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第七部 これからの日常、異世界の日常
異世界の章・その3 筋肉とモツについて語ろう。
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本名・高遠ミャウ
種族・人間(亜人)
年齢・20歳だった。転生後は20歳として設定されている模様
「‥‥」
サムソンのいつもの『鋼の煉瓦亭』。
そこでのんびりとストームは晩酌をしているところであった。
1ヶ月前、ストームはサムソンからクレスト伯爵領に向かう途中で行き倒れの少女を救出した。
それが高遠ミャウ。
ストームと違う地球からの転生者であり、元々の種族は猫。
神様ズの粋なはからいで人間となり、魂のレベルで生き別れたおばあさんを探しているらしい。
もっとも、その辺りの事情は全く教えておらず、純粋に記憶を失っている少女として生活してもらうことにした。
サムソンにある『冒険者訓練施設』に入学し、普通に寮生活も始めると、ミャウの持つ特技がだんだんと発揮され始めた。
その類まれなる『人懐っこさ』と周りの人間を穏やかにする『安穏とした空間づくり』により、ミャウは少しずつではあるがサムソンの人々にも溶け込み始めていた。
「‥‥おや、ストームさんは今日は一人酒ですか?」
エールの入ったマグカップを手に、クリスティナとデクスターが同じテーブルに座った。
「まあ、たまにはそういうことも‥‥デクスター、随分と久し振りだな?」
「ああ、ようやくサムソンに戻ってこれたぜ。ずっとシュトラーゼ公国にいたのでなぁ‥‥」
――ドキッ
そーっとクリスティナの方をみるストーム。
すると、目をぱちぱちとさせるクリスティナがいる。
「ほほう。確か任務でいっていたんだよな?もうそれは終わったのか?」
「ああ。まったく長い任務だった。今だから言えるが、シュトラーゼ公国がこのウィル大陸に対して侵攻するかもしれないと、とある貴族から調査依頼があってなぁ。俺とクリスティナ、あとはデュラン、レインの4人で色々と調べていたんだがなぁ。運が悪く全員捕まっちまって、おれはシュトラーゼの北方の鉱山送りになっちまって」
お、おおおう。
随分と厳しい状況に。
「それで?」
「ずーっと鉱山で生活していたんだが、ある日、いきなり恩赦とかいわれて放免されてな。デュランとレインもその数日後には合流できたんだが、クリスティナだけは会うことができなかった。それでこいつとそっくりな執務官がシュトラーゼ王城で働いていると聞いて、俺はピンときたんだ」
ふむふむ。
だんだんと熱弁にも力が入り始めている。
だが、フォークに刺さった腸詰めを振り回すのはやめろ。
「クリスティナはまだ調査を続けているってね。それで俺はある新月の夜、王城に忍び込んだ‥‥クリスティナとつなぎを取るためにな。それがまた大失敗でな、本当にただのそっくりさんだったらしくて、そのまま不敬罪まで適用されて俺はシュトラーゼの地下監獄に幽閉されたわけだ」
なんたる失態。
もう少し調べてから行動しろとストームは言いたくなったが。
「それで、脱走したのか?」
「まさか。1年前にようやく解放されたよ。シュトラーゼ公国は巨大な結界に包まれているんだ、赤神竜の襲撃にもびくともしない。そこから俺はなんとか逃げ延びて、つい先日ようやくサムソンに戻ってきたんだ」
「まあ、私が偶然正門前でデクスターを見つけてね。それで今日連れてきたって言うことよ」
クリスの言葉にウンウンと頷くと、デクスターはマグカップを高々と掲げる。
「なにはともあれ、今日は俺が無事に戻ってこれた記念だ。俺がおごる。みんな飲んでくれ!!」
――カッパァァァァァン
彼方此方でマグカップが打ちなる音が響く。
「今日はごちそうになるぜ!!」
「さすがデクスター。いい酒飲ませてもらうよ」
「ゴチになります!!」
酒場の常連たちが楽しそうにデクスターに声を掛けた。
「それで、また明日からは冒険者生活に戻るのか?」
ストームがそう問いかけてみると。
「そこなんだよ。クリスティナとこいつの冒険者チーム『|影の踊り子(シャドゥダンサーズ)』が冒険者の功績を讃えられてサムソンの騎士団に登用されているだろう? えーと、何ていう騎士団だっけ」
「私のチームは王城護衛の『ラッドスプレット騎士団』。私はフォンゼーン王護衛のロイヤルガード『オリンピア騎士団』だよ」
ニッコリと笑うクリスティナに、デクスターも頷く。
「そうそれだ。それでよ、おれもこの10年ですっかり冒険者としての腕もなまっちまったと思う。具体的には外での活動は控えようと思うんだ。それで、クリスティナに頼み込んで、ここの騎士団のどれかに加えて貰おうと考えた」
――ブッ
力いっぱい吹き出すストーム。
「それでよ。噂では、此処の騎士団規定では武神セルジオの構えを取らせられて、その筋肉美も審査対象になると聞いてな。ストームは武神セルジオの構えを全て知っているよな?」
「ああ、毎朝のストーム・ブートキャンプでやっている日課だからな。いまは参加者100超えているぞ」
――パン、と両手を合わせてストームを拝むデクスター。
「それを俺に教えてくれ!!」
「構わんがいつだ?」
「明日の朝イチで騎士団詰め所に行かないとならん。なので、いま、ここで、ちょこっと教えてくれ」
――ガクッ
崩れそうになるストーム。
「こ、ここでか?」
「ああ、ちょっと頼む」
そのデクスターの言葉に、ストームは周囲を見渡す。
デクスターの声はやや大きめて、酒場全体にも響いていた。
「いいねぇ。ストーム先生の筋肉美、見せて貰いましょうか」
