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第二部・浮遊大陸ティルナノーグ
浮遊大陸の章・その17 大団円一歩手前・いろいろと後始末
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ティルナノーグの封印解放から、はや二ヶ月。
ラグナ・マリア帝国には新しくサムソン辺境王国とカナン魔導王国が建国し、今まで後延ばしにされていたベルナー王国とあわせて3つの国の戴冠式が、略式ではあるがラグナ城にて執り行われた。
ラグナ・マリア帝国に在籍している伯爵位より上の貴族たちはこの戴冠式に参加し、新しく生まれた王たちを讃えている。
サムソン国王であるストーム・フォン・ゼーンはその場で正式に『剣聖』の称号も叙任し、マチュア・フォン・ミナセも『白銀の賢者』としてのお披露目になった。
そして、その場で正式にベルナー王家直属の幻影騎士団の紹介があったとき、その場の貴族たちは絶句したのである。
たった今、皇帝から国王として、そして『剣聖』『白銀の賢者』の叙任を終えたストームとマチュアが、幻影騎士団の騎士団長と副団長兼参謀として紹介されたのである。
ベルナー王家はこれで確固たる地位を確立した。
他の五王がこれには納得がいかないのではと思う貴族も居たが、六王と新たに加わった剣聖と賢者とも実に親しげであったので、余計な危惧であったと思ったらしい。
○ ○ ○ ○ ○
サムソン城の完成により、サムソン辺境王国はとてつもなく盛り上がっている。
さらに商人ギルドの近くに作られた頑強な石造りの巨大な建物が一体何なのか、市民にとっては興味の尽きない出来事が盛りだくさんのようである。
サムソン辺境伯はそれまでと立場か変わることなく、サムソン城にて新しくやってきた王と施政官、執務官と共に、サムソン辺境王国の繁栄のために尽力を就くしてくれる事になっている。
「いやいや、まさかストーム殿が王様とはびっくりですよ」
しっかりと正装して王の威厳を放っているストームの前で、サムソン辺境伯が驚きの声を上げている。
「ふむ。以前はそうであったが、今の私は国王、今までのように親しげにされては困るのだが」
とサムソンをじっと眺めるストーム。
「い、いえ、これは大変失礼を‥‥」
と頭を下げるサムソンの近くに、ストームがもう一人姿を現す。
こちらは以前サムソンが会ったことのある本物のストーム。
「は、はぁ‥‥ストーム殿が二人とは?」
「ああ、そっちの王様は普段俺の代わりに城内で仕事をしたり対外的に動いてくれるフォンゼーン国王だ。ということで、こっちの時はいつもどおりでいいので宜しくな」
――ポン
とサムソンの肩を叩くストーム。
「は、はぁ、まったく、悪趣味にも程がありますぞ‥‥これ以上私の命を縮めて楽しいのですか?」
「ははははっ。悪い悪い。悪意はないんだ。色々とあって、こっちの方が動きやすいのでねぇ‥‥ということで、国内外の政は今まで通りにサムソン伯爵とうちの施政官達にまかせるので」
と告げると、近くに立っていた施政官が頭を下げる。
「宜しくお願いします。サムソン辺境王国の施政官を努めますキャスバルと申します。ストーム様の正体はできるだけご内密に」
「分かっておりますよ。それも努めですから」
そんな話をしている時
「失礼します。ストーム様、サムソンの各商会の方が謁見を申し出ているのですが」
「ああ、俺が直接いくよ。そっちにまで茶番を演じる必要はないからねぇ。ちょっと下がっていてな」
「うむ、いいでしょう」
と王様の姿をしたストームが幕の奥にある小部屋へと向かう。
そこは本物のストームが潜んで、色々と観察するのに使う控えの間である。
そして王様の衣服に換装すると、ストームはまだ慣れない玉座に座る。
「よし、いれていいぞ」
とストームが告げるので、シルヴィーの命令で新しくストーム王付きになった侍女のシャーリィは、笑いを堪えつつ各商会の責任者を謁見室に通した。
その中にはアルバート商会の当初であるフィリップ・アルバートと次期当主であるカレン・アルバートの姿もあった。
商会の者達は各々が丁寧に自己紹介をすると、次々と新しい国王に貢物を持ってきてそれを差し出した。
(あー、これが退屈な日常なのかぁ‥‥しばらくしたらゴーレムに任せよう)
と表情を変えることなく、ストームは話を聞いている。
そしてアルバート商会の順番がやってくる。
後ろに控えている他の商会たちは、自分の商会以外のものがどのような交渉をするものかと、じっと話を聞いている。
自分たちがいかに有利になるように交渉のテーブルを用意するか。
それが商人のやり方であるが。
「これはストーム殿、お久しぶりでございます」
「ああ、久しぶりですね」
突然の親しみを込めた挨拶。
これには各商会代表も絶句する。
「まあ、アルバート卿とはサムソン伯爵のところのパーティー以来ですね。お元気そうでなによりです‥‥でも、あなたもまさか退屈でつまらない交渉を?」
「まさか。私からの貢物はこれだけです」
とカレンをトン、と前に押す。
「ちょっと、お父さん、突然なにを?」
どうやらカレンも、何も聞かされずに連れてこられただけらしい。
するとアルバート卿は丁寧に頭を下げて一言。
「我がアルバート商会からは、我が一人娘のカレンを。どうぞ嫁に貰って下さい」
――ズルッ
とストームが椅子から落ちそうになる。
まさかのどんでん返し。
貢物ではなく嫁を差し出すとは、だれも想像していなかったであろう。
「ちょちょちょちょっと待てぇぇぇぇ、フィリップさん、いきなりカレンを嫁にってどういうことだよ」
「そ、そうですわ。私はその‥‥ストームなんて、別に気にもしていませんわよっ!!」
と真っ赤な顔でプイッと横を向くカレン。
ストームも思わずフィリップを名前で呼んでしまうという失態を犯してしまう。
(あ、これがツンデレか?)
と椅子に座り直してストームが一言。
「あのー、フィリップさん、俺とカレンは友達以上それ以外なので、妻とか嫁とかは今のところ考えていません」
「今のところと申しましたな? では今後そのような可能性もあるいとうことですな。いやよかったよかった。よしよし、今日はその言葉を聞けただけで満足です」
と丁寧に頭を下げるフィりップ
((嵌められた!!))
