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第1章 異世界に来たのなら、楽しむしかない

17.スキルから始まる

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 霞んでいく意識とは反対に、前足を掴む力は段々と強まっていく。ごわごわとした硬い毛皮に爪が食い込む。──皮膚が、ぷちり、と裂けた所で、フェンリルはようやく余裕に満ちていた表情を消した。


『お、おいお前・・・・・・』


 ぷちりぷちり。赤い血が垂れるのを見て慌てて逃れようと藻掻くが、何処にそんな力があるのか、前足は固まったかのように動かない。自分のものではないようだった。

 ぷちり。

 更に爪は食い込む。周りからは見えないようで、掴まれたまま固まる彼を不思議そうな表情で見ていた。


『・・・・・・ええい、やめんか!!』


 ついに我慢ならずにフェンリルは吠える。声を荒らげ、前足を大きく上げようとした──が、それはピクリともしない。
 皮膚を裂いても尚、白く細い指は食い込んでいった。隙間から生々しい赤色が漏れる。

 フェンリルが今更ながら手加減なしに押し潰そうとするも──不思議とその華奢な身体は壊れない。
 普段見せないであろう焦りが徐々に見え隠れしていた。

 久しぶりの感覚にフェンリルの声が震える。憎々しげに少女を見下ろした。


『・・・・・・このっ、下等生物が・・・・・・!!』


◇◇


 遠くで怒鳴り声が聞こえた。・・・・・・目の前で銀色が煌めく。
 ・・・・・・そうだ、フェンリルに押さえつけられているのだった。

 これは夢かうつつか。何故か歪んでいるそれを見て、私は内心首を傾げる。──苦しんでいるのだろうか。

 ──さっさととどめを刺してしまえばいいのに。どうして、私を生かしているのだろうか。何かを躊躇っているのか?

 ふと、指先が生温いどろっとした液体に包まれていることに気づいた。そこから腕を伝って温かさは流れてきている。
 意識が朦朧としているせいで理由はわからないが、私の心は何とも言えない幸福感と懐かしさで溢れていた。

 自分の意識とは無関係に指先の力は強まる。筋のようなものをブチリと切れば、その奥さらにその奥へ──触れた。・・・・・・確かに触れた、と感じた。
 液体ではない何か──温かな何かに。


 (・・・・・・私はこの感触を知っている)


 それが何なのか気づく前に、私は無意識にある言葉を唱えていた。


「──《魔素変換:氷》」


 途端、全てが凍った──そんな感覚に陥った。

 周りを囲むフェンリルたちが怪訝そうな顔をする。数百年以上生きるフェンリルでさえも、聞いたことのない詠唱だったからだ。

 だが──


『がっ、ぐぁ・・・・・・ァアアア』


 その効果はすぐに現れた。

 突如フェンリルの皮膚が僅かに膨らんだかと思えば、小さな音を立ててそこに亀裂が走る。じわりと血が滲む。それは無数に増え、赤い斑点が身体を埋め尽くす。

 不意にそこから何かが飛び出した。

 え、と驚いた私の声が漏れる。鋭利な先を持ったそれが無数に飛び出た姿は、さながら栗のイガのようで。

 大きな体躯から飛び出た何か──その正体は氷の棘。

 刺すような冷気を纏い、水晶のように澄んだその中には、白いモヤのような魔素が見える。そこから、ただの氷ではないことを悟った。
 婉曲した表面には歪んだ景色が映っている。

 一瞬で変わり果てた姿となってしまったフェンリル。目の当たりにした他のフェンリルたちは、まるで時が止まったかのように固まってしまう。

 誰一人としてこの状況を飲み込むことが出来なかった。


 ──訳が分からない。これは本当に自分がしたことなのか。


 フェンリルの前足に指をめり込ませたまま、私は自問自答を繰り返す。たが指先を包み込む生温さが、ここは現実だと私に告げる。
 それと同時に、はっと我に返った。ぼんやりとしていた意識が元に戻る。

 よく分からない力で助かったものの、どちらにしろこのままでは危険だ。まだ他のフェンリルたちが残っている。

 呆気にとられている今のうちに、ここから逃げなくては・・・・・・。

 私はすぐにフェンリルの前足から手を離すと、脱兎のごとく飛び出した。僅かな間をすり抜けて洞窟の反対方向へと向かう。とにかくここを離れることしか、今の私は考えていなかった。

 ・・・・・・逃げたその先に何があるかも知らずに。

 何故それを見送ったフェンリルたちが足を止めたのか、何故その方向を見たフェンリルたちの表情が恐怖に染まったのか・・・・・・。

 ──そんなこと一度も振り返らなかった私が知る由もない。

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