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第一部・二人の転生者と異世界と
マチュア・その10・少しだけ本気出してみた
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ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
どうしてこうなったのか、マチュアは今ひとつ理解できていない。
ザックスに『竜王祭』についてと『大武道大会』についての説明を受けた後、軽い気持ちで参加してみようかなと呟いたこと。
その言葉に対して、ザックスの告げた『やめとけやめとけ』という笑い声が、マチュアの闘争本能に火を付けた。
幸いなことに今は食事時間、今日はこのままこの場所で一夜を過ごすこととなったので、幾つかの焚き火を囲んで各々が体を休めている筈だったが。
「さて。それじゃあ始めようか?」
とにこやかに告げるザックスに対して、マチュアは一言。
「ちょっと待って、準備してくるから」
「準備というと?」
と問いかけるザックス。
「こんな鎧付けてたら怪我するから、それにどう力比べをするかルールも決めないと駄目でしょう?」
ということで、マチュアは使用許可の降りている馬車の寝台に飛び込むと、急ぎ空間収納を起動していまの装備を放り込む。
「【モードチェンジ・【修練拳術士】ってあれれ?」
【司祭】から【拳術士】にチェンジしようと思ったのだが、表示が変化している。
「さて、これはどういうことだ?」
と【GPSコマンド】を起動して解析してみる。
どうやらこの世界に来て魔法を集中して学んでいたために、拳術士の状態で司祭の魔術が使えるようになったらしい。しかも司祭のクラスですら【高位司祭】に変化していた。
「んんんんん? クラスが此処に来て成長するのか。ということは、しばしこのままでいけるのか?」
とも思ったが、【修練拳術士】は『範囲型』の魔法は一切使えない。
つまり今までのマチュアを演じるのなら、普段は【高位司祭】でなくてはならないのだ。
「あっちゃー。こう来ますか。まあ、クラスが強くなるのは良いことだ。これでクラスの並列使用ができればよいのだけれどねぇ‥‥」
とブツブツと呟く。
クラスの並列使用は、一つのクラスをメインクラスに設定し、別のクラスをサブクラスに設定すると、スキルや装備などの使用条件はあるものの、サブクラスのスキルも使えるというものである。
この世界でそんなこと出来るとは思っていないので、マチアはそれ以上は考えない。
なお、相棒であるストームは既にそれを使いこなしているし、|空間収納(チェスト)にバックパックなどの荷物を収納することも理解している。
マチュアはなまじこの世界に馴染んでしまったために、この世界の法則に縛られているようである。
「マチュアさん、準備できましたか?」
と告げてアンジェラが中に入ってくる。
ちなみにいまのマチュアの装備は、布のチュニック(膝ぐらいまであるワンピース)に、腰をベルトで締めている、この世界の女性の一般的な服装である。
「はいはいおまたせしましたー」
「あれ? マチュアさんって『空間袋』を持っていたのですか」
「ハァ? 空間袋って一体なんでしょうか?」
とアンジェラに問いかける。
「えーっと、上位冒険者の方たちの一部の方が持っている魔導具でして、外見的には普通の袋なのですが、中には袋の大きさの10倍から50倍の荷物が入るそうです。ダンジョンなどで手に入れることができ、中々市場には出回らないのですよ」
そうか。
ではそういうことにしておこう。
