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第六部・竜魔戦争と呼ばれる時代へ
竜魔の章・その11 反逆と和解とこれからのこと
しおりを挟む倉庫の手前の廊下は、実に酷い有様である。
片方の回廊部分はドロドロに溶けて崩れ落ち、反対側の回廊は壁全体が氷に包まれている。
回廊の左右に分かれたズブロッカとティターナが、お互いの召喚した精霊を操るために意識を集中している。
決して言葉は交わさない。
その一瞬の気の緩みが、制御から離れた精霊の暴走を引き起こすのをお互いに知っている。
燃え盛る両手剣を構えたイフリートがクラーケンに向かって斬りかかるが、手にした氷の槍でそれを弾き返す。
その隙に口から吹雪のブレスを吐き出すが、イフリードも両手剣の峰でブレスを受け止める。
激しくぶつかり合う二体の上位精霊だが、精霊の世界にも力のバランスというものが存在する。
同じ魔力の持ち主ならば、火の精霊は自身の上位に位置する水の精霊には勝てない。
そしてズブロッカはティターナよりも強大な魔力を有している。
徐々にイフリードの大きさが小さくなり、全身を纏っている炎の勢いも小さくなって来る。
「‥‥ここまでね‥‥」
ティターナはここで自身の敗北を感じたらしく、ゆっくりと口を開いた。
「そう?私が見た感じでは、貴女はかなり強いわよ。ここで諦めるのかしら?」
「今日のところはね‥‥今度、さらに強い精霊を使役して来るとしますわ」
その言葉に嘘はない。
ズブロッカの表情も穏やかになると、クラーケンを元の世界に戻そうとした。
だが。
――ドスッ‥‥
突然ズブロッカの背中に激痛が走る。
建物の影からベネリの部下であるランディとマクレガーが飛び出すと、ズブロッカの腹部と腰を左右から突き刺したのである。
「グフゥッ‥‥そこまでするとは‥‥」
大量の血を吐き出し、ズブロッカがその場に崩れる。
精神集中が途切れクラーケンが暴走し始めたが、魔力供給元のズブロッカから魔力が途切れたためにスッと消滅した。
「ティターナ様、危ないところでしたな」
「まさか正面から堂々と来ると思っていたとはな。俺たちが来なかったら危ないところでしたな」
ドガッとズブロッカを力一杯蹴り飛ばし、上を向かせるランディ。
「後始末はお任せを。ティターナ様はすぐにベネリ様を追いかけて‥‥」
――ガシュゥゥゥゥ
そう呟くマクレガーの顔面を、イフリートが鷲掴みにする。
灼熱の拳で顔面が焼けただれ、口から流れて来る熱気で呼吸器官と肺が焼けた。
「グフゥグフゥァァァッ」
荒々しく呼吸をしながら、マクレガーが廊下を転がる。
「テ、ティターナ様。何故我々を!!」
「今の戦い、私は負けていた。だが、ズブロッカは私が負けを認めたとき、精霊を引かせたのだ。私は負けてなお生きる道を与えられたのだが、何故貴様たちは邪魔をした!!」
イフリートがゆっくりとランディに向き直る。
「何故ですと?お忘れですか、我々の失敗はすなわちバイアス連邦の消滅につながる。なりふりなどかまってはいられないのですぞ」
「それは十分に理解しているさ。だからこそ、最低限のルールは守らないとならない。油断している敵の背後を不意打ちするのがバイアスの騎士道か!!」
「ええ。ようは勝てば良いのですよ、勝ちさえすれば全てが正当化さ‥‥」
――ズバァァァァアッ
イフリートの手にした両手剣でランディは頭上から真っ二つに切断された。
そして両断された体が一瞬で燃え上がり、やがて炭化して転がり落ちる。
「騎士が騎士道を捨てて、何を支えに生きるのだ? そんな外道はバイアスには不要だ‥‥煉獄に落ちなさい」
そう告げると、ティターナは倒れているズブロッカの元に歩み寄る。
「あ‥‥ら‥‥トドメを刺しに来たの?」
弱々しい口調のズブロッカ。
すでに目も見えていない。
虚ろに虚空を見上げているが、すでに生きているのが奇跡であろう。
「私は貴女に負けたのよ。けど部下だった奴らが暴走して貴女の命を奪った‥‥私はどう償えばいいかしら?」
「そう‥‥なの‥‥いいわ‥‥私の目‥的は‥‥貴女を止めること‥‥立ち去りなさい‥‥二度と‥‥ここには‥‥」
