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第二部・浮遊大陸ティルナノーグ
浮遊大陸の章・その9 魔族襲撃と使徒邂逅
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月の門浄化作戦。
現在解放されている王都の転移門から各地の月の門の座標を調査し、その指定された場所へと転移する。そして其処にある月の門の魔力を根こそぎ回収するというものである。
第一部隊はマチュアと魔導兵団から二人の補佐と魔力回収担当の魔術師が一人、シュバルツ騎士団から四名の護衛が着いた。
一応手順を説明するため、その場には全部で6つの部隊が待機している。
「さて、それでは行ってみましょうかなぁ。第二から第六部隊の方も、手順は同じだから参加してくださいね」
王都ラグナの王城地下にある転移の魔法陣の中央で、マチュアが転移魔法陣をすこしだけ起動。
「接続。月の門の波長をサーチ……」
そのまま意識を集中する。
――カーン……カーン……
|転移門(ゲート)から無数に伸びていく魔力の道。その中にあるごくわずかの波長を探すと、波長の行き先をチェックする。
「よし!この波長。これをトレースして」
と叫ぶと同時に、その場に居合わせた全ての部隊の魔術師が一斉に魔法陣に両手を合わせる。
「月の門の波長を確認。引き続きサーチを開始します」
魔術師達がサーチを始めたので、マチュアは魔法陣から出ていく。
「あとは教えた手順通りの作業で。サーチが完了したら引き続き此方に連絡をくださいな。私は奥で遊んでいますので」
と手をヒラヒラさせながら、奥にある魔導器の保管場所へと向かっていく。
そこには魔導器専門の管理者が常に待機しており、マチュアはいつものように軽く挨拶をすると、手近な魔導器を手にする。
「今日はこれかな。深淵の書庫起動。引き続き、解析開始と」
魔法陣が高速で解析を開始する。
マチュアの目の前には、古代魔法語で次々と解析結果が表示される。
「???」
表示された解析結果に、マチュアは頭を抱えている。
「あっれー?なんだろこれ。遥か先史文明の遺産って、これですかー?」
マチュアが解析した、古代魔法語ともつかない文字の刻まれた水晶球。それは、遥か古代に栄えていた文明の遺産である。
「ふむ。魔導制御球‥‥と。刻まれている術式は‥‥タブラ・スティ‥‥うーん、読み取れないか。おーい、これ貰うよ」
「はあ、ミスト様からは、マチュア殿が欲しいと言ったら持って行っても構わないと仰られていますが。それは何ですか?」
と問いかけられたので一言。
「遥か古代の超文明の遺産。なんかの鍵だあね」
と告げる。
「あー、マチュア殿が何を言っているのか全く分かりませんが、報告はしないといけないのでそのように伝えますね」
「そーしてくださいなと。お、サーチ終わったな」
遠くでマチュアを呼ぶ声が聞こえてきたので、マチュアは魔法陣へと移動する。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「マチュア様、現在三つの月の門の座標を確認しました」
「よろしい。ではそのうちの一つの座標を固定してください。やり方は……」
と次々と手順を説明していく。
やがて、マチュア達の目の前には魔力によって実体化した転移門が完成した。
「こ、これが転移門ですか……」
「そ。君たちが自力で作った転移門さ。出口の座標さえしっかりと固定できれば、君たちなら何処ででもできるよ。では、その扉を開いてみて」
――ゴゴゴゴゴ
と扉がゆっくりと開く。
目の前には、鬱蒼と茂ったジャングルが広がっている。
「南方の大森林でしょうね。と、あれが月の門ですか?」
と一人の魔術師が指差した場所には、崩れた廃墟のような遺跡がある。
その手前にある、傷もついていない巨大な門。
それは魔法によるものなのか、淡い輝きを見せていた。
「さて、あそこに門がある。次の手順は?」
と背後で待機している魔術師達に問いかける。
「素早く門に近づいて魔力を回収し‥‥」
――スパァァァァァン
と魔術師の顔面にハリセンが叩き込まれる。
「まずは周囲の安全確保、今ので君は確実に死んでるよ」
と月の門の近くを指差す。
そこには、ジッと此方をみて警戒している巨大なトラが潜んでいた。
二つの巨大な牙を持つ体長5m程のトラ。さしずめサーベルタイガーであろう。
「あ、あれは?」
「なにあれすっごーい」
と魔術師に向かってマチュアが叫ぶが、誰も反応がない。
「い、いまのはね、サーベルタイガーとサーバルちゃんを掛け合わせてね……説明させるな虚しくなるわっ」
と半ば逆ギレのマチュア。
「さて、次は後方待機の騎士達の仕事。騎士団のみなさーん、お仕事ですよー」
と叫ぶと、後ろから第一部隊の騎士達がやってくる。
因みにこの第一部隊の騎士は、訓練でマチュアに散々文句を言っていた奴らで構成されている。
この騎士たちには聖騎士ではなく暗黒騎士のスキルを教え込んであるので、火力もソコソコに高い。
なお、この世界には暗黒騎士というクラスも技術も存在しないらしい。