「さてと。それじゃあザックスを倒してきますかー」
「ええっと、それがですねぇ‥‥」
とアンジェラは何かを言いたそうで。
頭を捻りつつ皆の所に戻った時。アンジェラの言いたかつたことが理解できた。
‥‥‥
‥‥
‥
「イエェェェェェェェェェェェェェェイ。挑戦者のマチュア嬢の到着でぇぇぇぇぇす」
キャラバンの護衛士の一人が、マチュアの姿を確認してそう叫んでいた。
焚き火の近くには、拳をガキガキと鳴らしているザックスの姿がある。
「それじゃあ始めようか。で、戦い方は?」
既にやる気に満ちているザックス。
こちらに向かって拳を突き出すと、ニィっと笑った。
「それじゃあ‥‥」
ということで、早速近くに座っている精霊魔術師の方にお願いして、ストーンウォールでテーブルを作って貰う。
その場所に布のマントを引いて準備オッケーである。
「それじゃあ、私の生まれ故郷の『アームレスリング』と行きましょうか」
との言葉に、ザックスや他の冒険者達も大いに盛り上がった。
ちなみにこの世界でも腕相撲はそこそこメジャーらしく、冒険者ギルドでは夜中に酔っ払った冒険者たちでやっているのをちょくちょく見たことがあったのだ。
当然ザックスも経験済みで、テーブルの前に立つと、右腕の肘をテーブルにつけたスタンダードポーズで待機している。
「はいはーーい。現在のオッズはザックス9に対してマチュアが1だ。どんどん賭けて下さいよー」
とマルチが箱を手に、この戦いを見に来た隊商のメンバーの隙間を歩いている。
流石は隊商のリーダー、こういうところは抜け目ない。
「それじゃあ行きますか」
「掛かってこいや」
と減らず口を叩くザックスの前に立つと、マチュアも右肘をテーブルに当てて構える。
──ギュッ
とザックスとマチュアの手が組まれると、審判役のウォルフラムが真ん中に立ち、手を上げた。
「それでは。開始っ!!」
ポン、と組んでいる二人の右手を叩く。
──ミシッ!!
その瞬間、ザックスが力一杯マチュアの右手を倒しに掛かる。
(あ、意外と行けるかと思ったけど。この程度かぁ‥‥)
ザックスも決して弱いわけではない。
ただ、実力差がありすぎなのだ。
【修練拳闘士】のパワーは洒落にならない。いまこの瞬間にそう感じたのである。
(では‥‥)
とザックスの力に若干合わせつつ、こちらが劣勢の形を取る。
「こんなっ‥‥くっ‥‥」
──オォォォオオオオオォォォォ
当然ザックスも、一撃で倒せると思った相手が粘っているのでムキになっている。
「フ、フン。中々やるな。だがこれでは‥‥」
と吊り手と呼ばれるテクニックで、マチュアの腕を引き寄せる。
相手の方に腕を持っていかれると、力が入りにくくなるということを、ザックスは知っているのだ。
「ぬあっ!!」
驚いたような声を出す。
それに反応して、見ているものたちは更に盛り上がる。
「腕が折れないうちにギブアップしな」
「そ、それはこっちのセリフだね‥‥」
ゆっくりと力を加えて、ザックスの腕をスタート地点まで押し戻す。
──ミシッ‥‥ミシッ‥‥
そこからは一進一退の攻防を繰り返しつつ、最後には徐々に押し込んで勝利をもぎ取る!!
「「「「な、なんだとぉ?」」」」
見物客が絶叫する声が聞こえる。
(あ、皆さん私には賭けていなかったのですね)
思わず苦笑してしまう。まあ、トラックスターに賭けるようなもの好きがいないことは理解できた。
「ップハーーーーーッ」
思いっきり深呼吸をしたザックスが、頭を抱えていた。
「そ、そんな‥‥術士型トリックスターに負けるなんて‥‥」
そう呟いてズドーンと落ち込むザックス。
「さて、それじゃあ私はこれで」
と馬車に戻ろうとした時!!
