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第1章 異世界に来たのなら、楽しむしかない

18.夜から始まる

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 目まぐるしく景色が変わる。前から後ろへと木々が流れ、空気を裂く音が耳元で唸る。
 恐らくは人間離れしたスピード・・・・・・尋常ではない速さで私は走っていた。

 普段ならその身体能力に驚くだろうが、必死になっている今、そんなことは気にしていられない。魔族なのだから当たり前なのだろう、と自身で納得する。

 ふと、必死に駆けていた足を止める。後ろからの気配がないことにようやく気がついたのだ。


「・・・・・・あれ」


 体感時間にして数十分間。だいぶ遠くまで来たなと周りを見渡す。だが、不思議と疲れは感じない。息切れもしていないようだった。
 もはや、さすが魔族だと感心する他ない。ふぅ、と安堵のため息を吐いた私は空を見上げる。

 もしかしたら、エンシャもバーバチカも戻ってきているかもしれなかった。


(だいぶ経ったし、そろそろ戻っても大丈夫かな・・・・・・)


 いつの間にかそこは紺色に染まっている。点々とした白い小さな光が瞬く。
 肌を撫でる風も冷えていて、私はローブをぎゅっと抱きしめた。
 戻ろうと振り向いたその時──不意に。


 チリン、と。


(・・・・・・鈴?)


 はっと足を止める。
 一瞬の事だったが、小さく澄んだ音が聞こえた。それは更に奥で鳴っていたようである。


「この先、か・・・・・・」


 その先は濃霧のように濃い魔素が漂っている。

 少し迷った。ここで長居をしていてはまた襲われそうだし、そろそろ二人が帰ってきてしまうかもしれないからである。

 ──・・・・・・それでも、あの鈴の音に心が惹かれた。

 耳の奥に残る音に導かれるまま、一歩を踏み出す。さらにもう一歩と、気づけばそれは駆け足となっていた。


◇◇


 その頃、番人としての仕事を終えたエンシャは、買い出しから戻ったばかりのバーバチカを連れ、洞窟から遠く離れた場所にいた。
 ・・・・・・少し話がある、とそれだけを告げて。


「──母上様、それで・・・・・・お話とは?」


 木にもたれかかったエンシャに続くようにして、バーバチカも隣の木に背をあずける。そこから見た横顔は、どこか苦しそうでもある。

 実際にエンシャは困っていた。その原因となっているのは、もちろん〝拾い物〟のことである。

 人間と同じように処分は出来ない、かと言って、ここに置いておいてはいずれ魔族に見つかり、大きな波紋となる。なぜなら、彼女は〝あの〟希少魔族なのだから。

 遥かに強大な力を魔族に渡したらどうなることか・・・・・・。複数の他種族からの牽制で、今ようやく保たれている均衡も崩されるかもしれない。あの伝説通りの力ならば、他種族が滅ぶことだって有り得る。

 魔族からはなるべく離した方がいい──そう考えたエンシャの結論は、遠く離れた人間の国へと飛ばすことだった。

 エンシャは我が子であるバーバチカの姿を目に焼き付ける。二度と会えなくなってしまうかもしれない。
 なぜなら、

〝監視役としてバーバチカを付けて、コウを遠くの人間の国へと飛ばす〟

 この事をゆっくりと言い聞かせるようにして、バーバチカに告げた。


「──秘密を知る者は少ない方が良い。バーバチカ、頼めるか?」


 ほんの少し間が空いた。だがすぐに、はっきりとした返事が返ってくる。
 隣に立つバーバチカが僅かに微笑んだ。──そして言う、母親の望む答えを。

 己の望まぬ答えを。


「・・・・・・、はい、母上様。ボクが彼女を連れて人間の国へと行きます」


 それを聞いたエンシャは笑う。木から背を離して、少し開けた場所に立つ。


「そうか、それは良かった。──さて、最後に入り口だけ確認して戻ろうか」


 安堵したエンシャの後ろで、はい、とバーバチカの返事。しかし、その顔は寂しげな色が浮かんでいる。

 バーバチカが一人いなくとも、他に買い出しを行える代わりはいる。それは理解出来る。
 だがそれでも、長年住んでいるこの森から離れたくないという気持ちが強く残った。

 そしてやはり、母親とも──。


「ん? どうしたバーバチカ」


 いや、戻ろうと思えばいつでも戻れる。自身の欲望よりも仕事を優先させよう。
 バーバチカは首を振り甘い考えを消した。不思議そうにこちらを向く母親に、精一杯の笑顔を向けた。


「・・・・・・いえ、母上様。今行きます」


◇◇
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