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第一部・二人の転生者と異世界と
ストーム・その5・スパイ対策です
しおりを挟むガンガン~ガンガンガン~ガンガンガン~ガンガンガン
端的に言おう。頭痛が痛い。
頭痛がする、ではなく、頭痛が痛い。
今はまさにそんな心境だ。
まるで悪魔の影が迫ってきそうな頭痛である。
ストームは、もうドワーフの酒豪とは酒を飲まないと誓いつつ、別とから跳ね起きると上半身裸で庭へと出る。
井戸から水を組み上げると、まずはそれで体を拭う。
この異世界に来て、実は毎日やっていた日課の一つが、この【肉体鍛錬】である。
本来ならばトレーニングジムに通って訓練するところであるが、この世界ではそれらしい場所はない。
初級冒険者達の訓練施設というものはあるが、そこは色々と違う。
なので毎日、日課の自重トレーニングを行っていた。
脚と胸、背中、肩、腕、体幹、そして全身のトレーニング。
これを毎日、適時行っていく。
ステータスがいくらチートでも、ストームは筋量と筋肉の切れ具合は別物と考えた。
チートでもトレーニングをサボると筋肉は必ず劣化する。
寧ろチートステータスだからこそ、それを維持するため、そしてそれ以上の結果を得るためにトレーニングしなくてはならない。
筋肉は決して俺を裏切らない
これがストームのモットーである。
もっとも、鍛冶師をしていると恐ろしいほどに全身至る所の筋肉に負荷が掛かる。
足りない部分をトレーニングで補うことで、自然な筋肉がつくのである。
と、筋肉伝承者としての矜持はこれぐらいにして。
(‥‥また見ているなぁ‥‥)
先日、この鍛冶場で色々と作り始めてから、ちょくちょく近くの建物の影から此方を見ている気配がある。今日もまた、物陰でコソコソしているのを【気配感知】のスキルで確認していた。
(まあどっかの鍛冶師の‥‥あ、この前の嫌がらせのやつかな?)
と考える。
以前、ここでインゴットを生成しているときに、通報があったとやってきた巡回騎士がいた。
そのときに騎士から聞いた話だと、何処かの阿呆が俺を通報したらしい。
残念でした、いまはしっかりと商人ギルドにも登録済みですよ。
ということで、ストームは取り敢えず作業を開始することにした。
午前中は先日打ち出した日本刀の仕上げ。
砥石を3つ水につけておいて、その間に柄と鞘を用意する。
まともに日本刀の研ぎの工程を考えるととんでもないものになる。
なのでストームは、下地研ぎで刀の姿形を整えて、仕上研ぎで刀の刃文の部分や地の部分を磨き上げることにした。
これは『刃艶砥』と『地艶砥』と呼ばれている技法だ。
最後は『拭い』と呼ばれる技法で、刀全体に輝きを生み出し、刃の部分に輝きを持たせた。
本来ならばまだまだあるのだが、そもそも今回作ったものは試し打ちなので刃紋には力を入れてはいない。
今後、武具を量産することも視野に入れて、工程の簡略化も行っていかなくてはならない。
まあ、今日はある程度省いた研ぎと仕上げを行うことにしよう。
午前中じっくりと時間を掛けて研ぎ、昼飯を食べたのち午後からは柄と鍔を拵えて完成させる。
一心不乱に研ぎ続ける俺。
と、鍛冶場には入ってこないものの、近くまで来て作業を見ている者たちが現れた。
冒険者と、それと恐らくは同業者。
この空き地は全てウェッジスさんの所有であり、ストームはここ全てを借りている。が、まあ作業の邪魔さえしなければ近くまで来ても全く気にはしない。
「‥‥ふう」
ようやく研ぎが完成する。
あとは事前に拵えておいた柄と鍔を取り付けて、鞘におさめて完成。
「ちょっとよろしいですか? 帝国鍛冶工匠から腕の良い鍛治師がいると聞いて伺ったのですが」
と、近くで見学していた一人の商人っぽい人が、作業を終えた俺に声を掛けてきた。
長い耳のエルフの男性。
切れ長な目と真摯な態度が気に入った。
「ええ、どうぞ」
「此方は『サイドチェスト鍛冶工房』で間違いはないですよね?」
「はい。何かご注文ですか?」
と丁寧に対処する。
「これは失礼を。私、アーノルド伯爵の使いでやって参りましたセバスと申します。伯爵様は良い武具を作れる鍛冶師を探しておりまして。できれば『見本』を見せて頂きたいのですが」
と告げられるが。
「あー、見本ですか、ちよっとまだ用意できていないのですよ。週末ぐらいまでにはいくつか用意できますが、それまでお待ちいただけますか?」
と告げる。
「了解しました。それではまた‥‥7日後ぐらいに伺いますので、宜しくお願いします」
丁寧に頭を下げて、セバスは立ち去っていった。
