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第七部 これからの日常、異世界の日常
異世界の章・その6 本格的な交渉の前の……
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さて。
マチュアが異世界から帰還して三日間。
この間にマチュアは様々な記憶を呼び戻し、自分たちの住む世界が有利になるような交渉を考えていた。
交渉相手はマチュアの知らない地球の日本。
自分の知識は専門ではない為不十分。
だが、確実に優先権を手に入れなくてはならない。
「頭痛いわ‥‥」
「治癒魔法使いますか?」
「ちゃうわ。考え事をして頭が痛いと言っているんだよぅ。ツヴァイは良いよね‥‥」
「それはゴーレムに対する偏見です。ストライキ起こしますよ?」
などと訳の分からないやり取りをギルド事務室で話している。
「マチュア様の知識である程度話をすれば良いのでは?」
「そうなんだけれどねぇ。まあ、なんぼでも揺さぶりをかけることはできるか。お土産に宝石と金塊持って行くから用意しておいて」
「はいはい。このあたりの宝石は大きいですからねぇ。適当に見繕っておきますよ」
「頼むわ。出来るだけ大きいやつね。資源力をアピールしてこちら主導にする」
お互いの世界を行き来する手段が|転移門(ゲート)しかない時点で、有効打はこちらにある。
そこを上手く使うしかない。
「それじゃあこっちも準備してくるわ」
そう話すと、マチュアは異世界ギルドの魔法陣の上に座ると、|深淵の書庫(アーカイブ)を起動した。
「さてと、|深淵の書庫(アーカイブ)起動。異世界に向かう、異世界から来る条件設定の変更‥‥」
――キィィィィィィン
足元の魔法陣が輝いて紋様が変化し始める。
すると、魔法陣の横で|転移門(ゲート)の管理をしていた猫族獣人のミヌエットが、動く紋様にウズウズしている。
「マチュアさまぁ。このモゾモゾする動きは私に対する挑戦ですかぁ?」
「おや、見ていたのか。楽しいでしょ?」
「楽しいと言うか、野生の本能が疼くのですよぉ」
耳がピクピクと動き、髭もピーンと張り詰めている。
「はいはい。あと少しで終わるからねぇ」
やがて魔法陣が静かに定着すると、ミヌエットも落ち着いたようである。
「マチュア様、終わったのですか?」
「ええ。そろそろ行かないといけませんからねぇ」
――シュンッ
一瞬で白銀のローブを身に纏うと、前回よりも落ち着いた衣服を身につけた。
やがてカバンを手にしたツヴァイとゼクスがやって来ると、荷物をゼクスに手渡した。
「では、護衛しっかりとお願いしますね」
「お任せください。このルックスで異国の女性を虜にしてきまフベシッ‼︎」
――スパァァァァン
ゼクスの顔面にハリセンを叩き込むマチュア。
「やるなとは言わない。が、節度は持ちなさい。異世界の美形騎士とエルフの女王と言うだけで、その趣味の方々の食いつきは良いはずなんだから」
「ふぁ、ふぁい」
そう呟くと、マチュア|転移門(ゲート)に魔力を注ぎ始める。
ゆっくりと扉が輝くと、やがてマチュアとゼクスの姿はスッと消えた。
そこから先は白亜の世界。
目の前の扉に魔力を注ぐと、マチュアとゼクスは再び赤レンガ庁舎の前に転移した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
――パチパチパチパチッ
遠くから大量のカメラの音が響く。
|転移門(ゲート)の周囲はかっちりと機動隊が取り囲み、マチュアとゼクスを警備している。
赤レンガ庁舎のフェンスの中には日本政府の関係者のみが入っており、取材陣やマチュアたちを一目見ようとやってきた人々は全てフェンスの外で様子を眺めている。
そして|転移門(ゲート)の前には、演壇と演台、大量のマイクが用意されていた。
マチュア達が|転移門(ゲート)から姿を現すと、すぐ目の前の仮設テントから少し髪が薄い男性が秘書官を伴ってやってきた。
「初めまして。日本国内閣府よりやってきました|菅野義偉(すがのよしひで)内閣官房長官と申します。お会いできて光栄です」
「此方こそ。カリス・マレスより外交使節としてまいりましたカナン魔導連邦のマチュア・フォン・ミナセと申します」
菅野官房長官が差し出した手を見て、一瞬ためらうフリをするがすぐに握り返すマチュア。
その瞬間、大量のフラッシュがたかれた。
「お互いに歩み寄るために、今日はお話を聞かせていただきたいです」
「そうですね。では、これは我が国からのお土産ということで」
そのマチュアの言葉に、ゼクスはカバンから拳大の金剛石の原石や金塊を取り出して演台に乗せた。
「此れは此れは。たいそうなプレゼントをありがとうございます。もし宜しければ会食など行いながらまずは親睦を高めたいのですが、如何でしょうか?」
日本の政治接待を味わうことになるマチュアだが。
まだまだ相手の土俵には乗らない。
周囲に漂う魔力を感知すると、先日感じた魔力がまた此方に向けられているのを感じ取った。
「そうですね。では、私もあまり時間がありませんので‥‥そこの建物ででしたら」
赤レンガ庁舎隣のレストランを指差すマチュア。
「いえ、あのような場所でなく正式な場所をご用意しましたが」
「いえ、そのような格式張った場所ではなく、もっとリラックスして話をしたいので。どうぞ宜しくお願いします」
そう告げると、菅野官房長官はすぐさま秘書官に連絡して確認を取らせに走らせる。
「では、確認が取れるまでは、どうぞ此方へ。外にいると落ち着かないでしょうから」