闇落ちした騎士を暗黒騎士と卑下するというのを、マチュアも訓練の時に初めて知った。
「い、いや、あれサーベルタイガーですよ。モンスタ強度はA+、あれは無理です」
「いいから死ぬ気でいけ。行かないのなら私と12時間耐久の乱取りだ。なぁに、二、三度は死ぬかもしれないが心配するな、蘇生はしてや……」
――ガチャッ
「行くぞ」
「応!!」
とマチュアの言葉を遮るように武器を構えると、門を潜って突撃する四人の騎士達。
そして姿を現したサーベルタイガーと戦闘を開始する。
十分ほどしてサーベルタイガーに留めを指すと、後ろで待機している騎士達が驚きの声を上げている。
「あ、あのサーベルタイガーをこんな僅かの時間で……」
「第一部隊は化け物か?」
と口々に叫ぶが。
「遅いっ、この半分で殲滅しろ!!」
「「「イエス、マム!!」」」
と騎士達が叫ぶ。
そして素早く二人一組で周囲の警戒を開始すると、危険がないと判断し此方に報告する。
「周囲の安全確保です」
「では向かいましょう。他の部隊の皆さんも此方に」
次々と転移門を潜り月の門へと近づく一行。
巨大な月の門は、今にも開きそうなほどの魔力を湛えている。
「次の手順。門に触れて魔力の活性度合いの確認。扉が開くための魔力を100として、今どの程度なのかを調べてください」
と説明すると、魔術師達が次々と門に手を当てて意識を集中する。
口々に75とか82とか、自分の感じた範囲を告げる魔術師。
「正解は84です。これより低い数字を言ったものは、戻ったら魔力感知の練習を行なってください。では、次は魔力を回収します」
と懐から黒い水晶を取り出す。
「これは私が作った『魔力を保存する魔晶石』です。自分の体を通して、この魔晶石に魔力を集めてください」
と魔術師達に一つ一つ手渡す。
それを受け取ると、魔術師達は各々が門に手を当てて魔力の回収を試みる。
「騎士達は、この時最も警戒してください。今の魔術師達は門に意識が集中しているので、周囲は全く見えません。門から敵が出てくるかもと考えても構いません」
この言葉と同時に騎士達の目つきも変わり、より周囲に集中する。
「マチュア様、魔晶石が輝きました」
と、淡く輝く魔晶石を見せる魔術師。
「一つの魔晶石に、回収できる魔力は百分の十。これの残存魔力は先ほどの説明で84、大体9つぐらいは使うと思ってください。二人で回収を始めたとして一人5つの魔晶石を必要とします」
次々と輝き始める魔晶石。
「ある程度回収したら再び手を当てて、残っている魔力があるかどうかも確認します。残っていたら全てを回収してください。この扉は10年で大体1%の回復をします。地域によって回復量の大小はありますが、おおよそその程度です」
と、疲労困憊の魔術師達に説明する。
「それと、この、魔晶石から魔力を補うことはしないでくださいね。一気に魔力が全身に流れてきて、多分爆発して死にます」
簡単に説明するマチュア。
「自身に吸収する魔力を制御することはできますか?」
という質問が聞こえた。
「うん、そうだねぇー。いー所に気がついたねえー」
と口調を変えるマチュア。
「いまのは?」
「ただのモノマネだ、忘れてくれ。例えば酒場のコップを思い出して欲しい。あれが君たちだ。そしてワインの大きな樽があるだろう。あれが君たちの持ってある魔晶石だ」
と説明を開始。
「空のカップに樽からワインを注ぐ。ただひたすらに注ぐと当然溢れるだろう?」
「ということは、樽に蛇口を付けるのですか?」
「はい正解。それが此方のランタンです」
とバックから小さなランタンを取り出す。
「これを開いて、中に魔晶石を入れて閉じる。これをベルトから下げるだけでいい。魔力の供給はランタンのシャッターを、少し開けるだけ。それでランタンを装備しているものに魔力が供給される。ちゃんと供給し終わったらシャッターを、閉じることを忘れないで」
と説明するマチュア。
(ああ、現代のオタ知識がここまで使えるとは思わなかったよ。オーランドさん、ヒントをありがとうございます)
と心のなかで感謝するマチュア。
「そ、それはどうやって手に入れるのですか?」
「これは幻影騎士団の正式装備だよ。騎士用には魔力を心力に変換するフィルターを付けてある。いまミスト殿が簡易版の量産が可能か調べているから、それまでは待っているよろし。さて、諸君。昔の偉い人はこう言った」
と、突然マチュアが真面目な声になる。
「うちに帰るまでが遠足だと。いま現在、我々は四体のサーベルタイガーに囲まれている。私の話に夢中になって周囲の警戒を怠った騎士諸君は戻ったら闘技場30周だ。と言うことで戦闘開始っ」
そのマチュアの掛け声で、一斉に襲いかかってくるサーベルタイガー達。
マチュアはそのうちの一匹を担当し、襲いかかるサーベルタイガーの頭を掴むと大地に叩きつける。
――ドゴォッ
いい音を立てて地面で身体が跳ねるサーベルタイガー。
「三匹は任せた。さてと…」
とマチュアは右手に魔力を集める。
「慌てない。怖がらないで、いい子だから……」
とサーベルタイガーに対して調教コマンドを発動する。
一番最初にマチュアが始めたオンラインゲームのクラスはテイマーメイジ。ドラゴンすら調教するドラゴンテイマーだった。
