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第6章・ミュラーゼン連合王国と、王位継承者と

第279話・王城での秘密の会談

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 バンクーバー郊外、古城正門付近。
 
 私たちはこの場所で、ソーゴさんが出てくるのをじっと待っています。
 ひょっとすると、今日はこの古城に宿泊するかもという疑問もありましたけれど、今はここで待つしか方法はありません。私自身が認識阻害の魔法を使えたらよかったのですが、私の魔法属性は【型録通販】なのですから、それも不可能。
 精霊魔術については、ハーフエルフという種族上、多少は使えると思いますけれど、今の契約精霊ではそれほど強い魔法は使えませんし……そもそも、発動媒体である【魔導書】を所持していませんので効果も微々たるもの。
 そんなことを考えていますと、ノワールさんがアイテムボックスから大きな布と木の棒を引っ張り出しました。

「さて、それではクリスティナさま、ここに大きく【フェイール商店・古城前支店】と書いていただけますか?」

 んんん?
 それを書くのはやぶさかではありませんけれど、そんな大きな文字を書いて……ああ、旗を作って掲げるのですか。

「あの、ノワールさん? フェイール商店の旗を作るのは構いませんけれど、それを掲げていたらすぐに追手に見つかってしまいますよ?」
「いえ、それについては問題ありません。旗もエセリアル化して、認識阻害の効果対象にしてもらいますので」
「でも、それだと私たち以外には見えませんよ? エセリアル化した馬車や私たちを認識できるのは、私と【型録通販のシャーリィ】のみなさん、そしてこの主従の指輪を付けた従業員だけですよ?」

 そう説明しますけど、ノワールさんはニコニコと一言。

「その通りですわ。まあ、これについてはペルソナさまからの助言もありましたので、全てこのノワールにお任せください。ソーゴとやらが古城に泊まるのは恐らく確定。この時間から、この夜道を馬車で王都に向かうということはありません。私たちの前を通過するとしたら、恐らくは明日の朝、もしくは昼前と予測できますから」
「な、なるほど。それでは、今日はここでゆっくりとして、明日の朝にでもソーゴさんを捕まえるということですね?」

 そう問いかけると、ノワールさんがにっこりと笑っています。

「ええ。今一度、そのソーゴとやらには自分の立場というものを理解していただきたいですからね。ペルソナさまの大切な……と、ゴホン」
「い、いま、何か黒い霧のようなものを発していませんでしたか?」

 気のせいか、一瞬、ノワールさんが獲物を追い詰める竜のような雰囲気を醸し出していました。
 
「それは気のせいですわね。では、ここはよろしくお願いします。私はちょっと、古城の様子を見てきますので」
「あ、はい、ノワールさんは認識阻害を使えるのですよね?」
「私の場合は、ちょっと違う能力ですけれどね。では、行ってまいります」

 そう告げてから馬車を飛び出し、古城へと走っていきます。
 
「さぁ、食事の準備が出来ましたわよ!! って、ノワールさんはどちらに?」

 出来立ての鍋料理を持って、クレアさんがキッチンから出てきます。
 その後ろからキリコさんが、パンの入ったバスケットを持ってきてくれましたので、それを受け取ってテーブルに並べていきます。

「つい今しがた、古城の様子を見に行きましたわ。せっかく出来立ての熱々ですけれど、冷めるともったいないので先に頂きましょうか。ノワールさんの分は、私のアイテムボックスに保管しておきますので」
「はい、お願いします。キリコちゃんも、それでいいよね?」
「大丈夫だコン」

 うんうん、今日はもう、色々なことが起き過ぎましたから。
 デビュタント・ボールでも、ソーゴさんの件が発覚したので満足に食事もできていませんでしたからね。
 ということで、まずは腹ごなしをしてしまいましょう。


 〇 〇 〇 〇 〇


――古城内、デビュタント・ボール会場
 クリスティナたちが逃走したにも関わらず、会場内にいる参加者はそのことに気付かず、のんびりと自身の、そして愛娘たちの社交界デビューを楽しんでいる。
 ソーゴ、もといソール殿下も執務としてこの場に赴き、王都にて辣腕を振るう兄たちの力になればと笑顔を振るまっているものの、時折届く報告には胃が痛くなる思いであった。

