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第二部・浮遊大陸ティルナノーグ
浮遊大陸の章・その1・封印の少女と見え始めた危機
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――ガンガンガーン、ガンガンガン
今日も激しく二日酔い。
昨晩はサムソンの『馴染み亭』で久し振りに飲んだストーム。
かなりの酒を飲んだらしく、どうやって自宅まで戻ってきたのか覚えていない。
とりあえず目覚めた時は、土間の横にある部屋に着の身着のまま転がっていた。
「ふう。この世界の酒は作りが荒いので悪酔いするなぁ‥‥」
と呟きつつ、いつものように外に出て井戸に向かうと、軽く水浴びをして体を拭き取る。
「いょうストームの旦那、いつも早いねぇ」
「ストームさんおはようございますー」
「鍛冶屋の旦那。今日はいい肴が入ったから昼に顔出しなよっ」
と近所の人や通りすがりの冒険者が挨拶を交わす。
それに返事を返しながら、ストームはいつもの日課の準備である。
今日の『ストーム・ブートキャンプ』の参加者は全部で22人。いつものように冒険者や近所の人が集まって、のんびりとした日課が始まっていた。
「ふぁーーーーーーーーーーー。朝から騒がしいねぃ」
ストームの掛け声で目を覚ましたマチュアは、馴染み亭の二階からのんびりと顔を出す。そして隣で始まっている『ストーム・ブートキャンプ』を眺めている。
今日は営業日ではないので、午前中は店内の掃除でおしまい。
営業日以外の馴染み亭は、ストームが『サイドチェスト鍛治工房』として使うらしく、店内にはいたるところに武具を収めたり展示できるスペースが設けられている。
午後にはカナンに戻ってあっちの店の仕込みでもするか、それとも魔導器の開発に出かけるかと頭を捻っているマチュア。
――‥‥ケテ‥‥
と、何か声のようなものが聞こえる。
「うーん。まだ寝ぼけているのか、はてさて空耳アワーか何かのフラグか‥‥」
とキョロキョロと周囲を見渡す。
が、何処にもそれらしいものは見当たらない。
そのまま一階を抜けて外に出ると、周囲の散策を始める。
近所から北東門辺りまでをぐるっと回ってみるが、やはりマチュアには今のところなにも感じられない。
「こういうときに便利な魔法はないかなぁ‥‥あかん!!」
見えない魔力や魔障などを感知する魔法はある。
が、それには深淵の書庫を起動する必要がある。
こんな人目のあるところでなど、使うわけにはいかない。
「やれやれ、やっぱり賢者というのは、使い所が難しいものだねぇ‥‥」
と呟きつつ馴染み亭に戻ってくる。
ちょうどストームも日課が終わったらしく、井戸で汗を流していた。
「イヨーウ、ぐっもーにん。今日も元気だねぇ」
「ああ、おはようさん。散歩にでもいってたのか?」
「空耳の主を探しにね。ストームの方は何か変わったことはあった?」
「アリさ。大アリさ!!」
と拳を構えてステップを踏みつつ叫ぶストーム。
「取り敢えず中に入ってくれ」
心当たりがなんとなくむるストームは、自宅の土間にマチュアを呼びつける。
そして巨大な水晶柱をマチュアに見せたのである。
「ところでマチュア、この水晶柱を見てくれ。どう思う?」
「すごく‥‥大きいです‥‥」
ゴクッとマチュアの喉がなる。
「そうだろう‥‥じゃなくてだ」
「内部に封じられている魔力がとてつもなく膨大だな。中の人間は仮死状態だと思う。微弱ながら心臓は動いているか‥‥。この周囲の水晶は内部の人間を守るために作られている。ただし、この水晶に刻まれている術式はよろしくない」
と端的に解説するマチュア。
以前ならここまでの解読能力はなかったであろう。
賢者に変化して、さらに追加のスキルと知識が広がっているようだ。
「そこまで分かるのかよ。さすが賢者だな」
「へっへ~ん。六王と同じ権力を皇帝に貰ったぜ。で、レックス皇帝が帝国での『神の代理人』なんだってさ。ミスティとセルジオの天啓を受けたんだって」
先日の出来事をストームに説明する。
するとストームも納得したらしく、フムフムとうなずいていた。
「なるほどな。どうりで色々としてくれるはずだ。が、それはどうでもいい。今はこの水晶柱をどうにかすることだ。術式がよろしくないっていうのは?」
とストームが問い掛けるので、まずは最初から説明を始めた。
「これは、古代種によって施された水晶の形をした魂の結界だね。これによって内部の人間は死ぬこともなく、長い眠りにつくらしい‥‥と、ああ、そうか。ティルナノーグの子供って、この娘の事か」
と、以前サイノスに教えてもらったティルナノーグの物語を、マチュアは思い出した。
そのままストームにサイノスから聞いた物語を説明すると、そっと水晶に触れてみる。
――キィィィィィン
水晶がマチュアの魔力に共鳴する。
「つまり、これが話に出てきた封印の水晶柱というものなのか?」
「そういうことだと思うよ。まぁ確定ではないけれど、今時点での情報ならね。問題は、この周囲に刻まれた術式。誰かは判らないけれど、この水晶に細工を施して、二度と眠りから覚めないようにと、何処か人目に触れないところに隠したんだろうねぇ‥‥」
「術式の効果は?」
「一つ目は、これ自体から発している生命力や魔力、その他の様々なデータを水晶の外部に漏らさないようにしているという事。普通の魔術師の魔力程度なら、中の人が生きているか死んでいるかも分からないよ。二つ目は、外部からのいかなる魔術に対しても自動的に抵抗する自動防衛魔術。三つ目は、内部の者の記憶を破壊し、少しずつ生命力を奪うという事。一気に殺せなかったのは、自動防衛システムがそれを拒むため、自然な衰弱を導くようなものだね。そして最後に、これはまだあやふやなので確定では無いんだけれど」
と自信なさげなマチュア。
「ほう、マチュアでもわからないとは珍しいな」
「そもそも、この封印の水晶柱自体、私に分からない世界なんだよね。それで、この術式のせいなのかどうかはわからないんだけれど、この術式か水晶が破壊された場合、ティルナノーグの封印が解除されて魔族が覚醒するのでは無いかと思われる‥‥」
それを聞いて、ストームは久しぶりリに怒りを露わにしている。
「なんでこんな少女が、そんな辛い枷をはめられないといけないんだっ。マチュア、これを何とかできるか?」
とストームは水晶をガンっと殴った。
――ガンッ
「その程度では傷一つつかないし、自動防衛魔術も発動しないよ。この術式の怖いところは、自動防衛魔術が発動した際には、内部の少女の魔力を消費するということ。大掛かりな攻撃や魔術をぶつけると、それらから内部の少女を守るために、内部の少女から膨大な魔力を奪う‥‥この自動防衛魔術は、恐ろしいほどに完璧だよ」
「なら、この娘はいずれ死ぬのか? 故郷を奪われ、そこに帰ることも出来ず、ただ眠ったままで」
拳をグッと握りしめて、ストームが呟く。
「そうだね。内部に残っているこの娘の命は、持ってあと一ヶ月という所だ‥‥」
「マチュア、どうにかできないのか?」
と問い掛けるストームだが。
マチュアはいつになく真面目な顔をしている。
「ストーム、よく考えろ。今回はシルヴィーのときとは訳が違う。あの娘は自分で生きる道を選んだ。だからこそ、ストームはその手助けをしてあげることが出来た」