とカレンとストームが同時に思った。
「で、ではカレン殿‥‥あーーもういいめんどうくさい。カレンとは今まで通りで、な!!」
「そうですわ。それなのにお父様ときたら‥‥」
と後ろで待機している商会の人々は、アルバート家がここまでフォンゼーン家と親しくしているのに嫉妬の炎を燃やしている。
(我が家の一人娘もストーム殿とお近づきになれれば‥‥)
といろいろと画策しているが、それもどうなることやらである。
「はっはっはっ。さて、我がアルバート商会がお願いしたいことはもう一つありまして。カナン魔導王国の王家の方にぜひお目通りをお願いしたく、できれば紹介状を頼みたいのです」
他国の王様を紹介しろという、とてつもない頼みごとをするアルバート商会当主。
普通ならば考えられないお願いであるが。
ここはストームの国、相手はマチュアの国。勝手知ったるなんとやらである。
「そうか? マチュアのところでも仕事するのか。いいぞ、それなら書いてやる。サムソン発行の特別交易許可証も書いてやる」
──パチン
とストームは指を鳴らす。
するとキャスバルがあらかじめ用意してあったらしい書簡を手に、ストームのもとにやってくる。
それにサインを入れると、ストーム自ら、マチュア宛ての紹介状と交易許可証をフィリップに差し出した。
その言葉、行動に他の商会は動揺する。
「そ、それは王家御用達と言うことですか?」
「いやいや、他国との交易は大事だからな」
と笑うストームだが、他国との交易許可証を国が発行するということは、税率の軽減や無税となることもある。
どの商会も喉から手が出るほど欲しい許可証であるが、これには発行制限が厳しく儲けられているらしい。
「では、是非わが商会にも発行をお願いしたく」
と次々と他の商会も申し入れをしてくるのだが。
「キャスバル。現在の我が国の交易許可証はどれだけ発行できる? 」
「はっ。現在6つの商会に発行が可能です。あとはまだ認定していませんが、王室御用達を認定することも出来ますが」
交易許可証とは別にある、商人たちが喉から手が出るほど欲しいのが王室御用達の権利である。
王家に無償で様々な商品を提供し審査を受けることによって、品質保証を受けることが出来るのである。
王室御用達に認定されれば、その商品には王室御用達を表す紋章を付けることが許されるのである。そうなると、その商品の品質は国が保証するので、人々は安心して購買できるようになるという。
「ぜ、是非とも我が商会の商品を審査に」
「では私の所も」
と次々と話が上がってくるが、アルバート商会は上の空である。
「カレンのところは?」
「我がアルバート商会は武具の販売を専業としております。名の通った帝国鍛冶工房の鍛冶師がしっかりした品質を作っているのですわ。とくに最近ではサイドチェスト鍛冶工房の製品も取り扱っていますが」
「ほほう。ならキャスバル、サイドチェスト鍛冶工房の商品には王室御用達を出して欲しい」
この言葉には、カレンは目をつぶって頭を下げる。
「光栄に思います」
そんなやり取りが夜までつづくと、さすがのストームも疲れ切ったのか、あとはクルーラーゴーレムのストームにまかせて馴染み亭へと戻っていった。
○ ○ ○ ○ ○
ティルナノーグの解放に伴い、マチュアは封印の水晶柱の解除を開始していた。
協力者を求めるためにティルナノーグに通って魔導士を探し当てると、その者と共にサムソンに戻ってきていたのである。
「おやマチュア、久し振りだな」
「やあ王様、元気そうでなによフベシッ!!」
――スパァァァァン
マチュアがストームに頼まれて作った魔導ハリセン。
痛みはいつものようにそれほどないのであるが、今回のはミスリル製なので音が素晴らしくいい。
「ここで王様はやめーい。で、調子はどうなんだ?」
と問いかけながら水晶を眺める。
――コポコポッ‥‥
膝を抱えた少女が、マチュアとストーム、そして同行していたガルフレッドという魔導士をじっと見つめる。
「あとどれぐらいだ?」
「内部の魔族因子も全て浄化しました。今日中には術式は全て解除して、封印の水晶柱は消滅するでしょう」
ガルフレッドが和やかに告げると、マチュアとストームはホッと一安心。
「なら、そろそろこの子の保護者がくるので、あとはそいつが来てからだが」
「そいつとは私のことですか?」
入り口からサイノスが姿を表した。
現在はティルナノーグの復興のために、現場で陣頭指揮を取っているらしい。
幸いにも王家の者達が蘇生されたため王位を継ぐ事はないらしいが、この少女の事をマチュアから聞いて、ティルナノーグにいるであろうこの子の両親を探し出し、帰すことになったのである。
「残念ながら記憶がない。が、それでも両親の元に戻るのがいいだろうさ」
「そうだね。あ、この前のお願いもできれば」
とサイノスがマチュアに頭を下げる。
「お願い?」
「ああ。サーベルくん出ておいで」
とマチュアが影の中からサーベルタイガーを召喚する。
「この子をサイノスに譲渡するのよ。主従の書き換えだぁね‥‥」
と額に手を当てて何かを唱える。と、サーベルタイガーはサイノスに近寄って行くとスリスリと頭を寄せる。
「助かります。護衛をつけろと言われてますが、そうそう雇えるものでもありませんからね。で、マチュアさんに相談してゴーレムを作って貰おうとしたのですが断られまして、その代わりこの子を頂いたのですよ」
とストームたちの説明するサイノス。
「マチュアさん、そろそろきますよ!!」
とガルフレッドが最後の術式を解除する。
―ーバシュッ
と突然封印の水晶柱が弾けて気化し、大気に解けていく。
そのまま地面に落ちていく少女を、サイノスはスッと抱きとめたのである。
――サムイー
術式の効果によって記憶を失い、ほぼ幼児化している少女。
慌ててマチュアがマントを掛けてあげると、嬉しそうに笑っていた。
――アリガト、ワタシシュリー
「シュリーか、いい名前だね」
と突然マチュアがそう呟く。
「は、ちょっと待って下さい、なんで名前が判るのですか?」
「なんでって、いま自分で名乗ったでしょ?」
との言葉にストームもサイノスも頭を振るが。
「ああ、この子は念話で話をするタイプですね。数少ない水晶の民の純血ですよ。神官かそれに近い血統でしょうね」
とガルフレッドが腕を組んで頷く。
「さて、それじゃあ私はこれで失礼しますね。帰りはさっきの酒場からですか?」
「私も一緒に戻りますね。ではこれにて失礼します」
とサイノスは予め渡してあった転移の割符でティルナノーグに戻ることが出来る。
