15 / 43
約束はランチの後ね♪
しおりを挟む
次の週の月曜日。
昼休み、雪乃と一緒に屋上に行くと、アニスは相変わらず食パンを齧っていた。ただ、そのパンの上に、コロッケが乗っていない。
不思議に思いながらも、呼びかける。
「アニス先輩!」
アニスがゆったりと立ち上がり、すぐ近くに歩いてきた。
雪乃は恥ずかしそうにアニスを見ると、頭を下げた。
「あ、あのぉ……先日は、大変失礼しました! 私、空ちゃんの幼馴染で、大霧雪乃っていいます! じ、実は私……ずっと、炙山先輩に憧れてたんですっ! 握手してください!」
そう言って、右手を差し出す。
アニスは、首をカクンと傾げてから空那を見た。空那は苦笑しながら言う。
「どうぞ。握手してあげてください」
アニスは、雪乃の右手を、おずおずと両手で握る。すると雪乃は目を丸くして、
「わ!? ね、空ちゃん! 見た!? 私、あの炙山アニスさんと握手しちゃったぁ! わあ!」
と飛び跳ねた。自己紹介の後、雪乃は嬉しそうにアニスに弁当を見せる。
雪乃はアニスがコロッケ好きだと知って、カボチャだのカレーだのトマトだのチーズだのホウレン草だの、変り種のミニコロッケを、いくつも手作りして持ってきてた。アニスはそれを、勧められるままに口に入れては、味は好みかどうかを聞かれ、その度に頷いたり首を振ったりする。
空那も、砂月が作ってくれたエビフライの入ったオムライス弁当を、二人とシェアして食事を楽しんだ。
……やはり、アニスは相変わらずの無表情で、ちょっと眠そうでぼんやりな目をしていたが……空那にはなんだか……楽しげに見えた。
食事後、雪乃は自分の数学の参考書を広げて、わからない箇所を一生懸命に、アニスに質問する。アニスにとってみればそんなもの、レベルが低すぎて興味ないだろうに、嫌な顔ひとつせずに赤ペンで添削していく。
雪乃は感激のあまり、書き込まれた参考書を見つめて目を輝かせた。
「わわ!? あっ、ありがとうございます! わぁ……なんて綺麗な字なんだろう! こんな風に、私には書けないわ。すごいなぁ! 私、炙山先輩みたいに頭のいい人、尊敬してるんです!」
それを聞いたアニスは首を傾げ、雪乃の顔をジッと見た。
この無表情は……もしかしたら、照れてるのかもしれないな、と空那は思った。
雪乃は憧れの先輩に勉強を見てもらい、すっかり有頂天で満足したようである。
満腹になり、空になった弁当箱を雪乃と片づけながら、ふと空那は尋ねた。
「……あれ? アニス先輩。そう言えば……例のノート。あれって、今日はもういいんですか?」
空那の言葉に、雪乃は何の事かと興味を惹かれたようだったが、自分には関係がないと思い直したらしい。弁当箱の片づけを優先しはじめた。
聞かれたアニスは、こくりと頷く。
そして小さな、本当に小さな声で……こう、言った。
「もう、かんせいしたから」
それは隣に座る空那の耳に……届くか届かないかのうちに、風に掻き消える。
雪乃も気づいていない。
と、午後の授業の予鈴が鳴ってしまう。慌てて立ち上がろうとした空那の袖を、アニスは握った。
「え、なんですか?」
戸惑いながら、空那は聞いた。チャイムにまぎれて、アニスの声は聞こえない。
「空ちゃーん! なにやってるのー? もう、授業始まっちゃうわよー?」
雪乃が階段の上で手を振り、空那は焦った。
「え、えっと……授業が始まっちゃいますから! 明日、聞きますよ、先輩!」
だが、アニスは離さない。なにかを、ボソボソと呟いている。
なぜだが、今日のアニスはひどく頑固だった。
チャイムの切れ目に、ようやく空那の耳にも声が届く。
「ゆうこく、うちきて」
……ゆうこく?
それは、『夕刻』の意味だろうか?
それに、『うち』とはアニスの家か!?
空那は驚いたが、すぐに大きく頷いた。
「はい、わかりました! でも俺、アニス先輩の家を知らないんで……五時半に、商店街のアーケード入り口で待ち合わせましょう。案内してください」
それでようやく、アニスは満足したようで手を離す。
そして、大急ぎで階段を降りていく空那の背中を……まるで、とびきり遠くを見るみたいに目を細め……無表情に見送った。
ヒュウヒュウと、音を立てて風が吹く。
ふと、アニスは天を見上げた。ぼんやりとした焦点は、どこに合わせているのだろう。
白い雲か。青い空か。それとも……?
