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ピリオド
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ロックを解除してすぐに、アニスは自分の認識が間違っていた事に気づいた。
(これは、人形ではない)
膨大で複雑に入り組んだ、リアルタイムに蠢く、データの本流。
こんなパターンを持っている存在、アニスの知る限りでは一種類しかない。
(これは生物である。と、いうか……人間である)
リアクターを通して感じるのは、確かな意思と感情であった。
もっとも、4メートルの人間なんて、あまりに大きい。
(人を改造したものか……あるいは、元から巨大な人なのか?)
どちらにしても、『彼』は間違いなく、『人』と定義される『知的生命体』である。
眠りから覚まされた巨人は、触腕に力いっぱい殴られて、弾き飛ばされる。
ぼーっとしていたアニスは、ダルマ落しの要領で真っ直ぐ地面に落下した。4メートルもの高さであったが、幸いに水が溜まっていたので、怪我はなかった。
ぶちのめされた巨人は、壁に当たってその身を埋める……ガラガラと瓦礫のを跳ね除け、立ち上がった巨人が見せたのは……加えられた攻撃に対する、反撃の意志だった。
オオッ! ウォオォオオオ!!
風が唸るような、不思議な旋律が水路の中を木霊する。
ポッカリと開いた首の穴から、白い霧が立ち昇った……その霧は怒った人の顔を形作り、すぐに霧散した。真っ白な霧が触れた壁に、急速に霜が降りていく……床に溜まった水にも霧が触れ、即座に凍りつく。
アニスは急いでリアクターで自分の周囲に『結界』を作って、霧を避けた。
(……あの霧。どうやら、たんなる気温の低下ではなさそうだ。……エネルギーそのものを、マイナスに変換している? あの兜も、単なる飾りではなかったのだな。あれはおそらく、立ち昇る霧を留めておくための、一種の『結界』だったのだろう)
オオオ、オオーンッ!
巨人は高く声をあげると、緑光ふりまく壁に、真っ直ぐ突進する。
彼は次々と襲い来る、己の何倍もの銀腕を軽々と跳ね除け、狂ったように壁を殴打し、穴を穿ち始めた。
アニスは、乾いたコンクリートにぺたんと腰を下ろすと、眠そうな目で巨人をみつめた。
(すごいパワーだ。あれなら中枢を破壊できるだろう。だけど、この人が落ち着くまで……カロリーが持つかな……?)
その時アニスの頭上の街では、巨大な影が己の持つ肢のうち、4本を持ち上げていた。
4本の肢が寄り集まって、大きな塊へと変化する。それはビルをいくつも束ねたような、とんでもない太さの塊だった。まるで振り上げられた、巨大な拳骨である……それが唸りを上げて、くねりながらミモザホテルへと向かった!
雪乃が素早く、その肢に飛び乗って、叫んだ。
「させるわけないでしょ!」
彼女が手に持つ武器を振り回すと、銀色の破片がバラバラと、緑の光を撒き散らしながら乱れ飛ぶ。
肢の上で暴れながら雪乃は、精神の昂ぶりに引っ張られ、身体に無限の力が漲ってくるのを感じていた。
肌がビリビリと震え、血管がドクドクと音を立てて血を運ぶ。興奮に瞬く世界は幻想的で……雪乃は、胎の内が熱く燃えるような感覚に酔う……。
(……あぁ。あまりの気持ち良さに、意識が遠くなって……それはいけないっ!)
雪乃はハッとして、慌てて踏み止まった。
かつての自分はこの感覚に溺れて、戦場で我を忘れていたのだ。
そうだ。『勇者』も『正義』も、どちらも酷い劇薬なのである。だって人の歴史を見渡せば、正義の名の下に行われた蛮行は、なんと多いことだろう。
勇者アルカは、知らなかった。歴史なんて学んでなかった。
雪乃はもう、知っている。絶対正義などありはしないのに、人はその言葉の下で、どこまでも残酷になれると。あらゆる物を力で押さえつけ、己や他者を堅く縛ってしまう。誰かを非難し、反省を塗りつぶし、思想を一色で染めてしまう。
それは一歩間違えれば、あるいは平和な世界においては、『魔王の支配』となにも変わらないと言うのに。
つまり眩い白は、漆黒の闇の裏返しでしかないのだ。己の抱く正義も、勇者のスキルも……この世界に居る限り、行き場のない『狂った戦士の力』でしかないのだった。
「……そんなの、とっくに気づいてた。だから私、もう絶対に暴走しない……」
雪乃はギリギリで冷やした頭を押さえ、汗まみれの身体で立ち尽くして息を吐き、どうにか落ち着きを取り戻す。
そんな彼女の周囲では、同じように肢に飛びついてた鎧兵達が、雪乃の切り刻んだ箇所をとっかかりに、次々とケイ素生物を毟り、殴打し、傷を広げていた。
その身を削る、斧の如き攻撃に、ケイ素生物達は必死に抗おうとする。傷つけられた箇所からは、どんどん新たなハリガネが湧き出す。
しかし、それを上回る速度で鎧兵達は攻撃を加えて……ついにはボロボロと、半ばから肢は断ち切れる!
