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第1章 異世界に来たのなら、楽しむしかない

5.女装男子から始まる

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(息子・・・・・・そうか、あれは♂なのか・・・・・・)


 女と思っていた彼女は実は少年でした、という衝撃的な事実を聞かされた私は、少女──もとい少年が姿を消した後も少し固まっていた。

 女よりも女らしい男とはこれ如何に。

 もしこれが自分の彼女とかだったら相当ショックだろうな、等と考えながら彼の帰還を二人で待つ。
 因みに、女性の方の名前はエンシャというらしい。バーバチカの紹介の後に教えてくれた。


「・・・・・・あの、本当に彼は息子なんですか? それにしては本当に女の子のような・・・・・・」

「ああ気にするな、彼奴の趣味だ」

「趣味・・・・・・」


 女装が趣味のドラゴンとは、これまたぶっ飛んだキャラが来たものだ。あの姿に違和感があまりにもない上、個人の趣味な為こちらからは何も言えないが。
 まあ格好だけなら、まだ──


「しかし、そのせいか口調も女子おなごのようになってしまってな。少し困ってはいる」

「わあ・・・・・・」


 そうか、女装男子か、そうか・・・・・・、となんとも言えない気持ちを抱えた所でエンシャが再び口を開いた。


「それはそうと、お主のことはなんと呼べば良いのだ? 仮の名でも良いぞ」

「呼び名、ですか」


 突然の問いかけに少しの間戸惑った。ほとんどの記憶を喪失しているため、当然自分の名前などは覚えていない。

(歳とか本当にどうでもいいから、名前だけでも覚えていて欲しかった・・・・・・)

 アラサーだとか独身だとかの情報が何の役に立つのだろう。ただただ惨めになるだけである。

 どうしたものか、と視線を落としたまま私が困っていると、エンシャが助け舟を出してくれた。


「思いつかぬのなら、儂が決めても良いか?」

「・・・・・・それはぜひ!」


 この提案はありがたい。自分でも何個か考えたものの、ハナコとかハナコとかハナコしか思いつかなかった。
 ・・・・・・いやほんとに。

 エンシャはじっと私の顔を見つめると、ふむ、と腕組みをした。美人にまじまじと見られ、気恥しさで少しばかり視線を逸らす。


「そうだな・・・・・・お主の瞳は綺麗な紅色をしておるな。クレナイ・・・・・・いや、コウでどうだ? これなら名前としても不自然ではあるまい」


 それを聞き、私はブンブンと勢い良く首を縦に振った。ハナコよりも遥かに良い。
 そんな私の様子を見て、エンシャも満更でもなさそうな笑顔を見せる。自身の子ではないとはいえ、やはり嬉しいのかもしれない。

 私もつられて笑っていると、再び近くに気配を感じた。目の端に重なったフリルが見える。女装男子・・・・・・バーバチカが帰ってきたのだ。


「──母上様、ただいま戻りました」


 どこからどう見ても、完全な美少女。冗談でも男には決して見えないのだから本当にすごい。

 白いパニエに黒いゴシックワンピース、すらっとした脚には上と同じ黒のニーハイを履いている。何度見てもこの場とちぐはぐな格好だ。
 似合うけども・・・・・・似合っているけども!!


「おお、買ってきたか。──コウよ、これを着るといい」


 無表情のバーバチカから直接受け取った服は、大きめのローブと厚手のシンプルなワンピース・・・・・・と、下着。

 うん、下着だ。

 ・・・・・・いや別にもう裸を晒してしまっているのだから、羞恥心などはないけども。
 それも女としてどうかと思いつつも、私は服に袖を通した。採寸はしていない筈なのに、不思議と身体にフィットしている。


「それは魔法服と言ってな、誰の体にも合うように出来ておる。生活魔法付きで洗濯も不要だ」


 横で座るエンシャの説明に私は目を丸くした。

 ・・・・・・ファンタジーだとは思っていたが、ここまでファンタジックだとは。洗濯不要とか、主婦が喜びそうな魔法である。当然、私も嬉しい。
 それに肌触りも良い。相当なお値段なのだろう。

(初めて会った私にここまでするものなのか・・・・・・?)

 理由がまず無い。それに知り合いという訳でも無さそうだ。せっかくの人の親切だし無下には出来ないが、無償だとそれはそれで怪しんでしまう。

 その不安が顔に出ていたのだろう。手を止めた私にエンシャは優しく微笑みかける。


「──心配するな。こんな幼い子をそのまま放っておけはしないさ、しばらくの面倒ぐらいは儂が見よう」

「ありがとう・・・・・・ございます」


 ──本当に私は幸運だ。彼女と出会わなかったらと思うと、寒気で酷く身体が震えた。

 服を着終えると、横で見ていたエンシャからパチパチという拍手の音が聞こえる。整った顔を綻ばせてどこか嬉しそうである。


「おお、似合っているじゃないか。・・・・・・ふむ、娘というのも悪くないな」

「え?」

「い、いや、何でもない! 何でもないぞ!!」


 ふるふると不自然な程にエンシャは首を振ると、そうだ、と無理矢理に話を逸らした。・・・・・・耳の端が僅かに赤く見えるのは気のせいだろうか。


「──儂はこれから用事があるのでな、少しの間席を外す。その間はバーバチカと話でもするといい」


 頼むぞ、とエンシャがバーバチカに顔を向けると、はい、と華やかな笑顔が花のように咲く。やはり、どう見たって紛うことなき美少女である。

(さて、これはどうしようか・・・・・・)

 エンシャも森の奥へ消え、洞窟の中で二人きりという誰得な状況に。・・・・・・私は望んでいないぞ、こんな状況。
 黙っていても気まずいままなので、仕方なくバーバチカに声をかけた。


「えっと・・・・・・コウです、よろしく」


 だが天使の表情から一変、眉をひそめたバーバチカから返ってきたのは不機嫌そうな低い声音だった。


「──ボクはよろしくしたくないんだけど」


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