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序章 云わば、これからの下準備
9.開いた口が塞がらないとはこの事か
しおりを挟む無残にも麻袋の中で粉砕した青色を呆然と眺めて放心する。
・・・・・・待て、少し落ち着こう。
ようやく気づいた違和感、それは五感を含めた身体能力の事だった。むしろ何故気づかなかったのか・・・・・・ここまで明らかとなっているのに。
私はすぐ側に落ちている拳大の石の前にしゃがみこむ。拾おうと手を伸ばし、それを掴み上げようとする──が。
「・・・・・・やっぱりか」
鈍い音をたて、それはまるで泥団子のように呆気なく粉々に崩れ、手をすり抜けていく。・・・・・・ほんの少し力を込めただけなのにも関わらず、だ。
隣に落ちている石だって同じだ。掴もうと指先に力を入れるだけでそこから亀裂が入る。
それだけじゃない。
元々視力は良かった方だが、視界は更にクリアになってるし、かなり遠くまでピントが合う。──遠くで交戦している魔族の表情だって分かるくらいに。
聴力だっておかしい。少し集中すれば、魔族たちの荒い息づかいさえも聞き取れるのである。そういえば、嗅覚も鋭くなっているようである。土の匂いがより強く感じられている。
私はかなり変わってしまっていた。遠くの方で残り20万2535人の魔族の気配を感じながら、片手でこめかみを押さえる。
(開いた口が塞がらないとはこの事か・・・・・・)
ステータスなどが存在しているならば、恐らく私のステータスは今とんでもないことになっているのだろう。カンストしているのかもしれない。
一瞬、走ってみようかと思ってやめた。地面に深めのクレーターが出来そうだ。やめよう。
さて、と改めてフェデルタと向き合った。10万の魔族が消えたことに魔族共が騒ぎ始めたようだ。誰かが来る前に個々を離れなければ、面倒なことになるのは目に見えている。
転移石は使えない。頼れるのは、目の前で尚も跪くこの女性だけか。
「・・・・・・フェデルタ」
「はっ」
「私はスキルの発動で魔法が使えない・・・・・・転移できるか?」
「ご心配なく、私は第10位魔法まで行使することができます」
「・・・・・・、ほう。それはすごいな」
「あっありがたき幸せ」
深々とフェデルタが頭を下げる。それを見下ろしながら、私は微妙な表情をした。
ああ言ったものの、正直どれくらい凄いのかわからない。すごいのか? 第10位魔法って。・・・・・・いや、そもそもどれくらいわけられているのか。
頭の片隅で、それを調べるリストに書き込むと、フェデルタに向けて言う。
「なら、地図の中で1番大きい国へと転移してくれ」
蹄の音が遠方から聞こえてきた。
・・・・・・ひとまずここから離れてしまおう。
◇◇
双方総勢40万人以上、現魔王に対する1部の者の不満が爆発したことによって始まった内乱は、突如として起こった異変により〝停戦〟へと移行した。
配下からその異様な状況を聞いた現魔王──ヴィツィオ=ジオスは怪訝そうに眉をしかめる。
「・・・・・・一斉に大量の魔族が消えた、だと?」
「はっ、はい。敵味方関係なく、突然」
「魔法の気配は? それほどの数を消すには大型の魔法が必要だろう」
「・・・・・・そ、それがそれらしい気配は全く無くて」
それを聞いてヴィツィオは黙り込む。無言で手を挙げて配下の者を下げさせる。
大量な魔族が消えた──それはあまりにも信じ難い話である。しかも、残ったのは序列の低い者ばかり。
双方の戦力はかなり削られた。一時停戦状態とはなったものの、悪い状況に変わりはない。
金の瞳を細め腕を組む。眼下で跪く配下たちを見回して問いかける。
「どういうことだ・・・・・・? ──おい、何か見た者はいるか?」
しんと静まり返る中、薄暗い空間に低い声が響く。「・・・・・・僭越ながら」と声がした。入り口付近で跪いていた1人の男性が、頭を垂れたまま、震え声で発言する。
「残った者か・・・・・・発言を許す」
確か雑兵にいたかもしれないとヴィツィオは冷たく見下ろす。相当な情報でないと殺す──そんな雰囲気である。
はっ、と返事を返すと、その男性は更に言葉を続けた。
「──私は見たのです。一瞬で消え去った後、少女と女性がいたのを・・・・・・」
──次の瞬間、場の空気がガラッと変わった。
◇◇
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