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第7章・王位継承と、狙われた魔導書

第294話・太っ腹第三王子と、くいしんぼう近衛兵と

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 フェイール商店・王都支店では。

 現在、店内は何故か第三王子の貸し切り状態となっています。
 正確には、一度に入店できる人数のすべてが王子とその近衛兵で固められてしまったため、結果として貸し切り状態という事になりますか。
 そして商業ギルドからやって来た二人の臨時従業員は腰が引けてしまって、まともな接客をすることができない状態です。ということは、ここは私が出るしかありませんね。
 でも、王家の方を相手に商売のお話など……と、ああ、そうそう、ソーゴさんとはしょっちゅうお話していましたよね。あそこの露店の商品が暴利だとか、あの町の貴族は払いが悪いとか。
 色々な細かい情報を知っていましたけれど、あれってあの人なりの処世術だったのでしょう。

「うんうん。では、フェイール商店としては、こちらの商品をお勧めしますが、いかがでしょうか?」
「ほう、そのお勧めというのはどれかな?」
 
 ウンウンと顎に手を当てて頷いている王子。
 それではということで、私は色とりどりのブリザーブドフラワーの鉢植えと、ティータイムにぴったりのお茶菓子をお勧めします。
 そうですね、【型録通販のシャーリィ】によりますと、今日並べてあるブリザーブドフラワーの半分以上が異世界原産の花々ですので、そのあたりを中心にお勧めしましょう。
 それとお茶菓子ですか。
 お母さまということは王妃様ですよね、私も園遊会で一度だけ遠目に見たことがありますけれど、とっても穏やかで優しそうな方だったような気がします。
 そうなりますと、やはりお茶会に参加なされているご婦人たちも上級貴族の方々という事でしょう。
 つまり、最低でも伯爵夫人。
 となると、やっぱり舌が肥えていらっしゃる方も多いと思いますし、フェイール商店のお茶菓子ならどうにかして入手している可能性もあります。まあ、大抵はシャトレーゼ伯爵経由だとは思いますが。
 そうなると、クッキーアソートやチョコレート系の菓子、ゼリーなどはきっと食べたことがあると思います。
 ですが、こんな時のために私には切り札があります。

「それでは……こちらは試食用です。こちらの中から、王妃様の御口にあいそうなものをご用意しますが、いかかでしょうか」

 アイテムボックスから取り出しましたのは、『明和堂の蜂蜜バウムクーヘンギフト』と『日本橋の渋皮栗のカステラセット』、『伊能農園のピュアフルーツ寒天ジュレ』、そして『宝石の果実まるごとコンポート』です。
 バウムクーヘンについては、海の向こうのミュラーゼン諸島連合王国でしか販売した事がない逸品ですし、残りの3品は母の日セットでしか入手不可能な期間限定品です。
 ええ、万が一のことも考えての少量入荷だったのですけれど、いつだすの? いまでしょうというかんじですね。あ、これも勇者語録ですよ、柚月さんに教わったのですから間違いはありません。

「ほう、それでは……」

 王子がそう告げると、近衛兵の一人が前に出て、毒見を始めます。

「では、万が一のことがあっては大変ですので……って、うわぁ、なんじゃこりゃ?」

 毒見役の方がヘルムを外して試食開始……女性騎士だったようですが、蜂蜜のたっぷりかかったバウムクーヘンを一口食べて、口元を押さえて本音が駄々洩れになっています。しかし、なんじゃこりゃって……乙女の嗜みもあったものじゃないっていう感じです。

「ゴホン」
「はっ、つい、私とした事が……では、次はこのカステラとかいうやつを……ムグッ、モグモグ……パクッ、モグモグ……ゴクッ、モグモグ……」

 うん、私の記憶では毒見って、がっつりと食べる事ではないですよね?
 目の前の女性騎士は、カステラを食べたのち、目を丸くして隣の寒天ジュレを口の中に。
 そして頭をプルプルと嬉しそうに振ってから、最後のコンポートをひと齧り。
 そして再びバウムクーヘンへと手を伸ばし、そして……って、毒見どころか、がっつりと食べていますよ、この人は。
 その光景に近衛兵もプルプルと震えていますし、王子も呆れたような顔をしていますが。

