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一章 云わば、慣れるまでの時間

39. 生憎今はお腹がいっぱいなんだ

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「・・・・・・そういえば、ディルクの試練やらないの?」


 問いかけてきたのはグリム。少しの間ちらと彼の方を見ていたが、「やんねーよ」とそっぽを向いて答える。


「あの野郎の魔法を耐えたんだぞ。・・・・・・もう必要ねぇだろ。一般生徒とのいざこざくらい、1人で何とか出来る奴だ」

「そう、なら良かった。──‪α‬クラスは大変だからね。心配だったんだ」

「・・・・・・、お前もお人好しだな」

「やだなぁ、人として当然の感情だよ?」


 クスクスとグリムは笑う。


「だって孤児だか転生者だか知らないけど、突然入ってきて勝手に死んだら余計に気分悪いでしょ?」


◇◇


 ぺろり、と菓子を食べ終えた指を舐め、私は通行を妨げるようにして立つ男子生徒らを眺めていた。
 くどくない甘さが口内に広がり私に幸福感を与えてくれる・・・・・・はずだったが。

 彼らのせいで台無しにされ私は少々苛立っていた。


「・・・・・・、何のつもりだ? 私はちょうど朝食を食べ終えたばかりなのだが」

「いや、んなの知ったこっちゃねーから」


 まあ、彼らにとってはもっともな話である。
 なら何も用はないかと判断し側を通り過ぎようとすると、2人の内の1人が話を切り出してきた。


「──お前を学園から追い出せば評価が上がるんだ」

「はあ?」


 突拍子もない話に思わず足を止める。


(評価が上がる? ・・・・・・一体何の話だ?)


「評価ってもしかして成績のか?」


 もし、学園の学業等の成績だったらとんでもない話である。だが、男子生徒はすぐさま否定の言葉を言い放つ。


「んなわけねーだろ!! とにかく、どんな手を使ってでもお前を退学にすりゃ俺たちは・・・・・・」

「──アゼリカちゃぁーん」


 不意に甘ったるい声に名前を呼ばれた。跳ねる調子の声を聞いた男子生徒らが固まる。・・・・・・私も思わぬ登場に固まった。
 お構い無しに彼女は笑顔で近づいてくる。


「あれぇ? こんな所で3人集まって何してるのぉ?」

「あ、アンナ様、これは・・・・・・」

「──ふぅん」


 男子生徒らと私を交互に見たアンナは意味ありげに漏らした。1人の男子生徒の耳元にそっと唇を寄せて、短く何かを呟く。顔が離れると同時に男子生徒の顔が赤く染まり、慌ててこの場を去る。もう1人の方も同じだった。

 それを見届けたアンナが、くるりと振り返る。大きな桃色の瞳をうるわせて言う。


「ごめんねぇ、朝あんな事行っちゃったからぁ・・・・・・アゼリカちゃん、居づらいよねぇ?」

「いや、そんなことは──」

「だからねっ!! お詫びとして、食堂で一番人気のスィーツ買ってきたんだぁ」


 そうしてアンナが取り出したのは小包。中を開くと、見覚えのある菓子がちょこんと入っている。
 ・・・・・・ん? デジャブかな?

 心の中で首を傾げる私に対し、アンナは得意気な表情で紹介をはじめた。


「ねっ? 美味しそうでしょー!! これ、今一番売れてるフルーツケーキなの」

「・・・・・・へぇ・・・・・・一番人気ねぇ」


 だとしたら、アミアという少年もわざわざ買ってきたという事である。それも初対面の奴に、無償で、だ。
 ・・・・・・その人気の商品を1日に2回も頂けるのは、とても珍しい事だと思う。


 食べて食べてー、と笑顔で押し付けられた小包を、私は渋々と受け取った。ふわりと漂う香りを吸い込んだ瞬間、その中に以前とは別の匂いが混じっていることに気がついた。

 ──やけに甘ったるいせ返るような香りが。

 ばっとアンナの方を見るが、彼女は相変わらずニコニコと微笑むだけで何も答えてくれない。代わりに「どうして食べないの?」と聞いてきた。
 頬を軽く膨らませる。


「すぐ食べた方がぜーったい美味しいのにぃ」

「・・・・・・、昼食のデザートとして食べることにする。生憎今はお腹がいっぱいなんだ」

「ふぅん・・・・・・──ざーんねん、あ、でも時間が経っても美味しいから絶対食べてねっ」


 それだけを最後に言うと、アンナは一般校舎の方へと向かう。手元に残されたのは小包に入ったフルーツケーキ。・・・・・・怪しいと分かっていて食べる馬鹿はいない。

 手に乗った菓子を一瞥し──少し迷ったが、一応捨てずに自分で持つことにした。


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