静かにマチュアが話し始める。
「だがな、この娘は違う。この娘は1000年も前の人間だ。今のこの世界に蘇らせたとして、それではいお終いとはいかないだろう? この娘のこれからの生きる道をずっとストームが照らしていくのか? この娘にストームの生きる道を背負わせるのか?」
何時になく真剣に説得するマチュア。
「俺達はいずれ、自分たちの居た世界に戻るんだ。自分たちの存在していたという事実を残すことは別に構わない。が、あまり大勢の人たちの心の中に食い込むのは不味い。こっちに心を残すと、帰るときに未練が出来るだろう」
「確かにそれはわかっている。シルヴィーが俺に好意を持っていることもな。だから、俺は最低限の付き合いしかしていない。けれどな‥‥」
とストームが言葉を切ったので、マチュアが話を戻す。
「それにな‥‥ティルナノーグの転移門は世界各地にあるのだが、その扉は魔力を失って閉ざされている、いわば封印されている状態なんだ。だが、魔力が少しずつ回復を始めていたらしく、まもなく扉は解放される。多分、それもティルナノーグに施された封印の一つじゃないかと思う」
「つまりは、扉が開くときが封印が解除される時ということか」
「恐らくはね。そのタイミングで1000年の眠りについていた魔族の封印も解け、ティルナノーグが現世界に姿を現すことになるんだ」
以前、サムソンで行われた晩餐会の時に夜空で見た大陸がティルナノーグだったことに、ストームは気がついた。
「そうなると、転移の門から魔族が一斉に侵出してくる。世界は魔族に蹂躙されることになる」
「それは不味いな。今のこの世界では、魔族と対等に戦える武具や魔術を持ち合わせているものは殆んどいない。武具や魔術なら、時間があれば準備できるが、それでもなぁ‥‥」
とストームは告げた。
過去に一度、ストームはレッサーデーモンと戦った事がある。
あの時、ストーム以外の騎士は、レッサーデーモン相手に手も足も出なかった。
あの経験があるからこそ、ストームも慎重になってしまう。
「その通りなんだ。目算では転移門の封印解放まで1年前後、それだけの時間があれば準備なんてどうとでもなる。が、その娘を封印の水晶柱から開放すると、ティルナノーグの全ての封印は開放される!! その瞬間にだ。この術式は、魔族の封印とリンクしている」
ストームが聞いた限り、現時点では対抗する手段が乏しい。
「もし彼女が水晶の中で死んでしまったら?」
「詳しく調べないといけないけれど、水晶に封じられていた魔力も消失するので転移門の幾つかだけが解放される。その後で、一つ、また一つと転移門は開いていくかもしれないが、いずれにしても時が来たらティルナノーグは封印から開放される。この術式を施した魔術師は正に悪魔だよ。王女の命を媒体にした封印なんて、人でなし以外の何でもない」
マチュアですら吐き気を覚えるほどの外道ぶりである。
「だったら、どうしてこの娘は生かされたんだ?」
「これはあくまでも予測なんだが、この娘を逃がそうとした古代種は、この娘に未来を託したんだろう。が、それに気がついた何者かが術式を後付けで刻み込んだという所だろう。理由はわからないけれどね」
と呟くと、マチュアはゆっくりと水晶に刻まれている文字をなぞる。
「ほら、ここの文節、ここの魔法式は後付けだね。でも、元々の術式に介入するように刻まれているので、後から介入することは難しいだろうねぇ‥‥」
そう説明すると、ストームは何か決意を秘めた目をしている。
「分かった。マチュアでさえどうしようもないというのなら、自分の足で彼女を開放する手段を探すしかないか」
「だから結論を出すのはまだ早いって。私は出来ないと行った記憶はないぞ、ストーム」
と家から出ようとするストームに話しかけるマチュア。
すると、ピクッとストームの足も止まる。
「なんとか出来るのか?」
「先程も行ったが、彼女の解放はティルナノーグの開放とリンクしている。そこでだ」
マチュアが深淵の書庫を起動する。
「この娘の周囲に生命力を与える魔法陣を起動する。これでこの娘は衰弱して死ぬことはないし、うまくいくと、この中で意識だけ戻る。そこであと1年、ティルナノーグの封印が自然に解放されるリミットまでに、画期的な方法を見つける。此方としても幾つか試したいことはあるので、それはまあおいおい説明するさ」
と告げてから、マチュアは水晶柱を包むように立体的な限定範囲・生命回復を発動する。
ついでにと、発動した魔法陣の中央に、『360:00:00』というカウントダウンタイマーが稼働した。それはすぐに稼働し、『359:23:59…58……』と、カウントダウンを始めた。
「成る程なぁ。確かにマチュアは一度たりとも出来ないとはいってないよなぁ」
「こちとら高速思考で幾つもの事例を並列処理しているんだ。そうそう諦めの言葉なんて出来ないよっ。でも正直1年後。それがタイムリミットだよ」
とマチュアが告げたのて、ストームとマチュアはお互いに拳を突き出して打ち鳴らす。
――ガシッ
「ミッションのタイムリミットは1年」
「それまでに彼女を無事開放し、なおかつティルナノーグの封印を破壊させない。手段は、彼女に施され術式と、ティルナノーグを封印した魔術を調べること」
というものの、難易度は高すぎる。
「ということで、一度落ち着いて考えよう。まず最悪の事態はこれで避けることが出来たんだから」
「暫くは、こっちの家が使えない。マチュア、この家自体を封印できるか?」
とストームは問い掛ける。
「一度施すと私とストーム以外は入れないよ。それならば可能。でもストームの家は?」
「馴染み亭の部屋を今日から俺の部屋とする」
「あ、それは構わないよ。なら今のうちに荷物運びだして。その後で魔法陣で家に誰も入れないようにするか」
ということで、速攻でマチュアとストームは引っ越しを開始。
今住んでいるストームの家は、玄関に『隣に引っ越しました』と書かれた羊皮紙を貼り付ける。
その直後にマチュアが聖域範囲・敵性防御を建物の表面に施した。
「これで一先ずは問題なし。けれど、私は暫くの間、この娘に施された魔術について詳しく調べないといけないから、ここに通わせて貰うよ。ストームは自分のできることやっておいて」
と告げると、マチュアは結界によって守られている家の中に入っていった。
「了解と。出来る限りはやってみるさ」
○ ○ ○ ○ ○
ティルナノーグの解放。
1年前後の残された時間を使い、ストームは何が出来るのかを考えた。
その結果、まずは王城に向かいこのことを六王に伝えておくことを選んだのである。
「久し振りぢゃなストーム。今日は何かあったのか?」
とラグナ王城でストームは、ばったりとシルヴィーに出会った。
「よしシルヴィー久し振りだ。今、ここには六王はいるのか?」
「妾以外はミスト殿とパルテノ師匠、そして妾の三王ぢゃ、あと皇帝もおるぞ。皇帝はストームに用事があったので、丁度連絡を取ろうと思っていたのぢゃ」
「よしわかった、皇帝に謁見を頼む。理由はティルナノーグの解放についての報告だ」
そのストームの言葉に、シルヴィーも慌てだす。
「ティ‥‥ティルナノーグぢゃと?」
「そうだ。状況は一刻を争う。頼む」
と真剣な表情でシルヴィーに告げるストーム。
そのままシルヴィーは皇帝の間へと走ると、すぐさま謁見を申し入れた。