今のマチュアは、賢者のコマンドをいくつか解析し、テイムスキルを探し出すことに成功した。
やがてサーベルタイガーの額にマチュアの紋章が浮かび上がると、それまでやる気十分だったサーベルタイガーがゴロゴロと喉を鳴らして擦り寄ってくる。
「よしよし」
と、身体を撫でると、ヒョイとサーベルタイガーに乗っかる。
「ま、マチュア様大丈夫ですか?」
「ああ。この子は今日から私のペットだ。さて魔術師諸君、転移門の解放を。帰還するぞ」
とマチュア叫ぶ。
流石にサーベルタイガーを連れてこのまま帰るるのは不味いと騎士団に止められたので、マチュアはサーベルタイガーの『サーベル君』を影の中に潜ませた。
「賢者殿はなんでもあるですか?」
「だから賢者なんだよっ。では改めて撤収!!」
というマチュアの号令で、やがて作られた転移門を通り一行は王都ラグナへと帰還した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
騎士団の特訓を開始してから、ストームの周囲は慌ただしくなっていた。
鍛冶仕事、騎士団の訓練、そして自宅にある封印の水晶柱の警備と、やることが多くなっていた。
さらにその日は、突然の来客である。
いつものように夕方までに一通りの鍛冶仕事を終えたストーム。
「ふぅ。汗を流して飯でも食いに行くか」
と鍛冶場で荷物を片付けると、井戸に向かって歩き出した。
と、街道の方から一人の女性がゆっくりと近づいてくる。
「あの、鍛冶師のストーム様ですよね? ちょっとお尋ねしたいことがありまして伺ったのですが」
と丁寧な口調で話しかけてくる女性。
濡れるように長い黒髪と、レザー系のジャケット、その上から頭まですっぽりと被るフードをマントのように身に着けている。
しかもナイスバディとくれば、断る道理はない。
「ああ、左手に隠してあるスローイングナイフを仕舞ってくれれば、何時でも話は聞いてやるよ」
とチラリと見えたナイフについて問い掛ける。
と、女性はナイフを腰に下げてある鞘に仕舞うと、両手を上げて何もっていないことをアピール。
「試すようなことをしてしまって申し訳ありません。実は‥‥封印の水晶柱について大切なお話があるのですが」
対人鑑識といった、人間の表層を調べる魔法が使えたならば、ストームは即座に使っていたであろう。
だが今は鍛冶師と英雄のリンクのみなので、使えるはずもなかった。
「ああ、そっちの話か」
とチラッとストームは隣の馴染み亭に視線を合わせると、そっちに歩きはじめる。
「とりあえず立ち話もなんだから、うちに来てくれ。そこは借り物の火炉なんでね、家主に迷惑が掛かる」
「そうでしたか。それは失礼しました。では‥‥」
とストームの後ろに付いてくる女性。
「そう言えば、お嬢さんお名前は? 俺の名前は知っているようだから、あえて名乗ることはしないが」
「はい。アーシュ・クロフトと申します」
とフードを外すアーシュ。
尖った耳と浅黒い肌が特徴的な女性であった。
「ふむふむ。随分と健康そうなエルフですねぇ‥‥」
「わかりますか?」
「ははは。肌の色でなんとなくねぇ、どうぞ」
と鍵を空けて馴染み亭に入るストーム。
そのまま酒場の方に案内すると、店内のランタンを灯して明るくする。
そのまま適当な椅子に座ると、ゆっくりと話しを始めた。
「さて、封印の水晶柱についてなんですけれど、まずその情報、一体何処から仕入れました?」
あれをストームが発掘した時、あの場に居合わせていたのはアルバート商会の者と、あとは通路から顔を出していた野次馬採掘師たちだけである。
「ドゥーサ鉱区で貴方がそれを発掘したのを見ていた方に教えていただきました」
「ということは、アルバート商会の知り合いかなにかで?」
「いえいえ、私が武器を発注した鍛冶師が採掘師も兼ねていまして、ドゥーサ鉱区で作業をしていたときに、貴方がそれを発掘したと聞きまして」
ここまではまったく疑う余地なし。
(まあ、あまり余計な詮索をされてもなぁ。最低限の注意はしておくか)
と何時でも換装可能な状態にしておくと、ストームは話を続けた。
「で、封印の水晶柱について大切な話だったよな。どんな用事なんだ?」
「実は、私はとある目的で封印の水晶柱を探して世界を歩いていました。貴方は知らないかも知れませんが、封印の水晶柱は古代種が緊急時に自らを水晶に封じで、時が来るまで冬眠するためのものなのです」
静かに話を聞いているストーム。
アーシュはというと、話をしながらも身振り手振りを交えて熱弁していた。
「いまは伝えられていないかもしれませんが、かつてティルナノーグという浮遊大陸がありました。魔族の侵攻によって、その土地に住んでいた古代種は滅びそうになったのです。その時、生き残った王族の者達は、まだ幼い王女を封印の水晶柱に封じてこちらの大陸に転移させたのです」
スッと立ち上がると、ストームはカウンターに置いてあった水樽から冷たい水を汲み上げてピッチャーにいれると、それとコップを持って席に戻る。
そして水を注いだコップをアーシュに差し出す。
「あ、すいません‥‥」
「いや、喉が乾いただろう?で、あんたはその王族とどんな関係?」
