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第七部 これからの日常、異世界の日常
異世界の章・その21 時の流れに身を任せて良いのか?
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自由民権党本部・記者クラブ会見室。
いつもの定例会見の時間まで、進藤はのんびりと待っていた。
マチュアを案内してやって来たが、未だ話し合いが終わっていないと思ったらしくのんびりとしていた。
――ガチャッ
突然会見室の扉が開くと、蒲生大臣が顔を出した。
あまりにも自然に出て来たので、何が始まるのか静まり返るが。
「おいおい。今日は俺からは何もねぇよ。そんなに緊張するなや」
――ドッ
いつもの蒲生節と呼ばれる口調で話し始めると、扉の向こうからローブ姿のマチュアが姿を現した。
「さて。ここにいるみなさんは初めてだろう?ミナセ女王ではなく、異世界ギルドのギルドマスターのマチュアさんだ」
一斉にフラッシュが光り、シャッター音が室内に響く。
その中をマチュアは演台に向かうと、マイクに向かって一言。
「初めまして。カナン魔導連邦異世界ギルドのギルドマスターを務めていますマチュアです。今回の日本との外交及び国交締結の総責任者を務めています」
自身の立場を公に説明したのは初めて。
公共のテレビに出たのは三度目である。
「まあ、今日はマチュアさんの顔見せだけだ。後日正式に質問会を兼ねた記者会見もする。それで良いんだよな?」
「そうですねぇ。私はそのつもりですが、ここで記者の皆さんにお願いがあります」
ざわついていた室内が静かになる。
「新聞やテレビ、さまざまな番組があって大変結構。ですが、私の発言を適当な所で編集したり悪意のある表現にした場合、その局や関係各位、新聞社はカナン出禁にしますので覚悟して下さい」
ここ数日で日本のマスコミのやり方は嫌という程見てきた。
だからここで先手を打つ。
「あの、私たちには報道する権利がありまして。そのような出禁にされるとこちらも法的手段に出ることがありますよ」
「貴方はどこの人かしら?」
そうマチュアが問いかけるが、何も言わない。
「ありゃ国際日報だよ、マチュアさん」
横から蒲生がそう話すと、気まずそうな顔をする記者。
「法的にでもなんでも行って下さい。カナンには日本の法は通用しません。国が違いますのでね。それと、国際日報でしたか、次はありませんよ?査察団と来た時の機材持ち込みの件と含めるとこれで二度目です」
「突然そのようなことを言われましても。私たちが何をしたのか説明していただけますか?権利を主張しているだけです」
「忠告に対しては素直に従って下さい。そこで反発して権利を持ち出すということは、こちらは忠告を無視すると捉えますので」
「そんな一方的な?そんな事が国際社会で通用すると思っていますか?」
「ええ。思っていますよ?今のこの私との会話も記事にするのでしょう?面白おかしくね。私としても、今後の国際日報の新聞を楽しみにしますわ」
ニィッと笑うマチュアと、真っ赤な顔で座る国際日報。
このやり取りには、後ろの蒲生も遅れて来た異世界製作委員会の面々も笑いをこらえている。
「毎日日報ですが、今回の記者会見での質疑についてはマチュアさんが対応するのですか?」
「そうですね。私では何か問題が?」
「いえ、誰が対応するのか確認だけです。名前と写真があったほうが記事に説得力があるので」
「あら、それは失礼。先程までの話で少々エキサイトしましたわ。基本私が、あと数名サポートに来てもらいます」
「日時などは後ほどですか?」
「それは異世界対策委員会で調整してくれると思いますので」
「富士見放送です。今後の窓口は異世界対策委員会ですか?」
「現在は札幌の異世界政策局ですが、カナン大使館が窓口になるのかな?その辺りは調整してくれると思います。今はインタビューやニュース関係、報道番組などは控えています」
「マチュアさんに出演をお願いしたいのですが」
「他国の外交官をバラエティー番組に出す勇気があるのなら考えますが、その結果がどうなっても構いませんか?」
外交官カードを取り出して提示するマチュア。
「蒲生大臣、それは本物ですか?」
「ああ。『参事官』じゃねーぞ、『特命全権公使』だ。こうやって公の場で話ができるだけありがたいとおもえ。良かったなぁ国際日報、マチュアさんが温厚な性格でよ」
あちこちから苦笑する声が聞こえる。
「サンニチです。今回の国交締結ですが、もし日本との締結が出来なかった場合、他国との締結はありますか?」
「さぁ?出来なかった時のことなど考えていませんし。その時はその時で、転移門を閉じてまた考えればいいだけですね」
「国会議事堂前の転移門はあのまま放置ですか?」
「邪魔ですよね。一度消しますわ」
「大日新聞ですが‥‥」
「おいおい。詳しい会見は後日だよ。今日はここまで。はい解散だ」
――パンパン
と手を叩く蒲生。
それで記者会見は後日になった。
「さてと、KHKの進藤さん、そろそろ札幌に帰りましょうか?」