それはすぐに許可が降りた為、特例ではあるがストームは城の中央にある新しい『六王の間』へと案内された。
‥‥‥
‥‥
‥
六王の間では、すでにパルテノとミスト、レックス皇帝がその場に待っている。
少し遅れて、ストームとシルヴィーがやって来た。
「突然の招集に申し訳ないのぢゃ。ティルナノーグが大変なのぢゃ」
と先ずシルヴィーが開口一発。
「落ち着きなさいシルヴィー。まずは順番に」
とミストが促したので、ストームがスッと手をあげる。
「構わぬぞ、この場での発言は自由に許可する」
というレックスの言葉に頭を下げると、ストームはサムソンでマチュアと話をした全てを説明した。
その内容は、その場にいる全ての者達に恐怖を刻み込んだ。
‥‥‥‥
‥‥‥‥
‥‥‥‥
「パルテノ、全王を招集せよ。事は一刻を争う」
「御意。それでは」
と皇帝が告げたため、パルテノは急いで席を立ち、他の王を呼びに走った。
30分後、全ての王が集まったので、ストームはもう一度説明を行う。
「俄には信じがたいが、証拠も揃っているし賢者の話だからなぁ」
シュミッツが腕を組んで考える。
「私たちは、魔族の強さは伝承の世界でしか分からないのです。それ程までに強力な化け物なのですか?」
とブリュンヒルデがストームに問いかける。
「妾はかつて、ストーム殿とラグナに向かっている時に、レッサーデーモンという化け物に襲われたのぢゃ。あの時は、うちのスコットが手も足も出せぬまま、瀕死にまで追いやられてしまったのぢゃ」
「付け加えるなら、そのレッサーデーモンというのが、此の世界でいう普通の冒険者と思っていただいて結構。Dレベルっていうところだな」
そのストームの説明に、全ての王は言葉を失う。
「魔族には普通の武器は全く効果がない。最低でもミスリル製の武器、もしくは武器そのものに波動を流せる者以外は不可能だろう」
「それは殆ど不可能では。ミスリルの採掘は今先細りしている。現行出回っているミスリル製の武器を探すしか方法はない」
「それにだ、波動を扱える騎士はごく僅か、騎士団長クラスの者でなければ体得するのは困難を極める」
ブリュンヒルデとシュミッツがそう告げると、ミストがそっと手を挙げる。
「ストーム殿、魔術は有効ですか?」
「そうだなぁ。魔術は……かなり強力でないと……あれ?」
ふと、ストームは思い出す。
レッサーデーモンと戦った時の感触と、ボルケイノと戦った時の感触を。
「あ!成る程、手応えはあれか」
と、空間からボルケイノの鱗を取り出す。
「簡単に説明するが、これに傷がつけられれば良し」
とテーブルに6枚の鱗を置いた。
ブリュンヒルデ以外は希望を見たが、ブリュンヒルデだけは絶望の表情となる。
「どうしたブリュンヒルデ?」
「これを斬り裂ける武器や魔術は存在する。が、それを集めるのは困難を極めるだろう」
「どうしてですか? 可能性があるのなら」
とパルテノが告げるが。
「作り出せるのはAクラス以上の鍛治師なら可能。強力な魔術はマチュア殿と同じ魔力の持ち主だ。かろうじて波動は騎士が体得できるが、今からでは間に合うかどうか」
「鍛治師だと、南方のドワーフの王国にいるファーナス殿の門弟がストーム殿よりは劣るがなんとかできそうだな。問題は材料となるミスリルか。今は産出量が少ないからどうなる事か。魔術師は、今からマチュア殿に育成してもらえれば」
「失礼ながら、魔術師は無理と判断します。わたしは先日、マチュアから少しだけですが魔導の深淵を教えていただきました。ですが、その半分も理解できず、魔力に至っては1/10程度しかありません」
シュミッツとブリュンヒルデの言葉に、ミストが返した。
「さて、そこで提案だが、3日程時間をくれ。マチュアにちょっといいものを作って貰う。それと戦って見て、それから対策を考えてみよう。どうだ?」
とストームが提案する。
「諸王よ、まずはストームの提案を受理する事とする。その上で、諸王もまた何かいい方法を模索して欲しい。あと、ストームよ。これから先にはこれが必要となる。略式ではあるが、持っていけ。以上だ」
レックスの言葉に、全員が頷く。
ストームは皇帝が差し出した剣の柄だけを受け取る。
「これは?」
「古代魔法王国クルーラのもたらした、意思を刃とする武具だ。それを持って今日より『剣聖』を名乗ることを許す」
と告げる
そして一同は、その場から撤収した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
サムソンに戻ったストームは、まずマチュアを探した。
幸いなことに、マチュアの施した結界はストームを受け入れてくれたので、すんなりと家の中に入っていくことが出来た。
家の中では、深淵の書庫の中で瞑想しているマチュアの姿がある。
「マチュア、ちょいと頼まれてくれ」
「あ、あー、ストームか、どうした?」
「お前さん、ゴーレム作れるよな? ミスリルでゴーレム作れるか?」
「もうあるよ。エンジ、カムヒア」
と、マチュアが自分の影に向かって呼びかける。
スッと影の中から、ツヴァイが姿を現した。
「ものは相談なのだが、こいつ壊して構わないか?」
「あぼがど、ばななかと。あなたは突然何を言いますか」
「なら、ミスリルゴーレムを二体作ってくれないか? データは……レッサーデーモンとグレーターデーモン。強度は、そうさなぁ」
とストームが色々と考え出す。
「あ、そういうことか。ティルナノーグの魔族もどきを作って、それで戦闘テストするのか」
「そういうことだ。という事で、『あのダンジョン』の最下層の奴だな。固有ネーム付きの強さのやつ、作れるか?」
と告げられて、マチュアは、暫し考える。
ストームの告げたあのダンジョンとは、かつてオンラインゲームで一世を風靡した名作中の名作。
地下10階層まで続くダンジョンの中に潜り込み、魔導士に奪われたアイテムを取り返すというもの。
オンラインゲームにしては自キャラが『ロスト』することすらあるというハードなゲームであり、二人がどっぷりとはまったゲームである。
「ミスリルとアダマンタイト寄越せ。あと二日くれ」
「了承。ここに置いておくからな」
と、ストームは、バックを取り出して中から『菊練りミスリル 』と『菊練りアダマンタイト』を、土間の上に並べる。
「あの強さねぇ。攻撃力も?」
「当然だ。そうでなければテストにならない」
と告げられるが。
「まあ、殆んど死ぬぞ……」
というマチュアの言葉に、ストームも、頷くしかなかった。
「それなら、やってみるけれどね。ついでにもっと凄いのも出してみるさ」
と言うマチュアの言葉に、ストームは嫌な予感がした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ストームがマチュアに二体のゴーレムを注文して2日。
完成したゴーレムを持って、マチュアとストームの二人は久し振りにラグナ闘技場にやってきた。
その場には皇帝と六王、彼等の近衛騎士団などが集められている。
既にティルナノーグの件に関しては説明が終わっていたらしく、その場にいる一同は皆、覚悟を決めた表情をしていた。
「さーてと。それじゃあ始めましょうか」
とマチュアが告げると、まずは身長4m程のレッサーデーモンを影から呼び出した。
以前ストームが見たものよりも筋肉質で、体色も濃い青色である。