「私の家系の先先代にあたる方が王家に使えていたもので。此処だけの話ですが、ティルナノーグの封印がそろそろ解けるので、王族のものを早く探し出さなくてはならないのです」
「それはどうして?」
「ティルナノーグが解放されれば、いずれは王家を次ぐものが必要だろうと思いまして。それに、魔族も恐らくは王女を探すかと思われます、そうならないためにも是非」
とアーシュは告げると、ストームは刀だけを換装してカチャッと抜く。
「で、あんたはファウストの部下かなにかか? あの大陸の者達は、自分のことは古代種とはいわないんだよ。水晶の民っていうんだが‥‥」
――ヒュヒュンッ
と素早く斬りかかるが、アーシュも高速で後ろに跳ねると、腰から抜いたダガーをストームに向かって放つ。
――キキキキィィィン
だが、刀をクルッと回転させて全て床に叩き落とすと、再びストームはアーシュとの間合いを一気に詰める。
瞬歩と呼ばれる侍の技術である。
「なんだと?」
「おそいっ!!」
――ズバァァァァァァッ
下段下からの逆袈裟斬り。
一気に切り上げた刀は、アーシュの太腿から腹部、胸部を経て右肩までざっくりと傷つけたであろう。レザーアーマーがなければ腸をぶちまけていた筈だが、痛みだけで傷一つ付いていない。
刀に施した『峰打ち』のお陰で、斬属性が打撃属性に切り替わっていたのである。
「丈夫な鎧に感謝‥‥と。そういう事か」
さらに切りつけた鎧の隙間から、小さな鱗が見え隠れしている。
「さしずめ、ティルナノーグの封印時にこちらに逃げ延びた魔族というところか」
「ご名答。噂には聞いていたけれど、たいした腕ですわね」
――シュゥゥゥゥゥッ
と黒い煙がミミズ腫れになった場所から吹き出す。
高速で傷を治癒しているのであろう、魔障が傷から吹き出している。
「魔族特有の超回復力といったところか。で、どうする?」
「封印の水晶柱を回収して解放しなくてはならないのでね。教えてくれないのでしたら、貴方を殺してこの当たりを虱潰しに探すだけですわ」
――シャキッ
と右手の爪が伸び刃のようになる。
そのままストームに向かって手刀を浴びせてくるが、ギリギリのところで全て躱されてしまう。
「まあ、こっちも奥の手を出す気はないのでね。申し訳ないが、知っていることは全て教えてもらいたい。対価はあんたの命でどうだっ!!」
と再び間合いを詰めて斬りかかる。
――ズバズバァァァァァッ
アーシュの体が切り刻まれる刹那、刀身が白く輝く。
波動を瞬時に流し込んだのである。
「ギィャッァァァァァァァァァァァァッッッッ」
その焼けつくような痛みに絶叫し、その場に崩れ落ちるアーシュ。
――ガチャッ
「なんだ、突然凄い音がしたが!!」
と丁度近くを巡回していた騎士‥‥スティーブが店内に入ってきた。
テーブルや椅子は彼方此方で壊れ、店内中央には傷だらけの女性が転がっている。
「ス、ストーム殿、一体なにが!!」
「よく見ろ、魔族だっ!!」
と巡回騎士が確認する。
鱗の皮膚に長い爪、褐色のエルフのような姿。
「クックックッ‥‥勝利の神様は私に微笑んでくれたのかしら?」
素早く立ち上がり、巡回騎士に向かって飛びかかろうとしたのだが。
――ドスッ
と、ストームはアーシュの影に向かって刀を投げつける。それが影に突き刺さると、アーシュの体の動きが止まった。
「影縫いといってな、相手の影を刃で縫いとめて動きを束縛する技だ。ということでスティーブさん、取り敢えずこいつをふんじばるので手伝ってくれ」
と告げると、ストームは空間のバックの中からロープを取り出すと、それでアーシュを後ろ手に縛り上げる。
「さて、スティーブさん、隣にエンジがいるはずなので呼んできて貰えるか? 外で俺が呼んでいるって叫べば出てくるはずなので」
「あ、ああ、了解した。ちょっと待っててくれ」
と慌てて隣のストーム宅へとエンジを呼びに行くスティーブ。
そしてすぐさまエンジが馴染み亭に飛び込んできた。
「あああ、ストーム‥‥店内がワヤクチャですねぇ」
「とりあえず此奴を魔法で固定してくれ」
と頼まれると、エンジは縛りあげられているアーシュの後ろに回り込むと、その状態で両手に拘束を仕掛ける。
「ついでに、少し眠らせておきましょう‥‥睡眠っと」
――パタッ
と意識がスッと消えていくアーシュ。
「一言も喋れなかったですねぇ」
「ああ、影縫いのコントロールがまだできなくてねぇ。と、スティーブさん、いまここで起こっていたことは他言無用ね」
と告げられて、スティーブは静かに頷いた。
「サムソン伯爵からあんたの事は聞いているから、言うとおりにしておくよ。と、喋り方もこれでいいんだろう?」
どうやらサムソン伯爵から都市内の騎士全てに通達が入っているらしい。
「面倒かけるねぇ‥‥じゃあ、済まないがそういうことでお願いします」
と頭を下げると、スティーブは頭をボリボリと掻きながら馴染み亭から外に出ていった。
「こいつはここで大丈夫か?」
「マチュア様以上の魔力でも無い限り、この拘束は自力では解除できませんよ。では私はこれで。こいつは部屋にでも放り込んで置いて下さいね」
と伝えて、エンジはストーム宅へと戻っていく。
「ふう。それじゃあ二階にでも運ぶか‥‥」