そこから言葉は紡がれない。
そっとズブロッカの目を閉じると、ティターナはその場で立ち止まった。
死んだものは生き返らない。
司祭や僧侶でさえ、死んだものを蘇生するのはかなり難しい。
事実、バイアス連邦では、僅か二人の僧侶のみが死せるものの魂を呼び戻すことができる。
それでさえ、外傷があったり死後の時間が経ちすぎると蘇生は不可能。
このベルナーにそれ程の僧侶がいるとは思えない。
それ故に、ティターナは一つの可能性に賭けた。
「悪いけれど、私はここから立ち去らせて頂くわ‥‥もし運が良かったら、その時はまた戦いましょうね」
ズブロッカの死体の周囲に魔法陣が起動する。
すると、ズブロッカの全身をゆっくりと氷が包み始める。
「遥か精霊界の北方ユグトの地にある永久氷結。少なくとも貴女の死体の時間は止まるわ‥‥」
ゆっくりと成長する永久氷結。
やがてそれは一本の木に変化した。
樹氷と呼ばれる氷の芸術、その中でズブロッカは静かに眠っていた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「こんな事って‥‥あんまりです」
咽び泣くミアが、目の前の樹氷に触れながらそう呟いている。
城内を駆け回っていたストーム達は、ようやくワイルドターキーとズブロッカの様子が確認できた。
ワイルドターキーは戦闘の折に病室に運ばれたらしいが、ズブロッカについての報告はなかった。
そして城内を捜索していたら騎士から受けた報告が、この場所であった。
「サーチ‥‥」
ストームがGPSコマンドを発動して樹氷を調べる。
「成る程な。原理は|封印の水晶柱(クリア・コフィン)と同じか。なら解呪は難しくないが‥‥」
そう話しながら、シルヴィーの方を向く。
「蘇生できるか?」
「だ、ダメぢゃ‥妾の魔力では蘇生はできぬ‥‥失敗したら取り返しがつかなくなってしまうのぢゃ」
自分の無力を理解しているシルヴィー。
「失敗したら取り返しがつかないのですか?成功するまで何度でも使えないのですか?」
何としてもズブロッカを助けたいミア。
しかし、シルヴィーも蘇生についての話を始める。
「そもそも蘇生というのはな?この世界にある肉体から離れた魂をもう一度肉体に呼び戻す『魂の召喚魔術』なのぢゃよ。魂の終着点である冥府の神に頼み込み、一度だけ帰って来てもらうためのな」
初めて知る蘇生の秘儀。
マチュアのティアラの中にも蘇生魔術のデータはあるはずだが、未だミアでは解読できていない。
その理由がわかった。
明らかに魔力が足りない。
そして足りない魔力では、蘇生の成功率が限りなく0。
「それで、冥府の神から魂を取り戻すための交渉に必要なのが、魔力なのぢゃよ。神に差し出した魔力はな、普通に回復するには莫大な時間が掛かる。だから贄を伴ったり供物を差し出すのぢゃ」
「な、なら、その贄や供物を‥‥」
「ミアよ、よく考えて言葉を紡ぐのぢゃ。人の魂と等しい代価がなんであるか‥‥ミアならわかるぢゃろう?」
へなへなとその場にしゃがみこむミア。
「だったら、ズブロッカさんは一生このままなのですか?」
「まさかぢゃ。妾の魔力がさらに高まれば良いのぢゃが‥‥まだ未熟ゆえ。いつか妾の魔力で補える日が来るまでは、ズブロッカには今暫く眠ってもらうしかないのう」
ゆっくりと樹氷に近づくシルヴィー。
そしてそっと触れると、優しく撫でる。
「ズブロッカよ。必ず出してやるからな‥‥済まぬがそれまでは眠って居てたもれ」
それだけを告げて、シルヴィーはストームの元に戻る。
そしてじっとストームのほうを見た時。
「まあ、マチュアなら簡単に蘇生するからなぁ‥‥ちょっとカナン行ってくるわ」
「な、何を言うのぢゃ‥‥もうマチュアはいないのぢゃよ‥‥その証拠に、マチュアからの魔力が届かなくてゴーレム達も止まりつつあるではないか?」
「そこなんだよなぁ‥‥其処だけがわからんから、ちょいとカナンで話聞いてくるわ。ウォルフラム、残務処理任せたからな」
「うちの団長と副団長は本当に人使いが荒いですね。悲しむ事も休む事も許してはくれませんか」
やれやれと言う感じに呟くウォルフラム。
