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第六部・竜魔戦争と呼ばれる時代へ

バイアスの章・その4 煮え切らない男と煮えすぎた女

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 マチュアがグースたちを力いっぱい凹ませた翌朝。
 
「ファァァァ。良く眠ったわー」
 マチュアはモソモソとベットから出て身だしなみを整えると、空腹を満たすために食堂に向かおうとした。
――ガチャゴツッ!!
 力いっぱい扉を開くと、何かが扉にぶつかって引っかかった。
 そして聞こえた悲痛な声。
「痛いっ!!」
「ふぁっ。外に誰かいた!!」
 慌てて扉を締めるマチュア。
『あ~マチュアさん、開けて下さいよー。もう朝なのでシャルロッテ様も諦めていますからぁー』
 そう扉の外から声が聞こえてくると、マチュアはそーっと扉を開く。
「ほ、本当に?」
 扉の前には、一人の生徒が頭を抑えて座っている。
「本当ですって。あ、私は生徒会書記のアンナと申します。シャルロッテ様のことですから、また昼にはマチュアさんを探して呼びつけようとすると思いますので、対策を練るのでしたら色々と考えて下さい。では失礼します」
 丁寧に挨拶をするアンナ。
 流石はシャルロッテの取り巻き、彼女の行動パターンを良くご存知である。
「はぁ。ではとりあえず朝食にしましょうか‥‥」
 そう呟いて食堂に向かうマチュア。
 ところが予想外に、シャルロッテが食堂でマチュアを待っていたのであった。

――ガクッ
「はぁ。また居たわ。もう勘弁してよぉ」
「何のことかしら? 私はここで優雅に朝食を摂っているだけですわよ」
 そうマチュアに告げながら、シャルロッテは周りの生徒とは違う豪華な朝食を摂っていた。
 学生寮は食堂が併設されているため、みな同じメニューではあるが無料で食事を摂ることが出来る。
 だが、代金さえ支払えば別のメニュー表から注文することも出来るのである。
 マチュアとは時間帯が合わなかったらしいが、シャルロッテは毎朝特別な朝食を摂っているらしい。
「それはどうも。私は普通の朝食を摂りますので」
 そう告げてから他の学生たちと同じ朝食を乗せられたトレーを受け取ると、マチュアはシャルロッテから離れた席を探してみる。
 だが、すでに食堂は満席近い状態。
 シャルロッテの周辺の席しか空いていなかった。
 その為、マチュアはシャルロッテの斜め前、アンナの隣に座った。
「ここでいいや‥‥では、いただきまーす」
 両手を合わせてそう告げると、マチュアはのんびりと食事を摂る。
「あらぁ。そんな朝食で大丈夫なのぉ? 見たところ普通の朝食ですわね。いかにも質素で、貴方にはよくお似合いですわ」
「はいはい。シャルロッテ様は私なんかが食べているような食事には興味が無いのですよね」
「ホーーーーッホッホッホッ。同然よぉ。私はこの食堂では全て特注のメニューしか食べていませんわ」
「あーそうですか。と、少し物足りないなぁ」
 女性向けの朝食なので、朝は若干物足りない。
 マチュアのステータスでは、もう少しカロリーが欲しいところであるらしい。 
「仕方ないか。ではいつものやつを‥‥」
 そう呟くと、マチュアは空中に魔法陣を書き込むと、そこからターキーサンドとビーフシチューを取り出してテーブルに置いた。
「では続きを‥‥いただきまーす」

――ゴクツ‥‥
「そ、それは一体なんですの?」
 あまりにもいい匂いなのだろう。
 ゴクッと喉を鳴らしながら、シャルロッテが問い掛ける。
「はぁ。私が作ったグラスバッファローのシチューとターキーサンドですが何か?」
「ふ、ふーーん。そう」
 チラッチラッと見ているシャルロッテ。
 マチュアの隣で座っていたアンナも、口から涎をダラダラと流しながらマチュアの目の前の料理を眺めている。
「あーーもう。乙女が口をパカッと開けて涎をたらさない、ヨシオじゃないんだから。これは朝のお礼よ、特別ですからね」
 そう告げて、マチュアはシチューの入った寸胴を引っ張り出して皿に盛り付けると、ターキーサンドと一緒にアンナに差し出す。
 そして寸胴は再び魔法陣の中にしまい込んだ。
「よ。よろしいのですか?」
「ええ、どうぞ。シャルロッテ様にはどうも私達の食べるような料理は口にあわないそうですからぁ」

