときの事故だったんだけどね」
鋼は話し出しました。
「今はこんなに煤けてるけど、僕は磨くとすごくキラキラ輝くんだ。
僕の名付け親は白様と黒様で、二人はツインダンスがお得意。この国一の踊り手だった。
僕は二人みたいに踊りたくて踊り子になったんだけど、パートナーは見つけられなかった。僕はあまりにも体が硬くて、かすっただけで相手を怪我させてしまうんだ。
だからずっとソロで踊るしかなかった。
僕の踊りは、スピードと回転が特徴で、特に最高速度で回るとさっきの籠目みたいに、汗が金色になって、弾けて、光の塊みたいになって「太陽柱《サンピラー》」って呼ばれてた。
一人ぼっちだったけど、踊れたあの頃は僕は幸せだったんだ。
あの日も広場で一人で練習してた。誰かが入ってくると危ないから、入り口のドアをちゃんと閉じていた。ドアが閉まってる時は、僕が踊ってるとみんな知ってたから安心してた。
その日は、なぜか産まれたての届出が多い日で、みんなずいぶん待たされた。退屈した名付け親達がお喋りしてる隙に、何人も産まれたてがお城で迷子になったんだ。
戸籍の壁から踊りの広場はすごく離れてるけど、多分名無しのあの子は、僕の光の柱の立つのを見て、広場にやって来たんだ。
ドアの意味なんて産まれたてにわかるわけない。もっとよく見ようとして、その子は近づきすぎて僕に弾き飛ばされた。
その子の悲鳴を聞くまで、僕は異変に気がつかなかった。回転が速いと周りはほとんど見えない。だからこそドアを閉めてたんだ。あの時鍵さえかけておけば……。
一度弾んで落ちたその子の体に、ピシッと嫌な音を立てて亀裂が入った。
多分何が起きたのかわからなかったんだと思う。震えながら小さく泣くたびに、涙と命が漏れていくのが見えた。もう助からないのは一目でわかった。
「誰か来てくれ!」
僕は叫んで、その子の割れ目を閉じようとした。
少しでも命が消えるのを遅らせようとしたんだ、その子は何か言おうとしてた。
「黙って、しゃべると命が漏れる」
僕は必死で押さえ続けた。その頃には僕の声を聞きつけてみんな集まってきたけど、傷が深すぎて何も出来なかった。
どんなに押さえつけても命はどんどん漏れて、産まれたての子はどんどん冷たくなっていく。
「お願い、壊れないで……死なないで!」
僕はボロボロ泣いて、涙でその子はずぶ濡れだった。でも涙で命は止められない。
その子は最後に何か言おうとして震えたけれど、僕があまりに強く押さえつけるから何も言えずに、やがてパチンと小さな音を立てて砕けて塵になった。たった一日の命が、群青色の魂になって天に昇って行ったんだよ。
僕はその塵で似姿を作ってお墓に置いて、白様のように何日も蹲っていた。
無駄だとわかってたんだけどね。
今でも、あの子が最後に何を言おうとしてたのか気になって、よく夢に見るんだ。
あれ以来、僕は一度も踊ったことがない」
鋼の昔話は終りました。
「でも、それはあの、鋼さん悪くない。僕だって今日、白様に声かけられた時びっくりして飛んじゃった。だって白様小さくて見えなかったんだもの。もしあの時横に転んだら白様を潰しちゃって、僕も同じだったもの。たまたまだもの」
「今日の煉瓦の壁みたいに? 確かに五つ窪みなら白様十人ぐらい殺せるねぇ」
鋼は楽しそうに笑いました。
「もう昔の話さ。ただそんな訳で、僕は名付け親になる資格はないと思ってたから、今朝君の名付け親になるの嫌がったんだ。泣かせて悪かったね、こんな名付け親嫌だろ?」
「もう昔の話です。僕は鋼さんでよかったです」
長く生きていると、いろんな事があるんだ。でも黙ってるから分からないだけなんだ。五つ窪みは聞いてみたくなりました。この世界のこと全てを!