「寧ろ私たちは自然と共に生きていますので、外にいるのは気になりませんわ。この世界の自然は悲鳴をあげていますから、急ぎなんとかしなくてはなりませんけれど」
壇上から降りると、マチュアは近くの木に手をかざす。
(やっぱり排気ガスと大気汚染でかなり弱っているなぁ)
そのまま木に魔力を注いで回復を促す。
すると木全体が綺麗に輝き、活き活きと蘇り始めた。
――ウォォオォォォァ
その光景に周囲の者たちは騒めき立つ。
「もう少し自然環境を大切にしてください。このように弱々しく生きる者たちを見ると悲しくなってしまいます」
演壇に戻り菅野官房長官にそう話す。
すると、冷や汗を拭いながら菅野官房長官も静かに頷いた。
「我が国としても出来る限り善処する方向で考えさせて頂きます」
「宜しくお願いします。私たちは世界に生きる力を与えてもらっているのです。ですから、世界をないがしろにするような国とは国交を結びたくはありませんので。世界にはいくつもの国があるのですよね?」
「ええ。その中でも我が日本国が最初の交渉相手として選ばれた事を光栄に思います」
そう話していると、どうやら秘書官の方でOKを貰えたらしい。
「では、そちらの建物に向かうとしましょう。どうやら許可も取れたようですし、詳しい話はその中ということで宜しいですか?」
「結構ですね。ではゼクス、参りましょう」
そう傍らで待機していたゼクスに告げると、ゼクスもコクリと頷いてマチュアの後ろについた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
案内されたのは一つの客室。
あまり華美でなく、それでいて様式美はしっかりとしている。
同じテーブルについたのは、カリス・マレスからはマチュアとゼクスの二人。
かたや日本国代表は菅野官房長官ともう一人。
「初めまして。防衛省大臣を務めています小野寺久明と申します」
「これはご丁寧に。マチュア・フォン・ミナセです」
そう挨拶を終えると、全員が席に着く。
すぐさまソフトドリンクが持ち込まれると、給仕の男性がマチュアに問いかけた。
「果実を絞ったジュースはお飲みできますか?」
「その色は我が国のオランジュの実と同じですね。頂きます」
オレンジジュースがガラスのコップに二つ注がれると、それぞれをマチュアとゼクスの前に置く。
それをゼクスが一口飲むと、マチュアにコクリと頷いた。
『毒味する必要はないのでしょうけれど、こうしたほうがいいのですよね?』
『ナイスだよゼクス』
そんな事を念話で話す二人。
そしてマチュアも軽く一口。
「これは美味しいですね。それにガラスをここまで薄く作り出す技術はたいしたものですわ」
「それはありがとうございます。まず、話の大前提として、我が日本国はカリス・マレスとの国交については前向きに考えています」
菅野官房長官がそう話を切り出した。
「それは助かります。我が国としても異世界との交渉は初めての事、魔術により多少はこの世界のことは勉強してきましたが、まだまだ勉強不足ですのでその辺はご了承ください」
頭を下げるかとはしない。
堂々と菅野官房長官の目を見てそう告げる。
「ええ。お互いに良い方向に進めるように努力しましょう」
その言葉が出るのを待って、マチュアは一言。
「では、国の代表である私が来たのに、何故日本国はその代表が迎え入れてくれないのかお答え頂けるでしょうか?」
本来ならば総理大臣が迎えるべきである。
そうマチュアが考えたが。
「我が国の代表である阿倍野慎三総理大臣は現在他国との会議のため、日本にはいないのですよ。ですので私が本日は代理としてやって参りました」
「そういう事でしたか。それは失礼しました。では、まずは貴方達も色々と聞きたいことがあるでしょうから、そこから話をしましょう。質問をどうぞ?」
そう提案すると、菅野官房長官はいくつかの質問を始めた。
この異世界にやって来たのは何故か?
どうやって来るのか?
私たち日本人も異世界に行くことはできるのか?
国のシステムは?
法律はどうなっているのか?
それらの質問については嘘偽りなく全て答えた。
「この世界にやって来たのは、私たちの世界で初めて、異世界に向かう扉を作り出すのに成功したからです。私たちとしても、異世界も隣の大陸も大した違いはないと思いまして、国交が結べるかどうかやってきたのです」
録音機を回して会話を収める小野寺。
無表情で淡々としているその姿は大したものである。
「私たちの世界とこの世界を繋ぐのは、先ほどの広場にあった|転移門(ゲート)を用います。一定量の魔力があれば誰でも使うことができます。そして私たちの国では、|転移門(ゲート)の先に異世界から来た人々の検査をする場所を設けてあります。この世界でいう‥‥」
「税関や防疫所のような所ですか?」
小野寺がそう告げると、マチュアも静かに頷く。
「恐らくはそうかと。私たちの世界のものがこちらで扉を開けば、一定量以上の魔力がある方でしたら通ることはできますよ」
その言葉には、目の前の二人も驚いている。
「国のシステムというものがよくはわかりませんが、我が国は女王である私が全ての決定を持っています。大まかな部分は宰相に任せていますけれどね」
「私たちの世界にも、同じような政治形態を持つ国があるのでわかります」
ウンウンと頷く菅野官房長官。
「法律という概念はありますが、それほど細かくはありませんね。殺人や盗みは厳重に罰せられますが、それ以外はだいたいは都市内にある騎士団に報告して、そこで裁かれるものでして」
――コンコン
一通りの話をしていると、どうやら会食の準備ができたらしい。
「失礼します。お時間となりましたので、お食事を運ばせて頂きます」