「主君を守るのが騎士だろうが。まあ、程々に頼むわ」
それだけを告げると、ストームは転移の祭壇がある中庭へと向かうが。
「わ、私も連れて行ってください!!」
ミアがストームの後を追いかけてくる。
「さて‥‥ダメと言ったらどうする?」
「どうしてですか?」
「俺とマチュアの秘密に関わる部分だ。誰にも伝えていない真実の部分。誰にだってそう言う部分はあるだろうさ」
ストームにそう言われると、ミアはそれ以上は踏み込めない。
「わ、わかりました‥‥できるだけ早くお戻りください」
「カナン行ってサムソン行ったら戻るわ。留守番よろしくな」
ポン、とミアの頭を叩くと、ストームはカナン王城へと転移した。
‥‥‥
‥‥
‥
「俺だストームのオリジナルだ。ちょっとクイーンツラ貸せや!!」
――ドン
|転移門(ゲート)から出現したストームの姿を見て、|転移門(ゲート)の番をしていたシャルロッテが腰を抜かしそうになる。
「ほ、本物のストーム様ですか?」
「ああ、少し前に戻ってきた。積もる話がある、俺とクイーンだけで話ができるところを貸してくれ」
「は、はいっ‼︎謁見室に案内しますので此方へ」
急ぎストームを王座のある謁見の間ではなく、執務室に近いところにある謁見室へと案内する。
そして急ぎクイーンにストームが来訪したことを伝えると、当番であった|マチュア(ドライ)が謁見室にやってきた。
――ガチャッ
「本物のストーム様ですか‥‥10年ぶりです」
丁寧に頭を下げるドライ。
その瞳からは大粒の涙が溢れている。
「えーっと‥‥この魂の色はドライか。久し振りだな」
ドライの中にある魂のスフィアから発している固有の色で、ストームはドライと判断した。
「わ、私たちをそんな簡単に識別できるのですか?」
流石のドライも、ストームの今の言葉にはかなり驚いていた。
マチュア本体ぐらいしか完全な区別はつけられないはずなのに、あっさりと見破られたのである。
「アヴァロン帰り舐めんなよ‥‥と、それよりもだ、マチュア出せや」
その言葉には、ドライも動揺するしかない。
「マチュア様は、クロウカシスとの戦いで消滅したそうです。それ以降、私たちの体には魔力が供給されていません‥‥」
その言葉には嘘はない。
ふぅ、とストームは溜息をつくと、ドライに一言。
「そうかぁ‥‥そうだよなぁ‥‥ドライ、喉が渇いた、何かないか?」
「あ、はい、直ぐに出しますので」
そう告げて、トライは空間からティーセットを取り出すと、ストームに番茶を入れて差し出した。
「マチュア様が昔買い置きしたらしい番茶です。どうぞ」
それを受け取って一口啜ると、ストームはくはぁぁぁと声を出す。
「和国の茶葉と言うことは、大月のとこに行った時に買ったやつか」
「でしょうねぇ。まだ在庫はありますから持って行きますか?」
「いや、それはいいんだが‥‥なんでお前たちゴーレムがマチュア本人しか使えないチェストが使えるんだ?」
「何故と言われましても。私たちシスターズは、マチュア様とスキルやチェストなども使えるようにリンクして‥‥うぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
突然絶叫するドライ。
マチュアが本当に死んでいるのなら、マチュア本体とリンクしていなければ使えないチェストも、使えなくなっているはず。
ストームはそこにあっさりと気がついたのである。
「全く。其処に気づかないように思考にフィルターかけてあるな。そうだよ、チェストが使えるのならマチュアは生きているんだよ」
「し、しかし、それならどうして姿を見せないのですか?魂のリンクは切れていますよ」
「さぁね。そんな事は知らんわ。マチュアと一番長い付き合いだったツヴァイ呼べや」
「ツヴァイも、先日のクロウカシス戦で破壊されました。今は修復している最中です」
「へぇ。マチュアが作ったゴーレムを直せるのかよ。一体誰が直しているんだ?」
「アハツェンです。マチュア様が作った最後のゴーレムです」
ズズズと番茶を喉に流し込んで一息いれるストーム。
「そっか。マチュアが作った十八番目のゴーレムか」
