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第二部・浮遊大陸ティルナノーグ

浮遊大陸の章・その16 魂の解放と、後始末と‥‥

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 白竜の社の外で、マチュアは絶叫しながら走った。
 結界の外を覆い尽くすような水晶の民エクセリアンの死体。
 そしてその向こうに倒れているポイポイの姿を見た時、涙を拭うことなくマチュアは走り出すと、彼女の遺体を抱きかかえた。

「ポ‥‥ポイポイさーーん、返事してくださいよぉぉぉ」
 必死にポイポイの亡骸を抱きかかえながら、マチュアは叫ぶ。
 だが、彼女は目を開けることはなかった。

 忍者の持つ技の一つに、その生命を燃料として肉体を活性化させる秘儀がある。
 それにより忍者は超人ともいえる身体能力を得ることが出来るのだが、その代償は『確実な死』である。
 死の瞬間、忍者はその生命の炎を爆発させる。
 周囲に集まった敵対者全てを破壊するほどの威力を放って、そして最後に散っていくのである。

「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」

 その技があるからこそ、マチュアは誰にも忍者の技術は伝承していなかった。
 ただ一人、ポイポイを覗いて。
 その才能にマチュアは可能性を見たのだが、やはり忍者の技は最後は破滅をもたらす。
 魂が燃え尽きているので、蘇生も不可能‥‥。

「マチュアさん‥‥」
 と後ろからズブロッカが声を掛ける。
「頼みます‥‥ポイポイさんを社に‥‥お願いします‥‥」
 と告げると、マチュアは立ち上がって深淵の書庫アーカイブを起動する。

――フゥゥゥゥゥゥン
 グイッと涙を拭うと、深淵の書庫アーカイブの中に入る。

「善騎士団及び王たちに通達。ミッションコンプリート、『魔封じの儀式』は終了し、作戦は完了した‥‥繰り返す‥‥作戦は‥‥完了‥‥した‥‥」
 最後は涙声になっているマチュア。
『了解、お疲れ様。とりあえず戻ってきて下さい』
 と通信用水晶球トーキングオーブからミストの声が聞こえてくる。
「全てが終わったら、戻ります。各部隊は被害状況の確認を、治療可能なものは全力で。死者は治療師が全力をもって対処して下さい‥‥」
 と全員に伝達すると、マチュアは周囲で待機しているワイルドターキーたちにそっと告げる。
「ワイルドターキーさんたちも一度戻って下さい。私はこのあと生き残っている人たちを調査しなくてはならないので」
「し、しかし、マチュアももう疲労困憊じゃ‥‥一度もどろう」
「そうですわ」
 優しい二人。
 ポイポイの死を受け入れてなお、二人はマチュアにそう告げる。
「先にお願いします。イヴさんや吟遊詩人の方の治療も急がないと‥‥」
 と告げられ、マチュア以外の者達はそのまま月の門を通じて、王都へと戻っていく。


 ○ ○ ○ ○ ○


 転移の魔法陣には、次々と騎士団が帰還してくる。
 カナンを守っていた囮部隊もそのまま周囲の安全を確認すると、急ぎ王都へと帰還した。
 ラグナ地下から、次々と騎士たちは外にでる。 
 無事だったものは部隊ごとに点呼を取り、全てが終わった喜びに震えている。
 冒険者たちはこれで任務が終わったのを確認し、これから受け取る莫大な報酬に思いをはぜている。
 地下ではパルテノ配下の治療師たちが、全力で怪我人の治療にあたっている。
 大勢の人がその生命を落とした。
 蘇生が間に合わず、二度と目覚めることもない者たちもいる。


「マチュアはまだ戻らないのか?」
 ふとストームは、戻ってきたワイルドターキー達の中にマチュアの姿が無いのに気がついた。
「まだやることがあと言っていたがのう」
「ええ。生き残っていた人たちを助けると‥‥」
 その言葉で、ストームは転移の魔法陣に走った。
 目的地はマチュアのいる『白竜の社』である。
 