それを見た騎士団からは、ザワザワとした不安のような言葉が溢れている。
「ま、マチュア殿、これは一体……」
「これが、まさかレッサーデーモンというやつか?」
「召喚?いや、違うのか?」
シュミッツとブリュンヒルデ、ケルビムの三王がそう問いかける。
「ストームから聞いたのと、私の賢者の知識で再現したレッサーデーモンです。まあ、こいつに勝てない程度の者は、今すぐ騎士団を名乗るのは辞めて頂きたいものですなぁ」
――ニィィィィッ
と、思いっきり悪人ヅラをして笑うマチュア。
当然、ここは煽るスタイルである。
「さて、どちらの騎士団から行きますか? 混成パーティーでも構いませんよ? それともうちの幻影騎士団で終わらせますか?」
というと、勇猛果敢なシュミッツの騎士団が名乗りを挙げた。
「そこまで愚弄されて黙ってはいられぬ。シュバルツ騎士団の名にかけて」
と叫ぶ騎士団たち。
シュバルツ騎士団は、六王の持つ騎士団の中でも、勇猛さは一、二を争う。
当然ながら、マチュアの煽りに過剰なまでに反応していた。
「混成でもかまわないのですよ?」
「くどい!!」
とシュバルツ騎士団の騎士団長が怒鳴りつけてきたので、マチュアはため息を突く。
「はぁ‥‥、パルテノ様、すいませんが蘇生の準備もお願い致しますね」
「これは模擬戦ではないのか?」
「え? わたしはそんな緩い事なんてしませんよ。そいつ魔族でも雑魚ですので。それに私は忠告したのですよ? 混成でもって‥‥」
そのマチュアの言葉に、各騎士団も本気の戦闘準備を開始する。
「突撃ぃぃぃぃ」
騎士団長の怒声、で戦闘は開始された。
魔法によるバックアップと回復、敵を引きつける役目など、戦闘慣れしているシュバルツ騎士団は、本気の戦闘に慣れているようである。
だが。
ドッゴォォォォォッ
バギィィィィィッ
グシャッ、ドガシャッ‥‥
「ば、馬鹿な‥‥」
シュバルツ騎士団はレッサーデーモンとの激しい戦いで、その殆どが命を失う事となった。
生き残ったのは騎士団長を含めて僅か三人。
そしてレッサーデーモンはというと、かすり傷程度の負傷しかしていない。
「そ。そんな、馬鹿な……全滅だと?」
シュミッツがワナワナと震えながら呟く。そしてパルテノが急いで蘇生に走った。
「此処までやらなくても……あら?」
死んだと思われた者達は、全員生きている。
レッサーデーモンの攻撃は全て幻影投射によるイメージである。
だが、そのダメージは精神には直接作用する。
つまり体は無事であるが、精神はボロボロであろう。
意識は戻ったものの、回復まで凡そ1週間というところである。
「さーて、次は何処の騎士団ですか?」
とマチュアが告げるが、どの騎士団も動こうとはしない。
但し、皇帝直属のロイヤルガードと幻影騎士団だけが、既に、臨戦態勢を取っている。
「あ、あんな化け物に勝てるはずが無いじゃ無いか」
と誰かがボソッと告げる。
「なら、このラグナは廃墟になるだけだ」
とシュミッツが抜剣して、レッサーデーモンに向かう。
飛び交う魔法を楯によって弾き飛ばし、手にしたロングソードに波動を乗せてレッサーデーモンの腕を切断する。
――ズバァァァァッ
その瞬間に、レッサーデーモンは稼働停止した。
総ダメージ量が一定数を超えると自動停止するように命令されているので、シュミッツの一撃は騎士団全体の総ダメージよりも上ということである。
恐るべし、脳筋王。
「戦う王様カッコいー」
「流石はシュミッツ殿だな」
とマチュアとストームが告げるが。
シュミッツはふがいない騎士団に怒りをあらわにしている。
「意識が戻ったら騎士団全員鍛え直しだ!!」
まさに怒り心頭のシュミッツである。
「まあまあ。取り敢えず皆さんには、シュミッツ殿と同じレベルまで上がって頂きたい。そこがスタート地点だと思って頂けるど嬉しいのですけれどねぇ」
と説明しつつ、切断されたレッサーデーモンの腕を魔法で接合するマチュア。
──シュゥゥゥゥッ
すべてのダメージも回復させると、すでにレッサーデーモンはやる気十分である。
「さあ、次の騎士団の皆さん。今度はどちらの騎士団が行きますか?」
とマチュアが告げる。
「ならば。今こそ我らが!!」
ミストのハーピュレイ魔導兵団が動く。
決して近接では攻撃を仕掛けず、攻防一体の魔術戦闘を繰り広げる。
1時間ほどして、レッサーデーモンはようやく蓄積ダメージが一定量に達したので稼働停止となった。
但し、魔導兵団もその数が三分の一になっている。
「マチュア殿。私のテンプル騎士団は守りの要、他の騎士団に対しての助力を申請します」
というパルテノの言葉に、皇帝が頷く。
「寧ろ、早くそう告げて下さいよー、混成もありと最初から話ししましたよね?」
その言葉に、前衛をブリュンヒルデのブランシュ騎士団、後衛にテンプル騎士団と残存する魔導兵団が務める。
すると、三十分程度は掛かったものの、僅かの損害でレッサーデーモンは撃破された。
「ふむふむ。よし、データはとれたじゃろう。ワシの騎士団もそろそろ戦いたがっているようだしな」
「ちょっと待ってて下さいよ。今直しますので」
と、慌ててマチュアがレッサーデーモンを修理する。
そしてケルビムのブラックロータス騎士団が前に出る。
攻防一体の騎士団だけあり、且つ、指揮系統がしっかりしているせいか、此方も三十分でレッサーデーモンは撃破される。
「シュミッツ、騎士団の鍛え直しは手伝うぞ」
「ケルビム老、お手数だがお願いしたい」
と頭を下げるシュミッツ。
「マチュアよ、そろそろ我がロイヤルガードの出番とみたが」
と僅か10名の皇帝直属の騎士団が動く。
「あ、オッケーです」
と告げた刹那、10名の騎士達は巧みな連携でレッサーデーモンを1分たらずで撃破する。
その戦闘力には、その場に居合わせた全ての騎士団は絶句する。
「この程度できなくて、皇帝直属とは言えんよなぁ」
と腕を組んで呟くストーム。
「な、なら、幻影騎士団の実力も見せて貰いたい」
と、悔し紛れに何処かの騎士が叫ぶ。
その声に合わせて、そうだそうだと連呼する声が聞こえる。
「まあ、妾だけ出し惜しみするのものう。あ、うちの近衛騎士団は勝てぬぞ。なのでリクエスト通りに幻影騎士団の出番ぢゃ」
パチンとマチュアの真似をして指を鳴らすシルヴィー。
するとウォルフラムとアンジェラ、斑目の三人がレッサーデーモンの前に立つ。
「私達三人で『破壊』していいのですか?」
とウォルフラムが告げるので、ストームは笑いながら一言。
「一分だ」
――ズバァァァァァァッ
と攻撃を開始。
僅か三人の戦力で、本当に一分で破壊した。
実は時折暇を見つけては、ストームとマチュアがスパルタ訓練をしていたのである。
この程度はやって貰わないと困るらしい。
そして、幻影騎士団の戦いを見た皇帝も、流石に苦笑している。
「クックックッ。諸王よ。我らは騎士団をさらなる高みに成長させなくてはならぬようだぞ」
と笑いつつ、レックスはその場の王達に告げる。
「長い平和のせいですなぁ」
とケルビムも頷きながら呟いた。
そんな話しをしている最中、マチュアが一言。
「さて、遊びはここ迄です。本番に入りましょう」
と叫んだのである。
本当の恐怖は、ここからであるらしい。
今日も激しく二日酔い。
昨晩はサムソンの『馴染み亭』で久し振りに飲んだストーム。
かなりの酒を飲んだらしく、どうやって自宅まで戻ってきたのか覚えていない。