黒い影がとても長くなり、今日五つ窪みの産まれた西の山が赤くなりました。
世界中が染まっていきます。丸く輝く光が山の向こうに隠れようとしています。
「大変、あの人が消えちゃう! あの光に二度と会えなくなっちゃう。また世界が真っ暗になっちゃうよ」
五つ窪みは慌てます。暗闇が怖かったのです。
「大丈夫、お日様が沈んでも夜を照らす明かりはあるよ。東の方を見てごらん、お月様が昇るところだ。そうか、昨日は十五夜だったから今日は十六夜だ」
五つ窪みが東を見ると、太陽とよく似た丸い光が昇ってきました。太陽に似てて、でも太陽と違ってずっと見ていられるのです。優しい光でした。
「さあ急ごう、十六夜が帰りが遅くて心配してるから」
鋼は走り出しました。慌てて五つ窪みも走り出します。涙をひっくり返したので体は軽くなっていました。何とか日没までに北の山の洞窟に着けました。
「あーあ、お城に出入り禁止にされた上、煉瓦を焼く薪を弁償かあ」
鋼がため息を天に吐きます。
「ごめんなさい。僕のせいで」
五つ窪みが、大きな体を小さくしてしょげています。
「まあ、生まれた初日じゃ何も知らなくて当たり前だけど、いつもお澄まし顔のオオジロがあんなに怒ったの初めて見たよ」
なぜか、鋼は楽しそうに笑っています。
「ごめんなさい、僕のせいで鋼さんまで悪口言われて」
「いいさ、本当のことだ。カップ殺しの鋼……僕は昔踊り子だった頃、生まれたてのカップを殺してしまったことがあるんだ」
「ええ? 鋼さんが踊り子だったの」
「そっちに驚くの? 産まれたてって本当に可愛いねぇ。そんな子供を、まだ名前もつけてもらう前の子供を、僕は殺してしまったんだ。踊ってるときの事故だったんだけどね」
鋼は話し出しました。
「今はこんなに煤けてるけど、僕は磨くとすごくキラキラ輝くんだ。
僕の名付け親は白様と黒様で、二人はツインダンスがお得意。この国一の踊り手だった。
僕は二人みたいに踊りたくて踊り子になったんだけど、パートナーは見つけられなかった。僕はあまりにも体が硬くて、かすっただけで相手を怪我させてしまうんだ。
だからずっとソロで踊るしかなかった。
僕の踊りは、スピードと回転が特徴で、特に最高速度で回るとさっきの籠目みたいに、汗が金色になって、弾けて、光の塊みたいになって「太陽柱《サンピラー》」って呼ばれてた。
一人ぼっちだったけど、踊れたあの頃は僕は幸せだったんだ。
あの日も広場で一人で練習してた。誰かが入ってくると危ないから、入り口のドアをちゃんと閉じていた。ドアが閉まってる時は、僕が踊ってるとみんな知ってたから安心してた。
その日は、なぜか産まれたての届出が多い日で、みんなずいぶん待たされた。退屈した名付け親達がお喋りしてる隙に、何人も産まれたてがお城で迷子になったんだ。
戸籍の壁から踊りの広場はすごく離れてるけど、多分名無しのあの子は、僕の光の柱の立つのを見て、広場にやって来たんだ。
ドアの意味なんて産まれたてにわかるわけない。もっとよく見ようとして、その子は近づきすぎて僕に弾き飛ばされた。
その子の悲鳴を聞くまで、僕は異変に気がつかなかった。回転が速いと周りはほとんど見えない。だからこそドアを閉めてたんだ。あの時鍵さえかけておけば……。
一度弾んで落ちたその子の体に、ピシッと嫌な音を立てて亀裂が入った。
多分何が起きたのかわからなかったんだと思う。震えながら小さく泣くたびに、涙と命が漏れていくのが見えた。もう助からないのは一目でわかった。
「誰か来てくれ!」
僕は叫んで、その子の割れ目を閉じようとした。
少しでも命が消えるのを遅らせようとしたんだ、その子は何か言おうとしてた。
「黙って、しゃべると命が漏れる」
僕は必死で押さえ続けた。その頃には僕の声を聞きつけてみんな集まってきたけど、傷が深すぎて何も出来なかった。
どんなに押さえつけても命はどんどん漏れて、産まれたての子はどんどん冷たくなっていく。
「お願い、壊れないで……死なないで!」
僕はボロボロ泣いて、涙でその子はずぶ濡れだった。でも涙で命は止められない。
その子は最後に何か言おうとして震えたけれど、僕があまりに強く押さえつけるから何も言えずに、やがてパチンと小さな音を立てて砕けて塵になった。たった一日の命が、群青色の魂になって天に昇って行ったんだよ。
僕はその塵で似姿を作ってお墓に置いて、白様のように何日も蹲っていた。
無駄だとわかってたんだけどね。
今でも、あの子が最後に何を言おうとしてたのか気になって、よく夢に見るんだ。
あれ以来、僕は一度も踊ったことがない」
鋼の昔話は終りました。
「でも、それはあの、鋼さん悪くない。僕だって今日、白様に声かけられた時びっくりして飛んじゃった。だって白様小さくて見えなかったんだもの。もしあの時横に転んだら白様を潰しちゃって、僕も同じだったもの。たまたまだもの」
「今日の煉瓦の壁みたいに? 確かに五つ窪みなら白様十人ぐらい殺せるねぇ」
鋼は楽しそうに笑いました。
「もう昔の話さ。ただそんな訳で、僕は名付け親になる資格はないと思ってたから、今朝君の名付け親になるの嫌がったんだ。泣かせて悪かったね、こんな名付け親嫌だろ?」
「もう昔の話です。僕は鋼さんでよかったです」
長く生きていると、いろんな事があるんだ。でも黙ってるから分からないだけなんだ。五つ窪みは聞いてみたくなりました。この世界のこと全てを!