サムソンとティルナノーグ、そしてカナンを繋ぐように許可を出してあるので、ある程度自由には動くことが出来るようになっていた。
そのうちシュリーにも会いに行こうと思い、マチュアは三人を見送ると、ストームの家へと戻ってきた。
「ほれ、この前の負け分だよ。シーフードカレーとノッキングバードのカレー、あとはワイルドボアのカレーな」
と寸胴10個を次々と出す。
「随分と‥‥まさか本当に旅に出るのか?」
「あのねぇ、何時でもここには転移して戻って来れるのだから、今更作り置きを置いていくなんてしないわっ。こっちの馴染み亭の明日営業分の料理だよ。明日からは私もカナンで色々と忙しくなるから、一月分置いていくだけだわ」
「あ、そういうことか。了解。それじゃあな」
「ほい了解さん、またなー」
と告げてマチュアはカナンへと転移する。
○ ○ ○ ○ ○
まっすぐに王城に作られた転移の魔法陣に戻ってくると、マチュアはすぐさま執務室に向かう。
「戻ったよー。どんな感じですか?」
と執務室の机で大量の羊皮紙を処理している、片眼鏡を付けた女性施政官のイングリットにそう問いかけたが。
「商人ギルドの近くで建造していた例の建物はつい先程、完成したという報告がなされています。いまはファナ・スタシア王国の貴族の方が謁見の順番を待っていますが」
「ハァ? なんで謁見してないの?」
「マチュア様が丁度お腹が減ってきたとかで、突然厨房に向かって夕食を作っているところですよ。まったく、そこまで忠実に貴方を再現しなくても」
「いやいや、基本私と同じ思考で行動するようにしてあるからねー。いいよ、私がその貴族と話をしてきますよ」
と瞬時に換装して女王らしいドレスと小さいティアラを装着する。
「ほーう。孫にも衣裳といいますけれど、しっかりとした服装をするとそれなりには見えますねぇ」
「ちょっとイングリット、それはあまりにも失礼じゃないの?」
「待っている貴族を放置して食事を作りに行く貴方の方が失礼ですけれどね」
「それはあいつに直接言って。言えば判るから」
と告げて、カツカツと謁見の間へと向かう。
そのまま王族専用の扉から入ると、玉座に座って待機するマチュア。
「あー、レックス皇帝の裏方もこんなかんじなのかぁ、王様たち、よく平気でいられるなぁ」
「あの方たちは生まれついての王族です。そのような生活が当たり前なのですわ。さあ、そろそろ宜しいですか?」
と今日は馴染み亭ではなく、こちらで侍女をしているジョセフィーヌ。
王城でも知り合いが居たほうがいいと、ジョセフィーヌとメアリーは此方でも仕事をするようになった。
そのかわりに馴染み亭にも数名のウェイトレスが追加されている。
――ガチャッ
と扉が開くと、いかにも成金趣味という感じの貴族が入室する。
様々な装飾品身につけたでっぷりとした体形の男性である。
そして丁寧に頭を下げると、その場にゆっくりと跪いた。
「これはこれは。ミナセ女王にはご機嫌麗しく。ファナ・スタシアのゴルドバと申します」
「うむ。表を上げてかまわぬ。遠くから大儀であったな。して今日はなんのようだ?」
と丁寧に問い掛ける。
「女王陛下の戴冠の祝いの品をお持ちしました。どうぞお収め下さい」
とゴルドバの背後の侍女たちが、ジョセフィーヌに幾つかの箱を手渡す。
「それは済まない。で、中身はなんだ?」
「東方から取り寄せた珍味です。この国では味わうことの出来ない香辛料をお持ちしました。わがゴルドバ家は東方の大陸との取引も行っておりまして、もしよろしければこちらの国でも許可を受けたく思いまして」
下心が丸見えのゴルドバ。
「考えておく。幸いなことに香辛料には困っておらぬ‥‥」
「で、では、そちらの綺麗な箱はいかがですか? この国は魔導王国という名前でもあるのでしたら、このような珍しい箱はいかがでしょうか。内部が魔法によって空間拡張されておりまして、中には小さい部屋程度のものが全て収まるようになっています」
「それも既に開発は終わっておるぞ。ゴルドバよ、貴方は私の国のことを何処まで調べて来たのかしら?」
そう静かに告げるマチュア。
その言葉でゴルドバの顔には大量の汗が吹き出し、視線が彼方此方を向く。
最近の貴族たちの間で噂されている話を、マチュアは報告で聞いている。
新しい女王は上手く取り入ることができれば、いくらでも援助を惜しまないだろう。
女性なので、珍しい食べ物や魔導器といった珍しいものを見せればいくらでも金を出すだろうと。
だが、それは全て間違いである事を、貴族たちはこれから知ることになる。
「近々、我がゴルドバ商会は西方の大陸に向けて販路を作ろうと思っております。が、そのためには資金が少し足りないのです。もしよろしければ、援助をお願いしたいのですが‥‥」
「うむ。して見返りは?」
「西方の珍しいものを土産というのはいかがかと」
確かにそれは魅力的である。
が、成功報酬でしかない上に、信用できないものにポン、と大金を積むほどマチュアは愚かではない。
「検討はする。が、良い返事は期待するな、以上だ下がってよし‥‥」
「はっ、それでは失礼します‥‥」
とゴルドバが部屋から出ていく。
それと入れ替わりで、フィリップ・アルバートとカレンが部屋に入ってきた。
「マチュア女王陛下、お久しぶりです」
と丁寧に頭を下げるフィルリップとカレンの姿を見ると、謁見の間に置かれている丸いテーブルに移動するマチュア。
「カレン、それとフィリツプさんもいいところに。お茶にしましょう、お茶。今日は焼いたクレープもあるんですよ。ジョセフィーヌ、厨房でなんかしている奴にクレープ焼いてと頼んできて」
「了解しました。すぐにお茶の準備をしますので」
とグダグダの謁見となっていく。
これにはカレンもハァ、とため息一つ。
「はぁ、相変わらずねぇ。そのマイペースさには頭がさがるわ」
と呟きつつ、カレンが席に着く。
その後ろでフィリップも同席していいか困っていたが、すぐに席につくことにした。
「マチュア様は普段からこのような謁見で?」
「まさか、信用に値する人と親友だけだよ。元々この謁見の間には魔法が施してあってね、私に対して敵対意思を見せるものは部屋に入ると恐怖感に包まれるようになっていんですよ。さっきもゴルドバという貴族が来ていましたけれど、あれは敵対意思というか私をカモにしようという感じでしたね」
と話をしているさなかに、ジョセフィーヌが先に紅茶のセットを持ってくる。
「さあさあ、どうぞ」
とマチュア自らカレンとフィリップに紅茶を注ぐと、慌ててジョセフィーヌが駆け寄ってくる。
「マチュア様、そういう雑務は私が」