給仕が丁寧に頭を下げると、一品ずつ料理が運ばれてくる。
そして運ばれてくるたびに、給仕が料理の説明と食べ方を教えてくれた。
もっとも。
マチュアは一通りのテーブルマナーは熟知しているので、横でゼクスが聞いてその通りにやっているのを真似て誤魔化している。
それにしても。
『美味いっ。これは凄いなぁ。本物の会食料理なんて久し振りに食べたよ。なぁゼクス』
『マチュア様、これ作れますか?是非今度作ってください』
『まてまて。材料が違うし、私はここまで本格的なフレンチは作れないぞ‥‥そうだ、ここのシェフ連れて帰るか?』
『ナイスです。それで話をして見ましょう』
君たち、念話で本末転倒していますよ。
そのまま他愛ない会話をしながら、食事を続けるマチュアたち。
各種ギルドの存在や冒険者という職業についての話もした。
|魂の護符(プレート)やギルドカードという魂からのデータ抽出技術についての説明には、ふたりともかなり食いついている。
そして防衛大臣が食いついたのは騎士団の練度と魔法の存在。
「例えばですが、私たちの世界の者がカリス・マレスに向かい、冒険者としての登録を行って技術を覚えてくることは可能でしょうか?」
「不可能ではないかと思いますよ。私は女王であると同時に、魔術については最高クラスである賢者の称号も持っています。人を癒す事はおろか死者の蘇生、一撃で人を死に至らしめる魔術や巨大な湖を一瞬で蒸発させられるような攻撃魔術も使えます」
――ゴクッ
恐怖からか生唾を飲み込む小野寺防衛大臣。
「では、そちらのゼクス殿もそのような力をお持ちで?」
「今この場で、お二人に気づく事なくその首を切断するぐらいは簡単です」
「いえ、それは謹んでお断りしたいですね」
「ですが、そのような強い技術を得ることが出来るかもしれませんよ? この世界の人間でも。それらを取り締まることができますか?」
その説明には、腕を組んで考えている小野寺防衛大臣。
そんな会話をしていると、最後のデザートが運び込まれてきた。
――ガチャッ
静かに扉が開き、本日の料理を担当したシェフが挨拶にやって来た。
「本日は我がレストランをご利用いただきありがとうございます。シェフ代行の赤城と申します」
丁寧に頭を下げる赤城。
年齢的には20代後半ぐらい。
中々端正の取れた綺麗な女性である。
するとマチュアはゆっくりと立ち上がると、赤城に近づいていった。
――ガシッ
赤城の手を取ると、ブンブンと強引に握手をする。
『魔力は‥‥へぇ、体内の魔力回路は開いているのか。なら少し流れを良くしてあげよう』
両手から魔力を流し込むと、すぐさま回路が全開になった。
これはマチュアも予想外であった。
『魔力係数は200ぐらいか。Aランク冒険者に匹敵するとは、いるところにはいるねぇ』
そう考えてから、マチュアは丁寧にお礼を言う。
「本日は私のわがままにお付き合い頂いてありがとうございます。最高の料理でした」
「それは光栄です」
少し照れたように返事を返してくる赤城。
ならばもう一押し。
「もし国交が認められたら、また食べにきます。というか、勝手に食べにきます」
笑顔でそう告げるマチュア。
この言葉には赤城も気を良くしたようである。
「是非いらしてください。ですが次の来店はせめて前日までに予約していただけると助かります」
「そうですね。その時はお願いします」
よし、此処でトドメだ。
「このまま連れて帰ってうちの王城で働いて欲しいぐらいですよ」
――キラーン
そのマチュアの言葉に、菅野官房長官の瞳が光ったような気がするが気のせいであろう。
「あはは。私、給料高いですよ」
愛想笑いする赤城に。
「月に白金貨5枚出します。それだけの価値があると思いますので」
――ゴホン
そこまで話していると、ゼクスが咳払いをする。
「ミナセ女王、そろそろお話の続きです。赤城さんも困っているではありませんか」
その言葉でとっさに手を離すマチュア。
「あらあら、これは失礼。ではまたご縁がありましたら」
「はい。それでは失礼します」
最後に深々と挨拶すると、赤城はゆっくりと部屋から退室する。
そしてもう一度席に着くと、再び話を始める。
「通貨に対する概念はおありのようで。どのような通貨をお使いか教えて頂けると助かります」
「私たちの国では、貨幣を用います」
そう話してから、白金貨、金貨、銀貨、銅貨、鉄貨を綺麗に並べる。
「皆さんの世界でいう10進法というので問題はありませんが、白金貨だけは金貨100枚の価値があります。日本はどのような通貨単位なのですか?」
その問いに、菅野官房長官が一円玉から一万円札まで綺麗に並べる。
そしてそれぞれの説明をしてくれるが、マチュアの知っている貨幣感覚とまったく相違ない。
「成る程。では、もし国交が結ばれた場合は、これらの価値のすり合わせもしなくてはいけないですね」
「それらの事は私たちは為替レートと申します。お互いの文化などを考えて取り決めなくてはなりません」
この話し合いを失敗すると力いっぱい搾取される。
ここは一歩も引きたくないが、どの程度がいいのか専門知識がないのが辛い。
「では近いうちに、皆さんの代表を我が国にご招待しましょう。日本の代表として、そうですねぇ‥‥四名をご招待します。選定に時間が掛かると思いますので、5日後の正午に|転移門(ゲート)を開いて迎えに参ります。日程で問題なければ二、三日宿泊することも出来ますよ」
そうあっさりと告げると、菅野官房長官が少し考えて。
「では三日ほど、異世界で生活させて頂けると助かります」
「わかりました。それでは五日後にお迎えに参りますわ」