「次の挑戦者はいないかぁぁぁ。マチュアさんは疲れているから、勝率はグーンと上がっているぞぉぉぉぉ」
とマルチが力いっぱい叫ぶ。
「よし、それじゃあ俺が」
「いやいや、俺がやる。賞金は俺のものだ!!」
次々と殺到してくる挑戦者たち。
「あ、あのー。マルチさんこれは一体どういうことですか?」
「ザックスとマチュアで勝負して王者を決める。そして王者に勝てたものには金貨15枚だ!! 挑戦料は金貨1枚。さあかかってきなさい!!」
と笑いつつ、こちらに話しかけてきた。
「は、図ったなぁぁぁぁ」
泣きそうになった表情で叫ぶマチュア。
そのまま、その日はどっぷりと暮れていった。
○ ○ ○ ○ ○
第一回ギャロップ杯チャンピオン。
それが先日深夜にマチュアが受けた称号だ。
最終的には21人と戦い、全勝したのである。
挑戦料トータルで金貨21枚。そのうち10枚をマチュアが賞金として受け取った。
本日中には、隊商は最初の目的地である『辺境都市ベルナー』に到着する。
そこで冒険者たちは3日間の休暇を貰うことになっている。
隊商はその3日間の間に、ベルナーの商人ギルドに赴き露天の申請と買い付け・販売を行うらしい。
その間の警備は全て、『キャロップ商会』の護衛士によって行われる為、冒険者は暇なのである。
もっとも申請さえすれば護衛の仕事は貰えるし、別途日給は貰えると説明はされている。
「マチュアさんは休暇ですか?」
「そうですねぇ。少しゆっくり休みますよ。アンジェラはどうするのですか?」
と何処となく元気そうに見えるアンジェラに問いかける。
「私は神聖教会に赴いて奉仕の仕事をしなくてはならないのですよ。1日はお休みが頂けるので、その時は買い物に出かけますけれど」
と楽しそうに告げる。
「ウォルフラムはどうするのです?」
と横を歩いているウォルフラムにも問いかけた。
「私はベルナーの騎士団に用事がありまして。3日間ですけれど、そこで剣術指南を頼まれていますから」
と皆さん用事があるようで。
ウォルフラムはAクラスの冒険者で、『レオン』という剣術流派を一つ嗜んでいるらしい。
流派についてはあまり詳しくは教えてくれなかったが、この大陸でもかなりメジャーな流派らしいことは教えてくれた。
「剣技かー、一応使えますけれど、我流なものですし‥‥一度そういうしっかりとしたものを見てみたい気がしますけれど」
腕を組んでしばし考える。
「マチュアさん、ベルナ―は様々な食材が集まる都です。美味しいものが一杯食べられますよ」
というアンジェラの一言で決まった。
「よし、3日間遊びまくる!!」
そんな会話をしつつ、午後には辺境都市ベルナーの正門が見えた。
そこの受付で、マルチは都市内に入るための手続きを始めた。
マチュアや冒険者達は皆、隊商と契約しているので入国税は免除される。
だが、一応身分を確認するために受付は通さなくてはならないらしい。
それでも1時間後には、ベルナーの中に入ることが出来た。
まずは商人ギルドのある東門へと向かう。
都市の内部はかなり広く、そして活気に満ちている。
大きさだけならばカナンの5倍はあるらしい。
そのまま商人ギルドに到着すると、馬車は全て停車場へと移動する。
そこでギャロップ商会の面々は荷降ろしを開始、そしてマチュアたち冒険者の元にマルチがやってくる。
「それでは3日後の午後の鐘でここに集まるように。3日間ゆっくりと休んでくれ」
とマルチが告げる。
それで一旦解散となり、他の冒険者たちも何処かへと消えていった。
もっとも目的地は宿か酒場だろう。
──ガラガラガラガラ
すると、後ろから一台の馬車が走ってくる。
城塞の東門から入ってきたらしいその馬車には、このベルナーを収めている貴族『ベルナー家』の家紋が入れられていた。