――フッ
 とストームが白竜の社にある月の門から出てきた時、目の前でマチュアがのんびりと魔法陣を築いていたのに気がついた。

「マチュア、今どんなかんじだ?」
 ストームには、これからマチュアが何をするのか理解していた。
 だから、絶対に止める事はない。
「あと少しで魔法陣は完成するよ‥‥その後で、これを配置して儀式の開始だよ」
 と懐から取り出した魔晶石を見せる。
 今回の作戦のために月の門から回収した魔力の収められている魔晶石、その数おおよそ1000個。
 それに一つ一つ術式を組み込んで、魔法陣に配置する。
「なあ、ストーム。この世界好きか?」
 と一通りの配置が終わると、マチュアがそう問い掛ける。
 腕を組んで空を見上げつつ、今までの、この世界での生活を思い出すストーム。
「そうだなぁ‥‥好きか嫌いかと言えば好きだが」
 ニィッと笑いながら、マチュアにそう告げる。
 とマチュアもまた、少しだけ寂しそうに笑いながら‥‥。
「そうか。そうだよなぁ」
 とストームに向かって笑う。
「ストーム、ちょっと離れててくれ。かなりの魔力を使うのでバックファイアがキツイかもしれない。巻き込みたくないから白線の外までお下がりください」
「はいはい了解と」
 いつもの乗りで告げるマチュアの言葉で、魔法陣から少し離れる。
 やがてマチュアがゆっくりと詠唱を開始した。
 
――ブゥゥゥゥゥン
 マチュアの全身が光り輝く。
 それはストームも体験した封印解除リミッターカットの輝きである。

封印解除リミッターカット‥‥秩序の女神ミスティーよ。我の願い受け入れたまえ‥‥この地にて死せる正しき者達の命を、再びかの肉体に降ろし給え‥‥」

 今までとは違う魔術。
 足りない魔力は全て魔晶石から回収する。
 だがそれでも、いま行っている魔術にはとうてい足りないことを分かっているマチュア。
 そしてストームにも気がついた。
 マチュアが発動している魔術が高位司祭の聖域範囲セイクリッド完全蘇生レイズデットではない事に。

「ちょっと待てマチュア!!」
 とストームが叫ぶが時遅し。
「この身の全てを持って起こしたまえ‥‥完全なる奇跡プローディギウムっっっっっ」
 魔法陣とマチュアが光る。
 その刹那、ストームも魔法陣の中に飛び込むと、両手を地面に付ける。
「まったく無茶しやがるわ‥‥そら、俺からも持っていけっ!!」 
 マチュアとストーム。
 二人の体の中から『大切な』何かが消えていく。
 意識を失いかける二人だが、気合でどうにか持ち越している。

 やがて、ティルナノーグに倒れている正しい心を持つものたち‥‥水晶の民エクセリアンと、この戦いで散っていった多くの仲間達の体が淡い輝きに包まれた。
――ボウッ
 肉体の活性化が開始される。
 だが、まだ魂は戻ってこない‥‥。


 ○ ○ ○ ○ ○


 パルテノス大神殿。
 神々の住まう世界エーリュシオンの中央にある、正神の務める神殿。
 その一角にある、真央と善の肉体の収められているプールがある部屋では、異変が起きていた。
 最初の異変に気がついたのは、武神セルジオである。

――ブゥゥゥン
「こ、これはえらいことになっているではないか!!」
 突然、善の台座が激しく輝くと、次々と紋章の輝きが消えていく。
 魂の修練がどうなっているのかを見に来たセルジオは、目の前で起こった光景を止めようと必死であった。
「ま、まてストーム。リミッターを外してはいけない‥‥これまでの試練が無駄になるぞ‥‥」
 と台座に神力を注ぎ始めるセルジオ。
 このセルジオの行動は、明らかに反則である。