クリスティナも酒が入っているらしくヤンヤと盛り上げる。
(こ、このやろー。いいだろう、上等だ)
心のなかで叫びつつ、ストームは椅子から立ち上がって上着を脱ぐ。
「はいっ!! フロント・バイ・セップス!!」
彼方此方の席から掛け声が上がる。
その声に合わせて、ストームはポージングを始めた。
まずはフロント・バイ・セップス。
両腕と腹筋、胸筋に力を込める。
力こぶが見る見るうちに盛り上がり、大腿部や腹筋までもが隆起し始めた。
「ハイッ!! フロント・ラットスプレット!!」
――グイッ
そこから両腕を腰に回してフロント・ラットスプレッドに移行する。
広背筋が羽のように広がり始め、全身の筋量が広がっていくのを感じる。
「ストーム先生、切れてるっっっっっ。サイドチェストっ!!」
――ググッ
そこから両手を組んで力を込めると、身体を横半身にして腕、肩、そして下半身に力を込めていく。
サイド・チェストと呼ばれるポーズで、ストームの鍛冶工房の名前となった構えである。
――ググゥゥゥゥッ
「でかいよっ!! ナイスバルク!! バック・ダブルバイセップスっっっ」
その掛け声と同時に後ろを剥くと、先程のフロント・バイ・セップスと同じ構えを見せる。
背中回りの筋肉が密集して隆起する。
ズボンで見えないが、ケツや腿の裏にあるハムストリングと呼ばれる筋肉、|脹脛(ふくらはぎ)にあるカーフという部位もとんでもなく膨れ上がっている。
――ムキョッ
「土台が違うよ、土台がっ!! バック・ラットスプレッドっ」
次は後ろ向きのままラッドスプレッドを行う。
背中の筋肉が綺麗な逆三角形に隆起した。
――ミシミシミシッ
「筋肉本舗っっっっ!!サイド・トライセップス」
両手を腰の後ろで組むと、にこやかに顔を上げてグイッと上腕三頭筋に力を込める。
既に汗だくのストームだが、酒場の常連組は拍手喝采である。
「しあがってるよーーーっ、アブドミナル & サイっっっ」
最後は頭の後ろで両手を組むと、ぐっと腹筋と足に力を込める。
腹筋であるシックスパックが綺麗に盛り上がり、それでいて筋肉の継ぎ目であるカットが綺麗に谷のようになっている。
これが規定の7つのポージング。
ストーム・ブートキャンプはこのあとモスト・マスキュラーという型をとって終りとなるが、騎士団の試験では先程までの7つを見る。
「ハアハアハアハア‥‥すまん、オレンジジュースをくれ」
その声を待っていたかのように、トン、とストームの前に大量のオレンジジュースのはいったピッチャーが置かれる。
それを掴んでグビグビッと飲み干すと。ストームは手渡されたタオルで身体を拭う。
あちこちの席では拍手が起こり、セルジオ神聖教会のシスター達は涙を流しながら祈りを捧げている。
「これが基本だ。で、デクスターはできそうな‥‥」
――グガァァァァ、グガァァァァ
気がつくと、デクスターはいびきを上げて眠っている。
その笑顔は実に幸せそうである。
「まあいいか。クリスティナ、あとは任せるわ」
「まあ、ここにほうっておくだけですけれどね。私も久し振りに良いものを見せて頂きました」
パンパンと手を合わせるクリスティナ。
「ブートキャンプに来たら見れるじゃないか」
「私朝番が多いので見れないのですよ」
「あっそ」
「うちの王様、人使い荒くて大変ですよ」
「知るかそんなこと。さて、明日も早いから帰って寝るわ。デクスターのおごりだったよな?」
「ああ。もう代金受け取っているので大丈夫だ。とっとと帰っていいぞ」
店主のウェッジスが真っ赤な顔で叫んでいるので、ストームは常連たちに挨拶をして酒場を後にした。
空には綺麗な星星が瞬いている。
それを眺めながら、ストームは家路を急ぐことにした。
○ ○ ○ ○ ○
カーーーンカーーーンカーーーンーカーーーーーン
カナン魔導連邦王都カナン。
現在は第三区画まで街が大きくなっており、それに伴い各区画に対してギルドの支店が彼方此方に設けられていた。
ミナセ女王の命名で、第ニ区画は東西南北の四つの区画にさらに区分けされ、それぞれにイーストカナン、ウェストカナン、サウスカナン、ノースカナンと名前が告げられた。王都のある第一区画はそのままカナンもしくはセンターカナン、第三区画はグランドカナンと呼ぶことになった。
そのサウスカナンに作られた商人ギルド支店の横に、またしても巨大な建物が建築されている。
すでに建造から半月。
魔法によってあちこちを簡略化しつつも強度を増しているため、あと半月もすれば建物は完成する。
「むう。予想外に完成が早いなぁ」
マチュアはその建物をぼーっと眺めながら、近くの木陰に座ってのんびりとサンドイッチを食べていた。
「おや? ダメックスなにしてんだ?」
その建物の外観工事の仕事を受けていたらしいサミュエルが、のんびりとしているマチュアに話しかけてくる。
「あー、誰かかと思ったらサミュエルか。ついに駄目ックスターからダメックスにまで略したのか?仕事さぼんなよ」
「サボりじゃねーよ。自主的に休暇を取っているだけだ」
「そういうのをサボりっつーーーんだよ。バレると報酬減額されるぞ」
「いいんだよ、バレやしないよ。この現場は副監督はいるけど監督の姿なんて見たこともないからな」
どっかりとマチュアの前にしゃがみ込むと、目の前に置いてあるハーブティーのホットから勝手にお茶を注いで飲み干すサミュエル。
「それでマチュアはなにしてんだ? のんびりと昼間っから座って」
「仕事だよ仕事」
「ただ座って眺めるのが仕事とはねぇ、お、これが仕事の書類か?」
マチュアの傍らに置かれている大量の書類を手にとって見るサミュエル。
