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第5章・結婚狂騒曲と、悪役令嬢と
第229話・強欲貴族と、裏の住民
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シャトレーゼ伯爵家長男の結婚式。
そのために今朝方まで、クリスティナさまは細かい打ち合わせと納品作業を続けましたわ。
昨晩は引き出物を管理するために一旦、クリスティナさまのアイテムボックスにすべての引き出物を収納したのですが、最後までエリー嬢が猛反発していまして、いえ、今でも文句を言っていますけれど。
「だから、とっととここに引き出物を持ってきなさいっていっているのよ。今回の結婚式の主役である私の言いつけを聞けないのかしら? フェイール商店なんていうチンケな商会なんて、取引停止にしても構わないのよ!!」
さて。
どうしてこの本家・悪役令嬢は私の宿までやって来て文句たらたらと話をしているのでしょうかねぇ。
出来るならば過去のように、頬を一つ二つ張り倒して、背中を向けて哀愁でも感じさせたいところですわね。
「ふぁ。では当家の主人からの伝言をお伝えしますわよ……『取引停止上等、その代わりすべてをあなたの旦那に言いふらす』。以上ですわ」
「なっ……そ、その態度はなによ、貴方が行ったこと、それをこのハーバリオス王国に言いふらしても構わないのよ!!」
「それこそ、どうぞお好きにですわね。もう、私は引くことを辞めましたの。この結婚式が終わったら、全てを真実の元にさらけ出すつもりですわ……ええ、それはもう、シャトレーゼ伯爵家の皆さんにもですわよ。幸せな結婚式を終わらせて、何事もなく穏便に過ごしたければ、その煩い口を閉じることをお勧めしますわよ」
まさか、わたしがそのようなことをいうとは思っていなかったのでしょうね。
目の前で呆然とした表示用で、口をパクパクと開いていますわ。
ええ、実家の庭にあった池に住んでいたガラマン・デルフェルルのようですわね。
ちなみにガラマン・デルフェルルは小さな水竜の名前ですわ。
私が小さなときに父上から贈られた手乗り竜です。
水棲なので池に住んでいましたけれど、私に文句があるときは水面から顔を出して、このように呆然とした顔で口をパクパクとしていましたわ。
「あ、あ、貴方がそんな態度に出るのなら、、こちらとしても考えがあるわよ……でせも、そうね……」
そこまで呟いてから、エリーは下卑た笑みを浮かべて一言。
「貴方が身に着けている、その黒水晶の填められているネックレス。それを寄越すのなら許してあげるわよ? それを断ったらどうなるか、貴方は判っているわよね?」
「おかえりはそちらですわ。どうやらエリー嬢は結婚式の前日ということで興奮して眠れないようで。あと、できれば寝言は寝てから言っていただけると助かりますわね。まあ、私は貴方と寝室をともにする気はさらさらないので、寝言は聞く事は出来ませんけれど……」
「その言葉、そっくり返してあげるわよ! 明日以降、静かに眠れる日が来るなんて思わないで頂戴ね!!」
――バタン
全力で扉を閉じて帰っていったようで。
「はあ、相変わらず、取り巻がいないとボキャブラリーが貧困ですわね」
ボキャブラリーというのは、異世界の勇者さまんが残した『勇者語録』に収められている様々な言葉の一つです。
例えば悪口をいうとしても、単純に『バーカバーカ』というよりも、『頭の中身が熟れ過ぎたハニージュのようで残念ですわね。甘さも極まってしまい、食べるに値しませんわよ』という感じに変換するそうです。
あとは、私は詳しくないのですけれど、うちの店長曰く、ボキャブラリーにも細かいジャンルがあるそうで、『渋い』『インパクト』『知性』『バカ』、この四つの分野のバランスが大切とか。
私の知らない勇者語録を知っているので、その点は尊敬に値すると思っていますわ。
「さてと。それじゃあ明日も早いので眠ることにしましょうか……」
アイテムバッグの中から魔導書を取り出し、それを開いてゆっくりと詠唱をはじめます。
部屋全体に結界を施し、私が認めた対象以外は入れない結界を構築。
そもそもわたくし、カマンベール王国の魔導学院では主席に近い成績を収めていましたわ。
このように『光の上位精霊書』との契約も出来るほど優秀ですわ。