――フゥゥゥゥゥゥゥン
 続いて、真央の台座からも紋章が消え始める。
 が、彼の台座はそれだけでは済まなかった。
 台座自体に亀裂が走ると、次々と崩壊していったのである。
 遠くからセルジオをみていたミスティも駆けつけたのだが、既に手遅れであった。
 そして聞こえてくる、真央からのメッセージ。

『秩序の女神ミスティーよ。我の願い受け入れたまえ‥‥この地にて死せる正しき者達の命を、再びかの肉体に降ろし給え‥‥』

「真央まで、駄目よ、いくら私の名前で奇跡を求めても、それは承認出来ないわよ‥‥あまりにも代償が大きすぎるわよ‥‥」
 とミスティが叫ぶと、ストームの台座までもが崩壊し始める。
 そして全てが崩壊した時、台座に残っていた最後の紋章が中空に浮かび上がる。

――フッ
 と最後の紋章が眠っている真央と善の元に飛んで行くと、それは二人の額に張り付き、吸い込まれていった。
 やがて二人の『魂の修練』を示す台座は完全に崩壊した。

――カツーン、カツーン
 と、奥から創造神が姿を表して。
 今起こった出来事の一部始終を見ていたようである  

「さてミスティ。二人が手放したこれを、私たちは認めなくてはならない。彼らは、修練を終える事は出来なかったが、それ以上の魂の可能性を示してくれた」
 とプールの中に沈んでいる二人の肉体が淡く輝き始める。
 二人のこれまでの修練だけでも代償は足りないらしい。
 真央と善の二人の肉体も、崩壊を開始した。

――ボロッ‥‥ボロッ
 と肉体にヒビが入り、崩れ始める。

「もうよい。よいのだ‥‥これ以上ここにいては、お前たちの肉体も失われる‥‥もう良いのだ‥‥」
 そう、創造神が告げた時、二人の肉体は見る見るうちに元に戻り、そして光になって消えていった。
「あるべきものは、あるべきところへ‥‥して、ミスティよ、どうするのだ?」
「仰せのままに。マチュアの願い、受諾します‥‥」
 そう告げると、手にした杖をスッと掲げる。 


 ○ ○ ○ ○ ○


――ウウ‥‥ンンッ‥‥
 ゆっくりと体を起こし始める水晶の民エクセリアン
 自分たちが何故。どうしてここにいるのか気がついていない。

「一体何が‥‥そうだ、魔族が侵攻してきて‥‥それで‥‥」
「俺達は‥‥助かったのか‥‥」
 とようやく喜びを取り戻した水晶の民エクセリアン
 王都ラグナでも、次々と蘇生不可能であった騎士や魔術士たちが命を取り戻したのに驚きを隠せていない。
 そして目の前に広がる奇跡の結果を見て、マチュアはゆっくりと立ちあがる。
「死ぬ気かよ。まあ、生きているから結果オーライっていうところか?」
 ストームはその場に座り込むと、横で座っているマチュアに拳を差し出す。
 そしてマチュアも、ストームの拳に自分の拳を打ち付ける。

――カシィッ
「いやいや、あそこでストームが飛び込んでくるのも計算のうちだねぇ‥‥まあ、ストームがここになかったら死ぬ気だったけれどね」
 と大笑いするマチュア。
 と遠くからポイポイさんが走ってくる姿を見て、マチュアはニイッと笑った。
「マ~チュ~ア~さ~ん。生き返ったっぽいよ」
 と社からポイポイが走ってくる。
 これで全て終わった。
 ようやく安堵の表情をするストームとマチュアだが。

『さて、そこの二人は大至急王都にくるように。レックス皇帝がお呼びだ』

 とケルビムの声が通信用水晶球トーキングオーブから聞こえてくる。
「おぉっと、これは説教か?」
「まさか。褒美でももらわんとやっていられんわ!!」
 と二人は笑いながら転移した。
 すでに封印から解除されているため、ティルナノーグは現世界に存在している。
 転移魔法さえ使えれば、自在にここに来ることは可能である。