「いいからいいから。ジョセフィーヌも座って休憩ね。女王命令っ」
「ここでそれは卑怯ですわ」
と他愛ない会話を楽しむマチュア。
「さて、マチュア様にご忠告を」
と真剣な表情でフィリツプが口を開く。
「先のゴルドバには十分にお気をつけ下さい」
と丁寧に頭を下げつつ告げる。
どうやらフィリップは何かを知っているのだろうと、マチュアも問いかけた。
「ほほう。それは一体どうして?」
「彼の背後には、北方にある『シュトラーゼ公国』が付いています。ラグナ・マリア帝国とは国交を持たない国ですが、軍事においてはかなり強大な国家であります。ラグナ・マリア帝国が北方大陸に対して力を持っていないのは、このシュトラーゼ公国が北方諸国に対して強い力を持っているからなのです」
一度紅茶を口に運び、フィリップが喉を潤す。
「失礼します。焼きクレープをお持ちしました」
「お持ちしたのぢゃ」
と侍女と共にやってきたのはシルヴィー。
慌ててフィリップとカレンが立ち上がり一礼する。
「あらシルヴィー、お久しぶり」
「おや。アルバート商会の者達もいたのか、二人もおひさぢゃ。マチュアの手料理が食べたくてやってきたぞ。あと頼まれていた建物もようやく完成したと報告があったので、それも兼ねてぢゃ」
とあっけらかんと告げる。
「あ、これで三つ完成かー、明日から大変だわ。まあ、カレーで良ければ。二人も食べていきます‥‥よね?」
「マチュア様、私達に拒否権なんてないではないですか?」
「せっかくですので、頂いていきます。では先程の続きですが」
チラッとシルヴィーを見るフィリツプ。
「他言無用ぢゃな」
「お願いします。で、シュトラーゼ公国は近々、近隣諸国をまとめて吸収し、シュトラーゼ帝国を樹立しようという動きがあります。そのためにも、シュトラーゼ公国と海を挟んで存在するファナ・スタシア王国と、帝国王都から交易路で通じているここカナンの二つを是非ともシュトラーゼ公国に取り込みたいのでしょう」
途中なんども喉を潤すために、紅茶に手を延ばす。
「でも、そんなに簡単に侵攻などできぬぞ。北方大陸とこの南方大陸の間には、潮流の厳しい海峡があるではないか」
とシルヴィーがクレープを突きながら説明してくれる。
事実、ラグナ・マリア帝国のあるウィル大陸とシュトラーゼ公国のあるグラシュート大陸の間には巨大な海峡が存在しており、その海峡から大きく進路をとらなくては渡ることができない。
それも一度東に進路をとって真っすぐに進み、途中の諸島から切り返さなくてはならないほどの激しい潮流であり、一説には過去の竜族侵攻の際に水神竜クロウカシの施した魔十滴結界であるとも伝えられている。
「ええ。ですがゴルドバはファナ・スタシア王国の貴族であり、王都の北方にある港に自分の経営するゴルドバ商会を持つ大富豪でもあります。港には彼所有の大型貿易船を大量に保有していますので、その中に紛れてやってくることは容易いでしょう」
じっとその話を聞いているマチュア。
「となると、カナンを気軽に譲ってくれたミストにも恩を返さないとなぁ‥‥」
「行ってきたらよかろう。ファナ・スタシアなどマチュアの転移で行けばすぐではないのか?」
「あのねぇシルヴィー。私の転移魔法は知らない場所には行けないの。ミスト連邦の王都はファナ・スタシアから遠くて、カナンから向かった方が近いのっ」
という二人を見ながら、カレンが一言。
「例の空飛ぶ絨毯でいけば、それほどかからないの‥‥で‥‥は‥‥」
途中でマチュアが人差し指を立ててシーーッとカレンに向けた。
「マーチューアー、いまカレンが面白いことを言っていたよのう? 妾にもおくれ」
「こうなるの分かっているから内緒にしていたのに。ちょっと待って下さいよっ」
と謁見の間の中央に移動すると、そこで空間から絨毯を三枚取り出す。
それに乗っかると、マチュアはシルヴィーとカレンを呼びつけた。
「それでは‥‥シルヴィー様、ここに乗っかって手を当てて下さいね」
「うむ」
とすかさず水晶球を手に詠唱を開始。
「コントロール、シルヴィーの魔力に同調。オーナー権限もシルヴィーに移動‥‥速度5と高度5で設定‥‥と。これでこの絨毯はシルヴィーのものですよ。使い方は、乗っかってあとは意思と魔力コントロールで」
と告げると、早速シルヴィーは魔法の絨毯をフワッと浮かべた。
「おおおおおおおおお。マチュアマチュア、これはおとき話の中に出てくるあれぢゃな。ということは‥‥」
と期待の目で見るので。
「チャラララッチヤチャーーーン。魔法の箒ーーーっということで」
同じ方法でオーナー権限をシルヴィーに切り替えて手渡す。
そして残り二枚の魔法の絨毯を取り出すと、こちらもオーナー権限を書き換えてフィリップとカレンに手渡した。
「これを私達にですか?」
「先程の情報のお礼です。我が国はそれほど豊かな国ではありませんが、魔導器なら一瞬で作り出すことができます‥‥どうぞお収め下さい」
と丁寧に頭を下げるマチュアに、フィリップは慌てて立ち上がり一礼する。
「そんな女王が頭を下げるとはもったいない」
「ジョセフィーヌ、イングリットに伝えて。大至急『カナン特別交易許可証』と『王室御用達』の認可をアルバート商会に発効するように手続きを取るようにと」
「了解しましたっ!!」
慌ててジョセフィーヌが走っていく。
そして10分ほどでイングリットが二つの書簡を持ってきた。
「全く、女王、突然このようなことを」
「イングリット、アルバート商会は私たちにとても有益な情報を与えてくれました。恩には恩で返せ、それが帝国の流儀ではないのですか?」
凛とした口調でイングリットに告げるマチュアに、彼女もモノクルを直して丁寧に頭を下げる。
「大変失礼しました。女王陛下の仰せのままに。ではアルバート商会に、次の権限を与えます‥‥」
カナン魔導王国の正式な書面を受け取ると、フィリツプは静かに跪いた。
「我がアルバート商会は、いつまでもカナン魔導王国女王に忠誠を誓います……」
すぐにカレンも跪くと、静かにマチュアに一礼した。
「イングリットは下がってよし。忙しい所申し訳ありませんでした。あとはゆっくり休んでください。後程晩餐会を開きますので、それには参加してくださいね」
「い、いえ。私は女王の施政官です。それでは失礼します‥‥」
と部屋から出ていくイングリッド見送りると、マチュアは再びテーブルに着いた。
「ふむふむ。妾から見れば60点ぢゃな」
「えええええ、何処が悪いのですかぁ」