黒い影がとても長くなり、今日五つ窪みの産まれた西の山が赤くなりました。
世界中が染まっていきます。丸く輝く光が山の向こうに隠れようとしています。
「大変、あの人が消えちゃう! あの光に二度と会えなくなっちゃう。また世界が真っ暗になっちゃうよ」
五つ窪みは慌てます。暗闇が怖かったのです。
「大丈夫、お日様が沈んでも夜を照らす明かりはあるよ。東の方を見てごらん、お月様が昇るところだ。そうか、昨日は十五夜だったから今日は十六夜だ」
五つ窪みが東を見ると、太陽とよく似た丸い光が昇ってきました。太陽に似てて、でも太陽と違ってずっと見ていられるのです。優しい光でした。
「さあ急ごう、十六夜が帰りが遅くて心配してるから」
鋼は走り出しました。慌てて五つ窪みも走り出します。涙をひっくり返したので体は軽くなっていました。何とか日没までに北の山の洞窟に着けました。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。
桐山一茶
児童書・童話
雨が降り注ぐ夜の山に、捨てられてしまった双子の姉妹が居ました。
山の中には恐ろしい魔物が出るので、幼い少女の力では山の中で生きていく事なんか出来ません。
そんな中、双子姉妹の目の前に全身黒ずくめの女の人が現れました。
するとその人は優しい声で言いました。
「私は目が見えません。だから手を繋ぎましょう」
その言葉をきっかけに、3人は仲良く暮らし始めたそうなのですが――。
(この作品はほぼ毎日更新です)
両親大好きっ子平民聖女様は、モフモフ聖獣様と一緒に出稼ぎライフに勤しんでいます
井藤 美樹
児童書・童話
私の両親はお人好しなの。それも、超が付くほどのお人好し。
ここだけの話、生まれたての赤ちゃんよりもピュアな存在だと、私は内心思ってるほどなの。少なくとも、六歳の私よりもピュアなのは間違いないわ。
なので、すぐ人にだまされる。
でもね、そんな両親が大好きなの。とってもね。
だから、私が防波堤になるしかないよね、必然的に。生まれてくる妹弟のためにね。お姉ちゃん頑張ります。
でもまさか、こんなことになるなんて思いもしなかったよ。
こんな私が〈聖女〉なんて。絶対間違いだよね。教会の偉い人たちは間違いないって言ってるし、すっごく可愛いモフモフに懐かれるし、どうしよう。
えっ!? 聖女って給料が出るの!? なら、なります!! 頑張ります!!
両親大好きっ子平民聖女様と白いモフモフ聖獣様との出稼ぎライフ、ここに開幕です!!
『空気は読めないボクだけど』空気が読めず失敗続きのボクは、小六の夏休みに漫画の神様から『人の感情が漫画のように見える』能力をさずけられて……
弓屋 晶都
児童書・童話
「空気は読めないけど、ボク、漫画読むのは早い方だよ」
そんな、ちょっとのんびりやで癒し系の小学六年の少年、佐々田京也(ささだきょうや)が、音楽発表会や学習発表会で大忙しの二学期を、漫画の神様にもらった特別な力で乗り切るドタバタ爽快学園物語です。
コメディー色と恋愛色の強めなお話で、初めての彼女に振り回される親友を応援したり、主人公自身が初めての体験や感情をたくさん見つけてゆきます。
---------- あらすじ ----------
空気が読めず失敗ばかりだった主人公の京也は、小六の夏休みに漫画の神様から『人の感情が漫画のように見える』能力をさずけられる。
この能力があれば、『喋らない少女』の清音さんとも、無口な少年の内藤くんとも話しができるかも……?
(2023ポプラキミノベル小説大賞最終候補作)
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
霊能者、はじめます!
島崎 紗都子
児童書・童話
小学六年生の神埜菜月(こうのなつき)は、ひょんなことから同じクラスで学校一のイケメン鴻巣翔流(こうのすかける)が、霊が視えて祓えて成仏させることができる霊能者だと知る。
最初は冷たい性格の翔流を嫌う菜月であったが、少しずつ翔流の優しさを知り次第に親しくなっていく。だが、翔流と親しくなった途端、菜月の周りで不可思議なことが起こるように。さらに翔流の能力の影響を受け菜月も視える体質に…!
イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~
友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。
全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。
月神山の不気味な洋館
ひろみ透夏
児童書・童話
初めての夜は不気味な洋館で?!
満月の夜、級友サトミの家の裏庭上空でおこる怪現象を見せられたケンヂは、正体を確かめようと登った木の上で奇妙な物体と遭遇。足を踏み外し落下してしまう……。
話は昼間にさかのぼる。
両親が泊まりがけの旅行へ出かけた日、ケンヂは友人から『旅行中の両親が深夜に帰ってきて、あの世に連れて行く』という怪談を聞かされる。
その日の放課後、ふだん男子と会話などしない、おとなしい性格の級友サトミから、とつぜん話があると呼び出されたケンヂ。その話とは『今夜、私のうちに泊りにきて』という、とんでもない要求だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる