上 下
51 / 58

忘却の朝、再び

しおりを挟む
 翌朝……マリオンは昨夜の事を、なんにも覚えていなかった。
 本人が嫌がって、寝る前にいつもやってた『記憶の許可』を拒否したからだ。

 あの後、マリオンは「一人で寝ると、ダリアが来そうで怖いよう!」と訴え、俺と同じ部屋で寝ることを希望した。俺はマリオンをベッドに寝かせ、床に寝具を敷くと横になった。
 ランプの火を消すと、毛布を被ったマリオンは震えた声で「来る……きっと来る! 闇の中、あいつがやって来るんだ!」と呟き続けた。いや……マジで、どんな目に会わされたんだ……?
 マリオンはひたすら怖がっていたが、旅の疲れもあって深夜には、2人とも眠りに落ちたのだった。
 そして目が覚めるとマリオンは、「あれ? オレ、いつの間にうちに帰ったんだ? つーかなんで、お前の部屋で寝てんの? ……え。一体、なにがあったんだよ?」なんてキョトンとした。

 俺は長い長い沈黙の末、昨夜は『銀の三角亭』に二人で行った事、そこで『次元魔女ダリア』を見つけた事、ダリアはマリオンに過酷な試練を課す事を条件に協力を申し出た事、マリオンは見事にそれをクリアーして協力を取り付けた事、その試練が精神的にキツ過ぎたので記憶を希望しなかった事を告げた。

 俺は、マリオンの決意や思いを『無』にするのが嫌だったのだ。
 マリオンは頑張った。かつての仲間のため、自らを顧みず、勇気を持って苦難に立ち向かった……その事実だけは、マリオン自身に知っておいて欲しかった!
 まあ一応、『試練』の詳しい内容は巧妙に伏せておき、いかにもハードでファンタジーっぽいカッコいい感じに聞こえるよう、工作はさせてもらったが。
 話を聞き終えたマリオンは、俺の目をじっと見つめて、

「そっか……よかった。オレ、少しはお前の役に立てたんだな……全っ然覚えてねーけどさ! えへへっ」

 と、嬉しそうにニッコリと笑った。それは、デュラハンと対峙したあの日からすっかり消えていて、ようやく見れたマリオンの笑顔だった。
 うわ……なんだこれ、中身おっさんのくせにめっちゃかわええ……俺、やっぱマリオンの笑顔が超好きだ。本当にお疲れ様、マリオンっ!

 そして午後も遅い時間に、2人分の荷物を積んだ馬を引きながら、俺とマリオンはダリアに指定された場所に向かう。そこではダリアが、地面に魔方陣を描いて待っていた。
 マリオンは何も覚えてないはずだが、ダリアの顔を見ると「な、なんか身体がムズムズする……オレ、あいつが苦手かも……」なんて呟いた。
 俺は、ダリアに言う。

「なあ。今日はもう、旅に出るには遅すぎる。やっぱり、出発は明日にしないか?」
 
 するとダリアは、杖で地面を叩いて胸を張った。

「何を言ってるのぉ! これから、すぐ倒しに行くわぁ。アタシだって暇じゃないのよぉ? ……悪魔は日が落ちる前ぇ、天使の場合は夜明け前ぇ……それが奴らの異次元に干渉しやすい時間帯なのよぉ。これって、次元魔術の基本なんだからねぇ!」

 ダリアは呪文を唱えながら、その場でタンタンとステップを踏み始める。すると、魔方陣から光がほとばしった。光の中で、ダリアは手招きする。

「ほらぁ、早く乗ってぇ!」

 俺とマリオンは、顔を見合わせた。

「乗ってって……えっ、何に?」

 マリオンの疑問に、ダリアはニヤリと笑って答える。

「光にぃ! これは、『ゲート』よぉ。空間同士をくっつけて、指定の場所までひとっ飛びぃ……飲み友達が、ユーフィンの浴場が大好きなのよねぇ。だから、そこへは直接飛べるようにしてあるのぉ!」

 言いつつ、ダリアは俺とマリオンの腕を引っ張って、光の中へと引き入れた。
 景色が歪む。上下の感覚がなくなる。
 それは空気が水に変わって、それからゼリーに変わったように、ねっとりと身体にまとわり付く感覚だった。
 ……ふと気づくと、俺たちは暗い路地裏にいた。通りからは街の喧騒が聞こえる。歩み出ると、そこはユーフィンの街中であった。
 ダリアが杖で、地面をトンと叩いて言う。

「ほらほらぁ、戦う前に準備とかあるでしょう? 時間あげるから、さっさと動くぅ! 早くしないと、完全に日が落ちちゃうわよぉ?」

 呆然とする俺の視界の端に、ウラギール達が泊まっている宿が見える。馬を使って1週間掛かる道程が、たったの数秒かよ……すげえーっ!?
 次元魔女の二つ名は、伊達じゃない! こいつ、俺が見た中でも極めつけのヘンタイのくせに、本当にすごいぞっ!
 あ! ……そういや、馬と荷物を置いてきちまった。まあ、王都の近くだし、倒威爵の焼印も押してる。誰かが見つけて、兵士に届けてくれるだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

カジュアルセックスチェンジ

フロイライン
恋愛
一流企業に勤める吉岡智は、ふとした事からニューハーフとして生きることとなり、順風満帆だった人生が大幅に狂い出す。

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

★完結!★【転生はもう結構です!】崖から落とされ死んだ俺は生き返って復讐を誓うけど困ってるドラゴン助けたら女になって娘が出来ました。

monaka
ファンタジー
99万9999回転生を繰り返し最後に生き返りを選択した男の 転生&生き返り子育てTSファンタジー! 俺、ミナト・ブルーフェイズはテンプレの如く信じていた仲間に裏切られて殺されてしまった。 でも死の間際に走馬燈代わりに前世でイカレ女に惨殺された記憶を思い出すってどういう事だよ! 前世ではヤバい女に殺されて、転生したら仲間に殺される。俺はそういう運命なのか? そんなの認められるはずないよなぁ!? 絶対に復讐してやる謝ったってもう遅い! 神との交換条件により転生はせず生き返ったミナトは自分を殺した奴等に復讐する為動き出す。しかし生き返った彼に待っていたのは予想外の出会いだった。 それにより不思議な力(と娘)を手に入れた彼の人生は想定外の方向へ大きく動き出す。 復讐を果たす為、そして大切なものを守る為、ミナト最後の人生が今始まる。 この小説は小説家になろう、カクヨムにも連載しております。 文字数の都合上各サイトによりタイトルが微妙に違いますが内容は同じです。

処理中です...