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第7章・王位継承と、狙われた魔導書

第313話・魔王国第二王女、亡命しました

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 馬車の中で、フードを深々と被って震えている少女。
 しかも、その頭部には角が生えていまして、つまりは魔族ということで。

 正直にいいます、踏み込んではいけないラインであると。
 そしてもう一言告げるとすれば、そんなことはどうでもいいと。
 隷属されていた魔族、それもまだ幼い少女。
 東方諸国では、このような仕打ちが許されているのでしょうか。

「さてと。姐さん、いまならまだ引き返せる。どうするつもりだ?」

 出入り口に近い場所に腰かけて、ブランシュさんが真剣な表情で私に問いかけてきますけれど。
 どうするつもりというか、引き返すというか。
 ブランシュさんは、何を心配しているのでしょうか。

「んんん? どこに引き返すのですか? このこは魔族のようですけれど、何か理由があって隷属されていた、いわば被害者です。私はこの子を助けた、それだけですけれど? まさかブランシュさん、こんないたいけな少女を放り出すっていうのですか?」
「待て、ちょっと待ってくれ。まるで俺が悪人のような言い方をしないでくれないか? そもそも、その子の名前も隷属されていた原因も俺たちは知らないんだぞ? まずはそれを確認するのが先決じゃないのか?」
「そうね、白のいう通りですね……」

 うんうん。
 ブランシュさんが悪者になりました。
 まあ、彼のいう事も一理ありますので。

「そうですね……では改めて。私の名前はクリスティナ・フェイール、このハーバリオス王国の商人です。あなたのお名前を聞かせていただけますか?」

 彼女の目線に合うように、床に座って優しく話しかけます。
 すると、フードの隙間からこちらをチラッと見て。

「アリサ……私はアリサ・ガナ・バルバロッサ。バルバロッサ帝国の第二王女……でした」
「そう。アリサちゃんっていうの。魔王国バルバロッサの……んんん?」

――ツツッ
 私の背中を冷たいものが流れていきます。
 ええ、アリサちゃんは魔王国の王女でしたか。
 それも第二王女ですって?
 私の目の前ではブランシュさんが複雑な表情で頭をバリバリと搔きむしっていますし、ノワールさんも口元に手を当てて驚いた顔をしています。

「第二王女……でしたって話してくれましたけれど、それってどういう意味かしら?」

 ノワールさんが優しく問いかけます。
 すると、アリサちゃんは暫くの間、下を向いて黙ってしまいました。
 でも、半刻も経たないうちにフードを外して、右手を捲って見せてくれました。
 すると、右腕にびっしりと黒い紋様が浮かびあがってきます。
 隷属紋様ではない、なにか不思議な力を感じます。

「私は、魔王継承のために隷属されてしまい、生贄として捧げられるところでした。この右手の紋様は初代魔王の持っていた【魔王紋】です。これを継承することで、初代魔王の力が得られると、王家に伝えられている伝承の石碑に記されていたのです」

 そこからアリサちゃんは、淡々と何が起こっていたのか順を追って説明してくれました。
 アリサちゃんが生まれた時は魔王紋が無かったこと。
 今から半年前、夢の中で神託を授かったこと。
 その時に魔王紋を継承し、過去の過ちを繰り返してはならないと魔神に告げられたこと。
 魔王紋を見た現魔王は歓喜し、己の娘に隷属術式を施し、逃げられないように塔に幽閉したこと。
 そして三か月前、魔王軍が西方諸国へ進軍を開始した際、アリサの母が彼女を救い出し、魔王国の手が届かない場所に転移させたこと。