とりあえず目覚めた時は、土間の横にある部屋に着の身着のまま転がっていた。
「ふう。この世界の酒は作りが荒いので悪酔いするなぁ‥‥」
と呟きつつ、いつものように外に出て井戸に向かうと、軽く水浴びをして体を拭き取る。
「いょうストームの旦那、いつも早いねぇ」
「ストームさんおはようございますー」
「鍛冶屋の旦那。今日はいい肴が入ったから昼に顔出しなよっ」
と近所の人や通りすがりの冒険者が挨拶を交わす。
それに返事を返しながら、ストームはいつもの日課の準備である。
今日の『ストーム・ブートキャンプ』の参加者は全部で22人。いつものように冒険者や近所の人が集まって、のんびりとした日課が始まっていた。
「ふぁーーーーーーーーーーー。朝から騒がしいねぃ」
ストームの掛け声で目を覚ましたマチュアは、馴染み亭の二階からのんびりと顔を出す。そして隣で始まっている『ストーム・ブートキャンプ』を眺めている。
今日は営業日ではないので、午前中は店内の掃除でおしまい。
営業日以外の馴染み亭は、ストームが『サイドチェスト鍛治工房』として使うらしく、店内にはいたるところに武具を収めたり展示できるスペースが設けられている。
午後にはカナンに戻ってあっちの店の仕込みでもするか、それとも魔導器の開発に出かけるかと頭を捻っているマチュア。
――‥‥ケテ‥‥
と、何か声のようなものが聞こえる。
「うーん。まだ寝ぼけているのか、はてさて空耳アワーか何かのフラグか‥‥」
とキョロキョロと周囲を見渡す。
が、何処にもそれらしいものは見当たらない。
そのまま一階を抜けて外に出ると、周囲の散策を始める。
近所から北東門辺りまでをぐるっと回ってみるが、やはりマチュアには今のところなにも感じられない。
「こういうときに便利な魔法はないかなぁ‥‥あかん!!」
見えない魔力や魔障などを感知する魔法はある。
が、それには深淵の書庫を起動する必要がある。
こんな人目のあるところでなど、使うわけにはいかない。
「やれやれ、やっぱり賢者というのは、使い所が難しいものだねぇ‥‥」
と呟きつつ馴染み亭に戻ってくる。
ちょうどストームも日課が終わったらしく、井戸で汗を流していた。
「イヨーウ、ぐっもーにん。今日も元気だねぇ」
「ああ、おはようさん。散歩にでもいってたのか?」
「空耳の主を探しにね。ストームの方は何か変わったことはあった?」
「アリさ。大アリさ!!」
と拳を構えてステップを踏みつつ叫ぶストーム。
「取り敢えず中に入ってくれ」
心当たりがなんとなくむるストームは、自宅の土間にマチュアを呼びつける。
そして巨大な水晶柱をマチュアに見せたのである。
「ところでマチュア、この水晶柱を見てくれ。どう思う?」
「すごく‥‥大きいです‥‥」
ゴクッとマチュアの喉がなる。
「そうだろう‥‥じゃなくてだ」
「内部に封じられている魔力がとてつもなく膨大だな。中の人間は仮死状態だと思う。微弱ながら心臓は動いているか‥‥。この周囲の水晶は内部の人間を守るために作られている。ただし、この水晶に刻まれている術式はよろしくない」
と端的に解説するマチュア。
以前ならここまでの解読能力はなかったであろう。
賢者に変化して、さらに追加のスキルと知識が広がっているようだ。
「そこまで分かるのかよ。さすが賢者だな」
「へっへ~ん。六王と同じ権力を皇帝に貰ったぜ。で、レックス皇帝が帝国での『神の代理人』なんだってさ。ミスティとセルジオの天啓を受けたんだって」
先日の出来事をストームに説明する。
するとストームも納得したらしく、フムフムとうなずいていた。
「なるほどな。どうりで色々としてくれるはずだ。が、それはどうでもいい。今はこの水晶柱をどうにかすることだ。術式がよろしくないっていうのは?」
とストームが問い掛けるので、まずは最初から説明を始めた。
「これは、古代種によって施された水晶の形をした魂の結界だね。これによって内部の人間は死ぬこともなく、長い眠りにつくらしい‥‥と、ああ、そうか。ティルナノーグの子供って、この娘の事か」
と、以前サイノスに教えてもらったティルナノーグの物語を、マチュアは思い出した。
そのままストームにサイノスから聞いた物語を説明すると、そっと水晶に触れてみる。
――キィィィィィン
水晶がマチュアの魔力に共鳴する。
「つまり、これが話に出てきた封印の水晶柱というものなのか?」
「そういうことだと思うよ。まぁ確定ではないけれど、今時点での情報ならね。問題は、この周囲に刻まれた術式。誰かは判らないけれど、この水晶に細工を施して、二度と眠りから覚めないようにと、何処か人目に触れないところに隠したんだろうねぇ‥‥」
「術式の効果は?」
「一つ目は、これ自体から発している生命力や魔力、その他の様々なデータを水晶の外部に漏らさないようにしているという事。普通の魔術師の魔力程度なら、中の人が生きているか死んでいるかも分からないよ。二つ目は、外部からのいかなる魔術に対しても自動的に抵抗する自動防衛魔術。三つ目は、内部の者の記憶を破壊し、少しずつ生命力を奪うという事。一気に殺せなかったのは、自動防衛システムがそれを拒むため、自然な衰弱を導くようなものだね。そして最後に、これはまだあやふやなので確定では無いんだけれど」
と自信なさげなマチュア。
「ほう、マチュアでもわからないとは珍しいな」
「そもそも、この封印の水晶柱自体、私に分からない世界なんだよね。それで、この術式のせいなのかどうかはわからないんだけれど、この術式か水晶が破壊された場合、ティルナノーグの封印が解除されて魔族が覚醒するのでは無いかと思われる‥‥」
それを聞いて、ストームは久しぶりリに怒りを露わにしている。
「なんでこんな少女が、そんな辛い枷をはめられないといけないんだっ。マチュア、これを何とかできるか?」
とストームは水晶をガンっと殴った。
――ガンッ
「その程度では傷一つつかないし、自動防衛魔術も発動しないよ。この術式の怖いところは、自動防衛魔術が発動した際には、内部の少女の魔力を消費するということ。大掛かりな攻撃や魔術をぶつけると、それらから内部の少女を守るために、内部の少女から膨大な魔力を奪う‥‥この自動防衛魔術は、恐ろしいほどに完璧だよ」
「なら、この娘はいずれ死ぬのか? 故郷を奪われ、そこに帰ることも出来ず、ただ眠ったままで」
拳をグッと握りしめて、ストームが呟く。
「そうだね。内部に残っているこの娘の命は、持ってあと一ヶ月という所だ‥‥」
「マチュア、どうにかできないのか?」
と問い掛けるストームだが。
マチュアはいつになく真面目な顔をしている。
「ストーム、よく考えろ。今回はシルヴィーのときとは訳が違う。あの娘は自分で生きる道を選んだ。だからこそ、ストームはその手助けをしてあげることが出来た」
静かにマチュアが話し始める。
「だがな、この娘は違う。この娘は1000年も前の人間だ。今のこの世界に蘇らせたとして、それではいお終いとはいかないだろう? この娘のこれからの生きる道をずっとストームが照らしていくのか? この娘にストームの生きる道を背負わせるのか?」
何時になく真剣に説得するマチュア。
「俺達はいずれ、自分たちの居た世界に戻るんだ。自分たちの存在していたという事実を残すことは別に構わない。が、あまり大勢の人たちの心の中に食い込むのは不味い。こっちに心を残すと、帰るときに未練が出来るだろう」