そのまま馬車は停車場の横を抜けて、貴族たちの住む上級市民街へと向かっていった。
「へー。随分と綺麗な馬車ですねぇ」
と横で荷降ろしの指示をしているマルチに問いかける。
「あれがこの都市を収めている『シルヴィー・ラグナ・マリア・ベルナー』様の馬車だ。東門から入ってきたということは、サムソン辺境都市からの帰りだろう」
なんだろう、とってもビバマッチョな名前の都市ですこと。
「サムソンですか。闘技場があるとか?」
とつい思ったことを声に出してしまう。
「いや、サムソンは帝国の中でもかなり大きい技術の集う都市だ。近くに鉱山があるため、かなり腕のいい鍛冶師が集まっているからなぁ」
「という事は」
「ああ。恐らくは竜王祭に行われる大武道会に参加するための買い付けだろうさ」
へぇ。と呟きつつそのままマチュアは歓楽街へと向かっていくことにした。
○ ○ ○ ○ ○
3日間の休暇というのは、実に楽しい。
ベルナーに到着したその日は、まず宿屋の確保を行った。
そしてその夜は、兎に角食べて飲んだ。
4件ほど酒場をはしごして、この都市の名物である『グレートブルの香草焼き』というのに舌鼓を打つ。
ベルナーの地下には巨大な地下水脈があるらしく、都市の彼方此方に地下水脈へと向かう階段がある。
そこで冷やされた『特製エール』は、カナンのものとは比較にならないぐらい冷たくて、そして辛い。
「ほほう。これは凄い‥この野菜の煮込みもいい味をしているし、それに、こっちの魚をなんかで包んで焼いた物も、兎に角美味しいですねー」
酒場の一角で、兎に角ガツガツと食べ続けているマチュア。
付近にはこの都市の大勢の冒険者たちが飲んで食べているのが見える。
時折、ナンパ目的で近づいてくる男もいるがそういうのは一切無視である。
マチュアは兎に角、美味しいものを食べたいのである。
その理由はただひとつ。
夜。
宿に戻る前に、閉店前の雑貨店に立ち寄って、大量の蓋付きの壺を買い込んだ。
それを空間拡張されている大袋に押し込んで、一旦宿へと戻っていく。
そして部屋に戻ると、しっかりと戸締まりをする。
「さてと。それじゃあいつものと‥‥おおっと」
ゆっくりと魔法陣を展開する‥‥ために、モードを修練闘士から魔術師に切り替える。
「さて、気を取り直して。と聖域範囲・敵対者警告っ」
──ブゥゥゥン
室内に魔法陣が展開し、やがて消えていく。
魔術師の聖域範囲・敵対者警告と、司祭の聖域範囲・敵性防御』の違いは二つ。
前者は『蓄積ダメージが限界を越えたときに破壊される』のと、結界内に侵入したものがいた場合は術者に警告音が聞こえる。
後者は『設定された耐久力を超える攻撃が、一撃で叩き込まれた場合に破壊される』のと、発動時に結界内にいたものは強制的に結界の外に弾き飛ばされるのである。
共に範囲型の結界であることに間違いはないのだが、消費魔力が『範囲型敵対者警告』のほうがかなり少ない。
ということで前者の魔法が発動した時、マチュアは先程購入した壺を一つずつ取り出して床に並べる。
「それじゃあ始めますか。モードチェンジ・生産者」
初めて生産者のクラスにチェンジする。
そして、脳内に広がる大量のスキルから、あるスキルをチョイス。
「さてと。まずは‥‥」
両手を合わせて詠唱を開始する。
すると掌が淡く輝く。
「調味料・創造っ。まずは塩っ!!」
輝いた掌を開く。と、そこに光の球体が生まれる。
それを壺に入れて蓋をする。
このスキルは自身の知識の中にある調味料を、魔法によって作り出すスキル。
ただし、発動から完成までは6時間ほどかかるので、このように壺などに入れて蓋をしておかなくてはならない。