壇上から降りて記者席に向かうと、マチュアは蒲生たちに一礼して会見室から出て行った。
まだ一言欲しい記者たちはマチュアの後ろをついていく。
が、進藤とマチュアは全て軽くあしらいながら、国会議事堂前の転移門にやってくる。
「さて。それでは皆さんお元気で」
――フゥゥゥゥゥッ
扉に魔力を注ぐ。
穏やかな波紋が広がると、まずマチュアが扉に消えていく。
「KHK、どうやってマチュアさんに取り入ったんだよ」
「一社だけ美味しい汁を吸うのはずるくないか?」
あちこちからKHKや進藤に対してのブーイングが起こるが。
「日参するだけじゃあダメだよ。俺みたいに顔を覚えてもらうのが一番早いのさ。だから悪い意味で顔を覚えられたら、あの人は本当に排除するよ。じゃあな」
それだけを告げて、進藤も扉の中に消えていく。
他の報道も恐る恐る触れようとしたが、目の前で扉はフッと消えた。
‥‥‥
‥‥
‥
「はてさて。なんかとんでもないことになったぞ?」
転移門から出て赤レンガ庁舎に向かうマチュア。
その後ろを進藤も付いてくるが。
「て、進藤さんはまだ私に御用かな?」
「い、いや、御用と言うほどではないけど、まだなにかネタがないかなと」
「はぁ‥‥もう無いよ。合同記者会見までは、取材を受ける気はあまりしなくてね」
「それですよ、よくやりましたねぇ」
「毎日毎日同じような申し込みにうんざりしていたんだよ。さ、進藤君も仕事に戻れば?」
そう話すマチュア。
「まあ、そうだねぇ。転移門前のいつもの席に戻るとしますよ」
「あれが進藤君の仕事場か。まあ頑張りたまえ‥‥今回はありがとうな」
軽く頭を下げると、マチュアは赤レンガ庁舎に戻っていく。
そして進藤も、いつものポジションに帰っていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
マチュアが自由民権党本部で行った、簡単な記者会見から1ヶ月。
異世界ギルドと異世界政策局は毎日が多忙であった。
国会の異世界対策委員会から派遣された人員と異世界ギルドからの出向職員、そして元々の局員を合わせると全部で三十人を超える大所帯になっている。
カナン大使館改め『異世界大使館』の場所も札幌市豊平区にある自然公園の一角に作ることが決定し、すでに工事が始まっている。
日本国からの査察団も毎週訪れるようになり、元々の異世界政策局員の半分はカナンに出向し、通訳と案内を務めている。
各種ギルドの登録は禁止されたものの、魂の護符を求めて教会を訪れるものも多い。
そして。
カナン辺境国北方、ミィーケ鉱区。
ククルカン王国との国境沿いの鉱区に、日本からの調査団が到着した。
第一次調査団は全部で四十名、重機も車両も持ち込めないため、カナン王都から転移門で辺境国に向かうと、そこから馬車で移動。
現地鉱区では宿泊施設もあるので、そこで1ヶ月間の調査が始まっていた。
「マチュアさん、機材の充電はどうやってすれば良いのですか?」
異世界対策委員会の松田翔太議員が、本部施設で深淵の書庫に入って昼寝しているマチュアに話しかけた。
「ふぁ?充電?」
「はい。登録機材の電源が足りなくなりまして」
「電気なんてないよ?カリス・マレスには発電所なんてないからなぁ。持ってきてないの?発電機」
「ありますけど燃料が足りないのですよ」
「ソーラーパネルとかいうの持ってきてたよね?太陽光で電気作る魔法みたいなやつ。あれは?」
「システムの不備でどうも‥‥」
「なら御者に話して辺境国にもどって。そこから王都に飛んで、ギルドから日本へ行ってらっしゃーい」
その一言でガクッと力つきる松田議員。
「や、やっぱりそうなりますか」
「やっぱりも何も、電源、ないもの。どうしろと言うの?」
「そうですよねぇ。魔法でなにかこう、ポンポンって出来ませんか?」
ふむ。魔法を勘違いしているような気がする。
「あのねぇ。いくら魔法だからって無から有を生み出すことはできないの。触媒と魔力と世界の理、これを組み立てるんだから。そんな発電機なんてできたとしても、人の魔力がエネルギーだよ?」
「そうですよねぇ。仕方ない戻りますか」
「そもそも、システムの不備ってなんなのさ?」
「機材に水こぼした奴がいたんですよ。精密機材なのに何考えているんだか」
「あ、それは魔法じゃ駄目だわ。せめてもの手助けだ」
深淵の書庫を解除すると、マチュアは松田議員の肩をトントンと叩く。
――ヒュンッ
一瞬で異世界ギルドのロビーにやって来ると、松田に一言。
「夕方までここにいるから、取っておいで」
「は、あ、あれ?」
「あれじゃないわ、転移したの。早く行ってきなさいよ」
「ありがとうございます‼︎」
必死に頭を下げると、松田議員は転移門のある部屋に向かった。
「また忘れ物ですか?」
カウンターの中で赤城が笑っている。
「機材壊したんだってさ。毎回毎回転移使わされる私の気持ちも考えろって」
やれやれと頭を掻くマチュア。
「採掘現場に転移門は固定できないのですか?」
「出来るよ。けどやらない」
「そりゃまたどうして?」
「なんでも魔法で出来ると思われたくはない。そりゃあ便利だろうさ、転移門の大きさも自在に出来るんだから、重機だろうと車両だろうと持ってくる気になれば持ってこれる。けど、ここはカナンだ。赤城さんの国の言葉でいう『郷にいれば郷に従え』だっけ?」