――パクッ
 まずはターキーサンドを一口食べるアンナ。
 そこで思考がフリーズしている。

 マスタードソースやドレッシングなど、この国には存在していない。
 マヨネーズなどなおさらである。
 カナンとサムソン、ベルナーにはマチュアが作ったソース類が少しだが流通しているが、まだラグナ・マリア以外の国には流通していないはず。

「美味しいですわぁ‥‥これは‥‥」
 続いてシチューを一口。
 再び思考が停止するアンナ。
 すると、アンナの隣の子がそーっと彼女の目の前からシチューを取り上げて一口食べる。
「ふぁっ、それは私のものですよぉ」
「一口、あと一口だけ!!」
「私はこっちのパンを一口くださいっ!!」
 アンナの周辺は戦場である。
 まあ、それはそれとしてマチュアはのんびりと食事を摂ると、そのまま食器を片付けてとっとと食堂を後にする。
「ま、マチュアさん。貴方がどうしても食べてほしいというのでしたら、先程のパン料理と何かの煮込みを食べて差し上げなくもないですわよ」
「うん、どうしてもじゃないから。それじゃあねー」
 手をヒラヒラと降りながら、マチュアはシャルロッテに挨拶してその場を離れた。


 ○ ○ ○ ○ ○


 学院の掲示板で今日の講義を確認するが、どうやらマチュアが受けても面白そうなものはない。
 ふと気がつくと、少し離れたところでモーゼルが講義の確認をしているのを見つけた。
 そのまま何処かの講義を受けるのかと様子を見ていたが、やがてモーゼルは講義室ではなく別の建物に向かっていった。
「おや? あれはどこじゃらほい?」
 そのままソーッとモーゼルについていくマチュア。
 そして彼の入っていった大きな建物に入ると、すぐ横にあった受付で此処が何かを確認してみる。
「あのー、ここはなんの建物ですか?」
「ここは管理書庫ですわ。黒ローブ以上の学生でしたらどなたでも自由に閲覧することが許されていますので。どうぞ」
 丁寧に説明してもらうと、マチュアは頭を下げて奥の書庫に向かう。
 
 書庫といっても、羊皮紙を閉じただけの簡易的な書物と古いスクロール類、あとは古代の石碑の断片などが理路整然と並べられている。
 それらの殆んどが未だ解析の終わらない文字列であるが、マチュアにとっては朝飯前。
 その部屋の一角で、モーゼルは大量の書物をテーブルにおいて眺めていた。
「ほほう。あれはいつもの大ボケモードじゃないねぇ」
 何かを探すように真剣に書物を見ているモーゼル。
 ならば、カナン王家の教えは『虎穴にはいって虎の親も子も一緒に捕る』である。
「こんにちはー。何を読んでいるのですか?」
「あ、あっ、マチュアさん、いえ、大したものじゃないですよ」
 そう告げて再び書物を読み始めるモーゼル。
 今は使われていない古代魔法語、それも魔法王国スタイファーの神代文字と呼ばれているものである。

(あー、なるほどねぇ。これが読めたら、たいしたものだわ)

「ふぅん。スタイファーの神代文字ねぇ。ここに書かれているのはスタイファーの王家の叙事詩だけど、何を探しているのかしら?」
 そう問いかけたマチュアを、モーゼルは驚いた顔で見つめ返した。
「ま、まさか神代文字が読めるのですか?」
「私がヤミクモ女史の元で学んだのは古代魔法語ですわ。まあ、魔法による解読もできますので、今では読めない文字はないと自負していますけれど」
 ニコリと微笑むと、モ―ゼルはマチュアを縋るような目で見る。
「お願いです。ある研究をしているのですが、どうしても古代魔法語を読まないといけないのです。お礼はしますので協力して下さい!!」
 これはちょっと予想外。
 ならばとマチュアは正面に座った。
「貴方がわざと魔法の発動を失敗したり、出来ない劣等生を演じているのもそういう理由なの?」
 そう問い掛けると、モーゼルは首を左右に振った。
「魔法を失敗しているのはわざとですけど、劣等生なのは真実です。それに、ここでこういうふうに書物を読んでいるためには、劣等生のレッテルが付いていたほうがちょうどいいんです‥‥目立つとそれだけ注目されてしまいますから」
「ふぅん。それで、何を協力すればいいのかしら?」
 そう問い掛けると、モーゼルは暫し考え込む。