「こちらから一方的に質問させて頂いて申し訳ありません。ミナセ女王からは質問はありますか?」
そう問われたが、いまはとりあえず保留することにした。
『まあ、いずれこっそりとやってきて本屋で資料を買い漁ればなんとかなるか』
「今のところは特にありませんが。私たちはご覧のように武装しているのが当たり前の世界です。可能でしたら外交特権と言うのですか?それの証明を発行していただきたいのですが」
いきなり切り出してみるマチュア。
「成る程。たしかに我が国の法律では、そのような装備を持っていると警察に捕まります。しかし、いきなり所持の許可証など発行する事は難しいのですよ」
小野寺防衛大臣がマチュアにそう説明するが。
「はて?私が調べた限りでは、外交特権があれば法的保護を受けられるのでは?身体的不可侵や刑事裁判の免除など。それについては?」
そのマチュアの言葉には、小野寺防衛大臣も凍りつく。
ならばとマチュアはニッコリと笑った。
「この回答は5日後に頂けると助かりますわ。護衛の騎士は私を守るために帯剣しているのですよ?右も左も知らない異国でどのように身を守れと?」
それだけ告げると、マチュアとゼクスは立ち上がった。
「では5日後にお迎えにあがります。くれぐれもこの世界の‥‥そうそう、記録媒体は持ち込まないでくださいね。羊皮紙や紙に書き記すのは構いませんけれど、ギミックのあるものは好ましくないので」
「分かりました。では5日後にそちらの世界に行く者を選別しておきましょう」
ニコリと笑いながら、菅野官房長官はマチュアに握手を求める。
それを軽く握り返すと、マチュアは菅野官房長官の魔力を計測した。
『魔力係数33。へぇ、まだある方だねぇ』
そう考えると、マチュアは素直に説明することにした。
「因みにですが、体内の魔力が低いと魔障酔いという感覚に落ちて身動きが取れなくなります」
「それはまた、何故起こるのですか」
「簡単に説明すると、この世界の人間でしたら、体内の魔力が低いために外から魔障が一気に浸透してきて酩酊状態になるようなものと思ってください。そのため、私たちの世界に来る人は、一定量以上の魔力がなくては無理でしょう」
「それは測定する事はできますか?」
小野寺防衛大臣が問いかけて来るが。
「魔道具として作る必要がありますが。それは国交を結ぶ国に貸与しましょう。私は相手の手を握ると適正かどうか分かりますが。菅野官房長官はまあまあ適正者ですね」
「そ、それでは、私は?」
「では失礼して‥‥」
差し出された小野寺防衛大臣の手を握る。
『魔力係数8。最低でも30ないと無理だよなぁ』
「誠に申し訳なりません。小野寺防衛大臣は適正値にかなり足りません‥‥そうそう、先ほどのシェフ、赤城さんと申しましたか。あの方の魔力は、私たちの世界の上位の魔術師に匹敵しますよ。鍛えればさまざまな魔術を使えるようになるかもしれませんね」
にこやかに告げるマチュア。
それでこの日の会談は終了した。
再び外に出て|転移門(ゲート)前まで向かうと、マチュアとゼクスは再度菅野官房長官と小野寺防衛大臣と握手をしたのち、扉の向こうへと消えていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
――カリカリカリカリ
黙々と報告書を作るマチュア。
2回目の来訪も完了したので、次は日本からの使節団がやって来る。
そのための準備を行わなくてはならない。
宿の手配や通訳の準備、基本的には彼らに好きなようにこの世界を見てもらうのである。
「よし、これで完了。フィリップさん、報告書のチェックをお願いします」
奥の席で書類を確認しているフィリップの元に報告書を持っていくマチュア。
「では、先に確認しましょう‥‥」
ゆっくりと内容を確認すると、5分後にはウンウンと頷いている。
「問題ありませんね。お疲れ様でした」
「宿の手配はどうするかな‥‥」
「馴染み亭で宜しいのでは?如何なる国の王族にも対応できる宿ですよ?」
そのフィリップの言葉に腕を組んで考える。
確かに問題はないが、常連客がとにかく下品な奴が多い。
5日後から三日間も貸切にして、あの連中が納得するかどうか‥‥。
「王城に客室を用意させるわ。ではちょっといってきますね」
「宜しくお願いします。その交渉は私よりもスムーズに出来そうですので」
「あっはっは。そもそも交渉いらないからね」
それだけを告げて、マチュアはシュンッと王城に転移した。
‥‥‥
‥‥
‥
「あの、フィリップさん?」
マチュアが転移したのを確認してから、異世界ギルドの職員達がフィリップに話しかけている。
「はい。どうなさいましたか?」
「マチュア様のことなんですが。私たちの上司であるマチュアさんは、この国の女王なのですよね?」
今更な質問をする職員だが。
他の職員たちもウンウンと頷いている。
「ええ。ここで働いているときは女王ではなく商人か冒険者のマチュアですよ?」
「その間は王城にはマチュア様の代わりの方がいるのですよね?マチュア様そっくりの」
「そうですよ。それがどうかしましたか?」
「たまに町の中で二人とも一緒にいるのを見かけるのですが、そのような時はどうすれば良いのですか?二人が入れ替わる事はあるのですか?」
なるほど。
その心配はごもっともです。
「外見で判断してください。中身がどちらであれ、女王は女王、商人は商人です。その対応で問題ありませんし、中身を気遣って対応すると後で説教されますよ」
笑いながら告げるフィリップ。
そう考えると、カレンは上手く対処していると思った。
「さあ、そろそろ夕方の鐘がなりますよ。キリのいいところで仕事は終わらせてくださいね」
