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第1章 異世界に来たのなら、楽しむしかない
3.ドラゴンから始まる
しおりを挟む何故か少女の姿で異世界へ飛ばされ、未だ裸のアラサーの私。ただ今、ようやく生物との出会いを果たした所である。
──そう、生物との、だ。一応。
(よりによって、初対面がドラゴンかい!!)
目の前に存在する大きな頭部に思わず後ずさると、私の頭程もある巨大な瞳がギョロリと動く。
そして、獲物を見つけたかのように瞳孔が細まった。
「・・・・・・う」
──逃げられない。
まるで、御伽噺からそのまま飛び出てきたかのような現実に、私はただ固まるばかりだ。
確かに〝誰か〟に会いたいとは思ったが、ドラゴンとは聞いていない。
案の定、心の準備は出来ずに唖然とするばかりである。
『魔族の女子がこんな所で何をしているのだ。親はどうした?』
「・・・・・・え?」
十分過ぎる静寂の後、脳内に響いたのは若い女性の声。
厳つい声を想像していた私は、優しそうなその声に思わずへたりと座り込んだ。その様子を見て、ドラゴンは心の底から心配そうに声をかける。
『・・・・・・大丈夫か?』
──ドラゴンが、しゃべった・・・・・・。
声音からして柔らかな雰囲気だ。まだ少し身体は震えてはいるが、恐怖心は随分軽減された。
だが、私の脳内にこびり付いた言葉は離れない。
(魔族・・・・・・だって?)
目の前に鎮座するドラゴンは確かに言った、魔族の女子だと。
──そもそも私は人間ではないというのか。
理解が追いつけずに、ぐるぐると目眩にも似た混乱が私を襲う。ドラゴンを前にした時の恐怖よりも、今は自身が別人になったという事実に身体が震えた。
(なら、私は他人の身体になってしまったのか? 死んで魂が身体に入ってしまった的な?)
どうにも信じ難い事実である。夢ではないのかと疑うが、頬に走る鈍い痛みは現実のものだった。困ったことに、どうやら私は本当にファンタジー小説のような異世界転生をしたらしい。
私が悶々と困惑していると、ドラゴンが不思議そうに聞いてきた。
『お主の角のその模様・・・・・・もしや希少か?』
「・・・・・・、角の・・・・・・模様?」
その台詞で初めて自身に角が生えていることを知った。
聞き返すと、赤い模様だ、と頭上から声が返ってくる。聞けば文字列のような模様が、角にびっしりと浮かび上がっているらしい。想像してみたが、それはかなり不気味なものだろう。
『通常の魔族にそのような模様はない。あるのは希少種族だけだが・・・・・・』
しげしげと私の頭を覗き込んだドラゴンの言葉が止まる。おかしい、と低く唸るような声音で呟いた。ただならぬ様子に私もつられてゴクリと唾を飲む。
──ドラゴンが次に言った言葉は私の胸に冷たく響いた。
『全体に模様がある純希少種族は滅んだ筈だ』
「・・・・・・っ」
それを認識した刹那、鋭い痛みと共に目の前が暗くなる。滅んだ・・・・・・つまりは、存在していない筈の種族。なのに、私はその種族としてここに存在している。どうして、どうやって等の疑問符が頭上でぐるぐると巡った。
だが、当然その問いの答えは見つからない。
冷たい土の感触。どうやら私は地面倒れ込んだらしい。
真っ暗の世界で最後に聞こえたのは、ドラゴンの焦った声だった──。
◇◇
『・・・・・・気を失っただけ、か』
目の前で倒れ込んだ魔族の幼き少女を見下ろし、ドラゴンはその巨大な体躯をゆっくりと動かす。頭を近づけ、その寝顔をじっと見つめた。
人どころか魔族ですらあまり近寄らないこの森には、度々こういう落し物がある為、今回に関してもさほど驚きはなかった。ああ、また捨てられたのか、とその程度の認識。いつも通り、この森の番人役としてゴミ処理をするはずだった。
しかし、今回現れたのは角全体に模様がある魔族の少女。それは遥か昔に祖父母から聞いた話の中の存在であり、純血の希少種族はとうに滅んだ存在であるはずだった。噂ではあるが、その血を一部持つ魔族ならばいるらしいが・・・・・・。
『・・・・・・、これは困ったな』
通常の魔族とは違い、下手に殺してしまっては、種族間での争いに発展してしまうかもしれない。一番良いのは同じ血を持つ同族に引き取ってもらうことだが、生憎その中に知り合いはいなかった。
かといって、通常魔族へ引き渡すことは少々まずい。確か魔族間でも、希少魔族の血を持つ者と通常魔族とで勢力争いが続いているはずだ。
少し考えること数分。結局、ドラゴンが出した答えは〝一時的に匿う〟ことだった。
滅多に訪問者がいないこの森ならば、しばらくはバレずに済むだろう。後の処理はおいおい考えれば良い。
ドラゴンはひとつ大きく息を吐くと、意識のない少女の身体を優しく掴み鱗に覆われた翼を広げた。その風圧で木々がざわめく。遠巻きに見守っていた魔物たちも、この場を去ったようだった。
『・・・・・・、そういや拾い物をしたのは初めてだったな』
──ましてや、魔族の子供・・・・・・なんて。
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