「もし、解読して欲しい文字があるのでそこまで来てほしいと頼んだら、ついてきてくれますか?」
「そこが何処なのかは、いまは教えて貰えないのね?」
「はい。いまはまだ詳しいことは言えません。私もその場所に向かう準備ができるまでは、ここで少しでも文字の解読技術を身に着けたいのです」
 真剣に告げるモーゼル。
 その瞳には嘘はないと直感すると、マチュアはゆっくりと口を開く。
「この学校に入っている理由は、ここの大量の書物から何かを探している。そして神代文字の解読方法を身に着けたいということでいいのですね?」
 コクリと頷くモーゼル。
「はい。それに嘘偽りはありません」
「ふぅ。ならいいわ。そのときが来るまでは、私も貴方の神代文字の解読技術のアドバイスをしてあげるね。そして私も同行してあげるわ。どこに向かうのかはわからないけれどね」
「お願いします」
 そしてマチュアは、時間があるときにはモーセルに古代魔法語の解読についてのレクチャーを始めた。
 『知識のスフィア』で教えることは出来たが、それでは彼のためにはならない。
 時間は掛かるが、自力で出来るようにしないとならない。
 そんな予感がしていた。


 ○ ○ ○ ○ ○ 
 

 マチュアがモーゼルに対して古代魔法語の解読方法をレクチャーして少し経って。
 ある日の夜。

――ピッピッ
『こちらツヴァイ。マチュア様聞こえますかー』
(普通に聞こえるが。最近は芸が細かいわ)
『現在までに入手した情報です。まず元老院では、バイアス連邦を更に屈強な国にするために色々と手を考えているようです』
(具体的には?)
『近隣諸国との協力を取り付けるための外交。けっして近隣を属国化や吸収するのではなく、あくまでも協力態勢を得るためと思われます』
(シュトラーゼ公国とは違うか。強権発動ではないからある意味やっかいだなぁ)
『はい。いまはまだ話し合いの最初の段階です。それと王城では、古代魔法王国の発掘作業が続けられています』
(バイアス連邦にも遺蹟があるのか~)
『ええ。ですがいくつかの遺蹟は入り口は発見できるものの、そこから先に進むことが出来ず発掘は困難なようです』
(ほいほい。それとモーゼスの神代語解読が繋がりそうだなぁ)
『最後ですが。まだ裏は取れていませんが、バイアスはどうやら『竜族』を味方につけようとしているフシがあります』
(‥‥嫌だ)
『はぁ。その気持はよくわかりますが、もし竜族と手を組んでいるとかなり危険な存在となります』
(了解。報告はしておくよ。引き続きよろしくね)
――ピッピッ

 一通りの報告を終えると、マチュアは暫し考え込む。
「バイアス連邦の目的がラグナ・マリア侵攻なら早急に手を打つ必要があるのだろうけれど‥‥まだわからないことが多すぎる。不確定要素で報告をするのも不味いだろうけれど‥‥」
 しばし考えてから、マチュアは部屋を魔法でロックすると、一旦シュミッツ城へと転移することにした。


 ○ ○ ○ ○ ○


 深夜のシュミッツ城。
 警備の騎士が|転移門(ゲート)を監視していたらしく、突然のマチュアの帰還にはかなり驚いていた。
「ま、マチュア殿。このような時間に一体どうしたのですか?」
「急務だ。とっとと王様起こしてきて」