「施政官が女王に対して、少しでも疑問を持ってはいかん。意見を言うのはかまわないが、女王の決定は絶対である。そこを注意しなかったのはいかぬが、いまのではっきりと施政官殿もわかったであろう‥‥」
二皿目のクレープを食べながら、シルヴィーがそう告げる。
「こちらもヒヤヒヤとしました。まさかここで公的手続きにまで踏み切るとは」
「お父様、それがマチュアなのよ。ね?」
とカレンの言葉に笑い返すと、一行は食堂で楽しいカレーパーティーを行うことにした。
なお、イングリッドもカレーパーティーに参加して、先程のマチュアに対しての無礼な言葉遣いを謝罪したが、マチュアは以後気をつけてねと告げてからいつものように戻っていた。
ラグナ・マリア帝国には新しくサムソン辺境王国とカナン魔導王国が建国し、今まで後延ばしにされていたベルナー王国とあわせて3つの国の戴冠式が、略式ではあるがラグナ城にて執り行われた。
ラグナ・マリア帝国に在籍している伯爵位より上の貴族たちはこの戴冠式に参加し、新しく生まれた王たちを讃えている。
サムソン国王であるストーム・フォン・ゼーンはその場で正式に『剣聖』の称号も叙任し、マチュア・フォン・ミナセも『白銀の賢者』としてのお披露目になった。
そして、その場で正式にベルナー王家直属の幻影騎士団の紹介があったとき、その場の貴族たちは絶句したのである。
たった今、皇帝から国王として、そして『剣聖』『白銀の賢者』の叙任を終えたストームとマチュアが、幻影騎士団の騎士団長と副団長兼参謀として紹介されたのである。
ベルナー王家はこれで確固たる地位を確立した。
他の五王がこれには納得がいかないのではと思う貴族も居たが、六王と新たに加わった剣聖と賢者とも実に親しげであったので、余計な危惧であったと思ったらしい。
○ ○ ○ ○ ○
サムソン城の完成により、サムソン辺境王国はとてつもなく盛り上がっている。
さらに商人ギルドの近くに作られた頑強な石造りの巨大な建物が一体何なのか、市民にとっては興味の尽きない出来事が盛りだくさんのようである。
サムソン辺境伯はそれまでと立場か変わることなく、サムソン城にて新しくやってきた王と施政官、執務官と共に、サムソン辺境王国の繁栄のために尽力を就くしてくれる事になっている。
「いやいや、まさかストーム殿が王様とはびっくりですよ」
しっかりと正装して王の威厳を放っているストームの前で、サムソン辺境伯が驚きの声を上げている。
「ふむ。以前はそうであったが、今の私は国王、今までのように親しげにされては困るのだが」
とサムソンをじっと眺めるストーム。
「い、いえ、これは大変失礼を‥‥」
と頭を下げるサムソンの近くに、ストームがもう一人姿を現す。
こちらは以前サムソンが会ったことのある本物のストーム。
「は、はぁ‥‥ストーム殿が二人とは?」
「ああ、そっちの王様は普段俺の代わりに城内で仕事をしたり対外的に動いてくれるフォンゼーン国王だ。ということで、こっちの時はいつもどおりでいいので宜しくな」
――ポン
とサムソンの肩を叩くストーム。
「は、はぁ、まったく、悪趣味にも程がありますぞ‥‥これ以上私の命を縮めて楽しいのですか?」
「ははははっ。悪い悪い。悪意はないんだ。色々とあって、こっちの方が動きやすいのでねぇ‥‥ということで、国内外の政は今まで通りにサムソン伯爵とうちの施政官達にまかせるので」
と告げると、近くに立っていた施政官が頭を下げる。
「宜しくお願いします。サムソン辺境王国の施政官を努めますキャスバルと申します。ストーム様の正体はできるだけご内密に」
「分かっておりますよ。それも努めですから」
そんな話をしている時
「失礼します。ストーム様、サムソンの各商会の方が謁見を申し出ているのですが」
「ああ、俺が直接いくよ。そっちにまで茶番を演じる必要はないからねぇ。ちょっと下がっていてな」
「うむ、いいでしょう」
と王様の姿をしたストームが幕の奥にある小部屋へと向かう。
そこは本物のストームが潜んで、色々と観察するのに使う控えの間である。
そして王様の衣服に換装すると、ストームはまだ慣れない玉座に座る。
「よし、いれていいぞ」
とストームが告げるので、シルヴィーの命令で新しくストーム王付きになった侍女のシャーリィは、笑いを堪えつつ各商会の責任者を謁見室に通した。
その中にはアルバート商会の当初であるフィリップ・アルバートと次期当主であるカレン・アルバートの姿もあった。
商会の者達は各々が丁寧に自己紹介をすると、次々と新しい国王に貢物を持ってきてそれを差し出した。
(あー、これが退屈な日常なのかぁ‥‥しばらくしたらゴーレムに任せよう)
と表情を変えることなく、ストームは話を聞いている。
そしてアルバート商会の順番がやってくる。
後ろに控えている他の商会たちは、自分の商会以外のものがどのような交渉をするものかと、じっと話を聞いている。
自分たちがいかに有利になるように交渉のテーブルを用意するか。
それが商人のやり方であるが。
「これはストーム殿、お久しぶりでございます」
「ああ、久しぶりですね」
突然の親しみを込めた挨拶。
これには各商会代表も絶句する。
「まあ、アルバート卿とはサムソン伯爵のところのパーティー以来ですね。お元気そうでなによりです‥‥でも、あなたもまさか退屈でつまらない交渉を?」
「まさか。私からの貢物はこれだけです」
とカレンをトン、と前に押す。
「ちょっと、お父さん、突然なにを?」
どうやらカレンも、何も聞かされずに連れてこられただけらしい。
するとアルバート卿は丁寧に頭を下げて一言。
「我がアルバート商会からは、我が一人娘のカレンを。どうぞ嫁に貰って下さい」
――ズルッ
とストームが椅子から落ちそうになる。
まさかのどんでん返し。
貢物ではなく嫁を差し出すとは、だれも想像していなかったであろう。
「ちょちょちょちょっと待てぇぇぇぇ、フィリップさん、いきなりカレンを嫁にってどういうことだよ」
「そ、そうですわ。私はその‥‥ストームなんて、別に気にもしていませんわよっ!!」
と真っ赤な顔でプイッと横を向くカレン。
ストームも思わずフィリップを名前で呼んでしまうという失態を犯してしまう。
(あ、これがツンデレか?)
と椅子に座り直してストームが一言。
「あのー、フィリップさん、俺とカレンは友達以上それ以外なので、妻とか嫁とかは今のところ考えていません」
「今のところと申しましたな? では今後そのような可能性もあるいとうことですな。いやよかったよかった。よしよし、今日はその言葉を聞けただけで満足です」
と丁寧に頭を下げるフィりップ
((嵌められた!!))