凄いのは、自分の知っている味の調味料なら、それも生み出すことが出来るという事。
これで久しぶりにゆっくりと料理ができるというものだ。
この世界に来てからはずっと冒険者だったので、そろそろ調理師にも戻りたい。
それにまだ、幾つかのスキルがある。
調理師用と思われるそれらのスキルを使って、何処まで出来るのか分かるのは明日の午後だろう。
という事で明日の朝までには自分の知る限りの調味料を作ろうと、次々と魔法を発動させると、作り出された光の玉を壺の中に封じ込めていった。
どうしてこうなったのか、マチュアは今ひとつ理解できていない。
ザックスに『竜王祭』についてと『大武道大会』についての説明を受けた後、軽い気持ちで参加してみようかなと呟いたこと。
その言葉に対して、ザックスの告げた『やめとけやめとけ』という笑い声が、マチュアの闘争本能に火を付けた。
幸いなことに今は食事時間、今日はこのままこの場所で一夜を過ごすこととなったので、幾つかの焚き火を囲んで各々が体を休めている筈だったが。
「さて。それじゃあ始めようか?」
とにこやかに告げるザックスに対して、マチュアは一言。
「ちょっと待って、準備してくるから」
「準備というと?」
と問いかけるザックス。
「こんな鎧付けてたら怪我するから、それにどう力比べをするかルールも決めないと駄目でしょう?」
ということで、マチュアは使用許可の降りている馬車の寝台に飛び込むと、急ぎ空間収納を起動していまの装備を放り込む。
「【モードチェンジ・【修練拳術士】ってあれれ?」
【司祭】から【拳術士】にチェンジしようと思ったのだが、表示が変化している。
「さて、これはどういうことだ?」
と【GPSコマンド】を起動して解析してみる。
どうやらこの世界に来て魔法を集中して学んでいたために、拳術士の状態で司祭の魔術が使えるようになったらしい。しかも司祭のクラスですら【高位司祭】に変化していた。
「んんんんん? クラスが此処に来て成長するのか。ということは、しばしこのままでいけるのか?」
とも思ったが、【修練拳術士】は『範囲型』の魔法は一切使えない。
つまり今までのマチュアを演じるのなら、普段は【高位司祭】でなくてはならないのだ。
「あっちゃー。こう来ますか。まあ、クラスが強くなるのは良いことだ。これでクラスの並列使用ができればよいのだけれどねぇ‥‥」
とブツブツと呟く。
クラスの並列使用は、一つのクラスをメインクラスに設定し、別のクラスをサブクラスに設定すると、スキルや装備などの使用条件はあるものの、サブクラスのスキルも使えるというものである。
この世界でそんなこと出来るとは思っていないので、マチアはそれ以上は考えない。
なお、相棒であるストームは既にそれを使いこなしているし、|空間収納(チェスト)にバックパックなどの荷物を収納することも理解している。
マチュアはなまじこの世界に馴染んでしまったために、この世界の法則に縛られているようである。
「マチュアさん、準備できましたか?」
と告げてアンジェラが中に入ってくる。
ちなみにいまのマチュアの装備は、布のチュニック(膝ぐらいまであるワンピース)に、腰をベルトで締めている、この世界の女性の一般的な服装である。
「はいはいおまたせしましたー」
「あれ? マチュアさんって『空間袋』を持っていたのですか」
「ハァ? 空間袋って一体なんでしょうか?」
とアンジェラに問いかける。
「えーっと、上位冒険者の方たちの一部の方が持っている魔導具でして、外見的には普通の袋なのですが、中には袋の大きさの10倍から50倍の荷物が入るそうです。ダンジョンなどで手に入れることができ、中々市場には出回らないのですよ」
そうか。