ゆらゆらと……半数の肢を失い、不恰好な巨樹が揺れる。
すると次に、空が震えた。雪乃が天を見上げると、船首がこちらに向くのが見えた。
次に何が来るのかを察した彼女は、荒い息を吐きながら、崩れ行く肢から飛び降りる。
指示されなくったって、わかってる。彼女は、あの船の事も、空那のやる事も、すべて知ってるのだ。
船の動き方それ自体が、そして伝わる振動が、彼女へのサインだった。
「そりゃあ、わかるわよ……だって何十回、何百回、何千回……あの人と、戦場を駆けたと思っているの!」
雪乃は空中でビルの壁を蹴り、一回転して鮮やかに着地する。
鎧兵達も次々と飛び降りている。空を見ると、月は既に傾いている。
朝は……近い。
ミモザホテルの屋上で、砂月は相変わらず甘い声で出しながら、背中から空那を抱きしめていた。
空那は、肩越しに見えるリボンと柔らかな髪を手で撫ぜ、回された手にキスしながら、ちらりと砂月を見て問いかける。
「雪乃とアニス先輩……大丈夫?」
自らの眷属を通してみた光景を、砂月は短く伝えた。
「平気。雪ねえは、おにいちゃんが何やるか気づいてるよ。小動物は地下にいる。配下の動物達も逃がすから……うん、やっちゃって!」
聳え立つ巨柱の周りから、バサバサとカラスや猛禽類が飛び立った。
彼女も、嫌というほどに知っているのだ。
次になにが起こるかを……その、恐ろしさを。
空那は、船に命令を下す。同時に、船首から七色の光が発射された!
船から放たれた虹の橋が、巨影に真っ直ぐに向かい、胴体に炸裂する。
そして、次の瞬間。起こった事は……『消滅』であった!
まるで小さな黒い太陽が現れたような漆黒の闇は、限界まで物質を圧縮して、別の次元へと連れ去った。
あらゆる『物理』を超越した一撃に、急激に空気がなくなり、街に暴風が吹き荒れる!
ビルの壁にその背を預け、雪乃は空を見上げていた。
自分を巻き上げようとする風の渦に抗い、地面に魔剣を突き立てる。
窓ガラスがバリバリと音を立てて弾け飛び、空に吸い込まれていく。
しばらくしてから後に見えたのは……半ばからその身を断ち切られ、無残にも風に揺れる巨影であった。
大樹は、その身を大きくもぎ取られ、まるで『巨大な獣』に噛みつかれたような、痛々しい傷痕を残している。ぐらり、巨柱が大きく傾いだ……哀れな姿だ。だが……まだ、倒れない!
「ええーっ! 嘘でしょう……? あれを食らって、まだ倒れないの!?」
独り言が、口をついて出た。さすがに呆れ、頭の中が真っ白になる。
と、次の瞬間。緑色に明滅しながら……巨影がゆっくりと崩れ始めた。
ぐらり、大きく空が揺れる。
炙山父は、ケイ素生物の幹が、肢が、そして中枢が、ボロボロになっていくのを感じた。
まったく……恐るべきものである!
人々の肉体改変を放棄し、全力で密集したケイ素の塊だった。
それを、こうも破壊して見せるとは、本当に信じられない思いだ。この星の、もっとも破壊力のある兵器でさえも、こうまで破壊するのは不可能であろうに……そして、ここに至り、完璧に決まった。
もう、確定してしまった。
この計画は、失敗である。
バラバラと崩れ落ちるケイ素生物の上で、炙山父はそう結論づけた。
急速に宇宙が遠のき、地面が近づく。
懐かしい天が、この手から零れ落ちていく……私の本来いるべき場所が……心地よい無重力の真空の闇が、戻りたいと恋焦がれた場所が……。
ああ、もう少しであそこへ………。
……………やめよう。後悔は、生産性のない行為だ。
(これは、人形ではない)
膨大で複雑に入り組んだ、リアルタイムに蠢く、データの本流。
こんなパターンを持っている存在、アニスの知る限りでは一種類しかない。
(これは生物である。と、いうか……人間である)
リアクターを通して感じるのは、確かな意思と感情であった。
もっとも、4メートルの人間なんて、あまりに大きい。
(人を改造したものか……あるいは、元から巨大な人なのか?)