ということで、ストームも二階の部屋にアーシュを運び込むと、そのまま仮眠を取ることにした。
現在解放されている王都の転移門から各地の月の門の座標を調査し、その指定された場所へと転移する。そして其処にある月の門の魔力を根こそぎ回収するというものである。
第一部隊はマチュアと魔導兵団から二人の補佐と魔力回収担当の魔術師が一人、シュバルツ騎士団から四名の護衛が着いた。
一応手順を説明するため、その場には全部で6つの部隊が待機している。
「さて、それでは行ってみましょうかなぁ。第二から第六部隊の方も、手順は同じだから参加してくださいね」
王都ラグナの王城地下にある転移の魔法陣の中央で、マチュアが転移魔法陣をすこしだけ起動。
「接続。月の門の波長をサーチ……」
そのまま意識を集中する。
――カーン……カーン……
|転移門(ゲート)から無数に伸びていく魔力の道。その中にあるごくわずかの波長を探すと、波長の行き先をチェックする。
「よし!この波長。これをトレースして」
と叫ぶと同時に、その場に居合わせた全ての部隊の魔術師が一斉に魔法陣に両手を合わせる。
「月の門の波長を確認。引き続きサーチを開始します」
魔術師達がサーチを始めたので、マチュアは魔法陣から出ていく。
「あとは教えた手順通りの作業で。サーチが完了したら引き続き此方に連絡をくださいな。私は奥で遊んでいますので」
と手をヒラヒラさせながら、奥にある魔導器の保管場所へと向かっていく。
そこには魔導器専門の管理者が常に待機しており、マチュアはいつものように軽く挨拶をすると、手近な魔導器を手にする。
「今日はこれかな。深淵の書庫起動。引き続き、解析開始と」
魔法陣が高速で解析を開始する。
マチュアの目の前には、古代魔法語で次々と解析結果が表示される。
「???」
表示された解析結果に、マチュアは頭を抱えている。
「あっれー?なんだろこれ。遥か先史文明の遺産って、これですかー?」
マチュアが解析した、古代魔法語ともつかない文字の刻まれた水晶球。それは、遥か古代に栄えていた文明の遺産である。
「ふむ。魔導制御球‥‥と。刻まれている術式は‥‥タブラ・スティ‥‥うーん、読み取れないか。おーい、これ貰うよ」
「はあ、ミスト様からは、マチュア殿が欲しいと言ったら持って行っても構わないと仰られていますが。それは何ですか?」
と問いかけられたので一言。
「遥か古代の超文明の遺産。なんかの鍵だあね」
と告げる。
「あー、マチュア殿が何を言っているのか全く分かりませんが、報告はしないといけないのでそのように伝えますね」
「そーしてくださいなと。お、サーチ終わったな」
遠くでマチュアを呼ぶ声が聞こえてきたので、マチュアは魔法陣へと移動する。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「マチュア様、現在三つの月の門の座標を確認しました」
「よろしい。ではそのうちの一つの座標を固定してください。やり方は……」
と次々と手順を説明していく。
やがて、マチュア達の目の前には魔力によって実体化した転移門が完成した。
「こ、これが転移門ですか……」
「そ。君たちが自力で作った転移門さ。出口の座標さえしっかりと固定できれば、君たちなら何処ででもできるよ。では、その扉を開いてみて」
――ゴゴゴゴゴ
と扉がゆっくりと開く。
目の前には、鬱蒼と茂ったジャングルが広がっている。
「南方の大森林でしょうね。と、あれが月の門ですか?」
と一人の魔術師が指差した場所には、崩れた廃墟のような遺跡がある。
その手前にある、傷もついていない巨大な門。
それは魔法によるものなのか、淡い輝きを見せていた。
「さて、あそこに門がある。次の手順は?」
と背後で待機している魔術師達に問いかける。
「素早く門に近づいて魔力を回収し‥‥」
――スパァァァァァン
と魔術師の顔面にハリセンが叩き込まれる。
「まずは周囲の安全確保、今ので君は確実に死んでるよ」
と月の門の近くを指差す。
そこには、ジッと此方をみて警戒している巨大なトラが潜んでいた。
二つの巨大な牙を持つ体長5m程のトラ。さしずめサーベルタイガーであろう。
「あ、あれは?」
「なにあれすっごーい」
と魔術師に向かってマチュアが叫ぶが、誰も反応がない。
「い、いまのはね、サーベルタイガーとサーバルちゃんを掛け合わせてね……説明させるな虚しくなるわっ」
と半ば逆ギレのマチュア。
「さて、次は後方待機の騎士達の仕事。騎士団のみなさーん、お仕事ですよー」
と叫ぶと、後ろから第一部隊の騎士達がやってくる。
因みにこの第一部隊の騎士は、訓練でマチュアに散々文句を言っていた奴らで構成されている。
この騎士たちには聖騎士ではなく暗黒騎士のスキルを教え込んであるので、火力もソコソコに高い。
なお、この世界には暗黒騎士というクラスも技術も存在しないらしい。
闇落ちした騎士を暗黒騎士と卑下するというのを、マチュアも訓練の時に初めて知った。
「い、いや、あれサーベルタイガーですよ。モンスタ強度はA+、あれは無理です」
「いいから死ぬ気でいけ。行かないのなら私と12時間耐久の乱取りだ。なぁに、二、三度は死ぬかもしれないが心配するな、蘇生はしてや……」