 ○ ○ ○ ○ ○

 
 スッと王都に戻ってきたストームとマチュアは、大勢の人々からの拍手喝采に包まれていた。
「よくやった!!」
「おめでとう!!」
「今度奢れよ!!」
 と様々な声が響く。
 そして急ぎその場から離れると、皇帝の待つ謁見の間へとたどり着いた。
 そこには六王全てが集まっている。
 皆満身創痍でその場に居合わせている。
 レックスもまた全身を鎧に包み、戦う意思を示していたらしい。

‥‥‥
‥‥


「さて、この度の活躍、見事であった‥‥無事にティルナノーグを開放し、魔族から取り戻すことに成功したその功績は、決して言葉だけでは語れるものではない‥‥」
 努めて冷静に、いつもの感情を殺したような声で二人に告げる。
 その言葉と同時に、ブリュンヒルデが書簡を広げながら一歩前に出た。
「此の度の二人の功績に、レックス皇帝は貴公らに新たなる王位と領地を授けることにした。現状の六王が治めている領地から、好きな領地を分割して王都とすることに六王全て意義はない!!」
 そう告げると、書状を二人に差し出す。
 レックスもそこで笑みを浮かべると、ゆっくりと二人に頷いた。
「という事だ。どうする?」
 と皇帝に問われると、すでに二人は腹をくくつているようだ。
 元々賢者と剣聖を受けたときにこれを受ける権利は持っていたのである。
 そして『封印解除』と『奇跡』のもたらすであろう弊害も、ある程度は予測している。
 ニィッと笑いながらストームがシルヴィーのほうを見る。

「ならば、私はサムソンとその周辺の領地を頂きたいと思います」
「なんぢゃと‥‥と‥‥よい‥‥」
 グッと笑いを堪えるシルヴィー。
 せっかくベルナー王国が元に戻り、サムソン辺境都市もシルヴィーの元に戻ってきた矢先に、今度はストームが持っていったのである。
 にもかかわらず。何故そこで笑う?
 そしてマチュアもミストの方を見ると、今度は静かに一言。 

「では私は‥‥ファナ・スタシア王国にある『城塞都市カナン』とその周辺を頂きたい」
 これにはミストも大笑い。
 ファナ・スタシア王国はミスト連邦の一つの国家である。そこから交易都市とその周辺が消滅するのである。
 その場に居合わせたファナ王家の人々もさすがに驚いているが、多少領土がくぼむ程度とミストに促されてしまい、素直に譲渡を認めた。
 それにしてもミストまで、何故笑っているのか二人には判らなかった。
 その真意を知るのは、もう少し後のことである。

「よかろう。今日この時より、ストーム・フォン・ゼーンにサムソン辺境王国を与える。名はゼーン王国としよう」
「そこは、サムソン辺境王国でお願いします」
 と冷静にレックスに告げるストーム。
「うむ。サムソン辺境王国の王として統治するがよい。そして、マチュア‥‥は、士爵名は決めていないのか?」
 とレックス皇帝がマチュアに問い掛ける。
「あー、今決めないと駄目ですか?」
 との言葉に、六王全員が頷く。

(ストームが自分の名前でフォンつけてフォン・ゼーンか。わたしはならフォン・マオ、フォン・ミナセ?マチュア・フォン・ミナセ‥‥本名でいいや)