どちらにしても、『彼』は間違いなく、『人』と定義される『知的生命体』である。
眠りから覚まされた巨人は、触腕に力いっぱい殴られて、弾き飛ばされる。
ぼーっとしていたアニスは、ダルマ落しの要領で真っ直ぐ地面に落下した。4メートルもの高さであったが、幸いに水が溜まっていたので、怪我はなかった。
ぶちのめされた巨人は、壁に当たってその身を埋める……ガラガラと瓦礫のを跳ね除け、立ち上がった巨人が見せたのは……加えられた攻撃に対する、反撃の意志だった。
オオッ! ウォオォオオオ!!
風が唸るような、不思議な旋律が水路の中を木霊する。
ポッカリと開いた首の穴から、白い霧が立ち昇った……その霧は怒った人の顔を形作り、すぐに霧散した。真っ白な霧が触れた壁に、急速に霜が降りていく……床に溜まった水にも霧が触れ、即座に凍りつく。
アニスは急いでリアクターで自分の周囲に『結界』を作って、霧を避けた。
(……あの霧。どうやら、たんなる気温の低下ではなさそうだ。……エネルギーそのものを、マイナスに変換している? あの兜も、単なる飾りではなかったのだな。あれはおそらく、立ち昇る霧を留めておくための、一種の『結界』だったのだろう)
オオオ、オオーンッ!
巨人は高く声をあげると、緑光ふりまく壁に、真っ直ぐ突進する。
彼は次々と襲い来る、己の何倍もの銀腕を軽々と跳ね除け、狂ったように壁を殴打し、穴を穿ち始めた。
アニスは、乾いたコンクリートにぺたんと腰を下ろすと、眠そうな目で巨人をみつめた。
(すごいパワーだ。あれなら中枢を破壊できるだろう。だけど、この人が落ち着くまで……カロリーが持つかな……?)
その時アニスの頭上の街では、巨大な影が己の持つ肢のうち、4本を持ち上げていた。
4本の肢が寄り集まって、大きな塊へと変化する。それはビルをいくつも束ねたような、とんでもない太さの塊だった。まるで振り上げられた、巨大な拳骨である……それが唸りを上げて、くねりながらミモザホテルへと向かった!
雪乃が素早く、その肢に飛び乗って、叫んだ。
「させるわけないでしょ!」
彼女が手に持つ武器を振り回すと、銀色の破片がバラバラと、緑の光を撒き散らしながら乱れ飛ぶ。
肢の上で暴れながら雪乃は、精神の昂ぶりに引っ張られ、身体に無限の力が漲ってくるのを感じていた。
肌がビリビリと震え、血管がドクドクと音を立てて血を運ぶ。興奮に瞬く世界は幻想的で……雪乃は、胎の内が熱く燃えるような感覚に酔う……。
(……あぁ。あまりの気持ち良さに、意識が遠くなって……それはいけないっ!)
雪乃はハッとして、慌てて踏み止まった。
かつての自分はこの感覚に溺れて、戦場で我を忘れていたのだ。
そうだ。『勇者』も『正義』も、どちらも酷い劇薬なのである。だって人の歴史を見渡せば、正義の名の下に行われた蛮行は、なんと多いことだろう。
勇者アルカは、知らなかった。歴史なんて学んでなかった。
雪乃はもう、知っている。絶対正義などありはしないのに、人はその言葉の下で、どこまでも残酷になれると。あらゆる物を力で押さえつけ、己や他者を堅く縛ってしまう。誰かを非難し、反省を塗りつぶし、思想を一色で染めてしまう。
それは一歩間違えれば、あるいは平和な世界においては、『魔王の支配』となにも変わらないと言うのに。
つまり眩い白は、漆黒の闇の裏返しでしかないのだ。己の抱く正義も、勇者のスキルも……この世界に居る限り、行き場のない『狂った戦士の力』でしかないのだった。
「……そんなの、とっくに気づいてた。だから私、もう絶対に暴走しない……」
雪乃はギリギリで冷やした頭を押さえ、汗まみれの身体で立ち尽くして息を吐き、どうにか落ち着きを取り戻す。
そんな彼女の周囲では、同じように肢に飛びついてた鎧兵達が、雪乃の切り刻んだ箇所をとっかかりに、次々とケイ素生物を毟り、殴打し、傷を広げていた。
その身を削る、斧の如き攻撃に、ケイ素生物達は必死に抗おうとする。傷つけられた箇所からは、どんどん新たなハリガネが湧き出す。
しかし、それを上回る速度で鎧兵達は攻撃を加えて……ついにはボロボロと、半ばから肢は断ち切れる!