――ブゥン
そして天井と床、前後左右の壁に結界の魔法陣が展開すると、これでようやく私は眠りにつくことが出来ます。
そもそも、これぐらいの実力が無ければ、何も知らない異国の地を旅するなんてできませんからね。
………
……
…
会場が割れんばかりの拍手喝采。
これで結婚式は全て終了です。
やがて私とノワールさん、執務官のマスティさんが待つ部屋の扉が開きます。
私たちは深々と頭を下げると、目の前にやって来た貴族の方に決められた引き出物が収められた箱をお渡しするだけ。
そして貴族の方も、私の顔を見て驚く人もいれば汚いものでも見るかのような視線を浴びせてくる人もいます。
そのような方には心の中で小指を立て、顔は笑顔でにっこりと対応。
それでもクレームを入れてくる貴族はいるようでして。
部屋を出て中身を確認してから、また戻ってくる貴族もいらっしゃいます。
「すまない。この引き出物は当家のものとは違うようだが?」
「いえ、そちらはトロトール子爵様用にご用意したもので間違いはありません。こちらに保管してある目録では、『異国のウィスキー』と『バラカのグラスセット』、この二点となっていますが」
「事前に聞いていた話では、エメラルドのネックレスと真珠の首飾り、それと金刺繍のローブと伺っていたが。まさか、マクガイア家で間違えているのではないのかね?」
ほら来た。
トロトール子爵家は、確か前回の審査会では姿を見せていなかったはず。
おそらくはどこかで引き出物は無料で配布されることを聞き及んで、このように無理難題を吹っ掛けてきたのでしょう。
「いえ、間違いはございませんわ。そのウイスキーとグラスのセットは、確か以前、トロトール子爵さまのお孫さんが生まれた時に、将来孫と一緒に飲む貴重な酒がないかなぁとおっしゃっていたとか。そのためにご用意した異世界のお酒です。まさか、トロトール子爵さまはお孫さんと飲むためにご用意した異世界の貴重な酒ではなく、宝石や装飾品などという俗物的なものがご入用でしたか?」
ちなみに出口の扉は開きっぱなし、入り口では次に入室予定の伯爵家の方が待機していますが。
「そ、そうか、これが異世界の酒なのか……」
脂汗を流しつつ、周囲をチラッチラッと見渡してトロトール子爵がつぶやきます。
「はい。ですがそれをお気に入りでないというのであれば、後日、改めてご用意しますのでそちらをお戻しください。当商店としても、そしてマクガイア子爵家としても装飾品をご用意するほうが予算的には助かりますので」
「待て、この酒はそれほど高額だというのか?」
「当然ですわ。異世界の商品を取り扱うフェイール商店が吟味した品々です。その中から、トロトール子爵がお喜び頂けるものをと思い、どうにか入手した品ですが……御気に入られないというのであれば、残念ですが」
親族がっかりしたような演技をして、子爵から箱を受け取ろうとしましたけれど。
子爵は箱を持つ手をすぐに引っ込めてしまいましたわ。
「い、いや、そうか、そのようなことまで考えてくれていたのか。では、これは将来、孫がわしと酒を酌み交わせるまでは寝かせておくことにしよう。ありがとう」
「いえいえ。今後ともフェイール商店をごひいきに」
にっこりと笑顔で見送りますと、次の伯爵さまが手を叩きつつ入室しました。
「見事ですね。相手のことを考えつつ、貴族の体面も潰さないようにとの心配り。この件は、貴方の父上にも報告しておくよ」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げ、伯爵さまにも引き出物の箱をお渡しします。
そのあともたまに因縁を吹っ掛けて来る貴族家はありましたけれど、どの家もエリー・マクガイアの取り巻き貴族家ばかり。
つまり、この場でも私に恥をかかせようという魂胆なのでしょうが全て時ほどのトロトール子爵家と同じ対応。
しかも、伯爵家を始めとした貴族の方々が私を褒めてくれているので、すぐに尻尾を巻いてすごすごと下がっていく始末。
「ふふ。クレアさんもすっかりフェイール商店の店員らしさが身についていますね」
最後の貴族が入室する前。
ノワールさんが私にそう話しかけてくれましたけれど。
私は、今回の結婚式を成功させるために必要な人員として雇われただけです。
最後の後片付けなどが終われば、私は解雇されます。
そういう契約ですから。