パンパンと手をたたきながら話すと、フィリップも自分の席で明日に回していい書類をまとめ始めた。
マチュアが異世界から帰還して三日間。
この間にマチュアは様々な記憶を呼び戻し、自分たちの住む世界が有利になるような交渉を考えていた。
交渉相手はマチュアの知らない地球の日本。
自分の知識は専門ではない為不十分。
だが、確実に優先権を手に入れなくてはならない。
「頭痛いわ‥‥」
「治癒魔法使いますか?」
「ちゃうわ。考え事をして頭が痛いと言っているんだよぅ。ツヴァイは良いよね‥‥」
「それはゴーレムに対する偏見です。ストライキ起こしますよ?」
などと訳の分からないやり取りをギルド事務室で話している。
「マチュア様の知識である程度話をすれば良いのでは?」
「そうなんだけれどねぇ。まあ、なんぼでも揺さぶりをかけることはできるか。お土産に宝石と金塊持って行くから用意しておいて」
「はいはい。このあたりの宝石は大きいですからねぇ。適当に見繕っておきますよ」
「頼むわ。出来るだけ大きいやつね。資源力をアピールしてこちら主導にする」
お互いの世界を行き来する手段が|転移門(ゲート)しかない時点で、有効打はこちらにある。
そこを上手く使うしかない。
「それじゃあこっちも準備してくるわ」
そう話すと、マチュアは異世界ギルドの魔法陣の上に座ると、|深淵の書庫(アーカイブ)を起動した。
「さてと、|深淵の書庫(アーカイブ)起動。異世界に向かう、異世界から来る条件設定の変更‥‥」
――キィィィィィィン
足元の魔法陣が輝いて紋様が変化し始める。
すると、魔法陣の横で|転移門(ゲート)の管理をしていた猫族獣人のミヌエットが、動く紋様にウズウズしている。
「マチュアさまぁ。このモゾモゾする動きは私に対する挑戦ですかぁ?」
「おや、見ていたのか。楽しいでしょ?」
「楽しいと言うか、野生の本能が疼くのですよぉ」
耳がピクピクと動き、髭もピーンと張り詰めている。
「はいはい。あと少しで終わるからねぇ」
やがて魔法陣が静かに定着すると、ミヌエットも落ち着いたようである。
「マチュア様、終わったのですか?」
「ええ。そろそろ行かないといけませんからねぇ」
――シュンッ
一瞬で白銀のローブを身に纏うと、前回よりも落ち着いた衣服を身につけた。
やがてカバンを手にしたツヴァイとゼクスがやって来ると、荷物をゼクスに手渡した。
「では、護衛しっかりとお願いしますね」
「お任せください。このルックスで異国の女性を虜にしてきまフベシッ‼︎」
――スパァァァァン
ゼクスの顔面にハリセンを叩き込むマチュア。
「やるなとは言わない。が、節度は持ちなさい。異世界の美形騎士とエルフの女王と言うだけで、その趣味の方々の食いつきは良いはずなんだから」
「ふぁ、ふぁい」
そう呟くと、マチュア|転移門(ゲート)に魔力を注ぎ始める。
ゆっくりと扉が輝くと、やがてマチュアとゼクスの姿はスッと消えた。
そこから先は白亜の世界。
目の前の扉に魔力を注ぐと、マチュアとゼクスは再び赤レンガ庁舎の前に転移した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
――パチパチパチパチッ
遠くから大量のカメラの音が響く。
|転移門(ゲート)の周囲はかっちりと機動隊が取り囲み、マチュアとゼクスを警備している。
赤レンガ庁舎のフェンスの中には日本政府の関係者のみが入っており、取材陣やマチュアたちを一目見ようとやってきた人々は全てフェンスの外で様子を眺めている。
そして|転移門(ゲート)の前には、演壇と演台、大量のマイクが用意されていた。
マチュア達が|転移門(ゲート)から姿を現すと、すぐ目の前の仮設テントから少し髪が薄い男性が秘書官を伴ってやってきた。
「初めまして。日本国内閣府よりやってきました|菅野義偉(すがのよしひで)内閣官房長官と申します。お会いできて光栄です」
「此方こそ。カリス・マレスより外交使節としてまいりましたカナン魔導連邦のマチュア・フォン・ミナセと申します」
菅野官房長官が差し出した手を見て、一瞬ためらうフリをするがすぐに握り返すマチュア。
その瞬間、大量のフラッシュがたかれた。
「お互いに歩み寄るために、今日はお話を聞かせていただきたいです」
「そうですね。では、これは我が国からのお土産ということで」
そのマチュアの言葉に、ゼクスはカバンから拳大の金剛石の原石や金塊を取り出して演台に乗せた。
「此れは此れは。たいそうなプレゼントをありがとうございます。もし宜しければ会食など行いながらまずは親睦を高めたいのですが、如何でしょうか?」
日本の政治接待を味わうことになるマチュアだが。
まだまだ相手の土俵には乗らない。
周囲に漂う魔力を感知すると、先日感じた魔力がまた此方に向けられているのを感じ取った。
「そうですね。では、私もあまり時間がありませんので‥‥そこの建物ででしたら」
赤レンガ庁舎隣のレストランを指差すマチュア。
「いえ、あのような場所でなく正式な場所をご用意しましたが」
「いえ、そのような格式張った場所ではなく、もっとリラックスして話をしたいので。どうぞ宜しくお願いします」
そう告げると、菅野官房長官はすぐさま秘書官に連絡して確認を取らせに走らせる。
「では、確認が取れるまでは、どうぞ此方へ。外にいると落ち着かないでしょうから」
「寧ろ私たちは自然と共に生きていますので、外にいるのは気になりませんわ。この世界の自然は悲鳴をあげていますから、急ぎなんとかしなくてはなりませんけれど」
壇上から降りると、マチュアは近くの木に手をかざす。
(やっぱり排気ガスと大気汚染でかなり弱っているなぁ)