とカレンとストームが同時に思った。
「で、ではカレン殿‥‥あーーもういいめんどうくさい。カレンとは今まで通りで、な!!」
「そうですわ。それなのにお父様ときたら‥‥」
と後ろで待機している商会の人々は、アルバート家がここまでフォンゼーン家と親しくしているのに嫉妬の炎を燃やしている。
(我が家の一人娘もストーム殿とお近づきになれれば‥‥)
といろいろと画策しているが、それもどうなることやらである。
「はっはっはっ。さて、我がアルバート商会がお願いしたいことはもう一つありまして。カナン魔導王国の王家の方にぜひお目通りをお願いしたく、できれば紹介状を頼みたいのです」
他国の王様を紹介しろという、とてつもない頼みごとをするアルバート商会当主。
普通ならば考えられないお願いであるが。
ここはストームの国、相手はマチュアの国。勝手知ったるなんとやらである。
「そうか? マチュアのところでも仕事するのか。いいぞ、それなら書いてやる。サムソン発行の特別交易許可証も書いてやる」
──パチン
とストームは指を鳴らす。
するとキャスバルがあらかじめ用意してあったらしい書簡を手に、ストームのもとにやってくる。
それにサインを入れると、ストーム自ら、マチュア宛ての紹介状と交易許可証をフィリップに差し出した。
その言葉、行動に他の商会は動揺する。
「そ、それは王家御用達と言うことですか?」
「いやいや、他国との交易は大事だからな」
と笑うストームだが、他国との交易許可証を国が発行するということは、税率の軽減や無税となることもある。
どの商会も喉から手が出るほど欲しい許可証であるが、これには発行制限が厳しく儲けられているらしい。
「では、是非わが商会にも発行をお願いしたく」
と次々と他の商会も申し入れをしてくるのだが。
「キャスバル。現在の我が国の交易許可証はどれだけ発行できる? 」
「はっ。現在6つの商会に発行が可能です。あとはまだ認定していませんが、王室御用達を認定することも出来ますが」
交易許可証とは別にある、商人たちが喉から手が出るほど欲しいのが王室御用達の権利である。
王家に無償で様々な商品を提供し審査を受けることによって、品質保証を受けることが出来るのである。
王室御用達に認定されれば、その商品には王室御用達を表す紋章を付けることが許されるのである。そうなると、その商品の品質は国が保証するので、人々は安心して購買できるようになるという。
「ぜ、是非とも我が商会の商品を審査に」
「では私の所も」
と次々と話が上がってくるが、アルバート商会は上の空である。
「カレンのところは?」
「我がアルバート商会は武具の販売を専業としております。名の通った帝国鍛冶工房の鍛冶師がしっかりした品質を作っているのですわ。とくに最近ではサイドチェスト鍛冶工房の製品も取り扱っていますが」
「ほほう。ならキャスバル、サイドチェスト鍛冶工房の商品には王室御用達を出して欲しい」
この言葉には、カレンは目をつぶって頭を下げる。
「光栄に思います」
そんなやり取りが夜までつづくと、さすがのストームも疲れ切ったのか、あとはクルーラーゴーレムのストームにまかせて馴染み亭へと戻っていった。
○ ○ ○ ○ ○
ティルナノーグの解放に伴い、マチュアは封印の水晶柱の解除を開始していた。
協力者を求めるためにティルナノーグに通って魔導士を探し当てると、その者と共にサムソンに戻ってきていたのである。
「おやマチュア、久し振りだな」
「やあ王様、元気そうでなによフベシッ!!」
――スパァァァァン
マチュアがストームに頼まれて作った魔導ハリセン。
痛みはいつものようにそれほどないのであるが、今回のはミスリル製なので音が素晴らしくいい。
「ここで王様はやめーい。で、調子はどうなんだ?」
と問いかけながら水晶を眺める。
――コポコポッ‥‥
膝を抱えた少女が、マチュアとストーム、そして同行していたガルフレッドという魔導士をじっと見つめる。
「あとどれぐらいだ?」
「内部の魔族因子も全て浄化しました。今日中には術式は全て解除して、封印の水晶柱は消滅するでしょう」
ガルフレッドが和やかに告げると、マチュアとストームはホッと一安心。
「なら、そろそろこの子の保護者がくるので、あとはそいつが来てからだが」
「そいつとは私のことですか?」
入り口からサイノスが姿を表した。
現在はティルナノーグの復興のために、現場で陣頭指揮を取っているらしい。
幸いにも王家の者達が蘇生されたため王位を継ぐ事はないらしいが、この少女の事をマチュアから聞いて、ティルナノーグにいるであろうこの子の両親を探し出し、帰すことになったのである。
「残念ながら記憶がない。が、それでも両親の元に戻るのがいいだろうさ」
「そうだね。あ、この前のお願いもできれば」
とサイノスがマチュアに頭を下げる。
「お願い?」
「ああ。サーベルくん出ておいで」
とマチュアが影の中からサーベルタイガーを召喚する。
「この子をサイノスに譲渡するのよ。主従の書き換えだぁね‥‥」
と額に手を当てて何かを唱える。と、サーベルタイガーはサイノスに近寄って行くとスリスリと頭を寄せる。
「助かります。護衛をつけろと言われてますが、そうそう雇えるものでもありませんからね。で、マチュアさんに相談してゴーレムを作って貰おうとしたのですが断られまして、その代わりこの子を頂いたのですよ」
とストームたちの説明するサイノス。
「マチュアさん、そろそろきますよ!!」
とガルフレッドが最後の術式を解除する。
―ーバシュッ
と突然封印の水晶柱が弾けて気化し、大気に解けていく。
そのまま地面に落ちていく少女を、サイノスはスッと抱きとめたのである。
――サムイー
術式の効果によって記憶を失い、ほぼ幼児化している少女。
慌ててマチュアがマントを掛けてあげると、嬉しそうに笑っていた。
――アリガト、ワタシシュリー
「シュリーか、いい名前だね」
と突然マチュアがそう呟く。
「は、ちょっと待って下さい、なんで名前が判るのですか?」
「なんでって、いま自分で名乗ったでしょ?」
との言葉にストームもサイノスも頭を振るが。
「ああ、この子は念話で話をするタイプですね。数少ない水晶の民の純血ですよ。神官かそれに近い血統でしょうね」
とガルフレッドが腕を組んで頷く。
「さて、それじゃあ私はこれで失礼しますね。帰りはさっきの酒場からですか?」
「私も一緒に戻りますね。ではこれにて失礼します」
とサイノスは予め渡してあった転移の割符でティルナノーグに戻ることが出来る。
サムソンとティルナノーグ、そしてカナンを繋ぐように許可を出してあるので、ある程度自由には動くことが出来るようになっていた。
そのうちシュリーにも会いに行こうと思い、マチュアは三人を見送ると、ストームの家へと戻ってきた。