「ええ。そうです。マチュアさんは厳しいんですね」
赤城がそう告げると、となりのツヴァイが一言。
「転移門の発動も固定もマチュア様しかできませんから。面倒なだけですよ」
今月はカナン勤務のツヴァイ。
「うるさいわ。私は私でやる事あるんだよ」
そう呟くと、マチュアは執務室に向かう。
「松田が来たら起こして。昼寝する」
――バタン
マチュアが部屋に引っ込んでから。
「ギルドマスター。よく昼寝してますけど良いのですか?」
日本の職員には信じられないのも無理はない。
マチュアはギルドに来ても、執務室で半日は昼寝している。
そのゆるい仕事内容が信じられないのである。
「マチュア様の仕事は外交。日本での話し合いとこちらに来た方々との折衝でもありますよ。時間を短縮するための転移や各種魔法に使用する魔力を回復する一番の手段が睡眠ですからねぇ」
フィリップが赤城の元に書類を持ってくる。
「私たちの世界では、ゲームの話ですけど魔力の回復にはポーションとかを飲むのですけれど。カナンにはそのようなものは無いのですか?」
「ああ。古き時代の失われた技術ですね。マチュア様なら作れますけれど、どうして作らないのですか?」
そうツヴァイに問いかけるフィリップ。
「まあ、作らないのではなくて、作る必要性を感じていないだけですよ。材料を集めて、施設を作って、手間をかけても高く売れない。そう考えているんじゃないでしょうかねぇ」
実にそれっぽい。
「さて、それじゃあ私は王城に向かいますか。明日来る査察団の名簿と書類を届けて来ますね」
――シュンッ
そう告げるとツヴァイも転移する。
「はぁ。転移覚えたいんですよねぇ。フィリップさん、転移の覚え方知っていますか?」
赤城の隣で十六夜が質問しているが。
「あれは魔力係数100は必要ですよ?それと魔力も高い水準でないと。秘薬も揃えないといけませんから、魔法職でないと大変ですよ?十六夜さんのクラスは?」
そう問われて、十六夜はギルドカードを取り出す。
「適性は暗殺者ですよ~。現代では使い道がないです」
――プッ
後ろで笑う高島。
「お、適性がシーフの男には笑われたくないなぁ」
「うるさいわ、仕事しろよ」
そんな会話が聞こえている異世界ギルド。
やがて夕方になると、松田議員も帰って来る。
「ふぁぁぁぁ。よく寝たわ。荷物は?」
「いま検査室でチェックしています。検疫で浄化も終わってますが」
松田議員が説明していると、奥から台車がガラガラと二台やってくる。
「そんじゃ行くわ。あとは宜しく」
手をヒラヒラとしながら、マチュアは足元に転移門の魔法陣を生み出す。
「ここにいれて、いれ終わったらいくよ」
「は、はい。これで全てです」
――コン
と、松田議員の返事と同時に杖で魔法陣を叩く。
それで周囲の風景が変わり、採掘現場にたどり着く。
「こんなに早く来れるなんて‥‥」
「まあ、サービスだよ。今度からは時間かかっても自力で行って頂戴ね」
「それはもう‥‥けれど、こんなに範囲型の転移があるのにどうして馬車を使うのですか?」
「ここの調査隊の仕事は日本の仕事。私は安全確認の護衛みたいなものだから、輸送の手伝いなんてしないわよ」
近くには、マチュアに雇われた護衛の冒険者が身体を休めている。
その光景を確認してから、松田議員がマチュアに問いかける。
「私たちが転移の魔法を覚えたら、それで此処まで来ても良いのですよね?」
「輸送という意味なら止める必然性はないなぁ。日本からここに直接というのなら止めるけど」
「それは何故?」
「あのね。アメリカのオフィスで仕事だからって、空港や税関通らないで転移したら?」
「密入国。成る程、考えは同じですか」
「理解した?ならあとは任せるよ。現場の責任者は貴方、作業終了の報告は頂戴ね」
そう説明すると、マチュアは冒険者たちの元に向かうと指示を行なう。
すぐさま冒険者たちはリーダーの指示で各地に分散すると、日本の技術者の警備を開始した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
とある日の東京。
巨大な講堂。
大量のマイクとカメラが次々と搬入され、合同記者会見の準備が次々と進んでいる。
場所は経団連会館二階、経団連ホール。
全面貸切の上、ビル周辺は厳重な警備に囲まれている。
翌日の正午から夕方6時まで、途中休憩を入れながらの会見である。
「明日は資源調査団の第一次報告もあります。それと、海外メディアの中継と記者からの質問もあるかと思いますが」
異世界対策委員会の池田秘書官が、壇上で会場を見渡しているマチュアに説明する。
「まあ、こちらも出し惜しみしないでやりますので、明日はこれも発動しますよ」
――ヒュンッ
深淵の書庫を起動する。
透過力を高めて内部が見えるように調整すると、言語変換機能を自動変換に切り替えた。
「これで大丈夫よ。明日はこの建物全体を魔法で調べるかもしれないけれど、まあ警備の腕を信用しましょうかね」
――ピッピッ
深淵の書庫が奥の席で作業している報道官をとらえる。