「ありがとうございます。でも、契約期間はもう終わりですから」
「それについては、クリスティナさまに相談してください……ほら、最後の方がいらっしゃいましたよ」
ノワールさんに促されて入り口を確認。
すると一人の貴族子女が入室してきました。
「……あら? ひょっとしてヴァネッサさん?」
「あ、あの……お久しぶりです」
かつてエリー・マグワイアに虐められていたヴァネッサさんが、私の前にやってきました。
「ああ、そうですわね。あなたの家、ブライト男爵家も招待されていたのですね。あれからエリーには虐められていませんか?」
そう近況報告的に質問をしたら、ヴァネッサさんが涙を浮かべます。
うん、わかっていますわよ。
「はい……今は学院を卒業して、父の商会の手伝いをしています。それでですね……お礼とご連絡をと思いまして」
そう告げてから、私に一通の手紙を差し出します。
「これは?」
「できれば、私がこの部屋を出てすぐにご確認いただけると」
「わかりましたわ。では、こちらがブライト男爵家用にご用意した引き出物ですわ。娘さんが結婚するとかで、こちらはその結婚式に娘さんに……そういうことでしたか、おめでとうございます」
はい。
よく考えてみますとブライト男爵家には、ヴァネッサさん以外には娘さんはいませんわ。
「ありがとうございます。本当ならクレアさんもご招待したかったのですけれど……」
「わかっていますわ。私を招待したら、貴方の家の商会にも色々と嫌がらせが始まる可能性がある。だから、そのお気持ちだけで十分ですわ」
そのあとも少しだけお話をしまして。謝罪もされましたけれど、私はその件については気にしていないのでと告げ、彼女を見送ってあげました。
これで引き出物は全てお渡ししましたので、私のフェイール商店での仕事はこれで完了ですわ。
「さて。そういえば、先ほどの手紙は何だったのでしょうか」
そう思って手紙を開きます。
『結婚式が全て終わったら、この街から逃げてください。ある侯爵家が、クリスティナさんと貴方の持つ黒真珠を狙っています。闇ギルドも加担しているそうですので』
「……ノワールさん、急ぎましょう!!」
「ええ、少々失礼します」
受け取った手紙をノワールさんにお渡しすると、彼女は私を抱きかかえて部屋から外に飛び出していきました。
そのために今朝方まで、クリスティナさまは細かい打ち合わせと納品作業を続けましたわ。
昨晩は引き出物を管理するために一旦、クリスティナさまのアイテムボックスにすべての引き出物を収納したのですが、最後までエリー嬢が猛反発していまして、いえ、今でも文句を言っていますけれど。
「だから、とっととここに引き出物を持ってきなさいっていっているのよ。今回の結婚式の主役である私の言いつけを聞けないのかしら? フェイール商店なんていうチンケな商会なんて、取引停止にしても構わないのよ!!」
さて。
どうしてこの本家・悪役令嬢は私の宿までやって来て文句たらたらと話をしているのでしょうかねぇ。
出来るならば過去のように、頬を一つ二つ張り倒して、背中を向けて哀愁でも感じさせたいところですわね。
「ふぁ。では当家の主人からの伝言をお伝えしますわよ……『取引停止上等、その代わりすべてをあなたの旦那に言いふらす』。以上ですわ」
「なっ……そ、その態度はなによ、貴方が行ったこと、それをこのハーバリオス王国に言いふらしても構わないのよ!!」
「それこそ、どうぞお好きにですわね。もう、私は引くことを辞めましたの。この結婚式が終わったら、全てを真実の元にさらけ出すつもりですわ……ええ、それはもう、シャトレーゼ伯爵家の皆さんにもですわよ。幸せな結婚式を終わらせて、何事もなく穏便に過ごしたければ、その煩い口を閉じることをお勧めしますわよ」
まさか、わたしがそのようなことをいうとは思っていなかったのでしょうね。
目の前で呆然とした表示用で、口をパクパクと開いていますわ。
ええ、実家の庭にあった池に住んでいたガラマン・デルフェルルのようですわね。
ちなみにガラマン・デルフェルルは小さな水竜の名前ですわ。
私が小さなときに父上から贈られた手乗り竜です。
水棲なので池に住んでいましたけれど、私に文句があるときは水面から顔を出して、このように呆然とした顔で口をパクパクとしていましたわ。
「あ、あ、貴方がそんな態度に出るのなら、、こちらとしても考えがあるわよ……でせも、そうね……」