「ほれ、この前の負け分だよ。シーフードカレーとノッキングバードのカレー、あとはワイルドボアのカレーな」
と寸胴10個を次々と出す。
「随分と‥‥まさか本当に旅に出るのか?」
「あのねぇ、何時でもここには転移して戻って来れるのだから、今更作り置きを置いていくなんてしないわっ。こっちの馴染み亭の明日営業分の料理だよ。明日からは私もカナンで色々と忙しくなるから、一月分置いていくだけだわ」
「あ、そういうことか。了解。それじゃあな」
「ほい了解さん、またなー」
と告げてマチュアはカナンへと転移する。
○ ○ ○ ○ ○
まっすぐに王城に作られた転移の魔法陣に戻ってくると、マチュアはすぐさま執務室に向かう。
「戻ったよー。どんな感じですか?」
と執務室の机で大量の羊皮紙を処理している、片眼鏡を付けた女性施政官のイングリットにそう問いかけたが。
「商人ギルドの近くで建造していた例の建物はつい先程、完成したという報告がなされています。いまはファナ・スタシア王国の貴族の方が謁見の順番を待っていますが」
「ハァ? なんで謁見してないの?」
「マチュア様が丁度お腹が減ってきたとかで、突然厨房に向かって夕食を作っているところですよ。まったく、そこまで忠実に貴方を再現しなくても」
「いやいや、基本私と同じ思考で行動するようにしてあるからねー。いいよ、私がその貴族と話をしてきますよ」
と瞬時に換装して女王らしいドレスと小さいティアラを装着する。
「ほーう。孫にも衣裳といいますけれど、しっかりとした服装をするとそれなりには見えますねぇ」
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と告げて、カツカツと謁見の間へと向かう。
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と今日は馴染み亭ではなく、こちらで侍女をしているジョセフィーヌ。
王城でも知り合いが居たほうがいいと、ジョセフィーヌとメアリーは此方でも仕事をするようになった。
そのかわりに馴染み亭にも数名のウェイトレスが追加されている。
――ガチャッ
と扉が開くと、いかにも成金趣味という感じの貴族が入室する。
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「これはこれは。ミナセ女王にはご機嫌麗しく。ファナ・スタシアのゴルドバと申します」
「うむ。表を上げてかまわぬ。遠くから大儀であったな。して今日はなんのようだ?」
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「女王陛下の戴冠の祝いの品をお持ちしました。どうぞお収め下さい」
とゴルドバの背後の侍女たちが、ジョセフィーヌに幾つかの箱を手渡す。
「それは済まない。で、中身はなんだ?」
「東方から取り寄せた珍味です。この国では味わうことの出来ない香辛料をお持ちしました。わがゴルドバ家は東方の大陸との取引も行っておりまして、もしよろしければこちらの国でも許可を受けたく思いまして」
下心が丸見えのゴルドバ。
「考えておく。幸いなことに香辛料には困っておらぬ‥‥」
「で、では、そちらの綺麗な箱はいかがですか? この国は魔導王国という名前でもあるのでしたら、このような珍しい箱はいかがでしょうか。内部が魔法によって空間拡張されておりまして、中には小さい部屋程度のものが全て収まるようになっています」
「それも既に開発は終わっておるぞ。ゴルドバよ、貴方は私の国のことを何処まで調べて来たのかしら?」
そう静かに告げるマチュア。
その言葉でゴルドバの顔には大量の汗が吹き出し、視線が彼方此方を向く。
最近の貴族たちの間で噂されている話を、マチュアは報告で聞いている。
新しい女王は上手く取り入ることができれば、いくらでも援助を惜しまないだろう。
女性なので、珍しい食べ物や魔導器といった珍しいものを見せればいくらでも金を出すだろうと。
だが、それは全て間違いである事を、貴族たちはこれから知ることになる。
「近々、我がゴルドバ商会は西方の大陸に向けて販路を作ろうと思っております。が、そのためには資金が少し足りないのです。もしよろしければ、援助をお願いしたいのですが‥‥」
「うむ。して見返りは?」
「西方の珍しいものを土産というのはいかがかと」
確かにそれは魅力的である。
が、成功報酬でしかない上に、信用できないものにポン、と大金を積むほどマチュアは愚かではない。
「検討はする。が、良い返事は期待するな、以上だ下がってよし‥‥」
「はっ、それでは失礼します‥‥」
とゴルドバが部屋から出ていく。
それと入れ替わりで、フィリップ・アルバートとカレンが部屋に入ってきた。
「マチュア女王陛下、お久しぶりです」
と丁寧に頭を下げるフィルリップとカレンの姿を見ると、謁見の間に置かれている丸いテーブルに移動するマチュア。
「カレン、それとフィリツプさんもいいところに。お茶にしましょう、お茶。今日は焼いたクレープもあるんですよ。ジョセフィーヌ、厨房でなんかしている奴にクレープ焼いてと頼んできて」
「了解しました。すぐにお茶の準備をしますので」
とグダグダの謁見となっていく。
これにはカレンもハァ、とため息一つ。
「はぁ、相変わらずねぇ。そのマイペースさには頭がさがるわ」
と呟きつつ、カレンが席に着く。
その後ろでフィリップも同席していいか困っていたが、すぐに席につくことにした。
「マチュア様は普段からこのような謁見で?」
「まさか、信用に値する人と親友だけだよ。元々この謁見の間には魔法が施してあってね、私に対して敵対意思を見せるものは部屋に入ると恐怖感に包まれるようになっていんですよ。さっきもゴルドバという貴族が来ていましたけれど、あれは敵対意思というか私をカモにしようという感じでしたね」
と話をしているさなかに、ジョセフィーヌが先に紅茶のセットを持ってくる。
「さあさあ、どうぞ」
とマチュア自らカレンとフィリップに紅茶を注ぐと、慌ててジョセフィーヌが駆け寄ってくる。
「マチュア様、そういう雑務は私が」
「いいからいいから。ジョセフィーヌも座って休憩ね。女王命令っ」
「ここでそれは卑怯ですわ」
と他愛ない会話を楽しむマチュア。
「さて、マチュア様にご忠告を」
と真剣な表情でフィリツプが口を開く。
「先のゴルドバには十分にお気をつけ下さい」
と丁寧に頭を下げつつ告げる。
どうやらフィリップは何かを知っているのだろうと、マチュアも問いかけた。
「ほほう。それは一体どうして?」