『へぇ。敵性感知に反応ねぇ』
そっちには視線を流さず、敵性感知の範囲を広げる。
すると、建物の上の階からもいくつか反応がある。
『まあ、楽しそうだから放っておきますか。ショッキングな映像がお望みなら、明日にでも行動に移すでしょう』
そう呟いてから、マチュアは深淵の書庫を消して壇上となりに転移門を設置する。
「これは。明日はここから女王さまがいらっしゃるのですか?」
「来ませんよ?うちの職員と騎士団だけですが」
「え?そうなのですか?明日の質問では女王から直接話しを聞きたいという方もいらっしゃいますが」
「私が対処しますよ。全権委任で来てるので、文句は言わせませんよ」
「そうですか。では、明日の段取りを説明しますね‥‥」
そのまま打ち合わせを行う二人。
そして順調に打ち合わせを終えると、マチュアは用意してもらった近くのホテルに宿泊することにした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
夜。
晩御飯はホテルのレストランで用意されていたのでそこでディナーバイキングを堪能したマチュア。
そして部屋でのんびりとくつろいで、明日のために英気を養っていると。
――コンコン
『異世界対策委員会の池田様から、フルーツをルームサービスで届けるようにとのおおせでした』
扉の向こうでそう告げる声。
(へえ。気が利いているわねぇ)
テクテクと扉に近づきつつ、風と火の加護を纏うマチュア。
――カチャツ
「どうぞ~」
鍵を開けてそう告げた刹那、ルームサービスと二人の人物が部屋に飛び込み扉を閉じた。
後ろ手にルームサービスの姿の女性が鍵をかけると、マチュアは慌ててベットルームまで下がっていく。
「あ、あなた達は何者ですか?私が誰か分かっているのですか?」
『申し訳ない。あちこちの諜報も動いていてね、先手を取られると不味いのだよ。このまま付いて来てもらえるなら、怪我をすることはないが』
――ドゴォッ
そう英語で呟く男の腹部に裡門頂肘を叩き込むと、すぐにもう一人の男の手に向かって回し蹴りを入れる。
――バジイッ
手にした銃を叩き落とし、さらに後ろ回し蹴りで側頭部をジャストミート。
――スタッ
綺麗に着地して女性の方を向くマチュア。
『あのねぇ。あんたたち冒険者舐めすぎ。悪いけど、明日まで眠ってもらうわよ』
振り向いて逃げようとする女性に拘束の矢を飛ばすと、その場でうずくまって動けなくなった。
「訛りのある英語だこと。さて、ベッドルームに放り込むか」
男たちにも少し強めの拘束の矢を放つと、三人ともベッドルームに放り込む。
衣服を外し装備や道具を取り上げると、全て纏めてバックに放り込む。
「P229かぁ、弾は357Sig弾ね。ほいほい、銃から察するとアメリカ特殊部隊だけど、英語が少し下手だからアメリカじゃないのかなぁ‥‥あ、ここの世界ではアメリゴか」
固有名詞が若干ちがう。
アメリカはアメリゴという呼び方らしい。
いそいそと荷物を確認して、ルームサービスのワゴンの上を見る。
中身は空っぽ、そして身体を動かしたせいか腹が減った。
「ルームサービスでも頼みますか。電話電話と‥‥」
軽く食べられるものを注文して、マチュアはテレビのニュースを見る。
明日の合同記者会見についての話が、各局で取り上げられている。
「へぇ。いろいろな意見もあるものだと‥」
――コンコン
『ルームサービスをお持ちしました』
「いゃっほぅ。お待ちしましたよ」
扉に向かって鍵を開ける。
そして扉を開くと。
『大人しくしていれば命は取らない。下がりなさい』
二人組の男性が銃を構えて立っている。
(マジですか)
そーっと下がるマチュア。
一人の男は鍵をかけてそこで待機。
もう一人の男がマチュアに椅子に座るように促した。
『この後、私たちのスタッフと一緒に来てもらう。異論は認めません。ナニモシナケレバコロサナイ、オトナシクシテイロ』
最後は片言の日本語。
言葉の感じは西側、海の向こうの漢字の国であろう。
「はぁ。このあと何組の諜報が来ることやら。もう面倒くさくなって来たぞ」
――シュンッ
すかさず拘束の矢を放って目の前の男を倒す。
その音でこちらに来た男にも拘束の矢を叩き込むと、もう一度強めに一発ずつ叩き込んでおく。
「全く。どうしてこうも、利権が絡むと強引な手を使うかなぁ。話し合いという方法を取れよ」
再び装備を取り上げると、ベッドルームに二人も放り込む。
そしてテレビの前に戻ると、またしても扉をノックする音。
『失礼します。ルームサービスをお待ちしました』
「本物かな?今度こそ鉛の弾じゃなくサンドイッチかな?」
ワクワクしながら扉を開ける。
「マチュア様ですね。ルームサービスです。入室よろしいですか?」
「どうぞどうぞ。ささ、お待ちしてました」
ワゴンを押しながら給仕が室内に入ると、テーブルの上に料理を並べる。
食器は明日下げに来ますので、そのままにしておいてください。それでは失礼します」
「はいありがとうございました」
――ガチャッ
ルームサービスが部屋から出ると、鍵を掛けて早速食事をとる。
サンドイッチとコーヒー、あとはデザートプレートが並んでいる。