「なんだここの図面じゃねえかよ。内装か? いや、外装もあるが?」
「私は国に雇われて、ここの監督しているんだっつーの」
まあ、嘘である。
発注元である。
が、ここはそう話しておいたほうが無難であるし、元々責任者ではあるので嘘ではない。
「なんだそうか‥‥マチュアがここの監督ねえ‥‥監督‥‥お?」
首をひねるサミュエル。
そしてそーっとカップをマチュアの目の前に置くと、サミュエルは顔を引きつらせながら振り向くと、建物に向かって走り始める。
「お前減俸な!!」
「先に言えよぉぉぉぉぉ」
「知るか。勝手にサボって文句いうな‥‥まったく」
サミュエルの口つけたカップは空間に放り込み、新しいカップを取り出すマチュア。
そしてもう一度別のホットから番茶を注ぐと、それをのんびりと飲んでいる。
――ガラガラガラガラガラガラガラガラ
少しすると、マチュアの目の前を一台の馬車が通り過ぎる。
というか、マチュアの少し先で、馬車は急に止まった。
「こ、これはマチュア様、こんなところでなにフベシィィィィィッ」
――スパァァァァァン
突然馬車から飛び降りてきたアレクトー伯爵が、マチュアの元に駆け寄ったのである。
「あーのーねー。私はトリックスターの、馴染み亭の主人のマチュアですよっ。ここの女王ではありませんよと何度言えば」
「そ。そうでした失礼。して、その店主がなんでこんな場所で?」
――スッ
と建物の図面を見せるマチュア。
「ここの監督だよ。まったく。とっとと王城に向かいなさいよ。どうせなんかの書類でしょ?」
「はっはっはっ。全くそのとおりで、それでは失礼します」
軽く頭を下げると、アレクトー伯爵は馬車に戻って走り始める。
「全く。なんでああも変わらないんだろうねぇ‥‥」
そう呟いてのんびりとする。
最近では冒険者としての仕事もしていない。
ギルドに行って依頼を受けてもいいのだが、若い冒険者を育成するという点では、マチュアは依頼を受けないようにしている。
相変わらず上位の依頼ではAクラスのモンスター退治やはぐれドラゴンの討伐など、大きい仕事はいっぱいある。
それも他の冒険者にまかせて、マチュアはのんびりとした生活を送っていた。
「まあ、これが出来たらまた忙しい生活に逆戻りだからねぇ‥‥今のうちに羽を伸ばしましょうか」
「そうですわ、これから忙しくなるのですから‥‥という事は、これもやはりマチュア絡みですか?」
――スーッ
ゆっくりと街道を箒で飛んできたカレン。
マチュアの目の前で停まると、カレンはゆっくりと箒から降りる。
「おや、カレンどうしたの? サウスカナンに来るなんて珍しいわね」
「第二区画の4方にも我がアルバート商会はありますわ。今日はその巡回ですわよ」
「あ、そーなの。一休みする?」
そう話しながら、マチュアは空間からティーカップを取り出して緑茶を差し出す。
「ありがとう。ここで何を?」
「この建物の監督よ。あと半月で完成っていうところかしら?」
――ピクッ
そのマチュアの言葉に何かを感じたカレン。
「ということは、ここもマチュアの関係ですか‥‥もし色々とお入りようでしたら、是非とも我がアルバート商会にご依頼を」
丁寧に頭を下げるカレンだが。
「うーん。こればっかりは、アルバート商会に任せることはできないんだよねぇ‥‥」
今立てている建物がなんであるか、そして此れから何を始めるか。
そういうことを考えていると、この案件を誰かに任せるのが難しいのである。
「なるほど。では、どのような方が適材適所でしょうか? 今後の参考にしたいので教えて頂ければ」
ズイッと前に出るカレン。
そしてマチュアは気がついた。
この建物の近くの酒場や木影などから、建物をじっと観察している人々が彼方此方に居ることを。
「ふぅん。ここ数日、この現場の近くで彼方此方の商会の人を見るのはそういうことなの‥‥」
「あら、私には判らなかったわ。けれど、そういうことなのでしょうね。皆さんここが気になるのですよ。|転移門(ゲート)の建設の時みたいに、今回もミナセ女王が人々をあっと驚かせるものを作っているのですから」
その言葉には愛想笑いしか出来ない。
「あはは。そうね」
「そこでですよ。今回のこれ、商会関係者としては儲け話の匂いがするのですよ」
「そりゃそうだ。私‥‥いやいや、ミナセ女王としてもこれは世界で初めての試み。成功したら儲け話としては過去最高。それを独占できれば、小さな商人でも一代で10大商家まで上り詰められること間違いはないけれどねぇ‥‥それゆえに難しいんだよねぇ」
ゆっくりと腰を上げるマチュア。
――カラーーーンカララーーーーン
遠くから教会の鐘の音が聞こえてくる。
夕方の仕事終わりの鐘が鳴る。
現場も仕事が終わりらしく、副監督が点呼を取っているところであろう。
やがて一人、また一人と建物から出ていくと、そのまま家路を急いでいく。
その様子をのんびりと眺めていると、マチュアとカレンの元に一人のドワーフが建物からやってきた。
「おう監督さん、今日の仕事は終わりだ」
「はいご苦労様。進行具合はどう?」
「若干早いな。こんなに複雑な建物とは思わなかったが、これは一体何なんだ?」
「さあね。女王にでも聞いてみたら? 私はただの雇われの監督でしかないのですよ?」
「がっはっはっはっはっ。違いない。では儂はこれで、監督は次は?」
「私は明後日くるわ。居ない時はお願いね」
「おう、それじゃあな」
そう話をしてドワーフは帰路に着く。
「さてと、私も馴染み亭に戻りますか」
「あら、では私もご一緒に。今日のお薦めはなんですか?」
「新鮮なスワンプカウルの乳を使ったクリームシチューね」