「クーネル、私は毒見を頼んだのであって、がっつりと食べろと申した記憶はないが」
「はっ、これは私としたことか……王子、この食べ物は非常に危険です、私はかつて、このような食べ物を食べたことがありません。つまり、いくらでも食べれてしまいます、これは魔性の菓子です、王子には危険ですので私が全て食べ終えてみせます、ここはクーネルにお任せください!!」

――パチン
 そう説明した直後。クーネルと呼ばれた毒見役が再び試食用の菓子に手を伸ばした瞬間、他の近衛兵にがっちりと両肩を掴まれて下げられて行きます。
 はぁ、本能の赴くままですか。
 それにしても、今の一瞬で試食用の菓子が半分も食べられましたよ。
 恐るべし、【型録通販のシャーリィ】というところでしょう。

「さて。私の近衛兵が迷惑を掛けた。どうやら毒見役が暴走したようだな」
「いえ、そうなるのも理解できます。ということですので、どうぞ、王子さまも御試食を」
「そうだな。では、私だけでは判断が付かない可能性があるから……ココロンとポワロ、二人も試食を頼む。母の護衛を務めたことがある二人なら、正しい判断を下せるであろう」
「「畏まりました」」
「その大役、ぜひとも私がぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 うん、クーネルさんの絶叫が聞こえてきましたが終えて無視。
 そのまま二人の騎士がヘルムを外し、王子と共に試食を開始。
 喉がつまると危険ですので、マリアージュ・フレーレというメーカーの紅茶を、ロイヤルコペンハーゲンという茶器メーカーのカップで差し出します。
 この紅茶は、私もたまに飲んでいる良い紅茶ですよ。
 そして紅茶と試食を行った後、王子はしばし長閑なティータイムに突入。
 って、試食でティータイムを堪能しないでほしいのですけれど。

「よし、今試食した4品、すべてを10個ずつ。あとは、この紅茶もセットで頼む」
「ありがとうございます。ですが、当フェイール商店は、おひとりのお客様につき五品の購入制限かおこなわれています。というのも一人のお客様に買い占められてしまうと、楽しみにしていた他のお客様にご提供できなくなるためです。ご理解いただけると助かります」

 丁寧に頭を下げて、そうご説明します。
 すると、王子も理解して頂けたようで。

「では、私の分は4種類の菓子を一つずつと紅茶を。残りの者たちはどうする?」
「今は任務中故、また後日にでも伺わせていただきます」

 近衛兵の隊長らしき男性が、丁寧に王子に告げています。
 ああっ、一番最初の毒見役の方が、恨めしそうに紅茶を眺めている……。
 あの紅茶、まだ在庫かあったかなぁ。

「ということだ。すぐに用意できるか? 花は……そうか、一人五品だったな」
「いえ、折角王子にお越しいただいたのですから、今日は特別という事で10品までということで」
「そうか……では、この花とこの花を……それと、菓子も蜂蜜のかかったバウムなんとやらと、このゼリーのようなものを一つずつ追加で」

 次々と選ばれた商品を紙袋に詰めて、最後に近衛隊長さんにお渡しします。
 さすがに王子様にはい、と渡せるわけないじゃないですか。
 
「助かった。では、これは代金だ、釣りはいらないから取っておけ」
「ありがとうございます……って、こ、これ、青銀貨じゃ!!」

 いきなり財布から青銀貨を取り出して渡されましたが。
 うん、お釣りを用意するほうが大変なのですけれど。

「構わん構わん。今後も立ち寄らせてもらう、試食の代金も兼ねてだ。では」
「ありがとうございました。今後とも、フェイール商店をご贔屓頂けると幸いです」

 丁寧に頭を下げて、店員全員でお見送り。
 さて、今日一日分の売り上げがクリアされましたけれど、王子が出ていったことで外は大混乱状態です。って、あれ、来るときは混乱していなかったのに、何故でしょうか。

「さてと。ブランシュさん、次のお客さんを入れてください」
「はいはい。それじゃあ次の5名は、どうぞ店内へ……」
「ありがとうございます!! あの、王子さまが買っていったお菓子って、まだ残っていますか!!」
「私も、私も同じものをください!!」

 うん。入って来たお客さんが開口一番、王子が購入したものと同じものが欲しいと叫んでますよ。
 こうなることは予想していましたけれど、残念ですが在庫はそれほど多くないのですよ。
 さて、それじゃあ本腰を入れて商売を再開しましょうか。
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