「うううっ。やっと食べられる。本当に良かった」
テレビを眺めながら、マチュアは一時の休息を楽しんでいた。
いつもの定例会見の時間まで、進藤はのんびりと待っていた。
マチュアを案内してやって来たが、未だ話し合いが終わっていないと思ったらしくのんびりとしていた。
――ガチャッ
突然会見室の扉が開くと、蒲生大臣が顔を出した。
あまりにも自然に出て来たので、何が始まるのか静まり返るが。
「おいおい。今日は俺からは何もねぇよ。そんなに緊張するなや」
――ドッ
いつもの蒲生節と呼ばれる口調で話し始めると、扉の向こうからローブ姿のマチュアが姿を現した。
「さて。ここにいるみなさんは初めてだろう?ミナセ女王ではなく、異世界ギルドのギルドマスターのマチュアさんだ」
一斉にフラッシュが光り、シャッター音が室内に響く。
その中をマチュアは演台に向かうと、マイクに向かって一言。
「初めまして。カナン魔導連邦異世界ギルドのギルドマスターを務めていますマチュアです。今回の日本との外交及び国交締結の総責任者を務めています」
自身の立場を公に説明したのは初めて。
公共のテレビに出たのは三度目である。
「まあ、今日はマチュアさんの顔見せだけだ。後日正式に質問会を兼ねた記者会見もする。それで良いんだよな?」
「そうですねぇ。私はそのつもりですが、ここで記者の皆さんにお願いがあります」
ざわついていた室内が静かになる。
「新聞やテレビ、さまざまな番組があって大変結構。ですが、私の発言を適当な所で編集したり悪意のある表現にした場合、その局や関係各位、新聞社はカナン出禁にしますので覚悟して下さい」
ここ数日で日本のマスコミのやり方は嫌という程見てきた。
だからここで先手を打つ。
「あの、私たちには報道する権利がありまして。そのような出禁にされるとこちらも法的手段に出ることがありますよ」
「貴方はどこの人かしら?」
そうマチュアが問いかけるが、何も言わない。
「ありゃ国際日報だよ、マチュアさん」
横から蒲生がそう話すと、気まずそうな顔をする記者。
「法的にでもなんでも行って下さい。カナンには日本の法は通用しません。国が違いますのでね。それと、国際日報でしたか、次はありませんよ?査察団と来た時の機材持ち込みの件と含めるとこれで二度目です」
「突然そのようなことを言われましても。私たちが何をしたのか説明していただけますか?権利を主張しているだけです」
「忠告に対しては素直に従って下さい。そこで反発して権利を持ち出すということは、こちらは忠告を無視すると捉えますので」
「そんな一方的な?そんな事が国際社会で通用すると思っていますか?」
「ええ。思っていますよ?今のこの私との会話も記事にするのでしょう?面白おかしくね。私としても、今後の国際日報の新聞を楽しみにしますわ」
ニィッと笑うマチュアと、真っ赤な顔で座る国際日報。
このやり取りには、後ろの蒲生も遅れて来た異世界製作委員会の面々も笑いをこらえている。
「毎日日報ですが、今回の記者会見での質疑についてはマチュアさんが対応するのですか?」
「そうですね。私では何か問題が?」
「いえ、誰が対応するのか確認だけです。名前と写真があったほうが記事に説得力があるので」
「あら、それは失礼。先程までの話で少々エキサイトしましたわ。基本私が、あと数名サポートに来てもらいます」
「日時などは後ほどですか?」
「それは異世界対策委員会で調整してくれると思いますので」
「富士見放送です。今後の窓口は異世界対策委員会ですか?」
「現在は札幌の異世界政策局ですが、カナン大使館が窓口になるのかな?その辺りは調整してくれると思います。今はインタビューやニュース関係、報道番組などは控えています」
「マチュアさんに出演をお願いしたいのですが」
「他国の外交官をバラエティー番組に出す勇気があるのなら考えますが、その結果がどうなっても構いませんか?」
外交官カードを取り出して提示するマチュア。
「蒲生大臣、それは本物ですか?」
「ああ。『参事官』じゃねーぞ、『特命全権公使』だ。こうやって公の場で話ができるだけありがたいとおもえ。良かったなぁ国際日報、マチュアさんが温厚な性格でよ」
あちこちから苦笑する声が聞こえる。
「サンニチです。今回の国交締結ですが、もし日本との締結が出来なかった場合、他国との締結はありますか?」
「さぁ?出来なかった時のことなど考えていませんし。その時はその時で、転移門を閉じてまた考えればいいだけですね」
「国会議事堂前の転移門はあのまま放置ですか?」
「邪魔ですよね。一度消しますわ」
「大日新聞ですが‥‥」
「おいおい。詳しい会見は後日だよ。今日はここまで。はい解散だ」
――パンパン
と手を叩く蒲生。
それで記者会見は後日になった。
「さてと、KHKの進藤さん、そろそろ札幌に帰りましょうか?」
壇上から降りて記者席に向かうと、マチュアは蒲生たちに一礼して会見室から出て行った。
まだ一言欲しい記者たちはマチュアの後ろをついていく。
が、進藤とマチュアは全て軽くあしらいながら、国会議事堂前の転移門にやってくる。
「さて。それでは皆さんお元気で」