そこまで呟いてから、エリーは下卑た笑みを浮かべて一言。
「貴方が身に着けている、その黒水晶の填められているネックレス。それを寄越すのなら許してあげるわよ? それを断ったらどうなるか、貴方は判っているわよね?」
「おかえりはそちらですわ。どうやらエリー嬢は結婚式の前日ということで興奮して眠れないようで。あと、できれば寝言は寝てから言っていただけると助かりますわね。まあ、私は貴方と寝室をともにする気はさらさらないので、寝言は聞く事は出来ませんけれど……」
「その言葉、そっくり返してあげるわよ! 明日以降、静かに眠れる日が来るなんて思わないで頂戴ね!!」
――バタン
全力で扉を閉じて帰っていったようで。
「はあ、相変わらず、取り巻がいないとボキャブラリーが貧困ですわね」
ボキャブラリーというのは、異世界の勇者さまんが残した『勇者語録』に収められている様々な言葉の一つです。
例えば悪口をいうとしても、単純に『バーカバーカ』というよりも、『頭の中身が熟れ過ぎたハニージュのようで残念ですわね。甘さも極まってしまい、食べるに値しませんわよ』という感じに変換するそうです。
あとは、私は詳しくないのですけれど、うちの店長曰く、ボキャブラリーにも細かいジャンルがあるそうで、『渋い』『インパクト』『知性』『バカ』、この四つの分野のバランスが大切とか。
私の知らない勇者語録を知っているので、その点は尊敬に値すると思っていますわ。
「さてと。それじゃあ明日も早いので眠ることにしましょうか……」
アイテムバッグの中から魔導書を取り出し、それを開いてゆっくりと詠唱をはじめます。
部屋全体に結界を施し、私が認めた対象以外は入れない結界を構築。
そもそもわたくし、カマンベール王国の魔導学院では主席に近い成績を収めていましたわ。
このように『光の上位精霊書』との契約も出来るほど優秀ですわ。
――ブゥン
そして天井と床、前後左右の壁に結界の魔法陣が展開すると、これでようやく私は眠りにつくことが出来ます。
そもそも、これぐらいの実力が無ければ、何も知らない異国の地を旅するなんてできませんからね。
………
……
…
会場が割れんばかりの拍手喝采。
これで結婚式は全て終了です。
やがて私とノワールさん、執務官のマスティさんが待つ部屋の扉が開きます。
私たちは深々と頭を下げると、目の前にやって来た貴族の方に決められた引き出物が収められた箱をお渡しするだけ。
そして貴族の方も、私の顔を見て驚く人もいれば汚いものでも見るかのような視線を浴びせてくる人もいます。
そのような方には心の中で小指を立て、顔は笑顔でにっこりと対応。
それでもクレームを入れてくる貴族はいるようでして。
部屋を出て中身を確認してから、また戻ってくる貴族もいらっしゃいます。
「すまない。この引き出物は当家のものとは違うようだが?」
「いえ、そちらはトロトール子爵様用にご用意したもので間違いはありません。こちらに保管してある目録では、『異国のウィスキー』と『バラカのグラスセット』、この二点となっていますが」
「事前に聞いていた話では、エメラルドのネックレスと真珠の首飾り、それと金刺繍のローブと伺っていたが。まさか、マクガイア家で間違えているのではないのかね?」
ほら来た。
トロトール子爵家は、確か前回の審査会では姿を見せていなかったはず。
おそらくはどこかで引き出物は無料で配布されることを聞き及んで、このように無理難題を吹っ掛けてきたのでしょう。
「いえ、間違いはございませんわ。そのウイスキーとグラスのセットは、確か以前、トロトール子爵さまのお孫さんが生まれた時に、将来孫と一緒に飲む貴重な酒がないかなぁとおっしゃっていたとか。そのためにご用意した異世界のお酒です。まさか、トロトール子爵さまはお孫さんと飲むためにご用意した異世界の貴重な酒ではなく、宝石や装飾品などという俗物的なものがご入用でしたか?」
ちなみに出口の扉は開きっぱなし、入り口では次に入室予定の伯爵家の方が待機していますが。
「そ、そうか、これが異世界の酒なのか……」
脂汗を流しつつ、周囲をチラッチラッと見渡してトロトール子爵がつぶやきます。
「はい。ですがそれをお気に入りでないというのであれば、後日、改めてご用意しますのでそちらをお戻しください。当商店としても、そしてマクガイア子爵家としても装飾品をご用意するほうが予算的には助かりますので」
