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マリオン、大いに狼狽す

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 次の日の朝である。
 鼻歌交じりで朝食の用意をしているマリオンの背を見つめながら、俺は言った。

「マリオン。俺さぁ、食べたい物があるんだけど……頼めるかな?」
「ふんふーん♪ ん、なに食いたいの? 昼メシにでも作ってやるよ。……よーし、美味しくできたぞう!」

 マリオンは卵焼きを味見すると食器棚へ近寄り、皿を手に取る。
 俺は、二呼吸ほど置いてから言った。

「味噌煮込みうどんが食べたい」

 マリオンが皿を取り落とす。パリーン、皿は粉々に砕け散った。
 しばらくしてから、マリオンが裏返った声で言う。

「み、味噌煮込みぃっ!? ……い、いや。それはちょっと、無理かなー? あぁーっ、味噌はなぁー! こっちの世界に似たような調味料が……ないからなぁーっ! うわ、ごめんなっ、そりゃ無理だわー!」

 俺はまた二呼吸、置いてから言った。

「だったら、エビフライでもいい」

 ビクビクーン! マリオンの身体が痙攣けいれんする。
 しばらくしてから、汗をダラダラ流しながらマリオンは言う。

「え、えびぃ、ふりゃあい……? え、えええええ、エビかぁーっ!? う、うん! ……に、西の流通も再開してるし……も、もう少ししたら……海産物も食えるかもなっ? ……で、でもぉ、今日のところは我慢してくれないかなっ?」

  またも、二呼吸。

「ねえ。マージャン、やりたくない?」

 ボッと音を立てそうな勢いで、マリオンの顔が真っ赤に茹で上がった。
 湯気が出そうに赤面したマリオンは、ギギィッと俺に向き直る。上目遣いで見つめながら、引きつった表情で言う。

「ええっとぉ。……あの、ジュータさん。もしかして……その。……見ました?」

 俺は、すっとぼけた表情で言葉を返す。

「ん? 見たって……なにを? はっきり言ってくんないと、俺わかんないよ。あっ、そうだ、マリオン! 昨日の夜さ……『開かずの間』の灯りが点いてたよ。あれ、なんだろね? 心当たりない?」
「あっ、あうう……あう、あう……あーうーっ!」

 マリオンは、ガクブルと震え出す。見る見るうちに大粒の涙が目に浮かぶ。そしてヨロヨロとヘタリ込むと、ベソベソ泣きながら弁解を始めた。

「あ、あううーっ! だ、だってぇ……この世界、デッサン用の人形が売ってないしぃ……っ。イ、インターネットもないからぁ! ……資料集めもままならなくてぇ……っ。で、でもぉ……頭の中でイメージするだけじゃ、限界があってぇ……!」

 俺は、黙ってそれを見続ける。冷酷とも取れる態度だ。
 マリオンがバッと顔を上げ、切実に訴えるような目でこちらを見て、叫んだ。

「そしたらさぁっ! ……あるじゃん!? すぐ近くに資料がっ! メイド服も鞭も……そんでもってオレ……似てるじゃんっ。ハーフで金髪ロリ娘の名古屋ニャア子に……似てるじゃあん? ……オ、オレ……絵のモデルに……なれちゃう……じゃーん……」

 マリオンの声が、どんどん小さくなって行く。
 俺は、なんにも応えない。
 たっぷり沈黙した後で、やっと静かな声で言う。

「マリオン」

 エグエグ泣いてるマリオンが、鼻水をズズッとすする。絶望的な表情をしている。
 俺はマリオンの隣に片膝をつくと、その肩を優しく抱き寄せて言った。

「わかるよ……マリオン。言われてみれば、似てるもんな? 顔も声も……今のマリオン……名古屋ニャア子にそっくりだ。そしてメイド服があり、鞭がある……そしたらさぁ、きっと『名古屋が征服♀雀くふうど』好きなら……誰だってやっちゃうよ!」

 マリオンは、俺の袖をキュッと握る。

「うっうう……ジュ、ジュータぁ……! わ、わかってくれるのぉ?」

 俺は、大きく頷く。

「ああ、わかる! マリオン……大丈夫だよ。そんなのはね、『みんなやってる事』なんだ!」

 それから遠い目をして、語り始める。

「俺もさ……部屋でカメハメ波を出そうとして、思いっきり壁にぶつけて突き指した事がある。他にも手を合わせて『錬成!』って叫んだり、黒いノート持って『計画通り』って呟いたり。ハンターハンターを読んだ時は、コップに水入れて葉っぱを浮かべて、何十分もジーっと見てたし、感謝の正拳突きとかやりだした事もある。……空手なんて、習った事もないのになぁ。……なぁ、マリオン? 誰でもマンガやアニメ、ゲームの真似をするもんだよ! だから落ち込まなくても、大丈夫だって!」

 俺が親指を立ててニカッと笑うと、マリオンの目が点になった。
 そして、俺を見つめながら言う。

「…………ふえ? はえぇ……? えっ。じゃ……じゃあ? ジュータ、お前……なん、でぇ……?」

 バカにするつもりが、ないのなら。
 からかうつもりじゃ、ないのなら。

 

 しかも、こんな糾弾きゅうだんするような方法で……ジワジワと、プレッシャーをかけたのだ!?
 後から慰めるくらいなら、最初から黙っていれば、いいじゃあないかっ!?
 マリオンの目は、そう物語っていた。
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