「ええ。でも、どうして18なんでしょうか?」
「何故って、十八番目のだからだろう?」
「いえ、マチュア様は18体もゴーレムを作っていませんよ?」
その言葉に、ストームとドライは数を確認し始めた。
最初に作ったツヴァイ。
シルヴィーのシュバルツカッツェ
ドライ
レッサーデーモン
グレーターデーモン
ハートマン教官
ディード教官
ストームmk2
クイーン
ファイズ
ゼクス
そしてアハツェン
ゴーレムホースも数えるとなると、ここにサイレンスとジャスティスも加わる。
途中で作っていた素体を数に含むとなると、あちこちで材料となっているので数がわからない。
なので、実際に稼働して名前があるものだけをカウントした。
「全部で14体?アハツェンの前にはあと3体あるはずですよね?」
「まあ、マチュアの事だから何か意味があるんだろうなぁ。大鉄人ならゼプツェンだし‥‥おや?」
ふとストームは頭を傾げる。
アニメと特撮好きのマチュア。
ならば、必ずロストナンバーみたいなのを用意しているはず。
理由は単純。
『格好いいから!!』
それだけの理由で番号を飛ばしかねない。
「他にマチュアが作ったゴーレムは?」
「えーっと。|鎧騎士(パンッァーナイト)でしたら大量に」
空間からガチャッと|鎧騎士(パンッァーナイト)を取り出すと、それを自在に操るドライ。
――ズドッ‼︎
流石のストームもズッコケる。
「あ。あいつはアホか?こんなもの大量に作って何考えているんだ?」
「子供のおもちゃですよ。人を襲う事はできませんから」
「それにしてもだ。他国で解析されたら兵器に作り変えられるぞ」
「ゴーレム魔術はマチュア様オリジナルですから。マチュア様以外は解析すらできませんよ」
笑いながら告げるドライ。
「そうか‥‥さて、そうなるとまた訳がわからんぞ?」
「ツヴァイなら何かを知っていると思いますが、ツヴァイの記憶のスフィアはツヴァイでしか開放出来ないもので」
「ん?記憶のスフィアは自分の記憶を他人に渡すものだろう?」
「いえいえ!渡したい記憶を選んでスフィア化しますから。全ての記憶をスフィア化するなんて、もうひとりの自分を作るようなものですよ」
両手をブンブンと降って否定するドライ。
「まあ、そうだよなぁ。俺もmk2から記憶をこっちに移してもらわんと、色々と厄介だからなぁ‥‥まあいいわ、少し頭を休める事にする。ここの話は秘密でな」
しっかりと口止めするストーム。
「どうしてですか?マチュア様が生きている事を知ったら、皆喜びますよ」
「違うよバーカ。マチュアの死を知っているのはせいぜい六王と皇帝、幻影騎士団ぐらいだろう?」
「それとカナンの宰相と副宰相、補佐官ですね。城内の魔導騎士団はツヴァイが本物と信じていますし、馴染み亭の従業員もやはりツヴァイが本物と思っています」
その言葉に、ストームはウンウンと頷く。
「確定するまでは絶対に話すな。下手な希望は緩みに繋がる。マチュア本人が姿を現わすまでは絶対にだ。他のゴーレムにも話すな‼︎」
そのストームの迫力にコクコクと頷くドライ。
「よーし。あとツヴァイが回復したらマチュアとして俺のとこに顔出せと伝えてくれ」
「わかりました。では」
それで話は終わった。
ストームはまだ色々と考えながら、|転移門(ゲート)を使ってサムソンへと転移した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
サムソン辺境王国。
その王城にある|転移門(ゲート)にストームは久しぶりに帰ってきた。
その姿を見て、騎士が慌てて執務室に向かうが、ストームもその横を一緒に歩いていく。
――ガチャッ
「いよーう、久しぶり」
――ズバァァァァァン
力一杯ツッコミハリセンでストームの頭をぶん殴るmk2。
「久しぶりじゃないわ。こちとらいつ停止するかヒヤヒヤしていたんだからな」
「またまた。俺とリンクしている限り止まるはずがないだろう?mk2は俺の魔力で動いているんだから」
「違いますよ。ストーム本体の魔力は俺を制御し使役するためのもの。体内残存魔力はマチュアからの供給なんですからね」
?????