――フゥゥゥゥゥッ
扉に魔力を注ぐ。
穏やかな波紋が広がると、まずマチュアが扉に消えていく。
「KHK、どうやってマチュアさんに取り入ったんだよ」
「一社だけ美味しい汁を吸うのはずるくないか?」
あちこちからKHKや進藤に対してのブーイングが起こるが。
「日参するだけじゃあダメだよ。俺みたいに顔を覚えてもらうのが一番早いのさ。だから悪い意味で顔を覚えられたら、あの人は本当に排除するよ。じゃあな」
それだけを告げて、進藤も扉の中に消えていく。
他の報道も恐る恐る触れようとしたが、目の前で扉はフッと消えた。
‥‥‥
‥‥
‥
「はてさて。なんかとんでもないことになったぞ?」
転移門から出て赤レンガ庁舎に向かうマチュア。
その後ろを進藤も付いてくるが。
「て、進藤さんはまだ私に御用かな?」
「い、いや、御用と言うほどではないけど、まだなにかネタがないかなと」
「はぁ‥‥もう無いよ。合同記者会見までは、取材を受ける気はあまりしなくてね」
「それですよ、よくやりましたねぇ」
「毎日毎日同じような申し込みにうんざりしていたんだよ。さ、進藤君も仕事に戻れば?」
そう話すマチュア。
「まあ、そうだねぇ。転移門前のいつもの席に戻るとしますよ」
「あれが進藤君の仕事場か。まあ頑張りたまえ‥‥今回はありがとうな」
軽く頭を下げると、マチュアは赤レンガ庁舎に戻っていく。
そして進藤も、いつものポジションに帰っていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
マチュアが自由民権党本部で行った、簡単な記者会見から1ヶ月。
異世界ギルドと異世界政策局は毎日が多忙であった。
国会の異世界対策委員会から派遣された人員と異世界ギルドからの出向職員、そして元々の局員を合わせると全部で三十人を超える大所帯になっている。
カナン大使館改め『異世界大使館』の場所も札幌市豊平区にある自然公園の一角に作ることが決定し、すでに工事が始まっている。
日本国からの査察団も毎週訪れるようになり、元々の異世界政策局員の半分はカナンに出向し、通訳と案内を務めている。
各種ギルドの登録は禁止されたものの、魂の護符を求めて教会を訪れるものも多い。
そして。
カナン辺境国北方、ミィーケ鉱区。
ククルカン王国との国境沿いの鉱区に、日本からの調査団が到着した。
第一次調査団は全部で四十名、重機も車両も持ち込めないため、カナン王都から転移門で辺境国に向かうと、そこから馬車で移動。
現地鉱区では宿泊施設もあるので、そこで1ヶ月間の調査が始まっていた。
「マチュアさん、機材の充電はどうやってすれば良いのですか?」
異世界対策委員会の松田翔太議員が、本部施設で深淵の書庫に入って昼寝しているマチュアに話しかけた。
「ふぁ?充電?」
「はい。登録機材の電源が足りなくなりまして」
「電気なんてないよ?カリス・マレスには発電所なんてないからなぁ。持ってきてないの?発電機」
「ありますけど燃料が足りないのですよ」
「ソーラーパネルとかいうの持ってきてたよね?太陽光で電気作る魔法みたいなやつ。あれは?」
「システムの不備でどうも‥‥」
「なら御者に話して辺境国にもどって。そこから王都に飛んで、ギルドから日本へ行ってらっしゃーい」
その一言でガクッと力つきる松田議員。
「や、やっぱりそうなりますか」
「やっぱりも何も、電源、ないもの。どうしろと言うの?」
「そうですよねぇ。魔法でなにかこう、ポンポンって出来ませんか?」
ふむ。魔法を勘違いしているような気がする。
「あのねぇ。いくら魔法だからって無から有を生み出すことはできないの。触媒と魔力と世界の理、これを組み立てるんだから。そんな発電機なんてできたとしても、人の魔力がエネルギーだよ?」
「そうですよねぇ。仕方ない戻りますか」
「そもそも、システムの不備ってなんなのさ?」
「機材に水こぼした奴がいたんですよ。精密機材なのに何考えているんだか」
「あ、それは魔法じゃ駄目だわ。せめてもの手助けだ」
深淵の書庫を解除すると、マチュアは松田議員の肩をトントンと叩く。
――ヒュンッ
一瞬で異世界ギルドのロビーにやって来ると、松田に一言。
「夕方までここにいるから、取っておいで」
「は、あ、あれ?」
「あれじゃないわ、転移したの。早く行ってきなさいよ」
「ありがとうございます‼︎」
必死に頭を下げると、松田議員は転移門のある部屋に向かった。
「また忘れ物ですか?」
カウンターの中で赤城が笑っている。
「機材壊したんだってさ。毎回毎回転移使わされる私の気持ちも考えろって」
やれやれと頭を掻くマチュア。
「採掘現場に転移門は固定できないのですか?」
「出来るよ。けどやらない」
「そりゃまたどうして?」
「なんでも魔法で出来ると思われたくはない。そりゃあ便利だろうさ、転移門の大きさも自在に出来るんだから、重機だろうと車両だろうと持ってくる気になれば持ってこれる。けど、ここはカナンだ。赤城さんの国の言葉でいう『郷にいれば郷に従え』だっけ?」
「ええ。そうです。マチュアさんは厳しいんですね」
赤城がそう告げると、となりのツヴァイが一言。