「確かにそれはわかっている。シルヴィーが俺に好意を持っていることもな。だから、俺は最低限の付き合いしかしていない。けれどな‥‥」
とストームが言葉を切ったので、マチュアが話を戻す。
「それにな‥‥ティルナノーグの転移門は世界各地にあるのだが、その扉は魔力を失って閉ざされている、いわば封印されている状態なんだ。だが、魔力が少しずつ回復を始めていたらしく、まもなく扉は解放される。多分、それもティルナノーグに施された封印の一つじゃないかと思う」
「つまりは、扉が開くときが封印が解除される時ということか」
「恐らくはね。そのタイミングで1000年の眠りについていた魔族の封印も解け、ティルナノーグが現世界に姿を現すことになるんだ」
以前、サムソンで行われた晩餐会の時に夜空で見た大陸がティルナノーグだったことに、ストームは気がついた。
「そうなると、転移の門から魔族が一斉に侵出してくる。世界は魔族に蹂躙されることになる」
「それは不味いな。今のこの世界では、魔族と対等に戦える武具や魔術を持ち合わせているものは殆んどいない。武具や魔術なら、時間があれば準備できるが、それでもなぁ‥‥」
とストームは告げた。
過去に一度、ストームはレッサーデーモンと戦った事がある。
あの時、ストーム以外の騎士は、レッサーデーモン相手に手も足も出なかった。
あの経験があるからこそ、ストームも慎重になってしまう。
「その通りなんだ。目算では転移門の封印解放まで1年前後、それだけの時間があれば準備なんてどうとでもなる。が、その娘を封印の水晶柱から開放すると、ティルナノーグの全ての封印は開放される!! その瞬間にだ。この術式は、魔族の封印とリンクしている」
ストームが聞いた限り、現時点では対抗する手段が乏しい。
「もし彼女が水晶の中で死んでしまったら?」
「詳しく調べないといけないけれど、水晶に封じられていた魔力も消失するので転移門の幾つかだけが解放される。その後で、一つ、また一つと転移門は開いていくかもしれないが、いずれにしても時が来たらティルナノーグは封印から開放される。この術式を施した魔術師は正に悪魔だよ。王女の命を媒体にした封印なんて、人でなし以外の何でもない」
マチュアですら吐き気を覚えるほどの外道ぶりである。
「だったら、どうしてこの娘は生かされたんだ?」
「これはあくまでも予測なんだが、この娘を逃がそうとした古代種は、この娘に未来を託したんだろう。が、それに気がついた何者かが術式を後付けで刻み込んだという所だろう。理由はわからないけれどね」
と呟くと、マチュアはゆっくりと水晶に刻まれている文字をなぞる。
「ほら、ここの文節、ここの魔法式は後付けだね。でも、元々の術式に介入するように刻まれているので、後から介入することは難しいだろうねぇ‥‥」
そう説明すると、ストームは何か決意を秘めた目をしている。
「分かった。マチュアでさえどうしようもないというのなら、自分の足で彼女を開放する手段を探すしかないか」
「だから結論を出すのはまだ早いって。私は出来ないと行った記憶はないぞ、ストーム」
と家から出ようとするストームに話しかけるマチュア。
すると、ピクッとストームの足も止まる。
「なんとか出来るのか?」
「先程も行ったが、彼女の解放はティルナノーグの開放とリンクしている。そこでだ」
マチュアが深淵の書庫を起動する。
「この娘の周囲に生命力を与える魔法陣を起動する。これでこの娘は衰弱して死ぬことはないし、うまくいくと、この中で意識だけ戻る。そこであと1年、ティルナノーグの封印が自然に解放されるリミットまでに、画期的な方法を見つける。此方としても幾つか試したいことはあるので、それはまあおいおい説明するさ」
と告げてから、マチュアは水晶柱を包むように立体的な限定範囲・生命回復を発動する。
ついでにと、発動した魔法陣の中央に、『360:00:00』というカウントダウンタイマーが稼働した。それはすぐに稼働し、『359:23:59…58……』と、カウントダウンを始めた。
「成る程なぁ。確かにマチュアは一度たりとも出来ないとはいってないよなぁ」
「こちとら高速思考で幾つもの事例を並列処理しているんだ。そうそう諦めの言葉なんて出来ないよっ。でも正直1年後。それがタイムリミットだよ」
とマチュアが告げたのて、ストームとマチュアはお互いに拳を突き出して打ち鳴らす。
――ガシッ
「ミッションのタイムリミットは1年」
「それまでに彼女を無事開放し、なおかつティルナノーグの封印を破壊させない。手段は、彼女に施され術式と、ティルナノーグを封印した魔術を調べること」
というものの、難易度は高すぎる。
「ということで、一度落ち着いて考えよう。まず最悪の事態はこれで避けることが出来たんだから」
「暫くは、こっちの家が使えない。マチュア、この家自体を封印できるか?」
とストームは問い掛ける。
「一度施すと私とストーム以外は入れないよ。それならば可能。でもストームの家は?」
「馴染み亭の部屋を今日から俺の部屋とする」
「あ、それは構わないよ。なら今のうちに荷物運びだして。その後で魔法陣で家に誰も入れないようにするか」
ということで、速攻でマチュアとストームは引っ越しを開始。
今住んでいるストームの家は、玄関に『隣に引っ越しました』と書かれた羊皮紙を貼り付ける。
その直後にマチュアが聖域範囲・敵性防御を建物の表面に施した。
「これで一先ずは問題なし。けれど、私は暫くの間、この娘に施された魔術について詳しく調べないといけないから、ここに通わせて貰うよ。ストームは自分のできることやっておいて」
と告げると、マチュアは結界によって守られている家の中に入っていった。
「了解と。出来る限りはやってみるさ」
○ ○ ○ ○ ○
ティルナノーグの解放。
1年前後の残された時間を使い、ストームは何が出来るのかを考えた。
その結果、まずは王城に向かいこのことを六王に伝えておくことを選んだのである。
「久し振りぢゃなストーム。今日は何かあったのか?」
とラグナ王城でストームは、ばったりとシルヴィーに出会った。
「よしシルヴィー久し振りだ。今、ここには六王はいるのか?」
「妾以外はミスト殿とパルテノ師匠、そして妾の三王ぢゃ、あと皇帝もおるぞ。皇帝はストームに用事があったので、丁度連絡を取ろうと思っていたのぢゃ」
「よしわかった、皇帝に謁見を頼む。理由はティルナノーグの解放についての報告だ」
そのストームの言葉に、シルヴィーも慌てだす。
「ティ‥‥ティルナノーグぢゃと?」
「そうだ。状況は一刻を争う。頼む」
と真剣な表情でシルヴィーに告げるストーム。
そのままシルヴィーは皇帝の間へと走ると、すぐさま謁見を申し入れた。
それはすぐに許可が降りた為、特例ではあるがストームは城の中央にある新しい『六王の間』へと案内された。
‥‥‥
‥‥
‥
六王の間では、すでにパルテノとミスト、レックス皇帝がその場に待っている。
少し遅れて、ストームとシルヴィーがやって来た。
「突然の招集に申し訳ないのぢゃ。ティルナノーグが大変なのぢゃ」
と先ずシルヴィーが開口一発。
「落ち着きなさいシルヴィー。まずは順番に」
とミストが促したので、ストームがスッと手をあげる。
「構わぬぞ、この場での発言は自由に許可する」