ではそういうことにしておこう。
「さてと。それじゃあザックスを倒してきますかー」
「ええっと、それがですねぇ‥‥」
とアンジェラは何かを言いたそうで。
頭を捻りつつ皆の所に戻った時。アンジェラの言いたかつたことが理解できた。
‥‥‥
‥‥
‥
「イエェェェェェェェェェェェェェェイ。挑戦者のマチュア嬢の到着でぇぇぇぇぇす」
キャラバンの護衛士の一人が、マチュアの姿を確認してそう叫んでいた。
焚き火の近くには、拳をガキガキと鳴らしているザックスの姿がある。
「それじゃあ始めようか。で、戦い方は?」
既にやる気に満ちているザックス。
こちらに向かって拳を突き出すと、ニィっと笑った。
「それじゃあ‥‥」
ということで、早速近くに座っている精霊魔術師の方にお願いして、ストーンウォールでテーブルを作って貰う。
その場所に布のマントを引いて準備オッケーである。
「それじゃあ、私の生まれ故郷の『アームレスリング』と行きましょうか」
との言葉に、ザックスや他の冒険者達も大いに盛り上がった。
ちなみにこの世界でも腕相撲はそこそこメジャーらしく、冒険者ギルドでは夜中に酔っ払った冒険者たちでやっているのをちょくちょく見たことがあったのだ。
当然ザックスも経験済みで、テーブルの前に立つと、右腕の肘をテーブルにつけたスタンダードポーズで待機している。
「はいはーーい。現在のオッズはザックス9に対してマチュアが1だ。どんどん賭けて下さいよー」
とマルチが箱を手に、この戦いを見に来た隊商のメンバーの隙間を歩いている。
流石は隊商のリーダー、こういうところは抜け目ない。
「それじゃあ行きますか」
「掛かってこいや」
と減らず口を叩くザックスの前に立つと、マチュアも右肘をテーブルに当てて構える。
──ギュッ
とザックスとマチュアの手が組まれると、審判役のウォルフラムが真ん中に立ち、手を上げた。
「それでは。開始っ!!」
ポン、と組んでいる二人の右手を叩く。
──ミシッ!!
その瞬間、ザックスが力一杯マチュアの右手を倒しに掛かる。
(あ、意外と行けるかと思ったけど。この程度かぁ‥‥)
ザックスも決して弱いわけではない。
ただ、実力差がありすぎなのだ。
【修練拳闘士】のパワーは洒落にならない。いまこの瞬間にそう感じたのである。
(では‥‥)
とザックスの力に若干合わせつつ、こちらが劣勢の形を取る。
「こんなっ‥‥くっ‥‥」
──オォォォオオオオオォォォォ
当然ザックスも、一撃で倒せると思った相手が粘っているのでムキになっている。
「フ、フン。中々やるな。だがこれでは‥‥」
と吊り手と呼ばれるテクニックで、マチュアの腕を引き寄せる。
相手の方に腕を持っていかれると、力が入りにくくなるということを、ザックスは知っているのだ。
「ぬあっ!!」
驚いたような声を出す。
それに反応して、見ているものたちは更に盛り上がる。
「腕が折れないうちにギブアップしな」
「そ、それはこっちのセリフだね‥‥」
ゆっくりと力を加えて、ザックスの腕をスタート地点まで押し戻す。
──ミシッ‥‥ミシッ‥‥
そこからは一進一退の攻防を繰り返しつつ、最後には徐々に押し込んで勝利をもぎ取る!!
「「「「な、なんだとぉ?」」」」
見物客が絶叫する声が聞こえる。
(あ、皆さん私には賭けていなかったのですね)
思わず苦笑してしまう。まあ、トラックスターに賭けるようなもの好きがいないことは理解できた。
「ップハーーーーーッ」
思いっきり深呼吸をしたザックスが、頭を抱えていた。
「そ、そんな‥‥術士型トリックスターに負けるなんて‥‥」
そう呟いてズドーンと落ち込むザックス。
「さて、それじゃあ私はこれで」
と馬車に戻ろうとした時!!