 そのあとのことはアリサちゃんは分からなかったそうですが、どうやら彼女には魔王国から莫大な懸賞金が掛けられていたそうです。
 生きたまま捕らえ、魔王国へと連れてきたものには莫大な財宝と名誉を授けると。
 まあ、魔族の依頼で動くような冒険者はいないと思いますが、何処にでも裏に通じているものはいらっしゃるようで。闇ギルドや賞金首ギルドは、魔王国の依頼を受けたらしいですよ。 
 そして運よくガンバナニーワ王国に転移した彼女は隠れて生きていたのですが、とうとう賞金首ハンターたちに居場所がばれてしまい、追いかけられていたこと。

 そして、魔王紋の力でエセリアル馬車を発見、その御者台に飛び込んだと……。

「……うん、馬車に飛び乗ったのは正解ですね。そんな幼い少女を生贄に捧げるような魔王国なんて知ったことですか。アリサちゃん、貴方の身は私たちが守って見せますから!!」
「ほ、本当ですか!! でも……」

 嬉しそうに、涙が溢れそうになっている瞳をこちらに向けるアリサちゃん。
 でも、すぐに表情が曇ってしまいます。

「私は、魔族に追われています。今はこの馬車の加護で魔王紋から発している魔力は抑えられていると思われますが、ここを出ると魔力があふれ出し、魔族には私の正体がわかってしまいます。そうなると、皆さんにもご迷惑が掛かってしまいます」

 そう告げてから、アリサちゃんは立ち上がり、外に向かおうとしましたけれど。
 残念、そこにはブランシュさんが座っています。

「なあ姐さん。迷惑ってなんだ?」
「さあ? 私にはよくわかりませんわ。そもそも、先ほども申した通り、こんな幼い少女を放り出すだなんて、とんでもない。フェイール家家訓、及びアーレスト家家訓、【困った者には手を差し伸べろ】です。ということで、私はアリサちゃんに手を差し伸べますよ。どうしますか?」

 私は座ったまま、彼女に右手を差し出します。
 これを掴んでくれなら、私は彼女を保護し、守っていきましょう。
 魔神の神託だかなんだか知りませんけれど、こんないたいけな少女になんていう宿命を押し付けたのですか。
 しかも、生贄ですって?
 実の親が娘を生贄にして、魔王の力を得るですって?
 はい、たった今、バルバロッサ帝国は私にとっての敵性存在として決定しました。
 誰がアリサちゃんを渡すものですか!!

 そんな思いが伝わったのか。アリサちゃんがそっと私に手を差し伸べてきます。
 でも、掴んでくれません。
 どうしていいか分からない、そんな感情が、不安そうな表情から溢れています。
 だから。

――ギュッ
 私から手を掴んであげました。
 すると、アリサちゃんは頭をブンブンと振りつつ涙を流し始めました。

「どうして……」
「はい、それでは救いの手を掴んだので、アリサちゃんは今日からフェイール商店の従業員です」
「まあ、姐さんならそうするとは思ったがねぇ」
「私は、クリスティナさまの決定に従うだけですわ。アリサちゃんがフェイール商店の従業員という事は、彼女も私たちにとっての庇護対象ということになりますから」
「え……」

 うん。アリサちゃんも手を掴まれたまま、呆然としています。
 困った顔で泣いていましたが、だんだんとその表情に笑みが浮かんで来ましたよ。
 ええ、私が守るって決めたのだから、守ります。
 これは勇者語録にある、同じ言葉を繰り返して協調する『小柳構文』というやつです。
 ん? 違ったかな? 小泉? まあ、細かい事はいいのです。

「それでは、ようこそフェイール商店へ。私たちは移動式商店です、旅から旅をつづけながら、あちこちの町で商売をしています。次の目的地はラボリュート辺境伯領、納品依頼を承っていますので……」

 はぅあ!!
 次の仕事先はラボリュート辺境伯領、そして最前線の砦ですか。
 いきなりピンチですけれど、どうしましょうかねぇ。
 でも、ここまで来たらなんとかしましょう。
 変装用道具とか、魔力を押さえる魔導具とか……そいうものが【型録通販のシャーリィ】にあればよいのですけれど。
 さすがに、ないですよねぇ。
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