「それはそれは、では急ぎましょう」
急ぎ箒に跨るカレンの横を、マチュアものんびりと飛んでいく。
やがてセンターカナン正門を抜けると、二人は馴染み亭へと戻ってきた。
○ ○ ○ ○ ○
いつものように賑わっている馴染み亭。
彼方此方の客や商人から支店をもっと彼方此方に作って欲しいという声がしているが、マチュアは頑なに断り続けている。
サムソンにあった支店でさえ、既に内装をサイドチェスト鍛冶工房に飾り直してある。
週に一度だけ居酒屋になっているが、店内に席は存在せず、庭の部分に椅子と机を出しての営業である。
――ズズッ
目の前に置かれているクリームシチューを一口味わうカレン。
その程よい甘さに、頬が落ちそうになる。
「あらあら、これはまた絶品ですわ。今度作り方を教えてくださりませんか?」
「別にかまわないわよ。ジェイクに言ってくれれば、厨房にだって入れるわよね?」
傍らでワインのサービスをしているジェイクに声を掛ける。
「ええ、アルバート商会の主人に料理を教えるなんて光栄でしょうから。いつでもお声を駆けて下さい」
「ありがとう。それと‥‥あのねマチュア‥‥」
もじもじとしながら、カレンがマチュアの耳元に顔を近づける。
「す、ストームの好きな食べ物って知ってる?」
‥‥‥
‥‥
‥
「あらぁ。そういう事。花嫁修業?」
「そ、そうじゃありませんわ。ただあのその‥‥私ももう年頃を過ぎてしまって‥‥」
「いいわよ。ちょっとお嬢様には厳しい料理ですけれど、何時でも教えてあげるわよ」
その言葉にホッとすると、カレンはふぅ‥‥と溜息を付いてマチュアに問い掛ける。
「マチュアって、ストームと仲が良いわよね?」
「前から言っているでしょ? 私は男に興味はないのよ」
「そうじゃなくて、ストームの好きになりそうな女性ってどんな人なのかなーっと」
ははあ、なるほど。
それは確かに興味を持つでしょう。
そして私もそれには興味がある。
「ストームの好きな女性ねぇ‥‥まずは筋肉。そう、きっと筋肉が好きなんですよ」
――スパァァァァァァン
突然横一閃にマチュアの後頭部にツッコミハリセンを叩き込むストーム。
「いったぁぁぁぁぁ。衝撃が脳に走るわ、いきなりなにするんじゃ」
「誰が筋肉マニアだっ全く」
やれやれという表情でマチュアの隣の席に着くストーム。
「あ、マチュアさんこんばんは」
ふと気が付きくと、ストームの後ろからミャウ・タカトオもご一緒していた。
「おやおや、ミャウも久し振りねぇ。訓練施設はどう?」
「もう毎日楽しいです。なんていうか、知っているような知らないようなことが一杯で、勉強していると思い出して楽しいです」
ウンウンと頷いているマチュア。
「で、今日のお薦めはなんだ?」
「クリームシチューだ。嫌なら帰れ」
「たまにはもつ煮が食いたい。作れないか? もう10年以上食べていないんだが」
そう腕を組んで話しているストーム。
すると。
「あら、ではそのもつ煮、今度私が作ってあげるわ」
ズイッと前に出るカレンが、ストームにそう言い切った。
「へぇ。カレンはもつ煮がつくれるのか。それは楽しみだな。今度作ってくれ」
「ええ。では用意できたら持っていって上げるわ」
ニッコリと微笑むカレン。
そして再び食事を続けると、ストームたちの席にもシチューが届けられる。
ミャウは猫舌だったらしく、少し覚めるまで待っていたが、味はたいそう気に入ったらしくお代りしている。
そしてストームは軽く食事を終えると、のんびりとエールを飲んでいた。
「ちょっと‥‥マチュア、外にいい?」
ふと食後のデザートを食べていたマチュアに、カレンが話しかける。
「まあ、ここ外だけど?」
「ですからその‥‥」
チラッとストームの方を見るカレン。
「ああ、はいはい。それじゃあ私の部屋いきましょか。ストーム、ミャウごゆっくり」
「ああ、それじゃあな。代金はインゴット払いで」
「適当に置いていけ」
そう告げて、マチュアはカレンと一緒に部屋に向かっていった。
パンッ
両手を合わせてマチュアを拝むカレン。
「お願い、もつ煮っていうの教えて」
「やっぱりかぁ。あんた、もつ煮が何かしらないでしょ?」
「長く商人をやって居て、彼方此方の料理を食べたことはあるけれど。もつ煮って見たことも聞いたことも無いのよ」
その言葉に、マチュアも腕を組んでウンウンと頷く。
「そりゃそうだよなぁ。ウィル大陸では牧畜してる所は見たことないんだよなぁ」
「食べるためにワイルドボアとかノッキングバードを飼育しているところでしょ? 南方のグリュックス王国やヒルフェンファイア公国などは盛んらしいですけれど、この当たりは冒険者が依頼を受けて狩りに行きますので、わざわざ捕まえてきて飼育することはありませんわ」
その言葉で大体理解した。
「ということは、動物の内臓なんて」
「腸詰めにつかうぐらいですわね。あとはスープの具材として煮込んだりはしますけれど」
ああ、ヨーロッパ式の煮込みかぁ。
それで話は納得した。
「もつ煮は和国の調味料で動物の内臓を煮込む料理なんだけどね。まあ、論より証拠、明日にでも教えてあげるわよ」
「助かるわ。それでお礼は?」
「いらないわよ。そろそろうちのメニューにも増やしたかったから、明日うちの料理人と一緒に教えてあげるわ」
という事で、翌日からカレンは馴染み亭でモツの仕込みから下処理、味付けまでを一週間駆けて叩き込まれていった。
なお、途中で偶然やって来たシルヴィーも加わり、厨房はしっちゃかめっちゃかにはなったのだが、一週間後にはなんとかまともに食べられるレベルにはなった模様。
「ふたりとも、自分で料理なんて作れなかったのか‥‥これだからお嬢様っていうのは‥‥」
