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二章 云わば、始動
52. ……何かあったか
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◇◇
「アゼリカ様、一つお耳に入れたいお話が」
フェデルタにそう切り出されたのは、いつも通り店の営業報告を終えた後だった。客の希望を整理し、紙に予定を纏めていた私は、その手を止めて彼女を見る。
「……何かあったか」
「はい。──魔族の者が私たちを探しているようです」
その言葉を聞いた途端、冷水を浴びせられたような気がする。ドクン、と心臓が跳ねた。
「そうか……」
この世界に着いた直後に出会った魔族の軍勢。懐かしい記憶のように思い出されるが、僅か数週間前の事だ。
確かにいつ動いてもおかしくはなかった。あれだけの人数を消されたのだ、警戒はもちろん、その上でその原因を探ってくるだろうと私も考えてはいた。
ただ、計算外だった事がある。
(まさか人間族にまで手を伸ばしているとはな。てっきり、より強い他種族から探すものだと思っていたが……)
後日フェデルタに確認したことだが、あの付近に人間の住む場所はなかった。だからこそ、こちらには疑いの目が向くことはないと思っていた。
(これは単なる偶然か、それとも人間族だけでなく他種族からも探しているのか)
しかし、その考えもフェデルタの次の言葉によって砕かれる。
「──見られていた可能性が高いです。彼らには2人組の女性、そして両者の髪色の情報まで知られています。……珍しい色ではないとはいえ、もしかしたら見つかる可能性も」
「……既にそこまで」
「はい」
まずいな、とすぐに思った。フェデルタとの繋がりが見つかってしまえば、あの時の2人組だと即座に知られてしまうだろう。
(転移のお陰で、フェデルタとこうして会っている事は誰にも知られていないはず。……フェデルタと接触するのは、この部屋か店の2階だし、外で会わない限りは大丈夫か)
「フェデルタはそいつと接触したのか?」
「……、はい」
僅かな間の後、返事が返ってきた。
「同族だから、接触しやすいかと思い……」
「っ自分から接触しに行ったのか!?」
「も、申し訳ございません!! 確実により多くの情報を得る為にはその方法しか……」
「いや……別に。すまない、咎めるつもりは無いんだ」
むしろ、接触した事により彼らの〝目〟を逸らすことができるかもしれない。ただ、これからは相当慎重に行動しなければ。
(……もしバレた時は、フェデルタが無事に逃げ切ることを願おう)
気づいていないフリをして近づき、罠に嵌める……という手もある。やはり、直接の接触は高いリスクが付きまとってしまう。
……しかし、他に行ける者がいるかと聞かれれば、他にはいない。フェデルタの他に彼らの同族は居らず、スキルによって手に入れようとも、敵対する魔族を欲する人間が何処に居ようか。
「……フェデルタ、くれぐれも行動は慎重にな。ここへ来る時も、戻る時も……魔族らと接触する時も」
「はっ。その点は重々承知です」
私は鷹揚に頷く。記入し終えた羊皮紙を側に置き、店に向かうべく私は立ち上がる。差し出されたフェデルタの手の上に、自身の手を置いた。
……さて、夜のお仕事に行くとしようか。
◇◇
「なぁに? 何か用なの?」
まだ日が地上に顔を出していた頃。勇者、賢者と共に昼食を取っていた聖女は、突然の訪問者に眉を顰めた。不機嫌そうな面持ちの彼女に、少年はビクリと身体を震わす。
少し視線を彷徨わせた後に、勇気を振り絞って声を出す。
「あ、あの……これ。学園に来る途中、聖女様に渡すよう頼まれて……」
差し出したのは1枚の紙。折り畳んでいること以外は何の変哲もないただの羊皮紙である。
「んー? ラブレターかなぁ……」
どれどれ、と聖女が紙を受け取る。──その内容を読んだ瞬間、彼女の表情が酷く驚いたものへと変わった。
「ちょっとこれ──……って、あれ? あの子は?」
「もうとっくに向こうに行っちまったぞ、なあ?」
「ええ、それはもう脱兎のごとく……。アンナ、その紙には何が?」
賢者からの質問にすぐには答えず、聖女は丁寧にその紙を折り畳む。ピッ、としっかりした折り目を付けると大事にそれをしまい込み、「……神様からのご褒美だったぁ」と花のような満面の笑みを浮かべた。
「何かアゼリカちゃんね、面白いことやってるらしいよ?」
──私たちに内緒でなんて、ずるいよねぇ?