「では、私はマチュア・ミナセで。爵名はマチュア・フォン・ミナセで、王国名は『カナン魔導王国』でお願いします」
「うむ。ではマチュア・フォン・ミナセにカナン魔導王国を与える。どうせ二人のことだ、普段は王様ではなく普通に街の中をブラブラしているのだろう?」
「はい。国王はミナセという女王で。私は普段はマチュアで徘徊していますので」
「こっちは語呂がいいからフォンゼーン王で動かせて貰うわ」
 その言葉にレックス皇帝は頷くと、ストームとマチュアは頭を下げる。
「以上で新たなる王の叙任を終える。六王は下がってよし、私はマチュアとストームに話がある」
 と告げると、六王はそのまま部屋から退室する。
「ロイヤルガードも下がってよし」
「しかし‥‥」
 と告げるロイヤルガード達だが、素直に一礼するとその場を立ち去った。
 そして誰も居ないことを確認すると、レックスは二人にゆっくりと話を始める。


「二人に神より神託があった」
「ああ、きましたか」
「一からやりなおしですよね」
 と口々に告げるが。
「まずはティルナノーグにて行われた、水晶の民エクセリアンを蘇生するための儀式。それに伴う代償は大きい。二人の行っていた『魂の修練』を持ってしても、その代価は払いきれるものではなかった。だが、その功績もまた大きい」

――ゴクッ
 と二人の喉が鳴る。
「創造神は告げた。残った紋章の力によって、二人の肉体に意識を戻したと」
 その瞬間、マチュアはガッツポーズ。
 ストームはモスト・マスキュラーのポーズを取って全身で喜びを示していた。
「おおおおおおっ。GAMEクリアぁぁぁぁぁぁぁ」
「これで終わりか!! ようやく戻れるのか‥‥…って、戻した?」
 感慨極まった叫ぶ二人に、レックスはさらに告げる。
「魂の修練を行うための器たる台座が破壊されたので、一応は修練を終わりとする。が、支払われた代価は到底それでは拭いきれるものではない。それを補うために、君たちの元々の肉体は元の世界に戻り、今まで通りの君たちとして、再び時を取り戻したと」

――ハァ?
 と鳩が豆鉄砲を受けたような表彰をするストームとマチュア。
「どどどどどどういうことですか?」
「簡単に説明して欲しい」
 動揺が止まらない二人。
「君たち二人の意識が新しく目覚めたらしい。それは今までの君たちと全く同じ、もう一つの君たちだそうだ。この世界での記憶は一切ないので、今まで通りに君たちは生活していると‥‥」

「「おいおい」」

 とレックス皇帝の背後にいるであろう創造神にツッコミを入れる。
「その代価って、何を使ったのですか?」
「かなりの人々の魂を再生したのだ。そんじょそこらの代価で収まるものではない。ということで、君達の『現世界との繋がり』を代価とした。これで君たちは晴れてこの世界の住人となることができた‥‥と」

――ガクッ 
 と膝から崩れるマチュア。
 ストームはやれやれという表情をしているが、すぐに受け入れたらしい。
「レックス皇帝、まだ神様と繋がっていますか?」
「うむ。なにか質問はあるか?」
「能力は今まで通りで? むこうの世界の俺は俺のままで問題ないのか?」
 と問い掛ける。

『すべてノープロブレムじゃ!!』

 とあの白亜の部屋で聞いた声が、謁見の間に響き渡る。
「あーーっ、殴りたい。力いっぱいなぐりたぃぃぃぃぃ」
 マチュアもまた、室内に響き渡るように叫んだ。
「まあ待て。で、俺達はこの世界で生きることになったでオッケーだな?」
 とストームは静かに状況を把握して話を進めた。

『うむ。魂の修練は終了となった。が、ここまでの二人の行いで、また人間には未来が見えた。また暫し人の歴史を眺めていくことにする』

 その言葉はレックスに皇帝にも聞こえていたのであろう。
 そしてマチュアも納得したのであろう、静かに話を聞くことにした。
「神様の加護は残るので?」

『うむ。今まで二人に施した加護など全ては現状維持で、ようはこの世界の住人となっただけだ』

 それで二人はようやく納得した。
 いや、納得するしかないのである。
「それじゃあ神様、またな」
「引き続き宜しくおねがいしますね」
 と告げると、マチュアは一瞬だけ深淵の書庫アーカイブを起動する。
(よし‥‥神様の座標ゲーット‥‥)