昼休み、雪乃と一緒に屋上に行くと、アニスは相変わらず食パンを齧っていた。ただ、そのパンの上に、コロッケが乗っていない。
不思議に思いながらも、呼びかける。
「アニス先輩!」
アニスがゆったりと立ち上がり、すぐ近くに歩いてきた。
雪乃は恥ずかしそうにアニスを見ると、頭を下げた。
「あ、あのぉ……先日は、大変失礼しました! 私、空ちゃんの幼馴染で、大霧雪乃っていいます! じ、実は私……ずっと、炙山先輩に憧れてたんですっ! 握手してください!」
そう言って、右手を差し出す。
アニスは、首をカクンと傾げてから空那を見た。空那は苦笑しながら言う。
「どうぞ。握手してあげてください」
アニスは、雪乃の右手を、おずおずと両手で握る。すると雪乃は目を丸くして、
「わ!? ね、空ちゃん! 見た!? 私、あの炙山アニスさんと握手しちゃったぁ! わあ!」
と飛び跳ねた。自己紹介の後、雪乃は嬉しそうにアニスに弁当を見せる。
雪乃はアニスがコロッケ好きだと知って、カボチャだのカレーだのトマトだのチーズだのホウレン草だの、変り種のミニコロッケを、いくつも手作りして持ってきてた。アニスはそれを、勧められるままに口に入れては、味は好みかどうかを聞かれ、その度に頷いたり首を振ったりする。
空那も、砂月が作ってくれたエビフライの入ったオムライス弁当を、二人とシェアして食事を楽しんだ。
……やはり、アニスは相変わらずの無表情で、ちょっと眠そうでぼんやりな目をしていたが……空那にはなんだか……楽しげに見えた。
食事後、雪乃は自分の数学の参考書を広げて、わからない箇所を一生懸命に、アニスに質問する。アニスにとってみればそんなもの、レベルが低すぎて興味ないだろうに、嫌な顔ひとつせずに赤ペンで添削していく。
雪乃は感激のあまり、書き込まれた参考書を見つめて目を輝かせた。
「わわ!? あっ、ありがとうございます! わぁ……なんて綺麗な字なんだろう! こんな風に、私には書けないわ。すごいなぁ! 私、炙山先輩みたいに頭のいい人、尊敬してるんです!」
それを聞いたアニスは首を傾げ、雪乃の顔をジッと見た。
この無表情は……もしかしたら、照れてるのかもしれないな、と空那は思った。
雪乃は憧れの先輩に勉強を見てもらい、すっかり有頂天で満足したようである。
満腹になり、空になった弁当箱を雪乃と片づけながら、ふと空那は尋ねた。
「……あれ? アニス先輩。そう言えば……例のノート。あれって、今日はもういいんですか?」
空那の言葉に、雪乃は何の事かと興味を惹かれたようだったが、自分には関係がないと思い直したらしい。弁当箱の片づけを優先しはじめた。
聞かれたアニスは、こくりと頷く。
そして小さな、本当に小さな声で……こう、言った。
「もう、かんせいしたから」
それは隣に座る空那の耳に……届くか届かないかのうちに、風に掻き消える。
雪乃も気づいていない。
と、午後の授業の予鈴が鳴ってしまう。慌てて立ち上がろうとした空那の袖を、アニスは握った。
「え、なんですか?」
戸惑いながら、空那は聞いた。チャイムにまぎれて、アニスの声は聞こえない。
「空ちゃーん! なにやってるのー? もう、授業始まっちゃうわよー?」
雪乃が階段の上で手を振り、空那は焦った。
「え、えっと……授業が始まっちゃいますから! 明日、聞きますよ、先輩!」
だが、アニスは離さない。なにかを、ボソボソと呟いている。
なぜだが、今日のアニスはひどく頑固だった。
チャイムの切れ目に、ようやく空那の耳にも声が届く。
「ゆうこく、うちきて」
……ゆうこく?
それは、『夕刻』の意味だろうか?
それに、『うち』とはアニスの家か!?
空那は驚いたが、すぐに大きく頷いた。
「はい、わかりました! でも俺、アニス先輩の家を知らないんで……五時半に、商店街のアーケード入り口で待ち合わせましょう。案内してください」
それでようやく、アニスは満足したようで手を離す。
そして、大急ぎで階段を降りていく空那の背中を……まるで、とびきり遠くを見るみたいに目を細め……無表情に見送った。
ヒュウヒュウと、音を立てて風が吹く。
ふと、アニスは天を見上げた。ぼんやりとした焦点は、どこに合わせているのだろう。
白い雲か。青い空か。それとも……?
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる