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拒否する理由

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 ウラギールは、しばらく渋る。だが俺が、

「でもこのままだと、またデュラハンの犠牲者が出るぜ? 騎士団は、奴がどうやって隠れてるのか特定できてないんだろ?」

 と痛い所を突くと、結局は案を受け入れる事にした。

「ぐっ……わ、わかりやした。ジュータさんがやると言うなら、その作戦でいきやしょう。兵士達に命令して、すぐに噂を流させやす。広まるまでは、数日かかるでしょうな……」

 それからウラギールは、目の下にクマを作った俺とマリオンの顔を見ながら、笑って言う。

「それにしても、行き先が『湯治とうじの町ユーフィン』とは都合がいい! 見たところ、お二人ともかなりお疲れのようですし……先ほども話しやしたが、ユーフィンには精霊界から湧き出した、魔法の泉がありましてね。それを加熱した大浴場が名物です。浴場の湯には、疲労回復・滋養強壮・体力増強効果があるんですよ。他国からも、お忍びで王侯貴族がやってくるほどの場所ですから、皆で湯を楽しんでください!」

 遠征に慣れてるウラギールやシャルロットはそれほどでもないが、俺とマリオンは野宿続きの強行軍で、ヘトヘトに疲れきっている。今も、バター餅なんざ食っちゃあいるが……これだって、カロリーの高い物を口にして、どうにか回復しようという涙ぐましい努力なのだ。
 正直、今回の己を囮にした逗留とうりゅう作戦だって、「もう馬車に揺られたくない、野宿もしたくない!」という気持ちのが強い。
 シャルロットは風呂と聞いて、色めき立った。
 しかし、マリオンは首を振る。

「あー、オレはいいや。だって大浴場ってことは、それ裸で入るんだろ?」

 ウラギールが肯定する。

「ええ、はい。でも、みんな入浴用のパンツを履いてるんで、完全に裸ではありやせん。あ……もちろん、男女別で浴場は分かれてるんで、男の目が気になるとか……そういう心配もいりやせんぜ?」

 だけどマリオンは、暗い顔のままだ。

「いや、そうじゃなくってさ。実はオレ……自分以外の気配がある場所で、裸になれないんだ」

 マリオンが手に持ったバター餅を一口齧って、憂鬱そうに語る。

「少し前にオレ……凶暴なモンスターだらけの場所に、全裸で捨てられたんだよ。あの時は心細くて、たまらなかった。いつ、どうやって殺されるんだろうって、怯えながら彷徨さまよってた。……裸一貫で外に放り出されるって、ホントに惨めだぜ? 自分が、人間じゃなくなった気分になる。で、ようやく奇跡的に人を見つけて助けを求めたら、そいつが奴隷商人でさ。また、裸のままで追い掛け回されて……そんな事ばかりだったから、もうトラウマになってんだ。オレもう、狭い場所で一人じゃないと、不安で服を脱げないよ。……大体、男のオレが女湯に入るってのも、それはそれで大問題だしな」

 付け足すような最後の一言。
 ウラギールは「ん?」という顔をしたが、ナイスガイなのでスルーした。シャルロットはアホなので、気づかずに紅茶を飲んでいた。
 ウラギールが残念そうに言う。

「うーん、そうですかぁ。本当にすごい魔法のお湯なんですが……そんな事情があるなら、仕方ありやせんねえ」

 マリオンは、疲れ果てた顔でコクンと頷く。
 なんだか可哀想になった俺は、ウラギールに問いかけた。

「その浴場って、個室はないのか?」
「ありやせん。また、泉から汲み出すと効力が失われるので、湯の持ち帰りもできません。一応、断っておきますが……丸ごと貸しきるのも無理ですよ。あそこは庶民が、たまの贅沢を楽しむ場なんでね。貴族がそんな真似したら、悪評がたっちまいまさぁ! だから、他の貴族も庶民にまざってこっそりと……裸になれば、身分の隔たりなしって事ですな」