『今まで通り、我ら神と交渉したければ代行者を通すがよい‥‥では』

 と創造神の意識が消えた。
「ということだ。まさか生きているうちに直接、創造神の声を聞けるとは思わなかったがな」
 レックスが笑う。
「まあ、レックス皇帝としても俺達がこの国にいるほうがいいんだろう? その為に領地を渡したぐらいだからな」
「つまり領地と地位で私達を縛り上げたのですね?」
 と静かに問い掛ける。
「別に二人には王の勤めをして貰う気はない。マチュアが二人のゴーレムを作って、それに執務をやらせていればなんら問題はない。二人に王位と領地を与えたのは、他の騎士や冒険者に対してのけじめだからな」
 恐らくは、二人は何も求めてこないと分かっていたレックス皇帝。
 そうなると、下の者達も固辞してしまうのを恐れたのである。
「ということで、俺のゴーレム宜しく」
「いつでも渡せるよ。データは取ってあるから、ほれ」
 と深淵の書庫アーカイブの中でストックしてあったクルーラーのゴーレムを二体だす。
 一体は瞬時にストームに、そしてもう一体はマチュアに変化する。
「さてと、コマンドセット、ストームのマスター権限はストームが、サプは私と皇帝が。マチュアのマスター権限は私が、サブはストームと皇帝が。それで全ておっけいで」
 と二人のゴレムはスッと頭を下げると、其々の主の影の中に消えていった。
「ではこれで。あとで施政官を二人のもとに派遣する。国の政は彼らと、もともとの領主に任せておけばいい」
「了解しました。それでは‥‥」
「これで失礼します。また体調が優れなくなりましたらいつでも私をお呼び下さいね。ゴーレムの方でも同じ力を使えますので」
 と頭を下げて、二人は謁見の間から外に出た。

 
 ○ ○ ○ ○ ○


 新しい王国が建国される。

 今年はベルナー王国に続いて、サムソン辺境王国とカナン魔導王国が新たに建国したのである。
 全てのギルドと貴族院、元老院にこの話は通達されると、すぐさま新たなる王にお目通りを得るために、各国の貴族たちはこぞって新しい王の住まう屋敷へと向かった。
 だが、全て門前払いとなり、

『王城が出来たときに改めて貴族たちには謁見を許可する』

 と施政官が告げたので、諦めて戻っていった。

「‥‥ということで。私はカナンに戻る」
 とサムソンの馴染み亭にいたマチュアが、アーシュにそう報告する。
 その場にはストームとカレンの姿もあった。
 カレンはちょっと遊びに来ていただけだったが、ちようとストームが戻って来ていたので色々と注文をすることにしたらしい。
「何が、という事なのかよくわからないんですけれど」
「私は拠点をカナンに戻すので、アーシュはストームに色々と聞いて」
「はあ。それは構いませんけれど、今のサムソンって王国になったではないですか。すぐそこに王城が建設されていて大変なんですよ。築城につかえる魔術師の募集は冒険者ギルドに貼り付けてありましたから、マチュアさんも行ってきたらいいじゃないですか」
 とアーシュが笑いながら話しているが。
「面倒くさい」
「でも突然ですよねぇ。新しい王国の建国なんて‥‥今年は3つの王国ができたのだから、あちこちに挨拶にいくのが大変なんですよ」
 とカレンが溜息を付く。

―ーハァ‥‥
「そうなのか?」
「ええ。サムソンの新しい王はフォンゼーン国王という方らしいのですが、なんど屋敷にいっても門前払いなのですよ。お父様にその事を告げても笑っているだけですし」
「カナン魔導王国は?」
「そこも駄目でしたのよ。ミナセ女王もやはり駄目ですわ。やっぱり門前払い。もう、この気にアルバート商会を大きくするチャンスなのに‥‥ここからカナンなんて、二人は一体何日掛かるかご存知で?」
 溜息を付きながら、目の前にあるマチュア特製梅酒を飲みつつ愚痴るカレン。
「カナン?」
「ええ。マチュアもカナンに戻るのでしょ? あの空飛ぶ絨毯で。私も同行していいかしら? あれならそんなに時間がかからないし」
 と告げるので、マチュアはストームを見る。