――シュンツ
 一瞬で元々のエルフの姿に戻り白銀の賢者に姿を戻す。
「り、了解しました」
「私もついていく。まあ明日の朝でもいいのだが、朝から私がいなくなると都合が悪い」
 カツカツと騎士と共にシュミッツの寝室に向かうマチュア。
 そして騎士とともに部屋に到着すると、静かに扉が開いて着替えたシュミッツが姿を表した。
「ほう。やはりマチュア殿か。場所を変えよう、私の執務室にきてくれないか」
「了解です」
 そう告げてシュミッツとマチュアは執務室に向かう。
 そこで暗い部屋にランタンで明かりを灯すと、まずはマチュアがハーブティーの入ったポットとティーカップを取り出してシュミッツに差し出す。
「先に少し喉を潤して下さい」
「ふう。何かあったようだな‥‥」
 差し出されたハーブティーを一口喉に流し込むと、ホッと一息付く。
「まず。バイアス連邦の動向から‥‥」
 先程のツヴァイの報告をそのまま告げるマチュア。
 
 一通りの説明が終わると、シュミッツは何かを考えている。
「ラグナ・マリア侵攻という言葉は出なかったのか。ならば一体何を企んでいるのだ?」
「恐らくですが、シーフやアサシンが潜り込んでいて情報が漏洩するのを防いでいるのかと思いますよ。あえてターゲットとなる国の名前を出さないのは」
「しかし。いくつも問題がある。ここまで同時に色々と進行すると、何処に狙いを絞ったほうが良いかわからないな」
「そっちはおまかせしますよ。私は引き続き潜入調査を続けますので」
「そうか。他の幻影騎士団も疑わしいところに派遣することは出来ないか?」
 そう問い掛けるシュミッツだが。
「正直無理でしょう。単騎で転移を使えるのは私一人です。それに、潜入調査の技術を持っているのは私とポイポイさんしかいないので。という事でダメです」
「ううぅぅぅむ。もっとこう。潜入して色々と調べられる手練が欲しくなるなぁ」
「贅沢は敵ですね。シュミッツ殿は騎士を主戦力とした戦術は組み立てられますけれど、こういう潜入作戦などは苦手ですね」
 そう言われると困った顔をするシュミツツ。
「当面の問題はそこだな。我が国は魔法系の攻撃には弱く、ミストやパルテノの国は近接戦闘にはあまり強くない。それぞれの国が弱い部分を補わなくてはならないということか」
「ええ。カナンはそれを克服していますので」

 そんなこんなと色々と話をしていると、時間が経つのは早いもので徐々に夜が明け始めている。
「では、報告は以上ですので。私は引き続き魔導学院に戻ります」
「一つ聞いていいか?」
「どうぞ。答えたくないことには私は答えませんよ?」
 先に釘を指しておくマチュア。
「もしもだ。古代魔法王国の遺産というものが本当にあったとして、マチュアならバイアスの者達よりも先に潜入してそれを奪い取ってくることは可能か?」
「どうでしょう? 私の場合はそれを見つけたら、データだけ持って帰ってそれよりも凄いものを作ると思いますよ?」
「いや、敵の手には渡したくはない。ただそれだけなんだが」
「ああ、そういうことですか。その時になってみないと分からないですねぇ。では、今日は私は朝から講義があるので失礼しますねー」
 それだけを告げると、マチュアは魔導学院にスッと戻っていった。

「‥‥まだ確定情報はないか。いや、しかし‥‥」
 シュミッツもまた、この情報を六王に報告するべきか迷っていた。
 確定ではない不完全な情報を流すことで、自国が危機に陥る可能性があることを知っているから。
 だが、これである程度の先手を打てることも知っている。
 そこでシュミッツが打った手は、六王の中でももっとも親しいケルビムに話を通してみることであった。

‥‥‥
‥‥


 そのまま仮眠を取ったシュミッツは、昼過ぎにケルビムの元を訪れていた。
 目的は、昨夜のマチュアのもたらした情報について。
 それをどのように処理すればいいのか考えあぐねいていたのである。
「‥‥ということだ。これらの情報は、どのように処理していいと思う?」
 一通りの説明を終えて、シュミッツはケルビムに相談するが。
「決まっておろうが、とっととラグナ城に向かうぞ。全くなにを悩むことがある? 情報の速度こそ戦いにおいて必要なことだと貴様はいつになったら学ぶのだ?」
 そう告げながら立ちあがると、ケルビムは地下にある|転移門(ゲート)へと向かう。
 当然ながらシュミッツも同行すると、すぐにラグナ城へと転移した。

