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一章 云わば、慣れるまでの時間

35. まさか先生だったとはな

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「・・・・・・それはどういう意味だ?」

「アーベルはね、ローゼンハイム家次期当主なのよ。その為に学問やら魔法やら武術やらばかりで、今まで浮ついた噂は1つもなかったわ。
 ファンの子だって、それを知っているから陰から見守っている子が多かったのに・・・・・・」

「突然、か」

「ええ、せいぜい会ってから数時間よ。信じられないのも無理ないわ」


 やはりおかしいと感じたのは間違ってはいなかった。思案していると、エルミータが身を屈めて囁く。


「それよりも授業はどうするの? ──アゼリカちゃん、文字読めないでしょう?」

「ああ、それなら見たままを模写するから・・・・・・ただ、解読には時間がかかりそうだが」


 エルミータには孤児だと言った上で、私に識字能力がないことも伝えてある。このクラス内で広まる分には問題ないと判断した為だ。案外辻褄合わせにもなったようで丁度良い。

 幸いにも、昨日仕事を行ったお陰で今日の夜は時間がある。


「そう・・・・・・? もし、何か必要だったら遠慮なく言ってね! 全力で手伝うわ!!」

「それはありがたいな。──その時は頼む」


 任せて! と輝く笑顔を浮かべるエルミータを見ていると、何だか心が軽くなったようにも思えてくるのだから不思議だ。

 別校舎の中へ入り、教室へ。まだ授業は始まっていなかった。


「あっ、遅かったね。おかえり」


 迎えるグリムの声にドーラも顔を上げる。小さく「おかえり」と口を動かすと、また顔を俯かせてしまう。


「すまないな、少し・・・・・・迷ってしまってな」


 言いながらディルクはどうかと視線を向けると、ぱっと顔を背けられる。・・・・・・年下が失礼な態度を取ればそうなるか。
 もとより仲良くする気は無かった為、こちらも何の反応もせずに席につく。

 隣に座ったエルミータが耳打ちしてきた。その視線は、無言のディルクへと向いている。


「ね、あれ・・・・・・大丈夫かしら」

「・・・・・・、多分な」


 こちらからアクションを取るつもりはないので、残念だがそう答えるしかない。もし試練等をやるのならば、向こうから声をかけてくるだろう──そう考えて視線を逸らす。
 ふと、私は肩肘を付いていた姿勢を正した。


(あれは・・・・・・)


 遠くからこの教室へと近づく気配が一つ。足音を極限まで殺し、気配も相当薄い。これならば教室の近くでも気づくことは難しいだろう。周りを見ても皆談笑するばかりである。エルミータなどは不思議そうな顔で、どうしたの、と急に警戒し出した私を見ていた。


「──いや、何でもない」


 殺意や敵意は無さそうだが、明らかに一般人では無い。いつでも逃げられる位置に移動しようと席を立とうとした時、エルミータがそれを止めた。


「そろそろ先生来ちゃうわよ」

「先生・・・・・・」

「そう、もうすぐ始業のチャイムが鳴るわ」


 すとん、と椅子に身体を乗せる。

 そういえば、自身のクラスの担任は見たことがなかった。あの気配は担任のものだったか。
 考えればあまりにも当然の事だ。警戒心を剥き出しにしていた自分が恥ずかしい。


「さっき立ち上がった時どうしたの? 何だか張り詰めた感じだったけど・・・・・・」

「ああ、それはこちらに来る気配を警戒していただけだ。まさか先生だったとはな」

「え──・・・・・・」


 瞬間、教室内の空気が凍りついた。


 嘘のようにしんと静まり返った空間に「それ、ほんと?」というグリムの声が響く。
 後方を向けば、全員の視線が集中しているのがわかる。ディルクもこちらを見ている。


「あ、ああ・・・・・・足音を消しているあたり只者ではないと警戒しただけだが・・・・・・何かあるのか?」


 グリムは何も答えない。目を見開いて固まっている。
 代わりに口を開いたのはドーラだった。


「先生の気配感知大変。いつもはディルクが気づく。──ただ、今回はアゼリカだった」

「・・・・・・なるほどな」


 だから、ディルクも驚いた表情をしているのだ。
 気配が段々と近づく間にも、ドーラの言葉は続く。その口調が重々しいものへと変わった。


「でも、ここからが大変」

「大変?」

「──先生が授業前にちょっとしたイタズラをするんだよ」

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