「‥‥何処で情報を聞いてきたのだか‥‥それにアーノルド伯爵か。ちょっと気になるな」
ここでストームの脳裏に浮かぶアーノルドといえば。
「ボディビルの最高峰とも言える世界大会『ミスター・オリンピア』で、史上初の6連覇を成し遂げた伝説のボディービルダーと同じ名前とは‥‥。何か運命を感じるなぁ」
あ、分からない人のために。
『シュワちゃん』です。
と、意識を現実に引き戻してから、また周囲を見渡した。
少し遠くから数名、まだこちらを伺っている。
ずっと此方を監視していた人物も、相変わらず建物の影からこちらを見ているが知ったことではない。
おれは午後から、やりたいことがあるんだ。
昼食を取って一休み。
それを終えた後、俺はいよいよ『やりたいこと大実験』を開始する。
室内で【モードチェンシ・精霊魔術師】を起動、仕上げ台に耐熱処理をこっそり発動する。
そしてモードを元に戻すと、【ムルキベルの篭手】を装着。
まず火炉の中にミスリルのインゴットを放り込み熱する。
暫くはインゴットの状態を見定めている。
やがて『予定していた温度』に達すると、今度はアイアンインゴットをそこに投入。融解温度が違うので、溶けやすいアイアンは後に入れなくてはならない。
「何、今なにを熱しているんだ?」
「おおお、あれはミスリルのインゴットじゃなかったか?」
「それに純鉄のインゴットもだ。同時に熱するなんてどういうことだ?」
ストームの行動にざわつくギャラリー。だが、周囲の声など知った事か。
こちとら熱処理が大切なんだ。
おおよそ融解が始まる温度に達した時。
それら2つの金属をハサミと呼ばれているヤットコで引き出して仕上げ台に載せる。
「??????」
驚きの表情でこちらを見ている者たちをよそに、ストームは作業を開始した。
真っ赤に熱されているミスリルとアイアンのインゴツト。それを【ムルキベルの篭手】を装備した手でこね始める!!
「何だと!!」
「あいつは何をやっているんだ!!」
「死ぬ気か!!」
などど叫んでいる声が聞こえるが、ストームはそれを無視して金属を練り始める。
流石は【ムルギベテルの篭手】、熱なんか殆ど感じないぜ!!
――ギュッギュッ
陶芸でいう『菊練り』である。
これにより複数の金属を均一に練り込み、且つ、適度な粘り気を金属に与えていく。
日本刀の鍛錬の手順にこれを組み込むことで、複数の合金を安定結着させることが出来る。
ミスリルと純鉄の合金なんて不可能だとウェッジスさんから話は聞いていたので、それをやってみようと思ったのである。
不可能だという理由はその融解温度。
鉄よりもさらに高温で、魔法炉でなければ不可能なミスリルの鍛錬。
鉄がそれに混ざると、鉄は溶けてしまい安定しない。
鉄の溶けない温度ではミスリルが硬いままで加工できない。
先日の日本刀は心鉄にミスリルを使っていたのでなんとかなったが、逆ならば延ばしの最中に芯にある鉄が溶けてはみ出してしまう。
そこで鍛冶スキルと陶芸スキル、どちらも【生産者】のスキルなのだが、これをリンクしてみるとどうだろうという結論に達した。
それがこれである。
まだ周囲の人たちからは、やめろだの手当をしろだの聞こえてくるが無視。
やがて練り込みが終わり、キレイな『菊の花びらのような紋様』が浮かび上がった時、菊練りは終了した。
俺の予測では、ここからは作業が早い。
――キィィィンキィィィィン
菊練りを終えた合金を再び炉に戻して加熱。すると不思議な事に鍛造の時間が大きく短縮された。
打ち下ろした槌によって響いていたガギィィンという鈍い音が、透き通ったガラスを打ち合ったようなキィィンという音に変化している。
ここまでの所要時間、菊練り1時間、鍛造1時間。
用意してあったミスリル心鉄をこの合金で包むと、いよいよ素延べと火造り。そして一気に仕上げまで持っていく。
――キィィィンキィィィィン
『菊練り合金』の作成から仕上げまでの所要時間、実に3時間。
工程と時間が1/3まで短縮できた。
この間、見学していたギャラリーの皆さんは、信じられないものを見たという表情をしている。
あとは研ぎ。これもある程度の工程はすっ飛ばして仕上げていく。
テストで数打ち刀として作っているのと、ずっとこっちを見ているギャラリーやスパイっぽい人に真似出来ないようにする為だ。
そして夕方、鍔と柄を取り付けて一振り完成。
この調子だと、工程をもっと短縮すれば一日3振りは仕上げられる。
現実世界で見た外国のテレビ番組では、制限時間だいたい5時間程度でナイフを仕上げていたから、それよりも早い。
それに、この『菊練り式日本刀』は‥‥斬れる!!