 これはもう、どうにもなりそうにない。

「じゃあ、仕方ない。マリオンには申し訳ないけど、宿で留守番でもしてもらって……」

 と、マリオンが顔を上げる。

「う、うん……でもっ! オレ……ジュータと一緒だったら、大丈夫な気がするっ!」

 そんなことを言い出した。
 俺は、慌てて手を振る。

「マ、マリオン、それはダメだろ! 俺もなんとかしてやりたいけど、さすがに無茶だよ。だって、俺は女湯に入れないし、マリオンも男湯に入れないじゃん?」

 だが、ウラギールが言葉を挟む。

「いや……便宜上、男湯と呼んでるだけで、正確に言うなら男湯ではないんです。というか誰でもOKの大浴場がありやして、その一角に女湯がある形ですね。その女湯も、30年ほど昔に自然発生的に作られたもので、それ以前は男女が裸で泉に入ってたそうなんです」
「え……そうなの?」

 問い返す俺に、ウラギールは詳しく解説を始めた。

「はい。もともと、この地に住んでいたのは妖精族ですが、彼らには性別そのものがありませんから。それに異種族には、男女の区別が明確でないものもいやす。裸を見られて怒るのは、大抵が人か亜人の女です。だから女湯のルールは、女のためのもの……ですが女が男湯に入りたいといえば、それを止める決まりはないでしょう。実際に女が男湯でくつろぐ姿も、たまにですが目撃されてますよ。まあ、大抵がヨボヨボの婆様や、女湯ができる前から通ってたような長命な種族が、当時の感覚で入ってる形ですがね」

 なんだか、話が怪しくなってきた。
 俺は抗議の声を上げる。

「えーっ!? でも俺、マリオン連れて男湯に行くのヤダよぉ! だって今の話を聞く限りじゃあ、若い女は誰もいないんだろ? そこにマリオンが入ったら、大注目されちゃうじゃんっ! 俺、恥ずかしいよ! 目立つの嫌いだもん!」

 するとマリオンが拗ねた顔で、足元の小石を蹴り飛ばしながら呟いた。

「ジュータ……。オレを全力で守ってくれるって言ったじゃん……お前、オレのこと守ってくれないの……?」

 んなーっ!? そ、それをここで持ち出すかぁ!?
 つーかアレって、こういうのまで含まれるのぉ!?
 な、なんか、マリオンが期待のこもった目で、チラチラこっちを見てくるんだけど……え?
 マリオンこれ風呂云々より、俺に「守る」って言って欲しいだけじゃねえの!?
 アホのシャルロットが、俺を睨む。

「ジュータ殿、約束を守らぬのはいけないことです! ご安心ください、マリオン殿! かくなる上は、この私が付き添って、共に男湯に向かいましょうぞ!」

 まーたアホな事を言い出したぞ、このポンコツ女騎士!
 俺は慌てて口を開いた。

「い、いや……お前は話に入ってくるなよ!? つーかお前、マリオン尋問してる時に、『乙女が柔肌を晒すのは、かなりの覚悟がいるものです!』とか偉そうに言ってたじゃねえかっ!」

 シャルロットが胸を張って、ドヤ顔で反論する。

「マリオン殿をお守りするのは、かなりの覚悟に該当します。まあ、約束の重みも知らぬジュータ殿には、理解できぬ事でしょう」
「くぅーっ! お前、なんも考えてねえくせに、ほんと口だけは達者だよな!? もういい、余計にややこしくなる! おい、ウラギール!」

 ウラギールが頷き、シャルロットに話しかける。

「大丈夫でさあ、隊長。ジュータさんの性格を知ってやすでしょう? どうせ最後は………」

 さて、アホの対処はウラギールに任せたので、これでよし。
 あとはマリオンだが……今、俺の前には二つの選択肢がある。

 ・マリオンを連れて男湯に行く
 ・マリオンを説得して諦めてもらう

 で、俺がどっちを選ぶかは……もう、知ってるだろう?
 だが俺は後々、この選択を深く後悔するのだった。
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