そのまま木に魔力を注いで回復を促す。
すると木全体が綺麗に輝き、活き活きと蘇り始めた。
――ウォォオォォォァ
その光景に周囲の者たちは騒めき立つ。
「もう少し自然環境を大切にしてください。このように弱々しく生きる者たちを見ると悲しくなってしまいます」
演壇に戻り菅野官房長官にそう話す。
すると、冷や汗を拭いながら菅野官房長官も静かに頷いた。
「我が国としても出来る限り善処する方向で考えさせて頂きます」
「宜しくお願いします。私たちは世界に生きる力を与えてもらっているのです。ですから、世界をないがしろにするような国とは国交を結びたくはありませんので。世界にはいくつもの国があるのですよね?」
「ええ。その中でも我が日本国が最初の交渉相手として選ばれた事を光栄に思います」
そう話していると、どうやら秘書官の方でOKを貰えたらしい。
「では、そちらの建物に向かうとしましょう。どうやら許可も取れたようですし、詳しい話はその中ということで宜しいですか?」
「結構ですね。ではゼクス、参りましょう」
そう傍らで待機していたゼクスに告げると、ゼクスもコクリと頷いてマチュアの後ろについた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
案内されたのは一つの客室。
あまり華美でなく、それでいて様式美はしっかりとしている。
同じテーブルについたのは、カリス・マレスからはマチュアとゼクスの二人。
かたや日本国代表は菅野官房長官ともう一人。
「初めまして。防衛省大臣を務めています小野寺久明と申します」
「これはご丁寧に。マチュア・フォン・ミナセです」
そう挨拶を終えると、全員が席に着く。
すぐさまソフトドリンクが持ち込まれると、給仕の男性がマチュアに問いかけた。
「果実を絞ったジュースはお飲みできますか?」
「その色は我が国のオランジュの実と同じですね。頂きます」
オレンジジュースがガラスのコップに二つ注がれると、それぞれをマチュアとゼクスの前に置く。
それをゼクスが一口飲むと、マチュアにコクリと頷いた。
『毒味する必要はないのでしょうけれど、こうしたほうがいいのですよね?』
『ナイスだよゼクス』
そんな事を念話で話す二人。
そしてマチュアも軽く一口。
「これは美味しいですね。それにガラスをここまで薄く作り出す技術はたいしたものですわ」
「それはありがとうございます。まず、話の大前提として、我が日本国はカリス・マレスとの国交については前向きに考えています」
菅野官房長官がそう話を切り出した。
「それは助かります。我が国としても異世界との交渉は初めての事、魔術により多少はこの世界のことは勉強してきましたが、まだまだ勉強不足ですのでその辺はご了承ください」
頭を下げるかとはしない。
堂々と菅野官房長官の目を見てそう告げる。
「ええ。お互いに良い方向に進めるように努力しましょう」
その言葉が出るのを待って、マチュアは一言。
「では、国の代表である私が来たのに、何故日本国はその代表が迎え入れてくれないのかお答え頂けるでしょうか?」
本来ならば総理大臣が迎えるべきである。
そうマチュアが考えたが。
「我が国の代表である阿倍野慎三総理大臣は現在他国との会議のため、日本にはいないのですよ。ですので私が本日は代理としてやって参りました」
「そういう事でしたか。それは失礼しました。では、まずは貴方達も色々と聞きたいことがあるでしょうから、そこから話をしましょう。質問をどうぞ?」
そう提案すると、菅野官房長官はいくつかの質問を始めた。
この異世界にやって来たのは何故か?
どうやって来るのか?
私たち日本人も異世界に行くことはできるのか?
国のシステムは?
法律はどうなっているのか?
それらの質問については嘘偽りなく全て答えた。
「この世界にやって来たのは、私たちの世界で初めて、異世界に向かう扉を作り出すのに成功したからです。私たちとしても、異世界も隣の大陸も大した違いはないと思いまして、国交が結べるかどうかやってきたのです」
録音機を回して会話を収める小野寺。
無表情で淡々としているその姿は大したものである。
「私たちの世界とこの世界を繋ぐのは、先ほどの広場にあった|転移門(ゲート)を用います。一定量の魔力があれば誰でも使うことができます。そして私たちの国では、|転移門(ゲート)の先に異世界から来た人々の検査をする場所を設けてあります。この世界でいう‥‥」
「税関や防疫所のような所ですか?」
小野寺がそう告げると、マチュアも静かに頷く。
「恐らくはそうかと。私たちの世界のものがこちらで扉を開けば、一定量以上の魔力がある方でしたら通ることはできますよ」
その言葉には、目の前の二人も驚いている。
「国のシステムというものがよくはわかりませんが、我が国は女王である私が全ての決定を持っています。大まかな部分は宰相に任せていますけれどね」
「私たちの世界にも、同じような政治形態を持つ国があるのでわかります」
ウンウンと頷く菅野官房長官。
「法律という概念はありますが、それほど細かくはありませんね。殺人や盗みは厳重に罰せられますが、それ以外はだいたいは都市内にある騎士団に報告して、そこで裁かれるものでして」
――コンコン
一通りの話をしていると、どうやら会食の準備ができたらしい。
「失礼します。お時間となりましたので、お食事を運ばせて頂きます」
給仕が丁寧に頭を下げると、一品ずつ料理が運ばれてくる。
そして運ばれてくるたびに、給仕が料理の説明と食べ方を教えてくれた。
もっとも。