――ガチャッ
「行くぞ」
「応!!」
とマチュアの言葉を遮るように武器を構えると、門を潜って突撃する四人の騎士達。
そして姿を現したサーベルタイガーと戦闘を開始する。
十分ほどしてサーベルタイガーに留めを指すと、後ろで待機している騎士達が驚きの声を上げている。
「あ、あのサーベルタイガーをこんな僅かの時間で……」
「第一部隊は化け物か?」
と口々に叫ぶが。
「遅いっ、この半分で殲滅しろ!!」
「「「イエス、マム!!」」」
と騎士達が叫ぶ。
そして素早く二人一組で周囲の警戒を開始すると、危険がないと判断し此方に報告する。
「周囲の安全確保です」
「では向かいましょう。他の部隊の皆さんも此方に」
次々と転移門を潜り月の門へと近づく一行。
巨大な月の門は、今にも開きそうなほどの魔力を湛えている。
「次の手順。門に触れて魔力の活性度合いの確認。扉が開くための魔力を100として、今どの程度なのかを調べてください」
と説明すると、魔術師達が次々と門に手を当てて意識を集中する。
口々に75とか82とか、自分の感じた範囲を告げる魔術師。
「正解は84です。これより低い数字を言ったものは、戻ったら魔力感知の練習を行なってください。では、次は魔力を回収します」
と懐から黒い水晶を取り出す。
「これは私が作った『魔力を保存する魔晶石』です。自分の体を通して、この魔晶石に魔力を集めてください」
と魔術師達に一つ一つ手渡す。
それを受け取ると、魔術師達は各々が門に手を当てて魔力の回収を試みる。
「騎士達は、この時最も警戒してください。今の魔術師達は門に意識が集中しているので、周囲は全く見えません。門から敵が出てくるかもと考えても構いません」
この言葉と同時に騎士達の目つきも変わり、より周囲に集中する。
「マチュア様、魔晶石が輝きました」
と、淡く輝く魔晶石を見せる魔術師。
「一つの魔晶石に、回収できる魔力は百分の十。これの残存魔力は先ほどの説明で84、大体9つぐらいは使うと思ってください。二人で回収を始めたとして一人5つの魔晶石を必要とします」
次々と輝き始める魔晶石。
「ある程度回収したら再び手を当てて、残っている魔力があるかどうかも確認します。残っていたら全てを回収してください。この扉は10年で大体1%の回復をします。地域によって回復量の大小はありますが、おおよそその程度です」
と、疲労困憊の魔術師達に説明する。
「それと、この、魔晶石から魔力を補うことはしないでくださいね。一気に魔力が全身に流れてきて、多分爆発して死にます」
簡単に説明するマチュア。
「自身に吸収する魔力を制御することはできますか?」
という質問が聞こえた。
「うん、そうだねぇー。いー所に気がついたねえー」
と口調を変えるマチュア。
「いまのは?」
「ただのモノマネだ、忘れてくれ。例えば酒場のコップを思い出して欲しい。あれが君たちだ。そしてワインの大きな樽があるだろう。あれが君たちの持ってある魔晶石だ」
と説明を開始。
「空のカップに樽からワインを注ぐ。ただひたすらに注ぐと当然溢れるだろう?」
「ということは、樽に蛇口を付けるのですか?」
「はい正解。それが此方のランタンです」
とバックから小さなランタンを取り出す。
「これを開いて、中に魔晶石を入れて閉じる。これをベルトから下げるだけでいい。魔力の供給はランタンのシャッターを、少し開けるだけ。それでランタンを装備しているものに魔力が供給される。ちゃんと供給し終わったらシャッターを、閉じることを忘れないで」
と説明するマチュア。
(ああ、現代のオタ知識がここまで使えるとは思わなかったよ。オーランドさん、ヒントをありがとうございます)
と心のなかで感謝するマチュア。
「そ、それはどうやって手に入れるのですか?」
「これは幻影騎士団の正式装備だよ。騎士用には魔力を心力に変換するフィルターを付けてある。いまミスト殿が簡易版の量産が可能か調べているから、それまでは待っているよろし。さて、諸君。昔の偉い人はこう言った」
と、突然マチュアが真面目な声になる。
「うちに帰るまでが遠足だと。いま現在、我々は四体のサーベルタイガーに囲まれている。私の話に夢中になって周囲の警戒を怠った騎士諸君は戻ったら闘技場30周だ。と言うことで戦闘開始っ」
そのマチュアの掛け声で、一斉に襲いかかってくるサーベルタイガー達。
マチュアはそのうちの一匹を担当し、襲いかかるサーベルタイガーの頭を掴むと大地に叩きつける。
――ドゴォッ
いい音を立てて地面で身体が跳ねるサーベルタイガー。
「三匹は任せた。さてと…」
とマチュアは右手に魔力を集める。
「慌てない。怖がらないで、いい子だから……」
とサーベルタイガーに対して調教コマンドを発動する。
一番最初にマチュアが始めたオンラインゲームのクラスはテイマーメイジ。ドラゴンすら調教するドラゴンテイマーだった。
今のマチュアは、賢者のコマンドをいくつか解析し、テイムスキルを探し出すことに成功した。
やがてサーベルタイガーの額にマチュアの紋章が浮かび上がると、それまでやる気十分だったサーベルタイガーがゴロゴロと喉を鳴らして擦り寄ってくる。