「待て、この酒はそれほど高額だというのか?」
「当然ですわ。異世界の商品を取り扱うフェイール商店が吟味した品々です。その中から、トロトール子爵がお喜び頂けるものをと思い、どうにか入手した品ですが……御気に入られないというのであれば、残念ですが」
親族がっかりしたような演技をして、子爵から箱を受け取ろうとしましたけれど。
子爵は箱を持つ手をすぐに引っ込めてしまいましたわ。
「い、いや、そうか、そのようなことまで考えてくれていたのか。では、これは将来、孫がわしと酒を酌み交わせるまでは寝かせておくことにしよう。ありがとう」
「いえいえ。今後ともフェイール商店をごひいきに」
にっこりと笑顔で見送りますと、次の伯爵さまが手を叩きつつ入室しました。
「見事ですね。相手のことを考えつつ、貴族の体面も潰さないようにとの心配り。この件は、貴方の父上にも報告しておくよ」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げ、伯爵さまにも引き出物の箱をお渡しします。
そのあともたまに因縁を吹っ掛けて来る貴族家はありましたけれど、どの家もエリー・マクガイアの取り巻き貴族家ばかり。
つまり、この場でも私に恥をかかせようという魂胆なのでしょうが全て時ほどのトロトール子爵家と同じ対応。
しかも、伯爵家を始めとした貴族の方々が私を褒めてくれているので、すぐに尻尾を巻いてすごすごと下がっていく始末。
「ふふ。クレアさんもすっかりフェイール商店の店員らしさが身についていますね」
最後の貴族が入室する前。
ノワールさんが私にそう話しかけてくれましたけれど。
私は、今回の結婚式を成功させるために必要な人員として雇われただけです。
最後の後片付けなどが終われば、私は解雇されます。
そういう契約ですから。
「ありがとうございます。でも、契約期間はもう終わりですから」
「それについては、クリスティナさまに相談してください……ほら、最後の方がいらっしゃいましたよ」
ノワールさんに促されて入り口を確認。
すると一人の貴族子女が入室してきました。
「……あら? ひょっとしてヴァネッサさん?」
「あ、あの……お久しぶりです」
かつてエリー・マグワイアに虐められていたヴァネッサさんが、私の前にやってきました。
「ああ、そうですわね。あなたの家、ブライト男爵家も招待されていたのですね。あれからエリーには虐められていませんか?」
そう近況報告的に質問をしたら、ヴァネッサさんが涙を浮かべます。
うん、わかっていますわよ。
「はい……今は学院を卒業して、父の商会の手伝いをしています。それでですね……お礼とご連絡をと思いまして」
そう告げてから、私に一通の手紙を差し出します。
「これは?」
「できれば、私がこの部屋を出てすぐにご確認いただけると」
「わかりましたわ。では、こちらがブライト男爵家用にご用意した引き出物ですわ。娘さんが結婚するとかで、こちらはその結婚式に娘さんに……そういうことでしたか、おめでとうございます」
はい。
よく考えてみますとブライト男爵家には、ヴァネッサさん以外には娘さんはいませんわ。
「ありがとうございます。本当ならクレアさんもご招待したかったのですけれど……」
「わかっていますわ。私を招待したら、貴方の家の商会にも色々と嫌がらせが始まる可能性がある。だから、そのお気持ちだけで十分ですわ」
そのあとも少しだけお話をしまして。謝罪もされましたけれど、私はその件については気にしていないのでと告げ、彼女を見送ってあげました。
これで引き出物は全てお渡ししましたので、私のフェイール商店での仕事はこれで完了ですわ。
「さて。そういえば、先ほどの手紙は何だったのでしょうか」
そう思って手紙を開きます。
『結婚式が全て終わったら、この街から逃げてください。ある侯爵家が、クリスティナさんと貴方の持つ黒真珠を狙っています。闇ギルドも加担しているそうですので』
「……ノワールさん、急ぎましょう!!」
「ええ、少々失礼します」
受け取った手紙をノワールさんにお渡しすると、彼女は私を抱きかかえて部屋から外に飛び出していきました。
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