マチュアは一通りのテーブルマナーは熟知しているので、横でゼクスが聞いてその通りにやっているのを真似て誤魔化している。
それにしても。
『美味いっ。これは凄いなぁ。本物の会食料理なんて久し振りに食べたよ。なぁゼクス』
『マチュア様、これ作れますか?是非今度作ってください』
『まてまて。材料が違うし、私はここまで本格的なフレンチは作れないぞ‥‥そうだ、ここのシェフ連れて帰るか?』
『ナイスです。それで話をして見ましょう』
君たち、念話で本末転倒していますよ。
そのまま他愛ない会話をしながら、食事を続けるマチュアたち。
各種ギルドの存在や冒険者という職業についての話もした。
|魂の護符(プレート)やギルドカードという魂からのデータ抽出技術についての説明には、ふたりともかなり食いついている。
そして防衛大臣が食いついたのは騎士団の練度と魔法の存在。
「例えばですが、私たちの世界の者がカリス・マレスに向かい、冒険者としての登録を行って技術を覚えてくることは可能でしょうか?」
「不可能ではないかと思いますよ。私は女王であると同時に、魔術については最高クラスである賢者の称号も持っています。人を癒す事はおろか死者の蘇生、一撃で人を死に至らしめる魔術や巨大な湖を一瞬で蒸発させられるような攻撃魔術も使えます」
――ゴクッ
恐怖からか生唾を飲み込む小野寺防衛大臣。
「では、そちらのゼクス殿もそのような力をお持ちで?」
「今この場で、お二人に気づく事なくその首を切断するぐらいは簡単です」
「いえ、それは謹んでお断りしたいですね」
「ですが、そのような強い技術を得ることが出来るかもしれませんよ? この世界の人間でも。それらを取り締まることができますか?」
その説明には、腕を組んで考えている小野寺防衛大臣。
そんな会話をしていると、最後のデザートが運び込まれてきた。
――ガチャッ
静かに扉が開き、本日の料理を担当したシェフが挨拶にやって来た。
「本日は我がレストランをご利用いただきありがとうございます。シェフ代行の赤城と申します」
丁寧に頭を下げる赤城。
年齢的には20代後半ぐらい。
中々端正の取れた綺麗な女性である。
するとマチュアはゆっくりと立ち上がると、赤城に近づいていった。
――ガシッ
赤城の手を取ると、ブンブンと強引に握手をする。
『魔力は‥‥へぇ、体内の魔力回路は開いているのか。なら少し流れを良くしてあげよう』
両手から魔力を流し込むと、すぐさま回路が全開になった。
これはマチュアも予想外であった。
『魔力係数は200ぐらいか。Aランク冒険者に匹敵するとは、いるところにはいるねぇ』
そう考えてから、マチュアは丁寧にお礼を言う。
「本日は私のわがままにお付き合い頂いてありがとうございます。最高の料理でした」
「それは光栄です」
少し照れたように返事を返してくる赤城。
ならばもう一押し。
「もし国交が認められたら、また食べにきます。というか、勝手に食べにきます」
笑顔でそう告げるマチュア。
この言葉には赤城も気を良くしたようである。
「是非いらしてください。ですが次の来店はせめて前日までに予約していただけると助かります」
「そうですね。その時はお願いします」
よし、此処でトドメだ。
「このまま連れて帰ってうちの王城で働いて欲しいぐらいですよ」
――キラーン
そのマチュアの言葉に、菅野官房長官の瞳が光ったような気がするが気のせいであろう。
「あはは。私、給料高いですよ」
愛想笑いする赤城に。
「月に白金貨5枚出します。それだけの価値があると思いますので」
――ゴホン
そこまで話していると、ゼクスが咳払いをする。
「ミナセ女王、そろそろお話の続きです。赤城さんも困っているではありませんか」
その言葉でとっさに手を離すマチュア。
「あらあら、これは失礼。ではまたご縁がありましたら」
「はい。それでは失礼します」
最後に深々と挨拶すると、赤城はゆっくりと部屋から退室する。
そしてもう一度席に着くと、再び話を始める。
「通貨に対する概念はおありのようで。どのような通貨をお使いか教えて頂けると助かります」
「私たちの国では、貨幣を用います」
そう話してから、白金貨、金貨、銀貨、銅貨、鉄貨を綺麗に並べる。
「皆さんの世界でいう10進法というので問題はありませんが、白金貨だけは金貨100枚の価値があります。日本はどのような通貨単位なのですか?」
その問いに、菅野官房長官が一円玉から一万円札まで綺麗に並べる。
そしてそれぞれの説明をしてくれるが、マチュアの知っている貨幣感覚とまったく相違ない。
「成る程。では、もし国交が結ばれた場合は、これらの価値のすり合わせもしなくてはいけないですね」
「それらの事は私たちは為替レートと申します。お互いの文化などを考えて取り決めなくてはなりません」
この話し合いを失敗すると力いっぱい搾取される。
ここは一歩も引きたくないが、どの程度がいいのか専門知識がないのが辛い。
「では近いうちに、皆さんの代表を我が国にご招待しましょう。日本の代表として、そうですねぇ‥‥四名をご招待します。選定に時間が掛かると思いますので、5日後の正午に|転移門(ゲート)を開いて迎えに参ります。日程で問題なければ二、三日宿泊することも出来ますよ」
そうあっさりと告げると、菅野官房長官が少し考えて。
「では三日ほど、異世界で生活させて頂けると助かります」
「わかりました。それでは五日後にお迎えに参りますわ」
「こちらから一方的に質問させて頂いて申し訳ありません。ミナセ女王からは質問はありますか?」
そう問われたが、いまはとりあえず保留することにした。
『まあ、いずれこっそりとやってきて本屋で資料を買い漁ればなんとかなるか』