「よしよし」
と、身体を撫でると、ヒョイとサーベルタイガーに乗っかる。
「ま、マチュア様大丈夫ですか?」
「ああ。この子は今日から私のペットだ。さて魔術師諸君、転移門の解放を。帰還するぞ」
とマチュア叫ぶ。
流石にサーベルタイガーを連れてこのまま帰るるのは不味いと騎士団に止められたので、マチュアはサーベルタイガーの『サーベル君』を影の中に潜ませた。
「賢者殿はなんでもあるですか?」
「だから賢者なんだよっ。では改めて撤収!!」
というマチュアの号令で、やがて作られた転移門を通り一行は王都ラグナへと帰還した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
騎士団の特訓を開始してから、ストームの周囲は慌ただしくなっていた。
鍛冶仕事、騎士団の訓練、そして自宅にある封印の水晶柱の警備と、やることが多くなっていた。
さらにその日は、突然の来客である。
いつものように夕方までに一通りの鍛冶仕事を終えたストーム。
「ふぅ。汗を流して飯でも食いに行くか」
と鍛冶場で荷物を片付けると、井戸に向かって歩き出した。
と、街道の方から一人の女性がゆっくりと近づいてくる。
「あの、鍛冶師のストーム様ですよね? ちょっとお尋ねしたいことがありまして伺ったのですが」
と丁寧な口調で話しかけてくる女性。
濡れるように長い黒髪と、レザー系のジャケット、その上から頭まですっぽりと被るフードをマントのように身に着けている。
しかもナイスバディとくれば、断る道理はない。
「ああ、左手に隠してあるスローイングナイフを仕舞ってくれれば、何時でも話は聞いてやるよ」
とチラリと見えたナイフについて問い掛ける。
と、女性はナイフを腰に下げてある鞘に仕舞うと、両手を上げて何もっていないことをアピール。
「試すようなことをしてしまって申し訳ありません。実は‥‥封印の水晶柱について大切なお話があるのですが」
対人鑑識といった、人間の表層を調べる魔法が使えたならば、ストームは即座に使っていたであろう。
だが今は鍛冶師と英雄のリンクのみなので、使えるはずもなかった。
「ああ、そっちの話か」
とチラッとストームは隣の馴染み亭に視線を合わせると、そっちに歩きはじめる。
「とりあえず立ち話もなんだから、うちに来てくれ。そこは借り物の火炉なんでね、家主に迷惑が掛かる」
「そうでしたか。それは失礼しました。では‥‥」
とストームの後ろに付いてくる女性。
「そう言えば、お嬢さんお名前は? 俺の名前は知っているようだから、あえて名乗ることはしないが」
「はい。アーシュ・クロフトと申します」
とフードを外すアーシュ。
尖った耳と浅黒い肌が特徴的な女性であった。
「ふむふむ。随分と健康そうなエルフですねぇ‥‥」
「わかりますか?」
「ははは。肌の色でなんとなくねぇ、どうぞ」
と鍵を空けて馴染み亭に入るストーム。
そのまま酒場の方に案内すると、店内のランタンを灯して明るくする。
そのまま適当な椅子に座ると、ゆっくりと話しを始めた。
「さて、封印の水晶柱についてなんですけれど、まずその情報、一体何処から仕入れました?」
あれをストームが発掘した時、あの場に居合わせていたのはアルバート商会の者と、あとは通路から顔を出していた野次馬採掘師たちだけである。
「ドゥーサ鉱区で貴方がそれを発掘したのを見ていた方に教えていただきました」
「ということは、アルバート商会の知り合いかなにかで?」
「いえいえ、私が武器を発注した鍛冶師が採掘師も兼ねていまして、ドゥーサ鉱区で作業をしていたときに、貴方がそれを発掘したと聞きまして」
ここまではまったく疑う余地なし。
(まあ、あまり余計な詮索をされてもなぁ。最低限の注意はしておくか)
と何時でも換装可能な状態にしておくと、ストームは話を続けた。
「で、封印の水晶柱について大切な話だったよな。どんな用事なんだ?」
「実は、私はとある目的で封印の水晶柱を探して世界を歩いていました。貴方は知らないかも知れませんが、封印の水晶柱は古代種が緊急時に自らを水晶に封じで、時が来るまで冬眠するためのものなのです」
静かに話を聞いているストーム。
アーシュはというと、話をしながらも身振り手振りを交えて熱弁していた。
「いまは伝えられていないかもしれませんが、かつてティルナノーグという浮遊大陸がありました。魔族の侵攻によって、その土地に住んでいた古代種は滅びそうになったのです。その時、生き残った王族の者達は、まだ幼い王女を封印の水晶柱に封じてこちらの大陸に転移させたのです」
スッと立ち上がると、ストームはカウンターに置いてあった水樽から冷たい水を汲み上げてピッチャーにいれると、それとコップを持って席に戻る。
そして水を注いだコップをアーシュに差し出す。
「あ、すいません‥‥」
「いや、喉が乾いただろう?で、あんたはその王族とどんな関係?」
「私の家系の先先代にあたる方が王家に使えていたもので。此処だけの話ですが、ティルナノーグの封印がそろそろ解けるので、王族のものを早く探し出さなくてはならないのです」
「それはどうして?」