 この日の王の勤めはシルヴィーとパルテノの師弟国王。
 ちようど|転移門(ゲート)のところで色々と打ち合わせをしていたらしく、突然のケルビムとシュミッツの来訪に驚いていた。
「ど、どうしたのぢゃ? わらわはちゃんと勤めを果たしておるぞ」
「シルヴィーの仕事を監督しに来たのではない。パルテノ、レックス皇帝に連絡を頼む。六王会議を行いたいと。シルヴィーはミストとブリュンヒルデを呼んできてくれ」
「はっ、はいなのぢゃ」
「はぁ了解しましたわ。では急ぎで」
 すぐさま動き始める国王達。
 やがて30分と経たずに、ラグナ城最上階の六王の間には全てのラグナ王家が集まっていた。

「さて。突然の呼びたて誠に申し訳ない。現在バイアスに潜入調査をしていたマチュア殿から幾つかの報告があったので、それを伝えにきました」
「流石仕事がはやいのう。それでこそ幻影騎士団の参謀ぢゃ」
 鼻高々のシルヴィーだが。
「それでは。まだ確定ではありませんが、バイアス連邦がこのウィル大陸の何処かを狙って動いている節があります。バイアス元老院では、現在、近隣諸国との協力を取り付けるための外交を行っているらしいという噂が流れております」
 シュミッツがマチュアからの報告を包み隠さず報告する。
「加えて、バイアス王城では古代魔法王国の遺産の発掘調査が続けられていると、冒険者ではなく国が動いての大掛かりな発掘です」
「魔導王国スタイファーか‥‥ウィル大陸の地下全てがスタイファーに繋がるという話もある。事は慎重に対処せねばならぬ‥‥」
 レックスがそう呟くと、一同が固唾を飲む。
「しかし、そうおいそれとスタイファーに向かうことは出来ぬがな」
「ええ。あの地下遺蹟については、かつてのマクドガル侯爵の支配地にあった島にもありましたわ。けれど、地下遺蹟に繋がる扉は魔法によって閉ざされているため、決して開くことは出来ないと」
 ブリュンヒルデがそう話すと、シルヴィーも報告は聞いていたらしくコクリと頷く。
「それとあとひとつ。これも確定ではありませんが、バイアスはどうやら『竜族』を味方に引き込んだかもしれません」

――ガタッ
 ブリュンヒルデが立ち上がりシュミッツを見る。
「あの地域から助力できる竜族といえば水神竜のみ。だが、あやつらはアレキサンドラによって生み出された『嵐の壁』によって、暗黒大陸から出られないはずでは?」
「まあまあ落ち着け。私もマチュアからの報告を聞いただけだ。引き続き調査を行っているが‥‥」
 ふと気がつくと、レックスの顔色が悪くなっている。
「ど、どうなされた皇帝!!」
 ケルビムが慌ててレックスに駆け寄るが、それを右手をかざして制した。
「いや、少しめまいがしただけだ。今回の一件、まだまだ情報が不十分。なれど、各国王も己たちの手で情報を集められよ。それとシルヴィー、貴殿は今回の一件については後方で待機。幻影騎士団とともに守りの姿勢を保ってくれ」
 そうレックスが告げると、シルヴィーは大きく頷く。
「おまかせあれ。我が幻影騎士団はラグナ・マリアの楯となりましょうぞ」
 力強く胸をドン、と叩くシルヴィー。
「では今日はこれにて。また何かあったらすぐに連絡をするよう。バイアス連邦の一件はかなり危険であると各自が気を引き締めてくれ」
 全員がコクリと頷くと、レックスは後ろに下がっていく。
 そして国王たちも次々と下がると、ケルビムだけがその場に留まっていた。

「‥‥レックス皇帝。これもまたラグナ・マリアの運命なのですか‥‥」 
 天を仰ぎ見るように、ケルビムはそう呟いていた。

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