はぁ、と溜息を着くマチュア。
さて、ストームは二人の味をどう評価するのか楽しみである。
種族・人間(亜人)
年齢・20歳だった。転生後は20歳として設定されている模様
「‥‥」
サムソンのいつもの『鋼の煉瓦亭』。
そこでのんびりとストームは晩酌をしているところであった。
1ヶ月前、ストームはサムソンからクレスト伯爵領に向かう途中で行き倒れの少女を救出した。
それが高遠ミャウ。
ストームと違う地球からの転生者であり、元々の種族は猫。
神様ズの粋なはからいで人間となり、魂のレベルで生き別れたおばあさんを探しているらしい。
もっとも、その辺りの事情は全く教えておらず、純粋に記憶を失っている少女として生活してもらうことにした。
サムソンにある『冒険者訓練施設』に入学し、普通に寮生活も始めると、ミャウの持つ特技がだんだんと発揮され始めた。
その類まれなる『人懐っこさ』と周りの人間を穏やかにする『安穏とした空間づくり』により、ミャウは少しずつではあるがサムソンの人々にも溶け込み始めていた。
「‥‥おや、ストームさんは今日は一人酒ですか?」
エールの入ったマグカップを手に、クリスティナとデクスターが同じテーブルに座った。
「まあ、たまにはそういうことも‥‥デクスター、随分と久し振りだな?」
「ああ、ようやくサムソンに戻ってこれたぜ。ずっとシュトラーゼ公国にいたのでなぁ‥‥」
――ドキッ
そーっとクリスティナの方をみるストーム。
すると、目をぱちぱちとさせるクリスティナがいる。
「ほほう。確か任務でいっていたんだよな?もうそれは終わったのか?」
「ああ。まったく長い任務だった。今だから言えるが、シュトラーゼ公国がこのウィル大陸に対して侵攻するかもしれないと、とある貴族から調査依頼があってなぁ。俺とクリスティナ、あとはデュラン、レインの4人で色々と調べていたんだがなぁ。運が悪く全員捕まっちまって、おれはシュトラーゼの北方の鉱山送りになっちまって」
お、おおおう。
随分と厳しい状況に。
「それで?」
「ずーっと鉱山で生活していたんだが、ある日、いきなり恩赦とかいわれて放免されてな。デュランとレインもその数日後には合流できたんだが、クリスティナだけは会うことができなかった。それでこいつとそっくりな執務官がシュトラーゼ王城で働いていると聞いて、俺はピンときたんだ」
ふむふむ。
だんだんと熱弁にも力が入り始めている。
だが、フォークに刺さった腸詰めを振り回すのはやめろ。
「クリスティナはまだ調査を続けているってね。それで俺はある新月の夜、王城に忍び込んだ‥‥クリスティナとつなぎを取るためにな。それがまた大失敗でな、本当にただのそっくりさんだったらしくて、そのまま不敬罪まで適用されて俺はシュトラーゼの地下監獄に幽閉されたわけだ」
なんたる失態。
もう少し調べてから行動しろとストームは言いたくなったが。
「それで、脱走したのか?」
「まさか。1年前にようやく解放されたよ。シュトラーゼ公国は巨大な結界に包まれているんだ、赤神竜の襲撃にもびくともしない。そこから俺はなんとか逃げ延びて、つい先日ようやくサムソンに戻ってきたんだ」
「まあ、私が偶然正門前でデクスターを見つけてね。それで今日連れてきたって言うことよ」
クリスの言葉にウンウンと頷くと、デクスターはマグカップを高々と掲げる。
「なにはともあれ、今日は俺が無事に戻ってこれた記念だ。俺がおごる。みんな飲んでくれ!!」
――カッパァァァァァン
彼方此方でマグカップが打ちなる音が響く。
「今日はごちそうになるぜ!!」
「さすがデクスター。いい酒飲ませてもらうよ」
「ゴチになります!!」
酒場の常連たちが楽しそうにデクスターに声を掛けた。
「それで、また明日からは冒険者生活に戻るのか?」
ストームがそう問いかけてみると。
「そこなんだよ。クリスティナとこいつの冒険者チーム『|影の踊り子(シャドゥダンサーズ)』が冒険者の功績を讃えられてサムソンの騎士団に登用されているだろう? えーと、何ていう騎士団だっけ」
「私のチームは王城護衛の『ラッドスプレット騎士団』。私はフォンゼーン王護衛のロイヤルガード『オリンピア騎士団』だよ」
ニッコリと笑うクリスティナに、デクスターも頷く。
「そうそれだ。それでよ、おれもこの10年ですっかり冒険者としての腕もなまっちまったと思う。具体的には外での活動は控えようと思うんだ。それで、クリスティナに頼み込んで、ここの騎士団のどれかに加えて貰おうと考えた」
――ブッ
力いっぱい吹き出すストーム。
「それでよ。噂では、此処の騎士団規定では武神セルジオの構えを取らせられて、その筋肉美も審査対象になると聞いてな。ストームは武神セルジオの構えを全て知っているよな?」
「ああ、毎朝のストーム・ブートキャンプでやっている日課だからな。いまは参加者100超えているぞ」
――パン、と両手を合わせてストームを拝むデクスター。
「それを俺に教えてくれ!!」
「構わんがいつだ?」
「明日の朝イチで騎士団詰め所に行かないとならん。なので、いま、ここで、ちょこっと教えてくれ」
――ガクッ
崩れそうになるストーム。
「こ、ここでか?」
「ああ、ちょっと頼む」
そのデクスターの言葉に、ストームは周囲を見渡す。
デクスターの声はやや大きめて、酒場全体にも響いていた。
「いいねぇ。ストーム先生の筋肉美、見せて貰いましょうか」
クリスティナも酒が入っているらしくヤンヤと盛り上げる。
(こ、このやろー。いいだろう、上等だ)
心のなかで叫びつつ、ストームは椅子から立ち上がって上着を脱ぐ。
「はいっ!! フロント・バイ・セップス!!」