「ふう。これでお終いですが。なにかご注文があれば後日承りますので」
と、いつのまにか集まっていた大勢のギャラリーに告げる。
「その不可思議な形の剣は一体なんですか?」
「それにあの工程、どうして火傷しないんだ」
「金属なんて人の手で練り上げるなんて不可能だ。一体どんな仕掛けがあるんだ」
「今仕上げられた剣は売り物なのか?」
「うちの店にその武器を卸してくれ」
と、次々と質問が殺到する。
「技術や工程についてのご質問については、申し訳ありませんが企業秘密なのでお答えできません。この刀は売り物ではありませんが、これの廉価版でしたら販売する予定です。あと‥‥」
スパイの方をチラッと見る
先の販売するという言葉にかなり動揺しているようだ。
「当『サイドチェスト鍛冶工房』は、見本は数本しか置きません。また、全て受注制としますので、仕上がりには数日かかります」
そこまで告げると、ようやくギャラリーの方も落ち着いてきたらしい。
「そうか。確かに大量生産はできそうもないが」
「その技術だけでも教えて欲しかったのだがなぁ」
という方々もいらっしゃるようで。
そんな中。
「それなら済まないが、砥ぎだけでもお願いできないか?」
と先日ここにやってきた巡回騎士が、そう告ながら前に出る。
「あ、騎士様この前はどうも、先日許可証は頂いてきましたよ」
「うむ。で、研ぎの方だが」
と遠慮気味に告げるので
「そうですねぇ。金貨1枚で」
その言葉に、やはり周囲の人はドン引きしている。
ウェッジスに貰った価格表に書いてあった研ぎ代は、大体銀貨2枚程度。刃こぼれとかしていた場合は直しの代金でさらに追加で銀貨2枚が相場らしい。
うちの値段は相場の5倍なのである。
「まあ、俺はウェッジスとは馴染みなのでね。君が凄腕だという噂は聞いている。頼む」
とロングソードと金貨一枚を差し出してきた。
「それじゃあ始めますか」
と3つの砥石で丁寧に研ぎ始める。
――シャーッ、シャーッ
キレイな音が響き渡る。
再び俺の手元を凝視する一行。
せめて砥の技術だけでもという気持ちがよくわかります、ええ。
そして大体1時間程度で、砥ぎは完了した。
「試しますか?」
と純鉄のインゴツトを取り出す。
「頼む」
とだけ告げたので、俺は先日のようにインゴットの角に刃を当てると、それを横に引いた。
――ギィィィン
と金属が切断する音が響く。
(ちょっと引っかかる。が、まあキレる。材質と仕上げが甘かったんだろうな)
と個人的感想。
一般の店売りでも、真面目に研げば『竜皮』の持つ効果で『斬属性保護』が付与される。それに、ちょっとだけ【斬撃上昇】を付与しておいたのだ。
でなければ、インゴットなど横に引くだけで切断なんて出来ない。
全ては宣伝効果を見込んでのことだ。
おおおおおお、と動揺する声が周囲に聞こえる。
その斬れ味を見て満足したのか、騎士はロングソードを鞘に収めた。
「助かった。ではまた来るとしよう。これだけの腕前の鍛冶師に何かあったら大変だからな」
と回りの人々に聞こえるように告げて去っていった。
しっかりと周囲に釘まで指してくれるとは騎士様ありがたいです。
「日も暮れたので今日はおしまいです。それでは」
と挨拶をして、ストームは家へと戻っていった。
家の中に戻ったら、残りのロングソードと初日に仕上げた日本刀の仕上げを開始、そして作った全ての武器の【鑑定】を行ってから、先程仕上げが終わったばかりの日本刀―命名・耶麻宜次―を腰に下げ、いつものように晩飯を食べに『鋼の煉瓦亭』へと向かった。
○ ○ ○ ○ ○
いつもの騒がしい酒場。
ストームはいつものように空いている席に着くと、これまたいつものように注文をする。
「あらストームさん。今日はまた随分と遅い時間ですねぇ」
と猫人族のウェイトレスのミャウさんがそう話しかけてきた。
この街には最近やってきたらしいフリーの冒険者で、この世界では希少種と呼ばれている獣人・猫族らしい。猫と人間の中間のような出で立ちで、なんとも愛らしい表情である。
「ちょっと仕事でね。エールひとつ。今日はパスタと野菜の煮たやつ、炙った腸詰めを頼むよ」
「はい了解しましたっ。てんちょーオーダー入ったよー」
とミャウが厨房にオーダーを叫ぶ。
それと入れ替わりに、デクスターがジョッキ片手に俺の向かいに座った。
「いいタイミングだったな。早い時間は凄かったぞ」
「なんの話だ?」
とデクスターに詳しく問いかける。