ゆらゆらと……半数の肢を失い、不恰好な巨樹が揺れる。
すると次に、空が震えた。雪乃が天を見上げると、船首がこちらに向くのが見えた。
次に何が来るのかを察した彼女は、荒い息を吐きながら、崩れ行く肢から飛び降りる。
指示されなくったって、わかってる。彼女は、あの船の事も、空那のやる事も、すべて知ってるのだ。
船の動き方それ自体が、そして伝わる振動が、彼女へのサインだった。
「そりゃあ、わかるわよ……だって何十回、何百回、何千回……あの人と、戦場を駆けたと思っているの!」
雪乃は空中でビルの壁を蹴り、一回転して鮮やかに着地する。
鎧兵達も次々と飛び降りている。空を見ると、月は既に傾いている。
朝は……近い。
ミモザホテルの屋上で、砂月は相変わらず甘い声で出しながら、背中から空那を抱きしめていた。
空那は、肩越しに見えるリボンと柔らかな髪を手で撫ぜ、回された手にキスしながら、ちらりと砂月を見て問いかける。
「雪乃とアニス先輩……大丈夫?」
自らの眷属を通してみた光景を、砂月は短く伝えた。
「平気。雪ねえは、おにいちゃんが何やるか気づいてるよ。小動物は地下にいる。配下の動物達も逃がすから……うん、やっちゃって!」
聳え立つ巨柱の周りから、バサバサとカラスや猛禽類が飛び立った。
彼女も、嫌というほどに知っているのだ。
次になにが起こるかを……その、恐ろしさを。
空那は、船に命令を下す。同時に、船首から七色の光が発射された!
船から放たれた虹の橋が、巨影に真っ直ぐに向かい、胴体に炸裂する。
そして、次の瞬間。起こった事は……『消滅』であった!
まるで小さな黒い太陽が現れたような漆黒の闇は、限界まで物質を圧縮して、別の次元へと連れ去った。
あらゆる『物理』を超越した一撃に、急激に空気がなくなり、街に暴風が吹き荒れる!
ビルの壁にその背を預け、雪乃は空を見上げていた。
自分を巻き上げようとする風の渦に抗い、地面に魔剣を突き立てる。
窓ガラスがバリバリと音を立てて弾け飛び、空に吸い込まれていく。
しばらくしてから後に見えたのは……半ばからその身を断ち切られ、無残にも風に揺れる巨影であった。
大樹は、その身を大きくもぎ取られ、まるで『巨大な獣』に噛みつかれたような、痛々しい傷痕を残している。ぐらり、巨柱が大きく傾いだ……哀れな姿だ。だが……まだ、倒れない!
「ええーっ! 嘘でしょう……? あれを食らって、まだ倒れないの!?」
独り言が、口をついて出た。さすがに呆れ、頭の中が真っ白になる。
と、次の瞬間。緑色に明滅しながら……巨影がゆっくりと崩れ始めた。
ぐらり、大きく空が揺れる。
炙山父は、ケイ素生物の幹が、肢が、そして中枢が、ボロボロになっていくのを感じた。
まったく……恐るべきものである!
人々の肉体改変を放棄し、全力で密集したケイ素の塊だった。
それを、こうも破壊して見せるとは、本当に信じられない思いだ。この星の、もっとも破壊力のある兵器でさえも、こうまで破壊するのは不可能であろうに……そして、ここに至り、完璧に決まった。
もう、確定してしまった。
この計画は、失敗である。
バラバラと崩れ落ちるケイ素生物の上で、炙山父はそう結論づけた。
急速に宇宙が遠のき、地面が近づく。
懐かしい天が、この手から零れ落ちていく……私の本来いるべき場所が……心地よい無重力の真空の闇が、戻りたいと恋焦がれた場所が……。
ああ、もう少しであそこへ………。
……………やめよう。後悔は、生産性のない行為だ。
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