彼方此方の席から掛け声が上がる。
その声に合わせて、ストームはポージングを始めた。
まずはフロント・バイ・セップス。
両腕と腹筋、胸筋に力を込める。
力こぶが見る見るうちに盛り上がり、大腿部や腹筋までもが隆起し始めた。
「ハイッ!! フロント・ラットスプレット!!」
――グイッ
そこから両腕を腰に回してフロント・ラットスプレッドに移行する。
広背筋が羽のように広がり始め、全身の筋量が広がっていくのを感じる。
「ストーム先生、切れてるっっっっっ。サイドチェストっ!!」
――ググッ
そこから両手を組んで力を込めると、身体を横半身にして腕、肩、そして下半身に力を込めていく。
サイド・チェストと呼ばれるポーズで、ストームの鍛冶工房の名前となった構えである。
――ググゥゥゥゥッ
「でかいよっ!! ナイスバルク!! バック・ダブルバイセップスっっっ」
その掛け声と同時に後ろを剥くと、先程のフロント・バイ・セップスと同じ構えを見せる。
背中回りの筋肉が密集して隆起する。
ズボンで見えないが、ケツや腿の裏にあるハムストリングと呼ばれる筋肉、|脹脛(ふくらはぎ)にあるカーフという部位もとんでもなく膨れ上がっている。
――ムキョッ
「土台が違うよ、土台がっ!! バック・ラットスプレッドっ」
次は後ろ向きのままラッドスプレッドを行う。
背中の筋肉が綺麗な逆三角形に隆起した。
――ミシミシミシッ
「筋肉本舗っっっっ!!サイド・トライセップス」
両手を腰の後ろで組むと、にこやかに顔を上げてグイッと上腕三頭筋に力を込める。
既に汗だくのストームだが、酒場の常連組は拍手喝采である。
「しあがってるよーーーっ、アブドミナル & サイっっっ」
最後は頭の後ろで両手を組むと、ぐっと腹筋と足に力を込める。
腹筋であるシックスパックが綺麗に盛り上がり、それでいて筋肉の継ぎ目であるカットが綺麗に谷のようになっている。
これが規定の7つのポージング。
ストーム・ブートキャンプはこのあとモスト・マスキュラーという型をとって終りとなるが、騎士団の試験では先程までの7つを見る。
「ハアハアハアハア‥‥すまん、オレンジジュースをくれ」
その声を待っていたかのように、トン、とストームの前に大量のオレンジジュースのはいったピッチャーが置かれる。
それを掴んでグビグビッと飲み干すと。ストームは手渡されたタオルで身体を拭う。
あちこちの席では拍手が起こり、セルジオ神聖教会のシスター達は涙を流しながら祈りを捧げている。
「これが基本だ。で、デクスターはできそうな‥‥」
――グガァァァァ、グガァァァァ
気がつくと、デクスターはいびきを上げて眠っている。
その笑顔は実に幸せそうである。
「まあいいか。クリスティナ、あとは任せるわ」
「まあ、ここにほうっておくだけですけれどね。私も久し振りに良いものを見せて頂きました」
パンパンと手を合わせるクリスティナ。
「ブートキャンプに来たら見れるじゃないか」
「私朝番が多いので見れないのですよ」
「あっそ」
「うちの王様、人使い荒くて大変ですよ」
「知るかそんなこと。さて、明日も早いから帰って寝るわ。デクスターのおごりだったよな?」
「ああ。もう代金受け取っているので大丈夫だ。とっとと帰っていいぞ」
店主のウェッジスが真っ赤な顔で叫んでいるので、ストームは常連たちに挨拶をして酒場を後にした。
空には綺麗な星星が瞬いている。
それを眺めながら、ストームは家路を急ぐことにした。
○ ○ ○ ○ ○
カーーーンカーーーンカーーーンーカーーーーーン
カナン魔導連邦王都カナン。
現在は第三区画まで街が大きくなっており、それに伴い各区画に対してギルドの支店が彼方此方に設けられていた。
ミナセ女王の命名で、第ニ区画は東西南北の四つの区画にさらに区分けされ、それぞれにイーストカナン、ウェストカナン、サウスカナン、ノースカナンと名前が告げられた。王都のある第一区画はそのままカナンもしくはセンターカナン、第三区画はグランドカナンと呼ぶことになった。
そのサウスカナンに作られた商人ギルド支店の横に、またしても巨大な建物が建築されている。
すでに建造から半月。
魔法によってあちこちを簡略化しつつも強度を増しているため、あと半月もすれば建物は完成する。
「むう。予想外に完成が早いなぁ」
マチュアはその建物をぼーっと眺めながら、近くの木陰に座ってのんびりとサンドイッチを食べていた。
「おや? ダメックスなにしてんだ?」
その建物の外観工事の仕事を受けていたらしいサミュエルが、のんびりとしているマチュアに話しかけてくる。
「あー、誰かかと思ったらサミュエルか。ついに駄目ックスターからダメックスにまで略したのか?仕事さぼんなよ」
「サボりじゃねーよ。自主的に休暇を取っているだけだ」
「そういうのをサボりっつーーーんだよ。バレると報酬減額されるぞ」
「いいんだよ、バレやしないよ。この現場は副監督はいるけど監督の姿なんて見たこともないからな」
どっかりとマチュアの前にしゃがみ込むと、目の前に置いてあるハーブティーのホットから勝手にお茶を注いで飲み干すサミュエル。
「それでマチュアはなにしてんだ? のんびりと昼間っから座って」
「仕事だよ仕事」
「ただ座って眺めるのが仕事とはねぇ、お、これが仕事の書類か?」
マチュアの傍らに置かれている大量の書類を手にとって見るサミュエル。
「なんだここの図面じゃねえかよ。内装か? いや、外装もあるが?」
「私は国に雇われて、ここの監督しているんだっつーの」
まあ、嘘である。
発注元である。
が、ここはそう話しておいたほうが無難であるし、元々責任者ではあるので嘘ではない。