というレックスの言葉に頭を下げると、ストームはサムソンでマチュアと話をした全てを説明した。
その内容は、その場にいる全ての者達に恐怖を刻み込んだ。
‥‥‥‥
‥‥‥‥
‥‥‥‥
「パルテノ、全王を招集せよ。事は一刻を争う」
「御意。それでは」
と皇帝が告げたため、パルテノは急いで席を立ち、他の王を呼びに走った。
30分後、全ての王が集まったので、ストームはもう一度説明を行う。
「俄には信じがたいが、証拠も揃っているし賢者の話だからなぁ」
シュミッツが腕を組んで考える。
「私たちは、魔族の強さは伝承の世界でしか分からないのです。それ程までに強力な化け物なのですか?」
とブリュンヒルデがストームに問いかける。
「妾はかつて、ストーム殿とラグナに向かっている時に、レッサーデーモンという化け物に襲われたのぢゃ。あの時は、うちのスコットが手も足も出せぬまま、瀕死にまで追いやられてしまったのぢゃ」
「付け加えるなら、そのレッサーデーモンというのが、此の世界でいう普通の冒険者と思っていただいて結構。Dレベルっていうところだな」
そのストームの説明に、全ての王は言葉を失う。
「魔族には普通の武器は全く効果がない。最低でもミスリル製の武器、もしくは武器そのものに波動を流せる者以外は不可能だろう」
「それは殆ど不可能では。ミスリルの採掘は今先細りしている。現行出回っているミスリル製の武器を探すしか方法はない」
「それにだ、波動を扱える騎士はごく僅か、騎士団長クラスの者でなければ体得するのは困難を極める」
ブリュンヒルデとシュミッツがそう告げると、ミストがそっと手を挙げる。
「ストーム殿、魔術は有効ですか?」
「そうだなぁ。魔術は……かなり強力でないと……あれ?」
ふと、ストームは思い出す。
レッサーデーモンと戦った時の感触と、ボルケイノと戦った時の感触を。
「あ!成る程、手応えはあれか」
と、空間からボルケイノの鱗を取り出す。
「簡単に説明するが、これに傷がつけられれば良し」
とテーブルに6枚の鱗を置いた。
ブリュンヒルデ以外は希望を見たが、ブリュンヒルデだけは絶望の表情となる。
「どうしたブリュンヒルデ?」
「これを斬り裂ける武器や魔術は存在する。が、それを集めるのは困難を極めるだろう」
「どうしてですか? 可能性があるのなら」
とパルテノが告げるが。
「作り出せるのはAクラス以上の鍛治師なら可能。強力な魔術はマチュア殿と同じ魔力の持ち主だ。かろうじて波動は騎士が体得できるが、今からでは間に合うかどうか」
「鍛治師だと、南方のドワーフの王国にいるファーナス殿の門弟がストーム殿よりは劣るがなんとかできそうだな。問題は材料となるミスリルか。今は産出量が少ないからどうなる事か。魔術師は、今からマチュア殿に育成してもらえれば」
「失礼ながら、魔術師は無理と判断します。わたしは先日、マチュアから少しだけですが魔導の深淵を教えていただきました。ですが、その半分も理解できず、魔力に至っては1/10程度しかありません」
シュミッツとブリュンヒルデの言葉に、ミストが返した。
「さて、そこで提案だが、3日程時間をくれ。マチュアにちょっといいものを作って貰う。それと戦って見て、それから対策を考えてみよう。どうだ?」
とストームが提案する。
「諸王よ、まずはストームの提案を受理する事とする。その上で、諸王もまた何かいい方法を模索して欲しい。あと、ストームよ。これから先にはこれが必要となる。略式ではあるが、持っていけ。以上だ」
レックスの言葉に、全員が頷く。
ストームは皇帝が差し出した剣の柄だけを受け取る。
「これは?」
「古代魔法王国クルーラのもたらした、意思を刃とする武具だ。それを持って今日より『剣聖』を名乗ることを許す」
と告げる
そして一同は、その場から撤収した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
サムソンに戻ったストームは、まずマチュアを探した。
幸いなことに、マチュアの施した結界はストームを受け入れてくれたので、すんなりと家の中に入っていくことが出来た。
家の中では、深淵の書庫の中で瞑想しているマチュアの姿がある。
「マチュア、ちょいと頼まれてくれ」
「あ、あー、ストームか、どうした?」
「お前さん、ゴーレム作れるよな? ミスリルでゴーレム作れるか?」
「もうあるよ。エンジ、カムヒア」
と、マチュアが自分の影に向かって呼びかける。
スッと影の中から、ツヴァイが姿を現した。
「ものは相談なのだが、こいつ壊して構わないか?」
「あぼがど、ばななかと。あなたは突然何を言いますか」
「なら、ミスリルゴーレムを二体作ってくれないか? データは……レッサーデーモンとグレーターデーモン。強度は、そうさなぁ」
とストームが色々と考え出す。
「あ、そういうことか。ティルナノーグの魔族もどきを作って、それで戦闘テストするのか」
「そういうことだ。という事で、『あのダンジョン』の最下層の奴だな。固有ネーム付きの強さのやつ、作れるか?」
と告げられて、マチュアは、暫し考える。
ストームの告げたあのダンジョンとは、かつてオンラインゲームで一世を風靡した名作中の名作。
地下10階層まで続くダンジョンの中に潜り込み、魔導士に奪われたアイテムを取り返すというもの。
オンラインゲームにしては自キャラが『ロスト』することすらあるというハードなゲームであり、二人がどっぷりとはまったゲームである。
「ミスリルとアダマンタイト寄越せ。あと二日くれ」
「了承。ここに置いておくからな」
と、ストームは、バックを取り出して中から『菊練りミスリル 』と『菊練りアダマンタイト』を、土間の上に並べる。
「あの強さねぇ。攻撃力も?」
「当然だ。そうでなければテストにならない」
と告げられるが。
「まあ、殆んど死ぬぞ……」
というマチュアの言葉に、ストームも、頷くしかなかった。
「それなら、やってみるけれどね。ついでにもっと凄いのも出してみるさ」
と言うマチュアの言葉に、ストームは嫌な予感がした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ストームがマチュアに二体のゴーレムを注文して2日。
完成したゴーレムを持って、マチュアとストームの二人は久し振りにラグナ闘技場にやってきた。
その場には皇帝と六王、彼等の近衛騎士団などが集められている。
既にティルナノーグの件に関しては説明が終わっていたらしく、その場にいる一同は皆、覚悟を決めた表情をしていた。
「さーてと。それじゃあ始めましょうか」
とマチュアが告げると、まずは身長4m程のレッサーデーモンを影から呼び出した。
以前ストームが見たものよりも筋肉質で、体色も濃い青色である。
それを見た騎士団からは、ザワザワとした不安のような言葉が溢れている。
「ま、マチュア殿、これは一体……」
「これが、まさかレッサーデーモンというやつか?」
「召喚?いや、違うのか?」
シュミッツとブリュンヒルデ、ケルビムの三王がそう問いかける。
「ストームから聞いたのと、私の賢者の知識で再現したレッサーデーモンです。まあ、こいつに勝てない程度の者は、今すぐ騎士団を名乗るのは辞めて頂きたいものですなぁ」
――ニィィィィッ
と、思いっきり悪人ヅラをして笑うマチュア。
当然、ここは煽るスタイルである。