「転移門の発動も固定もマチュア様しかできませんから。面倒なだけですよ」
今月はカナン勤務のツヴァイ。
「うるさいわ。私は私でやる事あるんだよ」
そう呟くと、マチュアは執務室に向かう。
「松田が来たら起こして。昼寝する」
――バタン
マチュアが部屋に引っ込んでから。
「ギルドマスター。よく昼寝してますけど良いのですか?」
日本の職員には信じられないのも無理はない。
マチュアはギルドに来ても、執務室で半日は昼寝している。
そのゆるい仕事内容が信じられないのである。
「マチュア様の仕事は外交。日本での話し合いとこちらに来た方々との折衝でもありますよ。時間を短縮するための転移や各種魔法に使用する魔力を回復する一番の手段が睡眠ですからねぇ」
フィリップが赤城の元に書類を持ってくる。
「私たちの世界では、ゲームの話ですけど魔力の回復にはポーションとかを飲むのですけれど。カナンにはそのようなものは無いのですか?」
「ああ。古き時代の失われた技術ですね。マチュア様なら作れますけれど、どうして作らないのですか?」
そうツヴァイに問いかけるフィリップ。
「まあ、作らないのではなくて、作る必要性を感じていないだけですよ。材料を集めて、施設を作って、手間をかけても高く売れない。そう考えているんじゃないでしょうかねぇ」
実にそれっぽい。
「さて、それじゃあ私は王城に向かいますか。明日来る査察団の名簿と書類を届けて来ますね」
――シュンッ
そう告げるとツヴァイも転移する。
「はぁ。転移覚えたいんですよねぇ。フィリップさん、転移の覚え方知っていますか?」
赤城の隣で十六夜が質問しているが。
「あれは魔力係数100は必要ですよ?それと魔力も高い水準でないと。秘薬も揃えないといけませんから、魔法職でないと大変ですよ?十六夜さんのクラスは?」
そう問われて、十六夜はギルドカードを取り出す。
「適性は暗殺者ですよ~。現代では使い道がないです」
――プッ
後ろで笑う高島。
「お、適性がシーフの男には笑われたくないなぁ」
「うるさいわ、仕事しろよ」
そんな会話が聞こえている異世界ギルド。
やがて夕方になると、松田議員も帰って来る。
「ふぁぁぁぁ。よく寝たわ。荷物は?」
「いま検査室でチェックしています。検疫で浄化も終わってますが」
松田議員が説明していると、奥から台車がガラガラと二台やってくる。
「そんじゃ行くわ。あとは宜しく」
手をヒラヒラとしながら、マチュアは足元に転移門の魔法陣を生み出す。
「ここにいれて、いれ終わったらいくよ」
「は、はい。これで全てです」
――コン
と、松田議員の返事と同時に杖で魔法陣を叩く。
それで周囲の風景が変わり、採掘現場にたどり着く。
「こんなに早く来れるなんて‥‥」
「まあ、サービスだよ。今度からは時間かかっても自力で行って頂戴ね」
「それはもう‥‥けれど、こんなに範囲型の転移があるのにどうして馬車を使うのですか?」
「ここの調査隊の仕事は日本の仕事。私は安全確認の護衛みたいなものだから、輸送の手伝いなんてしないわよ」
近くには、マチュアに雇われた護衛の冒険者が身体を休めている。
その光景を確認してから、松田議員がマチュアに問いかける。
「私たちが転移の魔法を覚えたら、それで此処まで来ても良いのですよね?」
「輸送という意味なら止める必然性はないなぁ。日本からここに直接というのなら止めるけど」
「それは何故?」
「あのね。アメリカのオフィスで仕事だからって、空港や税関通らないで転移したら?」
「密入国。成る程、考えは同じですか」
「理解した?ならあとは任せるよ。現場の責任者は貴方、作業終了の報告は頂戴ね」
そう説明すると、マチュアは冒険者たちの元に向かうと指示を行なう。
すぐさま冒険者たちはリーダーの指示で各地に分散すると、日本の技術者の警備を開始した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
とある日の東京。
巨大な講堂。
大量のマイクとカメラが次々と搬入され、合同記者会見の準備が次々と進んでいる。
場所は経団連会館二階、経団連ホール。
全面貸切の上、ビル周辺は厳重な警備に囲まれている。
翌日の正午から夕方6時まで、途中休憩を入れながらの会見である。
「明日は資源調査団の第一次報告もあります。それと、海外メディアの中継と記者からの質問もあるかと思いますが」
異世界対策委員会の池田秘書官が、壇上で会場を見渡しているマチュアに説明する。
「まあ、こちらも出し惜しみしないでやりますので、明日はこれも発動しますよ」
――ヒュンッ
深淵の書庫を起動する。
透過力を高めて内部が見えるように調整すると、言語変換機能を自動変換に切り替えた。
「これで大丈夫よ。明日はこの建物全体を魔法で調べるかもしれないけれど、まあ警備の腕を信用しましょうかね」
――ピッピッ
深淵の書庫が奥の席で作業している報道官をとらえる。
『へぇ。敵性感知に反応ねぇ』
そっちには視線を流さず、敵性感知の範囲を広げる。
すると、建物の上の階からもいくつか反応がある。
『まあ、楽しそうだから放っておきますか。ショッキングな映像がお望みなら、明日にでも行動に移すでしょう』