「なんだそうか‥‥マチュアがここの監督ねえ‥‥監督‥‥お?」
首をひねるサミュエル。
そしてそーっとカップをマチュアの目の前に置くと、サミュエルは顔を引きつらせながら振り向くと、建物に向かって走り始める。
「お前減俸な!!」
「先に言えよぉぉぉぉぉ」
「知るか。勝手にサボって文句いうな‥‥まったく」
サミュエルの口つけたカップは空間に放り込み、新しいカップを取り出すマチュア。
そしてもう一度別のホットから番茶を注ぐと、それをのんびりと飲んでいる。
――ガラガラガラガラガラガラガラガラ
少しすると、マチュアの目の前を一台の馬車が通り過ぎる。
というか、マチュアの少し先で、馬車は急に止まった。
「こ、これはマチュア様、こんなところでなにフベシィィィィィッ」
――スパァァァァァン
突然馬車から飛び降りてきたアレクトー伯爵が、マチュアの元に駆け寄ったのである。
「あーのーねー。私はトリックスターの、馴染み亭の主人のマチュアですよっ。ここの女王ではありませんよと何度言えば」
「そ。そうでした失礼。して、その店主がなんでこんな場所で?」
――スッ
と建物の図面を見せるマチュア。
「ここの監督だよ。まったく。とっとと王城に向かいなさいよ。どうせなんかの書類でしょ?」
「はっはっはっ。全くそのとおりで、それでは失礼します」
軽く頭を下げると、アレクトー伯爵は馬車に戻って走り始める。
「全く。なんでああも変わらないんだろうねぇ‥‥」
そう呟いてのんびりとする。
最近では冒険者としての仕事もしていない。
ギルドに行って依頼を受けてもいいのだが、若い冒険者を育成するという点では、マチュアは依頼を受けないようにしている。
相変わらず上位の依頼ではAクラスのモンスター退治やはぐれドラゴンの討伐など、大きい仕事はいっぱいある。
それも他の冒険者にまかせて、マチュアはのんびりとした生活を送っていた。
「まあ、これが出来たらまた忙しい生活に逆戻りだからねぇ‥‥今のうちに羽を伸ばしましょうか」
「そうですわ、これから忙しくなるのですから‥‥という事は、これもやはりマチュア絡みですか?」
――スーッ
ゆっくりと街道を箒で飛んできたカレン。
マチュアの目の前で停まると、カレンはゆっくりと箒から降りる。
「おや、カレンどうしたの? サウスカナンに来るなんて珍しいわね」
「第二区画の4方にも我がアルバート商会はありますわ。今日はその巡回ですわよ」
「あ、そーなの。一休みする?」
そう話しながら、マチュアは空間からティーカップを取り出して緑茶を差し出す。
「ありがとう。ここで何を?」
「この建物の監督よ。あと半月で完成っていうところかしら?」
――ピクッ
そのマチュアの言葉に何かを感じたカレン。
「ということは、ここもマチュアの関係ですか‥‥もし色々とお入りようでしたら、是非とも我がアルバート商会にご依頼を」
丁寧に頭を下げるカレンだが。
「うーん。こればっかりは、アルバート商会に任せることはできないんだよねぇ‥‥」
今立てている建物がなんであるか、そして此れから何を始めるか。
そういうことを考えていると、この案件を誰かに任せるのが難しいのである。
「なるほど。では、どのような方が適材適所でしょうか? 今後の参考にしたいので教えて頂ければ」
ズイッと前に出るカレン。
そしてマチュアは気がついた。
この建物の近くの酒場や木影などから、建物をじっと観察している人々が彼方此方に居ることを。
「ふぅん。ここ数日、この現場の近くで彼方此方の商会の人を見るのはそういうことなの‥‥」
「あら、私には判らなかったわ。けれど、そういうことなのでしょうね。皆さんここが気になるのですよ。|転移門(ゲート)の建設の時みたいに、今回もミナセ女王が人々をあっと驚かせるものを作っているのですから」
その言葉には愛想笑いしか出来ない。
「あはは。そうね」
「そこでですよ。今回のこれ、商会関係者としては儲け話の匂いがするのですよ」
「そりゃそうだ。私‥‥いやいや、ミナセ女王としてもこれは世界で初めての試み。成功したら儲け話としては過去最高。それを独占できれば、小さな商人でも一代で10大商家まで上り詰められること間違いはないけれどねぇ‥‥それゆえに難しいんだよねぇ」
ゆっくりと腰を上げるマチュア。
――カラーーーンカララーーーーン
遠くから教会の鐘の音が聞こえてくる。
夕方の仕事終わりの鐘が鳴る。
現場も仕事が終わりらしく、副監督が点呼を取っているところであろう。
やがて一人、また一人と建物から出ていくと、そのまま家路を急いでいく。
その様子をのんびりと眺めていると、マチュアとカレンの元に一人のドワーフが建物からやってきた。
「おう監督さん、今日の仕事は終わりだ」
「はいご苦労様。進行具合はどう?」
「若干早いな。こんなに複雑な建物とは思わなかったが、これは一体何なんだ?」
「さあね。女王にでも聞いてみたら? 私はただの雇われの監督でしかないのですよ?」
「がっはっはっはっはっ。違いない。では儂はこれで、監督は次は?」
「私は明後日くるわ。居ない時はお願いね」
「おう、それじゃあな」
そう話をしてドワーフは帰路に着く。
「さてと、私も馴染み亭に戻りますか」
「あら、では私もご一緒に。今日のお薦めはなんですか?」
「新鮮なスワンプカウルの乳を使ったクリームシチューね」
「それはそれは、では急ぎましょう」
急ぎ箒に跨るカレンの横を、マチュアものんびりと飛んでいく。
やがてセンターカナン正門を抜けると、二人は馴染み亭へと戻ってきた。
○ ○ ○ ○ ○
いつものように賑わっている馴染み亭。