――コクリ
 とストームが頷いたので、マチュアはカレンを二階の礼拝所へと案内した。

「ここは何かしら?」
「私が作った転移の魔法陣ね。これでカナンと此処を行き来しているのよ。時間は一瞬で‥‥ちょっとまっててね」
 とマチュアが魔法陣の中央で深淵の書庫アーカイブを起動する。
 そして『転移の割符パスポート』を作り出すと、それをカレンに手渡した。
「これは?」
「この魔方陣でサムソンとカナンを行き来できる転移の割符パスポートね。念じてみて」
「こうかしら?」

――フッ
 と目の前の光景が変わる。

「えええ? なに? ここってまさか?」
「内緒だよ。ではこちらへどうぞ。いらっしゃいませ馴染み亭・カナン本店へ」
 と礼拝所を出て一階に向かう。
 丁度夕方だったので、大勢の商人と冒険者で店内は盛り上がっていた。
「お、駄目ックス、久し振りだなぁ」
「いよう。元気していたか?」
「おやマチュア様、お久しぶりです。お仕事は終わったのですか?」
「店長ご無沙汰でーす」
 と客や店員たちが次々と話しかけてくる。

――ガヤガヤ
「ここって‥‥本当にカナンなの?」
「ええ、私はここの店主ですよ。これが本当の私です。まあサムソンでは謎の魔法道具屋してましたけれど、ここでは本格的に魔導器作って販売するのでよろしくねー」
 とにこやかに告げる。
「え、でも、二階のあれ、勝手につかっていいの? 店員に怒られない?」
転移の割符パスポートを持っていないと扉は開かないし、転移もできないから大丈夫だよ。まあ使う時はジェイクか店員にそれ見せて話しかけてくれればいつでもオッケーさ」
 と告げて、外にあるベランダ席に移動する。
 そこはマチュア専用の指定席で、ふだんは誰も使えなくなっている。
 そこに腰掛けると、マチュアは店員のメアリーに夕食を二人分頼み込む。

「あらご馳走してくれるの?」
「ええ、ここからは商売の話もしたいからねぇ‥‥私はこの街で魔導器を作る工房を建てる予定なのよ。そこで作り出す魔導器、アルバート商会で販売しない?」
 と話を切り出す。
「それは願ってもありませんが、このカナン魔導王国は魔法の物品を集めて研究し、その技術を一般に販売するという国と施政官の方から聞いていますわ。技術は全て王家で囲い、外には広げないと思いますが」
「そこまで話は広がっているんだ。でも大丈夫よ‥‥カレンはここの国の王様の名前しってる? 」
「ミナセ女王という名前は伺っていますけれど、ミナセという貴族はきいたことがないのですよ‥‥」
 とマチュアは魂の護符プレートをカレンに見せる。
 それを受け取ってよくよく見て、突然カレンの背筋が凍りついた。

――サーーーーッ
「マママママ、マチュアさん、名前のマチュア・ミナセってまさか」
「ちなみにサムソンの新しい王様の名前はフォンゼーン、ストームの名前はストーム・ゼーンなのでヨロシク」
 いつもの悪い笑みを浮かべるマチュア。
「良かったねー。これでアルバート商会は3っつの国の王家御用達だよ」
「おまたせしましたー。今日はシーフードカレーとナンのセットでーーす」
 とメアリーが二人に食事を持ってくると、マチュアたちはゆっくりと食事を楽しみつつ、今後のことを話しあっていた。
 幻影騎士団の時と同じく、王城に滞在しているか正装していない限りは、トリックスターのマチュアなのだから。

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タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

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