今ひとつ理解していないストーム。
「あー、もう少しかいつまんで説明してくれ?」
「哲学する獅子の異名はどこに置いてきたんですか。ストーム本体はリモコンで、私はテレビ。マチュアが電源です」
なんと簡単な説明であろう。
それにはストームもポン、と手を叩く。
「なるほどなぁ。なら、お前もカナン行って魔力供給してもらえ。執務はキャスバルで行けるか?」
そう傍らで座ったまま二人のやりとりを見ていたキャスバルに問いかける。
「二人つけてください。カナンのように私が宰相として置かれたら、ストーム様のお手を煩わせる事はしませんよ」
そう話すキャスバルだが。
「なんかなぁ。お前に国を任せると、国名がネオジオンになりそうで怖いんだよ」
「その国名の意味は分かりかねますが。万が一の時は私も騎士として戦えますから大丈夫ですよ」
「真っ赤な鎧をつけてか?」
「おや、ご存知でしたか」
「‥‥もういいわ。宰相の件は考えておく。mk2、ここ10年分の記憶のスフィアを寄越してくれ。擦り合わせる」
そう告げられると、mk2は手の中に記憶のスフィアを作り出す。
それをストームに手渡すと、ストームもそれを魔力分解して回収する。
「しっかし、便利だよなぁ。簡単に記憶が移し替えられるのは」
「まあそうですね。万が一の時用にバックアップとして記憶を保存できますし。そうすればこの体が壊れても、新しい体があれば記憶や移し替えはできますので」
そう呟きながら、mk2は全身装備を商人の私服に切り替える。
「新しい体に記憶の移植か。それこそ魂のスフィアがあれば、死んでもストックがある限り再生は効くのか」
「新しい体には、別の魂のスフィアがありますからねぇ。完全に同じ魂をストックしているのは、マチュア・ツヴァイだけですよ」
「やっぱりツヴァイかよ。絶対に何か秘密を持っているはずだよなぁ」
そう呟きながら空間からポットを取り出すと、のんびりと緑茶を淹れる。
その一つをキャスバルに渡して、またストームは考える。
「さて、マチュア様のゴーレムの話ですか?」
「ああ、機密事項だから口外厳禁な」
「それは分かっています。話の流れから考えると、死んだマチュア様の複製が作れないかというところですかな?」
あっさりと告げるキャスバル。
「いや、そうじゃなくて‥‥なんでマチュアの複製を作る話になっているんだ?」
「先ほどの話では、魂の複製を作るという事ですよね?ツヴァイ殿がマチュア様の魂の複製を持つのでしたら、それをベースとしてマチュア様の完全なゴーレムを作ることも可能では?」
その言葉にポリポリと頭を掻くストーム。
「それじゃあダメなんだよなぁ。記憶と知識の完全なるコピーがないと‥‥」
「あー、ミアちゃんのティアラみたいなやつですね」
部屋から出ようとしていたmk2がストームに告げる。
すると、ストームの表情が真面目な顔になる。
「mk2、今なんて言った?」
「ミアちゃんのティアラですか? あれはクロウカシスによって殺される前に、マチュア様が後継者にって転送した知識と記憶の詰まったスフィアだったのですよ」
――ポン
と手を叩くストーム。
「材料は全てあるのか。ゴーレムボディだがマチュアを再生する方法は用意してあった‥‥それを実現するのが、ゴーレムを修復できるアハツェンなのか‥‥そうかそうか」
なんとなく納得するストーム。
それならばツヴァイの修理が終わったら、アハツェンと話をすればいいと結論に達した。
「まあ色々とヒントをありがとうよ。それじゃあ俺は記憶のすり合わせをする。キャスバル、後は任せた」
「仰せのままに」
そう指示をすると、ストームは一旦サイドチェスト鍛冶工房へと向かう事にした。
何分、10年も放置していたら建物が荒れているかもしれない。
商品の在庫だってとっくに切れているだろうし、mk2が上手いこと納品していたとしても、やはりどれ程のものが収められているのか気になって仕方ない。
チュニック姿に換装してから、ストームはのんびりと新しく変わった街の風景を眺めつつ、自宅へと歩いて行った。
これから起こるであろう恐怖など微塵も感じずに。
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