彼方此方の客や商人から支店をもっと彼方此方に作って欲しいという声がしているが、マチュアは頑なに断り続けている。
サムソンにあった支店でさえ、既に内装をサイドチェスト鍛冶工房に飾り直してある。
週に一度だけ居酒屋になっているが、店内に席は存在せず、庭の部分に椅子と机を出しての営業である。
――ズズッ
目の前に置かれているクリームシチューを一口味わうカレン。
その程よい甘さに、頬が落ちそうになる。
「あらあら、これはまた絶品ですわ。今度作り方を教えてくださりませんか?」
「別にかまわないわよ。ジェイクに言ってくれれば、厨房にだって入れるわよね?」
傍らでワインのサービスをしているジェイクに声を掛ける。
「ええ、アルバート商会の主人に料理を教えるなんて光栄でしょうから。いつでもお声を駆けて下さい」
「ありがとう。それと‥‥あのねマチュア‥‥」
もじもじとしながら、カレンがマチュアの耳元に顔を近づける。
「す、ストームの好きな食べ物って知ってる?」
‥‥‥
‥‥
‥
「あらぁ。そういう事。花嫁修業?」
「そ、そうじゃありませんわ。ただあのその‥‥私ももう年頃を過ぎてしまって‥‥」
「いいわよ。ちょっとお嬢様には厳しい料理ですけれど、何時でも教えてあげるわよ」
その言葉にホッとすると、カレンはふぅ‥‥と溜息を付いてマチュアに問い掛ける。
「マチュアって、ストームと仲が良いわよね?」
「前から言っているでしょ? 私は男に興味はないのよ」
「そうじゃなくて、ストームの好きになりそうな女性ってどんな人なのかなーっと」
ははあ、なるほど。
それは確かに興味を持つでしょう。
そして私もそれには興味がある。
「ストームの好きな女性ねぇ‥‥まずは筋肉。そう、きっと筋肉が好きなんですよ」
――スパァァァァァァン
突然横一閃にマチュアの後頭部にツッコミハリセンを叩き込むストーム。
「いったぁぁぁぁぁ。衝撃が脳に走るわ、いきなりなにするんじゃ」
「誰が筋肉マニアだっ全く」
やれやれという表情でマチュアの隣の席に着くストーム。
「あ、マチュアさんこんばんは」
ふと気が付きくと、ストームの後ろからミャウ・タカトオもご一緒していた。
「おやおや、ミャウも久し振りねぇ。訓練施設はどう?」
「もう毎日楽しいです。なんていうか、知っているような知らないようなことが一杯で、勉強していると思い出して楽しいです」
ウンウンと頷いているマチュア。
「で、今日のお薦めはなんだ?」
「クリームシチューだ。嫌なら帰れ」
「たまにはもつ煮が食いたい。作れないか? もう10年以上食べていないんだが」
そう腕を組んで話しているストーム。
すると。
「あら、ではそのもつ煮、今度私が作ってあげるわ」
ズイッと前に出るカレンが、ストームにそう言い切った。
「へぇ。カレンはもつ煮がつくれるのか。それは楽しみだな。今度作ってくれ」
「ええ。では用意できたら持っていって上げるわ」
ニッコリと微笑むカレン。
そして再び食事を続けると、ストームたちの席にもシチューが届けられる。
ミャウは猫舌だったらしく、少し覚めるまで待っていたが、味はたいそう気に入ったらしくお代りしている。
そしてストームは軽く食事を終えると、のんびりとエールを飲んでいた。
「ちょっと‥‥マチュア、外にいい?」
ふと食後のデザートを食べていたマチュアに、カレンが話しかける。
「まあ、ここ外だけど?」
「ですからその‥‥」
チラッとストームの方を見るカレン。
「ああ、はいはい。それじゃあ私の部屋いきましょか。ストーム、ミャウごゆっくり」
「ああ、それじゃあな。代金はインゴット払いで」
「適当に置いていけ」
そう告げて、マチュアはカレンと一緒に部屋に向かっていった。
パンッ
両手を合わせてマチュアを拝むカレン。
「お願い、もつ煮っていうの教えて」
「やっぱりかぁ。あんた、もつ煮が何かしらないでしょ?」
「長く商人をやって居て、彼方此方の料理を食べたことはあるけれど。もつ煮って見たことも聞いたことも無いのよ」
その言葉に、マチュアも腕を組んでウンウンと頷く。
「そりゃそうだよなぁ。ウィル大陸では牧畜してる所は見たことないんだよなぁ」
「食べるためにワイルドボアとかノッキングバードを飼育しているところでしょ? 南方のグリュックス王国やヒルフェンファイア公国などは盛んらしいですけれど、この当たりは冒険者が依頼を受けて狩りに行きますので、わざわざ捕まえてきて飼育することはありませんわ」
その言葉で大体理解した。
「ということは、動物の内臓なんて」
「腸詰めにつかうぐらいですわね。あとはスープの具材として煮込んだりはしますけれど」
ああ、ヨーロッパ式の煮込みかぁ。
それで話は納得した。
「もつ煮は和国の調味料で動物の内臓を煮込む料理なんだけどね。まあ、論より証拠、明日にでも教えてあげるわよ」
「助かるわ。それでお礼は?」
「いらないわよ。そろそろうちのメニューにも増やしたかったから、明日うちの料理人と一緒に教えてあげるわ」
という事で、翌日からカレンは馴染み亭でモツの仕込みから下処理、味付けまでを一週間駆けて叩き込まれていった。
なお、途中で偶然やって来たシルヴィーも加わり、厨房はしっちゃかめっちゃかにはなったのだが、一週間後にはなんとかまともに食べられるレベルにはなった模様。
「ふたりとも、自分で料理なんて作れなかったのか‥‥これだからお嬢様っていうのは‥‥」
はぁ、と溜息を着くマチュア。
さて、ストームは二人の味をどう評価するのか楽しみである。
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