『ブルータス皇太子派の放ったと思われる暗殺者を二名確保。裏で処理しておきます』

 そう記された小さな羊皮紙を手に、ソーゴはため息をついてしまう。

「はぁ。処理ねぇ……地下牢にでも放り込んでおいて。あとで正式に抗議するから」

 ボソッと呟く言葉を、後ろで控えている護衛の騎士は聞き逃すことはない。
 そのまま一歩下がり、さらに傍らで控えている伝令にそれを告げると、その伝令もスッとどこかへと消えていく。
 王家の、ソール王子付きの親衛隊は優秀であり、彼の意に反しないことは決して行わない。
 それが判っているからこそ、余り無駄に命を散らせてくれるなよとソーゴは常に思っており、その主の意を汲んで親衛隊は常に行動を行っている。

(……しっかし。まさかこの料理の素材まで納品しているとは、恐るべしフェイール商店というところか。いや、彼女を紹介したのはそもそも俺だからなぁ。まさかデビュタント・ボールの妨害で、彼女たちを狙ってくるなんて思わなかったよ)

 このデビュタント・ボールの仕切りをブルータス皇太子から任された時。
 一部側近たちが眉根をひそめていたことをソーゴは知っている。
 その程度で咎めることはないが、まさかブルータス派だけでなくジュピター王子派の貴族まで陰で動いているとは予想外である。
 そして、その魔の手がクリスティナに伸びていることなど、彼には想像できていなかった。

(そういえば、クリスさんたちはどこに行ったのだろうか……)

 最初の挨拶の時は、彼女たちはこっそりと会場奥で楽しそうに団欒していた。
 まさか王子であるソーゴが直接声を掛けることはできないため、遠目に彼女たちを見てほほ笑んでいたのだが。その行為を『ソール王子は私に気がある』などという誤解を介゛省にいる子女たちに振りまいているなど、彼自身も思っていなかった。
 そして。

――スッ
 背後の護衛騎士から届けられたメッセージ。

『フェイール商店の店主および従業員は、会場から逃走。彼女たちに接近したジュピター派から逃れるためかと』

 そのメッセージを読んで、ソーゴは立ちあがりそうになったのをグッと堪える。
 
(全く……そこまで僕の邪魔したいのかよ……いや、もうデビュタント・ボールは終わる、今更彼女たちにになんの用事が?)

 顎に手を当て、ふと考える。
 今更ながら、フェイール商店に接近しようとする理由。
 確かに、彼女のもたらす商品については、莫大な富を得ることができる。
 それこそ王室ご用達なり、上級貴族の出入り商人なり、彼女が求めればいくらでも地位と名誉は手に入れられる。
 だが、クリスティナはそれを望んでいない。
 そんな彼女だからこそ、貴族に取り込まれないように逃げたのだろうと。

「ふぅ。この件は保留……」

 そう呟いた時。
 
『明日の朝。霊薬エリクシールの件で、クリスティナ様がご相談したいと。古城正面入り口、そこに泊まっている商会馬車でお待ちしていますわ』

 その声は、ソーゴの真横から聞こえてくる。
 思わずそちらを見ると、そこには黒い鎧を身に付けた女性……ノワールが立っている。

『彼女が霊薬を……と、そうか、君は確か、クリスティナさんの護衛だったよね……つまり、君も彼女を守るエセリアルナイトなんだね』

 まさかの霊薬。
 その話を聞いてソーゴの心臓の鼓動は激しく鳴り響く。
 そして振り向いた先には、認識阻害の術式に身を包んだノワールの姿。
 以前、オーウェン領の宿場町ハラタキでクリステイナと再会したとき、ノワールも彼女の傍らで護衛をしていたのを思い出す。
 そして、この世界で、これほどまでに高度な術式を纏えるものが、一体どれぐらい存在するだろうかと考えた時。ソーゴはペルソナの事を思い出した。
 だからこそ、彼女がエセリアルであると判断した。

『ええ。それで返答は?』
「明日の朝、8つの鐘で正門前に向かいますと……でも、どうして彼女に俺を会わせるんだ? あの商人の部下なら、絶対に俺とクリスティナを会わせようとはしない筈だが」

 そう問いかけるソーゴに、ノワールはクスッと笑って一言。

『クリスティナさまには、今日はゆっくりと眠っていただきたいだけですわ。色々とあって、疲れていますから。それに、私はフェイール商店の従業員、店主であるクリスティナさまの望まないことは致しませんので……それでは失礼します』

 それだけを告げて、ノワールはスッと下がっていく。
 そして、今のノワールとソーゴの会話は、近くに立つ護衛の耳にも届いていなかった。
 
「はは……これが本気のエセリアルナイトか。彼女がうらやましいよ……」

 それだけを呟いて、ソーゴは頭を軽く振り、再び執務に戻っていく。
 まだ、会場では彼に恋焦がれている侍女たちが、溢れんばかりに笑顔を振り巻いているのだから。
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