そう呟いてから、マチュアは深淵の書庫を消して壇上となりに転移門を設置する。
「これは。明日はここから女王さまがいらっしゃるのですか?」
「来ませんよ?うちの職員と騎士団だけですが」
「え?そうなのですか?明日の質問では女王から直接話しを聞きたいという方もいらっしゃいますが」
「私が対処しますよ。全権委任で来てるので、文句は言わせませんよ」
「そうですか。では、明日の段取りを説明しますね‥‥」
そのまま打ち合わせを行う二人。
そして順調に打ち合わせを終えると、マチュアは用意してもらった近くのホテルに宿泊することにした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
夜。
晩御飯はホテルのレストランで用意されていたのでそこでディナーバイキングを堪能したマチュア。
そして部屋でのんびりとくつろいで、明日のために英気を養っていると。
――コンコン
『異世界対策委員会の池田様から、フルーツをルームサービスで届けるようにとのおおせでした』
扉の向こうでそう告げる声。
(へえ。気が利いているわねぇ)
テクテクと扉に近づきつつ、風と火の加護を纏うマチュア。
――カチャツ
「どうぞ~」
鍵を開けてそう告げた刹那、ルームサービスと二人の人物が部屋に飛び込み扉を閉じた。
後ろ手にルームサービスの姿の女性が鍵をかけると、マチュアは慌ててベットルームまで下がっていく。
「あ、あなた達は何者ですか?私が誰か分かっているのですか?」
『申し訳ない。あちこちの諜報も動いていてね、先手を取られると不味いのだよ。このまま付いて来てもらえるなら、怪我をすることはないが』
――ドゴォッ
そう英語で呟く男の腹部に裡門頂肘を叩き込むと、すぐにもう一人の男の手に向かって回し蹴りを入れる。
――バジイッ
手にした銃を叩き落とし、さらに後ろ回し蹴りで側頭部をジャストミート。
――スタッ
綺麗に着地して女性の方を向くマチュア。
『あのねぇ。あんたたち冒険者舐めすぎ。悪いけど、明日まで眠ってもらうわよ』
振り向いて逃げようとする女性に拘束の矢を飛ばすと、その場でうずくまって動けなくなった。
「訛りのある英語だこと。さて、ベッドルームに放り込むか」
男たちにも少し強めの拘束の矢を放つと、三人ともベッドルームに放り込む。
衣服を外し装備や道具を取り上げると、全て纏めてバックに放り込む。
「P229かぁ、弾は357Sig弾ね。ほいほい、銃から察するとアメリカ特殊部隊だけど、英語が少し下手だからアメリカじゃないのかなぁ‥‥あ、ここの世界ではアメリゴか」
固有名詞が若干ちがう。
アメリカはアメリゴという呼び方らしい。
いそいそと荷物を確認して、ルームサービスのワゴンの上を見る。
中身は空っぽ、そして身体を動かしたせいか腹が減った。
「ルームサービスでも頼みますか。電話電話と‥‥」
軽く食べられるものを注文して、マチュアはテレビのニュースを見る。
明日の合同記者会見についての話が、各局で取り上げられている。
「へぇ。いろいろな意見もあるものだと‥」
――コンコン
『ルームサービスをお持ちしました』
「いゃっほぅ。お待ちしましたよ」
扉に向かって鍵を開ける。
そして扉を開くと。
『大人しくしていれば命は取らない。下がりなさい』
二人組の男性が銃を構えて立っている。
(マジですか)
そーっと下がるマチュア。
一人の男は鍵をかけてそこで待機。
もう一人の男がマチュアに椅子に座るように促した。
『この後、私たちのスタッフと一緒に来てもらう。異論は認めません。ナニモシナケレバコロサナイ、オトナシクシテイロ』
最後は片言の日本語。
言葉の感じは西側、海の向こうの漢字の国であろう。
「はぁ。このあと何組の諜報が来ることやら。もう面倒くさくなって来たぞ」
――シュンッ
すかさず拘束の矢を放って目の前の男を倒す。
その音でこちらに来た男にも拘束の矢を叩き込むと、もう一度強めに一発ずつ叩き込んでおく。
「全く。どうしてこうも、利権が絡むと強引な手を使うかなぁ。話し合いという方法を取れよ」
再び装備を取り上げると、ベッドルームに二人も放り込む。
そしてテレビの前に戻ると、またしても扉をノックする音。
『失礼します。ルームサービスをお待ちしました』
「本物かな?今度こそ鉛の弾じゃなくサンドイッチかな?」
ワクワクしながら扉を開ける。
「マチュア様ですね。ルームサービスです。入室よろしいですか?」
「どうぞどうぞ。ささ、お待ちしてました」
ワゴンを押しながら給仕が室内に入ると、テーブルの上に料理を並べる。
食器は明日下げに来ますので、そのままにしておいてください。それでは失礼します」
「はいありがとうございました」
――ガチャッ
ルームサービスが部屋から出ると、鍵を掛けて早速食事をとる。
サンドイッチとコーヒー、あとはデザートプレートが並んでいる。
「うううっ。やっと食べられる。本当に良かった」
テレビを眺めながら、マチュアは一時の休息を楽しんでいた。
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