「次の挑戦者はいないかぁぁぁ。マチュアさんは疲れているから、勝率はグーンと上がっているぞぉぉぉぉ」
とマルチが力いっぱい叫ぶ。
「よし、それじゃあ俺が」
「いやいや、俺がやる。賞金は俺のものだ!!」
次々と殺到してくる挑戦者たち。
「あ、あのー。マルチさんこれは一体どういうことですか?」
「ザックスとマチュアで勝負して王者を決める。そして王者に勝てたものには金貨15枚だ!! 挑戦料は金貨1枚。さあかかってきなさい!!」
と笑いつつ、こちらに話しかけてきた。
「は、図ったなぁぁぁぁ」
泣きそうになった表情で叫ぶマチュア。
そのまま、その日はどっぷりと暮れていった。
○ ○ ○ ○ ○
第一回ギャロップ杯チャンピオン。
それが先日深夜にマチュアが受けた称号だ。
最終的には21人と戦い、全勝したのである。
挑戦料トータルで金貨21枚。そのうち10枚をマチュアが賞金として受け取った。
本日中には、隊商は最初の目的地である『辺境都市ベルナー』に到着する。
そこで冒険者たちは3日間の休暇を貰うことになっている。
隊商はその3日間の間に、ベルナーの商人ギルドに赴き露天の申請と買い付け・販売を行うらしい。
その間の警備は全て、『キャロップ商会』の護衛士によって行われる為、冒険者は暇なのである。
もっとも申請さえすれば護衛の仕事は貰えるし、別途日給は貰えると説明はされている。
「マチュアさんは休暇ですか?」
「そうですねぇ。少しゆっくり休みますよ。アンジェラはどうするのですか?」
と何処となく元気そうに見えるアンジェラに問いかける。
「私は神聖教会に赴いて奉仕の仕事をしなくてはならないのですよ。1日はお休みが頂けるので、その時は買い物に出かけますけれど」
と楽しそうに告げる。
「ウォルフラムはどうするのです?」
と横を歩いているウォルフラムにも問いかけた。
「私はベルナーの騎士団に用事がありまして。3日間ですけれど、そこで剣術指南を頼まれていますから」
と皆さん用事があるようで。
ウォルフラムはAクラスの冒険者で、『レオン』という剣術流派を一つ嗜んでいるらしい。
流派についてはあまり詳しくは教えてくれなかったが、この大陸でもかなりメジャーな流派らしいことは教えてくれた。
「剣技かー、一応使えますけれど、我流なものですし‥‥一度そういうしっかりとしたものを見てみたい気がしますけれど」
腕を組んでしばし考える。
「マチュアさん、ベルナ―は様々な食材が集まる都です。美味しいものが一杯食べられますよ」
というアンジェラの一言で決まった。
「よし、3日間遊びまくる!!」
そんな会話をしつつ、午後には辺境都市ベルナーの正門が見えた。
そこの受付で、マルチは都市内に入るための手続きを始めた。
マチュアや冒険者達は皆、隊商と契約しているので入国税は免除される。
だが、一応身分を確認するために受付は通さなくてはならないらしい。
それでも1時間後には、ベルナーの中に入ることが出来た。
まずは商人ギルドのある東門へと向かう。
都市の内部はかなり広く、そして活気に満ちている。
大きさだけならばカナンの5倍はあるらしい。
そのまま商人ギルドに到着すると、馬車は全て停車場へと移動する。
そこでギャロップ商会の面々は荷降ろしを開始、そしてマチュアたち冒険者の元にマルチがやってくる。
「それでは3日後の午後の鐘でここに集まるように。3日間ゆっくりと休んでくれ」
とマルチが告げる。
それで一旦解散となり、他の冒険者たちも何処かへと消えていった。
もっとも目的地は宿か酒場だろう。
──ガラガラガラガラ
すると、後ろから一台の馬車が走ってくる。
城塞の東門から入ってきたらしいその馬車には、このベルナーを収めている貴族『ベルナー家』の家紋が入れられていた。
そのまま馬車は停車場の横を抜けて、貴族たちの住む上級市民街へと向かっていった。
「へー。随分と綺麗な馬車ですねぇ」
と横で荷降ろしの指示をしているマルチに問いかける。
「あれがこの都市を収めている『シルヴィー・ラグナ・マリア・ベルナー』様の馬車だ。東門から入ってきたということは、サムソン辺境都市からの帰りだろう」
なんだろう、とってもビバマッチョな名前の都市ですこと。
「サムソンですか。闘技場があるとか?」
とつい思ったことを声に出してしまう。
「いや、サムソンは帝国の中でもかなり大きい技術の集う都市だ。近くに鉱山があるため、かなり腕のいい鍛冶師が集まっているからなぁ」
「という事は」
「ああ。恐らくは竜王祭に行われる大武道会に参加するための買い付けだろうさ」
へぇ。と呟きつつそのままマチュアは歓楽街へと向かっていくことにした。