「さて、どちらの騎士団から行きますか? 混成パーティーでも構いませんよ? それともうちの幻影騎士団で終わらせますか?」
というと、勇猛果敢なシュミッツの騎士団が名乗りを挙げた。
「そこまで愚弄されて黙ってはいられぬ。シュバルツ騎士団の名にかけて」
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シュバルツ騎士団は、六王の持つ騎士団の中でも、勇猛さは一、二を争う。
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「くどい!!」
とシュバルツ騎士団の騎士団長が怒鳴りつけてきたので、マチュアはため息を突く。
「はぁ‥‥、パルテノ様、すいませんが蘇生の準備もお願い致しますね」
「これは模擬戦ではないのか?」
「え? わたしはそんな緩い事なんてしませんよ。そいつ魔族でも雑魚ですので。それに私は忠告したのですよ? 混成でもって‥‥」
そのマチュアの言葉に、各騎士団も本気の戦闘準備を開始する。
「突撃ぃぃぃぃ」
騎士団長の怒声、で戦闘は開始された。
魔法によるバックアップと回復、敵を引きつける役目など、戦闘慣れしているシュバルツ騎士団は、本気の戦闘に慣れているようである。
だが。
ドッゴォォォォォッ
バギィィィィィッ
グシャッ、ドガシャッ‥‥
「ば、馬鹿な‥‥」
シュバルツ騎士団はレッサーデーモンとの激しい戦いで、その殆どが命を失う事となった。
生き残ったのは騎士団長を含めて僅か三人。
そしてレッサーデーモンはというと、かすり傷程度の負傷しかしていない。
「そ。そんな、馬鹿な……全滅だと?」
シュミッツがワナワナと震えながら呟く。そしてパルテノが急いで蘇生に走った。
「此処までやらなくても……あら?」
死んだと思われた者達は、全員生きている。
レッサーデーモンの攻撃は全て幻影投射によるイメージである。
だが、そのダメージは精神には直接作用する。
つまり体は無事であるが、精神はボロボロであろう。
意識は戻ったものの、回復まで凡そ1週間というところである。
「さーて、次は何処の騎士団ですか?」
とマチュアが告げるが、どの騎士団も動こうとはしない。
但し、皇帝直属のロイヤルガードと幻影騎士団だけが、既に、臨戦態勢を取っている。
「あ、あんな化け物に勝てるはずが無いじゃ無いか」
と誰かがボソッと告げる。
「なら、このラグナは廃墟になるだけだ」
とシュミッツが抜剣して、レッサーデーモンに向かう。
飛び交う魔法を楯によって弾き飛ばし、手にしたロングソードに波動を乗せてレッサーデーモンの腕を切断する。
――ズバァァァァッ
その瞬間に、レッサーデーモンは稼働停止した。
総ダメージ量が一定数を超えると自動停止するように命令されているので、シュミッツの一撃は騎士団全体の総ダメージよりも上ということである。
恐るべし、脳筋王。
「戦う王様カッコいー」
「流石はシュミッツ殿だな」
とマチュアとストームが告げるが。
シュミッツはふがいない騎士団に怒りをあらわにしている。
「意識が戻ったら騎士団全員鍛え直しだ!!」
まさに怒り心頭のシュミッツである。
「まあまあ。取り敢えず皆さんには、シュミッツ殿と同じレベルまで上がって頂きたい。そこがスタート地点だと思って頂けるど嬉しいのですけれどねぇ」
と説明しつつ、切断されたレッサーデーモンの腕を魔法で接合するマチュア。
──シュゥゥゥゥッ
すべてのダメージも回復させると、すでにレッサーデーモンはやる気十分である。
「さあ、次の騎士団の皆さん。今度はどちらの騎士団が行きますか?」
とマチュアが告げる。
「ならば。今こそ我らが!!」
ミストのハーピュレイ魔導兵団が動く。
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但し、魔導兵団もその数が三分の一になっている。
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「ふむふむ。よし、データはとれたじゃろう。ワシの騎士団もそろそろ戦いたがっているようだしな」
「ちょっと待ってて下さいよ。今直しますので」
と、慌ててマチュアがレッサーデーモンを修理する。
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「シュミッツ、騎士団の鍛え直しは手伝うぞ」
「ケルビム老、お手数だがお願いしたい」
と頭を下げるシュミッツ。
「マチュアよ、そろそろ我がロイヤルガードの出番とみたが」
と僅か10名の皇帝直属の騎士団が動く。
「あ、オッケーです」
と告げた刹那、10名の騎士達は巧みな連携でレッサーデーモンを1分たらずで撃破する。
その戦闘力には、その場に居合わせた全ての騎士団は絶句する。
「この程度できなくて、皇帝直属とは言えんよなぁ」
と腕を組んで呟くストーム。
「な、なら、幻影騎士団の実力も見せて貰いたい」
と、悔し紛れに何処かの騎士が叫ぶ。
その声に合わせて、そうだそうだと連呼する声が聞こえる。
「まあ、妾だけ出し惜しみするのものう。あ、うちの近衛騎士団は勝てぬぞ。なのでリクエスト通りに幻影騎士団の出番ぢゃ」
パチンとマチュアの真似をして指を鳴らすシルヴィー。
するとウォルフラムとアンジェラ、斑目の三人がレッサーデーモンの前に立つ。
「私達三人で『破壊』していいのですか?」
とウォルフラムが告げるので、ストームは笑いながら一言。
「一分だ」
――ズバァァァァァァッ
と攻撃を開始。
僅か三人の戦力で、本当に一分で破壊した。
実は時折暇を見つけては、ストームとマチュアがスパルタ訓練をしていたのである。
この程度はやって貰わないと困るらしい。
そして、幻影騎士団の戦いを見た皇帝も、流石に苦笑している。
「クックックッ。諸王よ。我らは騎士団をさらなる高みに成長させなくてはならぬようだぞ」
と笑いつつ、レックスはその場の王達に告げる。
「長い平和のせいですなぁ」
とケルビムも頷きながら呟いた。
そんな話しをしている最中、マチュアが一言。
「さて、遊びはここ迄です。本番に入りましょう」
と叫んだのである。
本当の恐怖は、ここからであるらしい。
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不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
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ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
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婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
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小説家になろうでも公開している短編集です。
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