「今のところは特にありませんが。私たちはご覧のように武装しているのが当たり前の世界です。可能でしたら外交特権と言うのですか?それの証明を発行していただきたいのですが」
いきなり切り出してみるマチュア。
「成る程。たしかに我が国の法律では、そのような装備を持っていると警察に捕まります。しかし、いきなり所持の許可証など発行する事は難しいのですよ」
小野寺防衛大臣がマチュアにそう説明するが。
「はて?私が調べた限りでは、外交特権があれば法的保護を受けられるのでは?身体的不可侵や刑事裁判の免除など。それについては?」
そのマチュアの言葉には、小野寺防衛大臣も凍りつく。
ならばとマチュアはニッコリと笑った。
「この回答は5日後に頂けると助かりますわ。護衛の騎士は私を守るために帯剣しているのですよ?右も左も知らない異国でどのように身を守れと?」
それだけ告げると、マチュアとゼクスは立ち上がった。
「では5日後にお迎えにあがります。くれぐれもこの世界の‥‥そうそう、記録媒体は持ち込まないでくださいね。羊皮紙や紙に書き記すのは構いませんけれど、ギミックのあるものは好ましくないので」
「分かりました。では5日後にそちらの世界に行く者を選別しておきましょう」
ニコリと笑いながら、菅野官房長官はマチュアに握手を求める。
それを軽く握り返すと、マチュアは菅野官房長官の魔力を計測した。
『魔力係数33。へぇ、まだある方だねぇ』
そう考えると、マチュアは素直に説明することにした。
「因みにですが、体内の魔力が低いと魔障酔いという感覚に落ちて身動きが取れなくなります」
「それはまた、何故起こるのですか」
「簡単に説明すると、この世界の人間でしたら、体内の魔力が低いために外から魔障が一気に浸透してきて酩酊状態になるようなものと思ってください。そのため、私たちの世界に来る人は、一定量以上の魔力がなくては無理でしょう」
「それは測定する事はできますか?」
小野寺防衛大臣が問いかけて来るが。
「魔道具として作る必要がありますが。それは国交を結ぶ国に貸与しましょう。私は相手の手を握ると適正かどうか分かりますが。菅野官房長官はまあまあ適正者ですね」
「そ、それでは、私は?」
「では失礼して‥‥」
差し出された小野寺防衛大臣の手を握る。
『魔力係数8。最低でも30ないと無理だよなぁ』
「誠に申し訳なりません。小野寺防衛大臣は適正値にかなり足りません‥‥そうそう、先ほどのシェフ、赤城さんと申しましたか。あの方の魔力は、私たちの世界の上位の魔術師に匹敵しますよ。鍛えればさまざまな魔術を使えるようになるかもしれませんね」
にこやかに告げるマチュア。
それでこの日の会談は終了した。
再び外に出て|転移門(ゲート)前まで向かうと、マチュアとゼクスは再度菅野官房長官と小野寺防衛大臣と握手をしたのち、扉の向こうへと消えていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
――カリカリカリカリ
黙々と報告書を作るマチュア。
2回目の来訪も完了したので、次は日本からの使節団がやって来る。
そのための準備を行わなくてはならない。
宿の手配や通訳の準備、基本的には彼らに好きなようにこの世界を見てもらうのである。
「よし、これで完了。フィリップさん、報告書のチェックをお願いします」
奥の席で書類を確認しているフィリップの元に報告書を持っていくマチュア。
「では、先に確認しましょう‥‥」
ゆっくりと内容を確認すると、5分後にはウンウンと頷いている。
「問題ありませんね。お疲れ様でした」
「宿の手配はどうするかな‥‥」
「馴染み亭で宜しいのでは?如何なる国の王族にも対応できる宿ですよ?」
そのフィリップの言葉に腕を組んで考える。
確かに問題はないが、常連客がとにかく下品な奴が多い。
5日後から三日間も貸切にして、あの連中が納得するかどうか‥‥。
「王城に客室を用意させるわ。ではちょっといってきますね」
「宜しくお願いします。その交渉は私よりもスムーズに出来そうですので」
「あっはっは。そもそも交渉いらないからね」
それだけを告げて、マチュアはシュンッと王城に転移した。
‥‥‥
‥‥
‥
「あの、フィリップさん?」
マチュアが転移したのを確認してから、異世界ギルドの職員達がフィリップに話しかけている。
「はい。どうなさいましたか?」
「マチュア様のことなんですが。私たちの上司であるマチュアさんは、この国の女王なのですよね?」
今更な質問をする職員だが。
他の職員たちもウンウンと頷いている。
「ええ。ここで働いているときは女王ではなく商人か冒険者のマチュアですよ?」
「その間は王城にはマチュア様の代わりの方がいるのですよね?マチュア様そっくりの」
「そうですよ。それがどうかしましたか?」
「たまに町の中で二人とも一緒にいるのを見かけるのですが、そのような時はどうすれば良いのですか?二人が入れ替わる事はあるのですか?」
なるほど。
その心配はごもっともです。
「外見で判断してください。中身がどちらであれ、女王は女王、商人は商人です。その対応で問題ありませんし、中身を気遣って対応すると後で説教されますよ」
笑いながら告げるフィリップ。
そう考えると、カレンは上手く対処していると思った。
「さあ、そろそろ夕方の鐘がなりますよ。キリのいいところで仕事は終わらせてくださいね」
パンパンと手をたたきながら話すと、フィリップも自分の席で明日に回していい書類をまとめ始めた。
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