◇◇
「アゼリカ様、一つお耳に入れたいお話が」
フェデルタにそう切り出されたのは、いつも通り店の営業報告を終えた後だった。客の希望を整理し、紙に予定を纏めていた私は、その手を止めて彼女を見る。
「……何かあったか」
「はい。──魔族の者が私たちを探しているようです」
その言葉を聞いた途端、冷水を浴びせられたような気がする。ドクン、と心臓が跳ねた。
「そうか……」
この世界に着いた直後に出会った魔族の軍勢。懐かしい記憶のように思い出されるが、僅か数週間前の事だ。
確かにいつ動いてもおかしくはなかった。あれだけの人数を消されたのだ、警戒はもちろん、その上でその原因を探ってくるだろうと私も考えてはいた。
ただ、計算外だった事がある。
(まさか人間族にまで手を伸ばしているとはな。てっきり、より強い他種族から探すものだと思っていたが……)
後日フェデルタに確認したことだが、あの付近に人間の住む場所はなかった。だからこそ、こちらには疑いの目が向くことはないと思っていた。
(これは単なる偶然か、それとも人間族だけでなく他種族からも探しているのか)
しかし、その考えもフェデルタの次の言葉によって砕かれる。
「──見られていた可能性が高いです。彼らには2人組の女性、そして両者の髪色の情報まで知られています。……珍しい色ではないとはいえ、もしかしたら見つかる可能性も」
「……既にそこまで」
「はい」
まずいな、とすぐに思った。フェデルタとの繋がりが見つかってしまえば、あの時の2人組だと即座に知られてしまうだろう。
(転移のお陰で、フェデルタとこうして会っている事は誰にも知られていないはず。……フェデルタと接触するのは、この部屋か店の2階だし、外で会わない限りは大丈夫か)
「フェデルタはそいつと接触したのか?」
「……、はい」
僅かな間の後、返事が返ってきた。
「同族だから、接触しやすいかと思い……」
「っ自分から接触しに行ったのか!?」
「も、申し訳ございません!! 確実により多くの情報を得る為にはその方法しか……」
「いや……別に。すまない、咎めるつもりは無いんだ」
むしろ、接触した事により彼らの〝目〟を逸らすことができるかもしれない。ただ、これからは相当慎重に行動しなければ。
(……もしバレた時は、フェデルタが無事に逃げ切ることを願おう)
気づいていないフリをして近づき、罠に嵌める……という手もある。やはり、直接の接触は高いリスクが付きまとってしまう。
……しかし、他に行ける者がいるかと聞かれれば、他にはいない。フェデルタの他に彼らの同族は居らず、スキルによって手に入れようとも、敵対する魔族を欲する人間が何処に居ようか。
「……フェデルタ、くれぐれも行動は慎重にな。ここへ来る時も、戻る時も……魔族らと接触する時も」
「はっ。その点は重々承知です」
私は鷹揚に頷く。記入し終えた羊皮紙を側に置き、店に向かうべく私は立ち上がる。差し出されたフェデルタの手の上に、自身の手を置いた。
……さて、夜のお仕事に行くとしようか。
◇◇
「なぁに? 何か用なの?」
まだ日が地上に顔を出していた頃。勇者、賢者と共に昼食を取っていた聖女は、突然の訪問者に眉を顰めた。不機嫌そうな面持ちの彼女に、少年はビクリと身体を震わす。
少し視線を彷徨わせた後に、勇気を振り絞って声を出す。
「あ、あの……これ。学園に来る途中、聖女様に渡すよう頼まれて……」
差し出したのは1枚の紙。折り畳んでいること以外は何の変哲もないただの羊皮紙である。
「んー? ラブレターかなぁ……」
どれどれ、と聖女が紙を受け取る。──その内容を読んだ瞬間、彼女の表情が酷く驚いたものへと変わった。
「ちょっとこれ──……って、あれ? あの子は?」
「もうとっくに向こうに行っちまったぞ、なあ?」
「ええ、それはもう脱兎のごとく……。アンナ、その紙には何が?」
賢者からの質問にすぐには答えず、聖女は丁寧にその紙を折り畳む。ピッ、としっかりした折り目を付けると大事にそれをしまい込み、「……神様からのご褒美だったぁ」と花のような満面の笑みを浮かべた。
「何かアゼリカちゃんね、面白いことやってるらしいよ?」
──私たちに内緒でなんて、ずるいよねぇ?
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