「ティルナノーグが解放されれば、いずれは王家を次ぐものが必要だろうと思いまして。それに、魔族も恐らくは王女を探すかと思われます、そうならないためにも是非」
とアーシュは告げると、ストームは刀だけを換装してカチャッと抜く。
「で、あんたはファウストの部下かなにかか? あの大陸の者達は、自分のことは古代種とはいわないんだよ。水晶の民っていうんだが‥‥」
――ヒュヒュンッ
と素早く斬りかかるが、アーシュも高速で後ろに跳ねると、腰から抜いたダガーをストームに向かって放つ。
――キキキキィィィン
だが、刀をクルッと回転させて全て床に叩き落とすと、再びストームはアーシュとの間合いを一気に詰める。
瞬歩と呼ばれる侍の技術である。
「なんだと?」
「おそいっ!!」
――ズバァァァァァァッ
下段下からの逆袈裟斬り。
一気に切り上げた刀は、アーシュの太腿から腹部、胸部を経て右肩までざっくりと傷つけたであろう。レザーアーマーがなければ腸をぶちまけていた筈だが、痛みだけで傷一つ付いていない。
刀に施した『峰打ち』のお陰で、斬属性が打撃属性に切り替わっていたのである。
「丈夫な鎧に感謝‥‥と。そういう事か」
さらに切りつけた鎧の隙間から、小さな鱗が見え隠れしている。
「さしずめ、ティルナノーグの封印時にこちらに逃げ延びた魔族というところか」
「ご名答。噂には聞いていたけれど、たいした腕ですわね」
――シュゥゥゥゥゥッ
と黒い煙がミミズ腫れになった場所から吹き出す。
高速で傷を治癒しているのであろう、魔障が傷から吹き出している。
「魔族特有の超回復力といったところか。で、どうする?」
「封印の水晶柱を回収して解放しなくてはならないのでね。教えてくれないのでしたら、貴方を殺してこの当たりを虱潰しに探すだけですわ」
――シャキッ
と右手の爪が伸び刃のようになる。
そのままストームに向かって手刀を浴びせてくるが、ギリギリのところで全て躱されてしまう。
「まあ、こっちも奥の手を出す気はないのでね。申し訳ないが、知っていることは全て教えてもらいたい。対価はあんたの命でどうだっ!!」
と再び間合いを詰めて斬りかかる。
――ズバズバァァァァァッ
アーシュの体が切り刻まれる刹那、刀身が白く輝く。
波動を瞬時に流し込んだのである。
「ギィャッァァァァァァァァァァァァッッッッ」
その焼けつくような痛みに絶叫し、その場に崩れ落ちるアーシュ。
――ガチャッ
「なんだ、突然凄い音がしたが!!」
と丁度近くを巡回していた騎士‥‥スティーブが店内に入ってきた。
テーブルや椅子は彼方此方で壊れ、店内中央には傷だらけの女性が転がっている。
「ス、ストーム殿、一体なにが!!」
「よく見ろ、魔族だっ!!」
と巡回騎士が確認する。
鱗の皮膚に長い爪、褐色のエルフのような姿。
「クックックッ‥‥勝利の神様は私に微笑んでくれたのかしら?」
素早く立ち上がり、巡回騎士に向かって飛びかかろうとしたのだが。
――ドスッ
と、ストームはアーシュの影に向かって刀を投げつける。それが影に突き刺さると、アーシュの体の動きが止まった。
「影縫いといってな、相手の影を刃で縫いとめて動きを束縛する技だ。ということでスティーブさん、取り敢えずこいつをふんじばるので手伝ってくれ」
と告げると、ストームは空間のバックの中からロープを取り出すと、それでアーシュを後ろ手に縛り上げる。
「さて、スティーブさん、隣にエンジがいるはずなので呼んできて貰えるか? 外で俺が呼んでいるって叫べば出てくるはずなので」
「あ、ああ、了解した。ちょっと待っててくれ」
と慌てて隣のストーム宅へとエンジを呼びに行くスティーブ。
そしてすぐさまエンジが馴染み亭に飛び込んできた。
「あああ、ストーム‥‥店内がワヤクチャですねぇ」
「とりあえず此奴を魔法で固定してくれ」
と頼まれると、エンジは縛りあげられているアーシュの後ろに回り込むと、その状態で両手に拘束を仕掛ける。
「ついでに、少し眠らせておきましょう‥‥睡眠っと」
――パタッ
と意識がスッと消えていくアーシュ。
「一言も喋れなかったですねぇ」
「ああ、影縫いのコントロールがまだできなくてねぇ。と、スティーブさん、いまここで起こっていたことは他言無用ね」
と告げられて、スティーブは静かに頷いた。
「サムソン伯爵からあんたの事は聞いているから、言うとおりにしておくよ。と、喋り方もこれでいいんだろう?」
どうやらサムソン伯爵から都市内の騎士全てに通達が入っているらしい。
「面倒かけるねぇ‥‥じゃあ、済まないがそういうことでお願いします」
と頭を下げると、スティーブは頭をボリボリと掻きながら馴染み亭から外に出ていった。
「こいつはここで大丈夫か?」
「マチュア様以上の魔力でも無い限り、この拘束は自力では解除できませんよ。では私はこれで。こいつは部屋にでも放り込んで置いて下さいね」
と伝えて、エンジはストーム宅へと戻っていく。
「ふう。それじゃあ二階にでも運ぶか‥‥」
ということで、ストームも二階の部屋にアーシュを運び込むと、そのまま仮眠を取ることにした。
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