○ ○ ○ ○ ○
3日間の休暇というのは、実に楽しい。
ベルナーに到着したその日は、まず宿屋の確保を行った。
そしてその夜は、兎に角食べて飲んだ。
4件ほど酒場をはしごして、この都市の名物である『グレートブルの香草焼き』というのに舌鼓を打つ。
ベルナーの地下には巨大な地下水脈があるらしく、都市の彼方此方に地下水脈へと向かう階段がある。
そこで冷やされた『特製エール』は、カナンのものとは比較にならないぐらい冷たくて、そして辛い。
「ほほう。これは凄い‥この野菜の煮込みもいい味をしているし、それに、こっちの魚をなんかで包んで焼いた物も、兎に角美味しいですねー」
酒場の一角で、兎に角ガツガツと食べ続けているマチュア。
付近にはこの都市の大勢の冒険者たちが飲んで食べているのが見える。
時折、ナンパ目的で近づいてくる男もいるがそういうのは一切無視である。
マチュアは兎に角、美味しいものを食べたいのである。
その理由はただひとつ。
夜。
宿に戻る前に、閉店前の雑貨店に立ち寄って、大量の蓋付きの壺を買い込んだ。
それを空間拡張されている大袋に押し込んで、一旦宿へと戻っていく。
そして部屋に戻ると、しっかりと戸締まりをする。
「さてと。それじゃあいつものと‥‥おおっと」
ゆっくりと魔法陣を展開する‥‥ために、モードを修練闘士から魔術師に切り替える。
「さて、気を取り直して。と聖域範囲・敵対者警告っ」
──ブゥゥゥン
室内に魔法陣が展開し、やがて消えていく。
魔術師の聖域範囲・敵対者警告と、司祭の聖域範囲・敵性防御』の違いは二つ。
前者は『蓄積ダメージが限界を越えたときに破壊される』のと、結界内に侵入したものがいた場合は術者に警告音が聞こえる。
後者は『設定された耐久力を超える攻撃が、一撃で叩き込まれた場合に破壊される』のと、発動時に結界内にいたものは強制的に結界の外に弾き飛ばされるのである。
共に範囲型の結界であることに間違いはないのだが、消費魔力が『範囲型敵対者警告』のほうがかなり少ない。
ということで前者の魔法が発動した時、マチュアは先程購入した壺を一つずつ取り出して床に並べる。
「それじゃあ始めますか。モードチェンジ・生産者」
初めて生産者のクラスにチェンジする。
そして、脳内に広がる大量のスキルから、あるスキルをチョイス。
「さてと。まずは‥‥」
両手を合わせて詠唱を開始する。
すると掌が淡く輝く。
「調味料・創造っ。まずは塩っ!!」
輝いた掌を開く。と、そこに光の球体が生まれる。
それを壺に入れて蓋をする。
このスキルは自身の知識の中にある調味料を、魔法によって作り出すスキル。
ただし、発動から完成までは6時間ほどかかるので、このように壺などに入れて蓋をしておかなくてはならない。
凄いのは、自分の知っている味の調味料なら、それも生み出すことが出来るという事。
これで久しぶりにゆっくりと料理ができるというものだ。
この世界に来てからはずっと冒険者だったので、そろそろ調理師にも戻りたい。
それにまだ、幾つかのスキルがある。
調理師用と思われるそれらのスキルを使って、何処まで出来るのか分かるのは明日の午後だろう。
という事で明日の朝までには自分の知る限りの調味料を作ろうと、次々と魔法を発動させると、作り出された光の玉を壺の中に封じ込めていった。
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一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
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ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
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ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
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まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
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小説家になろうでも公開している短編集です。
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