夕方あたりにここを訪れた客の噂なのだが、北東門近くに引っ越してきた、異国の鍛冶師がこれまた異国の武具を作っていたという。
その斬れ味は凄まじく、魔法武具のようだったという事らしい。
「あー、俺だな」
「やっぱりか、さすがはシルバーランクだな。ちょっと今持っているのなら見せてくれるか?」
「ほらよ」
と大袋から試作型ロングソードを取り出すと、デクスターに手渡した。
危険防止のために、なめし皮で作った簡易な鞘のようなものがついているが、情け程度のものでしか無い。
――カチャッ
と手にとって刀身をじっと見るデクスター。
「ほう」
と一言告げると、それを鞘に戻す。
「それはあくまでも試作2号。こっちが試作1号の日本刀だ」
と腰に下げていた日本刀・耶麻宜次をベルトから抜き取ると、それをデクスターに見せた。
「‥‥見たことのない剣だな。片刃で刀身が細い。これだと簡単に折れないか?」
と告げるので、その斬れ味を見せることにした。
「デクスター、ちょっとロングソード借りていいか?」
「ん? ああ。俺のは店売りのものだから、あまりいいものではないぞ」
と告げつつ、ロングソードを俺に差し出す。
俺はゆっくりと立ち上がると、受け取ったロングソードを鞘から抜いて、床に向かって突き刺した。
――ドスッ
「で、一体何をするんだ?」
と告げるデクスターを横目に、静かに日本刀を構える。
通称『火の構え』と呼ばれる上段の構え。
そこから素早く刀を振り下ろす。
――キンッ
軽い金属音と同時に、デクスターのロングソードは柄から真っ二つに切断された。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ、なんじゃそれは!!」
それを見ていたのはデクスターだけではない。
何か見世物でもやるのかと、大勢の客がこちらをずっと見ていたのである。
その中には、先日ここであった冒険者のクリスティナもいた。
(へぇ。凄い斬れ味だねぇ‥‥)
今日は一人でのんびりと飲んでいるらしいクリス。
こちらに興味を持ったのか、少し前のめりになって此方を見ている。
「まあ、これが『試作型日本刀』だ。これはお礼だよ」
と、先程出した『試作型ロングソード』をデクスターに差し出す。
――ゴクッ
「これを俺に?」
「冒険者が武器持たないでどうする? お前の武器を破壊したのは俺なんだから、これはそのかわりだよ」
と告げる。
「そうか。判った」
と受け取るデクスター。
そのまま剣を引き抜くと、真っ二つのまま突き刺さっているロングソードを横に薙ぐ。
――カキカキィィィッ
まるで小枝でも切るかのように、ロングソードが横一閃で切断された。
「ちょ、ちょっとすいません、貴方は鍛冶師なのですか? それはどちらで買えるのですか?」
「ほー、いい斬れ味だねぇ。惚れ惚れするねぇー」
と客たちがまた盛り上がりを見せる。
が、ストームとデクスターは武器を治めるとそのままテーブルに戻り一言。
「「エールおかわり!!」」
「はいどーぞ」
とすぐに届けられたエール。
ジョッキを軽く打ち鳴らし、そのまま一気に飲み干す。
「ングッングッングッ‥‥ぷっはーーーー」
ようやく自分の作った刀の本当の斬れ味が確認できたのでストームは大満足。
愛用の武器が真っ二つになったが、それを更に上回るロングソードを貰えたのでデクスターも満足。
これだけやっておけば宣伝にもなる。
そう考えてのデモンストレーションだったが、予想外の大反響であった。
やがて興味を示した冒険者や商人たちが集まってきたが、彼らにも、昼間と同じような説明をしておいた。
そしてその光景を、酒場のカウンターでコソコソと見ている女性が一人。
(やはりあの男は危険だわ。早急に対処しなくては)
とカウンターに金貨を一枚置いて、釣りはいらないと言って立ち去ってしまった。
「ふう。釣りはいらないって豪気だねぇ。それにこれは‥‥」
とウェッジスがカウンターに置かれた金貨を手にとって見る。
それは一般に流通している金貨ではなく、貴族や王族のみが使うことを許された『王国金貨』と呼ばれているものであった。
「どこのお貴族さまだか‥‥やれやれ、面倒なことになりそうだなぁ」
そんなことがあったとは露知らず、ストームはまたしても酔いに身を任せていくのであった。
酔っ払いに合掌。
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