「彼の背後には、北方にある『シュトラーゼ公国』が付いています。ラグナ・マリア帝国とは国交を持たない国ですが、軍事においてはかなり強大な国家であります。ラグナ・マリア帝国が北方大陸に対して力を持っていないのは、このシュトラーゼ公国が北方諸国に対して強い力を持っているからなのです」
一度紅茶を口に運び、フィリップが喉を潤す。
「失礼します。焼きクレープをお持ちしました」
「お持ちしたのぢゃ」
と侍女と共にやってきたのはシルヴィー。
慌ててフィリップとカレンが立ち上がり一礼する。
「あらシルヴィー、お久しぶり」
「おや。アルバート商会の者達もいたのか、二人もおひさぢゃ。マチュアの手料理が食べたくてやってきたぞ。あと頼まれていた建物もようやく完成したと報告があったので、それも兼ねてぢゃ」
とあっけらかんと告げる。
「あ、これで三つ完成かー、明日から大変だわ。まあ、カレーで良ければ。二人も食べていきます‥‥よね?」
「マチュア様、私達に拒否権なんてないではないですか?」
「せっかくですので、頂いていきます。では先程の続きですが」
チラッとシルヴィーを見るフィリツプ。
「他言無用ぢゃな」
「お願いします。で、シュトラーゼ公国は近々、近隣諸国をまとめて吸収し、シュトラーゼ帝国を樹立しようという動きがあります。そのためにも、シュトラーゼ公国と海を挟んで存在するファナ・スタシア王国と、帝国王都から交易路で通じているここカナンの二つを是非ともシュトラーゼ公国に取り込みたいのでしょう」
途中なんども喉を潤すために、紅茶に手を延ばす。
「でも、そんなに簡単に侵攻などできぬぞ。北方大陸とこの南方大陸の間には、潮流の厳しい海峡があるではないか」
とシルヴィーがクレープを突きながら説明してくれる。
事実、ラグナ・マリア帝国のあるウィル大陸とシュトラーゼ公国のあるグラシュート大陸の間には巨大な海峡が存在しており、その海峡から大きく進路をとらなくては渡ることができない。
それも一度東に進路をとって真っすぐに進み、途中の諸島から切り返さなくてはならないほどの激しい潮流であり、一説には過去の竜族侵攻の際に水神竜クロウカシの施した魔十滴結界であるとも伝えられている。
「ええ。ですがゴルドバはファナ・スタシア王国の貴族であり、王都の北方にある港に自分の経営するゴルドバ商会を持つ大富豪でもあります。港には彼所有の大型貿易船を大量に保有していますので、その中に紛れてやってくることは容易いでしょう」
じっとその話を聞いているマチュア。
「となると、カナンを気軽に譲ってくれたミストにも恩を返さないとなぁ‥‥」
「行ってきたらよかろう。ファナ・スタシアなどマチュアの転移で行けばすぐではないのか?」
「あのねぇシルヴィー。私の転移魔法は知らない場所には行けないの。ミスト連邦の王都はファナ・スタシアから遠くて、カナンから向かった方が近いのっ」
という二人を見ながら、カレンが一言。
「例の空飛ぶ絨毯でいけば、それほどかからないの‥‥で‥‥は‥‥」
途中でマチュアが人差し指を立ててシーーッとカレンに向けた。
「マーチューアー、いまカレンが面白いことを言っていたよのう? 妾にもおくれ」
「こうなるの分かっているから内緒にしていたのに。ちょっと待って下さいよっ」
と謁見の間の中央に移動すると、そこで空間から絨毯を三枚取り出す。
それに乗っかると、マチュアはシルヴィーとカレンを呼びつけた。
「それでは‥‥シルヴィー様、ここに乗っかって手を当てて下さいね」
「うむ」
とすかさず水晶球を手に詠唱を開始。
「コントロール、シルヴィーの魔力に同調。オーナー権限もシルヴィーに移動‥‥速度5と高度5で設定‥‥と。これでこの絨毯はシルヴィーのものですよ。使い方は、乗っかってあとは意思と魔力コントロールで」
と告げると、早速シルヴィーは魔法の絨毯をフワッと浮かべた。
「おおおおおおおおお。マチュアマチュア、これはおとき話の中に出てくるあれぢゃな。ということは‥‥」
と期待の目で見るので。
「チャラララッチヤチャーーーン。魔法の箒ーーーっということで」
同じ方法でオーナー権限をシルヴィーに切り替えて手渡す。
そして残り二枚の魔法の絨毯を取り出すと、こちらもオーナー権限を書き換えてフィリップとカレンに手渡した。
「これを私達にですか?」
「先程の情報のお礼です。我が国はそれほど豊かな国ではありませんが、魔導器なら一瞬で作り出すことができます‥‥どうぞお収め下さい」
と丁寧に頭を下げるマチュアに、フィリップは慌てて立ち上がり一礼する。
「そんな女王が頭を下げるとはもったいない」
「ジョセフィーヌ、イングリットに伝えて。大至急『カナン特別交易許可証』と『王室御用達』の認可をアルバート商会に発効するように手続きを取るようにと」
「了解しましたっ!!」
慌ててジョセフィーヌが走っていく。
そして10分ほどでイングリットが二つの書簡を持ってきた。
「全く、女王、突然このようなことを」
「イングリット、アルバート商会は私たちにとても有益な情報を与えてくれました。恩には恩で返せ、それが帝国の流儀ではないのですか?」
凛とした口調でイングリットに告げるマチュアに、彼女もモノクルを直して丁寧に頭を下げる。
「大変失礼しました。女王陛下の仰せのままに。ではアルバート商会に、次の権限を与えます‥‥」
カナン魔導王国の正式な書面を受け取ると、フィリツプは静かに跪いた。
「我がアルバート商会は、いつまでもカナン魔導王国女王に忠誠を誓います……」
すぐにカレンも跪くと、静かにマチュアに一礼した。
「イングリットは下がってよし。忙しい所申し訳ありませんでした。あとはゆっくり休んでください。後程晩餐会を開きますので、それには参加してくださいね」
「い、いえ。私は女王の施政官です。それでは失礼します‥‥」
と部屋から出ていくイングリッド見送りると、マチュアは再びテーブルに着いた。
「ふむふむ。妾から見れば60点ぢゃな」
「えええええ、何処が悪いのですかぁ」
「施政官が女王に対して、少しでも疑問を持ってはいかん。意見を言うのはかまわないが、女王の決定は絶対である。そこを注意しなかったのはいかぬが、いまのではっきりと施政官殿もわかったであろう‥‥」
二皿目のクレープを食べながら、シルヴィーがそう告げる。
「こちらもヒヤヒヤとしました。まさかここで公的手続きにまで踏み切るとは」
「お父様、それがマチュアなのよ。ね?」
とカレンの言葉に笑い返すと、一行は食堂で楽しいカレーパーティーを行うことにした。
なお、イングリッドもカレーパーティーに参加して、先程のマチュアに対しての無礼な言葉遣いを謝罪したが、マチュアは以後気をつけてねと告げてからいつものように戻っていた。
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