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第5章・結婚狂騒曲と、悪役令嬢と

第225話・貴族のプライドと、壮大に見えたらしい罠

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 結婚式の引き出物についての審査の席で。

 高価な装飾品ばかりをリストに挙げ、都合のいい説明をして勝利をもぎ取ったマクガイア子爵。
 そして納品に先立っての請求書をお渡ししたところ態度が豹変しましたが。
 
「さあシャトレーゼ伯爵、貴方からもこの小娘に仰ってください。我々貴族に対しては、多少は不利益を被ったとしても尻尾を振っていればいいと。それが私たち貴族の特権なのですから!」
「だそうだが、なにか反論はあるかな? クリスティナ・フェイールさん……いえ、クリスティン・アーレスト侯爵家令嬢さん」

 あ、シャトレーゼ伯爵が楽しそうに私を呼んでいますね。
 今、この場でその名前を出したことについては、後日しっかりとお灸をすえさせていただきます。
 ちょうど伯爵夫人に似合いそうな新作のアクセサリーも入手出来ましたので。

――ザワザワザワッ
 はい、傍聴席に貴族の方々が、にわかに騒がしくなってきましたよ。
 そういうえば、私ってここにいらっしゃるカマンベール王国の皆さんには正式に挨拶はしていましたよね? アーレスト侯爵家の名前はだしていませんでしたか?

「ふう。シャトレーゼ伯爵には後でお仕置きです。ということで改めて自己紹介させていただきます。元・アーレスト侯爵家長女のクリスティナ・フェイールです。フェイールは母方の氏族名であり、私はかつてはアーレスト家にて商会店長を務めさせていただきました」

 はい、勤めていたのは一日ぐらいで名目だけ。
 でも、ここははったりが必要です。
 それにほら、アーレストの名前を出した瞬間にあちこちから『え、まさか勇者の末裔?』とか『カナン・アーレストの子孫?』といった声が零れていますよ。

「ま、待って、いや待ってください……今のお話、本当なのですか?」
「はい。全て真実です。ちなみに私はエルフである母と人間である父の間に生まれたハーフエルフです。そのことにつきましては、カマンベール王国の方々にとっては些末なことであるとご理解いただけますよね?」

 そもそもカマンベール王国の歴代女王は全てエルフの家系。
 たしか現女王様は独身で、跡継ぎがないことが悩みの種だという噂程度は聞いたことがあります。
 それにカマンベール王国ではエルフと人間の婚姻については禁忌でもなんでもなく、自然なこととして扱われています。
 生まれた子供も『忌み子』ではなく、『エルフと人間のいいところを掛け合わせて持った子供』という認識でしかないとううのは勉強したことがありますので。

「は、はい、その件につきましては確かにその通りです、ええ……」
「では、お支払いをお願いしますね。こうなるのでしたら、先に『契約の精霊』を通しての約束を行っておけばよかったですけれど……そうですね、今からでも可能ですから、この場に契約の精霊を召喚してよろしいでしょうか」
「へ、この場に契約の精霊を?」

 呆然とするマクガイア子爵。
 そしてすぐに頭を左右に振りまして、何かをブツブツと呟いています。

「そ、そうですね、確かに今回の勝負は、私どもの勝利でした。だが、今になってこう、リストを見てみますと……クレアの選んだ商品についても、送られた相手を喜ばせるという目的としては確かに適切であったと思われます。いえ、むしろこちらの方が結婚式という華やかな舞台ではふさわしいでしょう。決して主役である新郎新婦の立場を損ねることがない心配りと言い、このマクガイア、完敗でございます」

 必死に取り繕い、リストを手に取って呟くマクガイア子爵。
 この言葉に対しては傍聴していたご婦人方のブーイングも聞こえてきます。
 それはそうですよね。
 一国の国王ですら手にすることは叶わないような装飾品を、引き出物という名目でタダで手に入れられるところだったのですから。
 なお、ブーイングしている貴婦人を必死になだめている貴族の方には好感が持てますが、旦那も一緒に文句をいっている貴族の顔ははっきりと覚えましたからね。

「そうですか……では、この件は一旦白紙に戻しましょう。今回の引き出物につきましては、当フェイール商店のクレア・アイゼンボーグとマクガイア家執務官と共同で精査する、ということでよろしいですか?」
「は、はい、それはもう……」
「え、お父様、私の黒真珠は?」
「お前は黙っていなさい!」

 あ、エリー嬢が怒られていますが。
 あのですねシャトレーゼ伯爵、今回の結婚の件につきましては愛し合っている二人の合意のものと思われますが、今一度再考する余地もあるのでは……と、これは私が口出しすることではありませんよね。
 事実、今現在もシャトレーゼ伯爵は腕を組んで考え込んでいますから。

「ということなのですが。シャトレーゼ伯爵、今回の審査の件はこのような結果でよろしいですか?」
「そうだな。では後日、改めて日時を決めて行うことにしよう。それとマクガイア子爵、ちょっと二人だけで話をしたいのだがよろしいかな? ああ、心配する必要はない。両家の今後の関係についていろいろと聞きたいことがあるだけだ。しっかりと契約の精霊を交えて、話をしようではないか」
「は、はあ、そうですな……」

 あふれ出す脂汗を必死に拭いつつ、マクガイア子爵がそう呟いています。
 ということで、フェイール商会当主としての仕事はこれでおしまい。
 あとは後日、ゆっくりと『予算の範囲内』で引き出物を探すことにしましょうか。

………
……


──別室では
 クレア・アイゼンボーグは椅子に座り、じっと審査の結果を待っている。
 自分なりに出来ることは全てやった、そのうえで相手が喜んでくれるものを選んだつもりだ。
 だが、本当に自分は正しい選択をしたのか?
 相手が貴族なら、見栄を第一に見栄えの良い装飾品や貴金属を選ぶべきではなかったのか?
 そう考えてため息をついていると、彼女の護衛を任されたノワールが話し掛けた。

「一つだけ聞かせてもらえる? 貴方の魂は普通の貴族の魂よりも綺麗。それなのに、どうして悪役令嬢になったのかしら? あなたに付き従っている方々の言葉、そしてあなたの魂の清らかさ……確かに、贅沢が好きだったということは間違いではないように伺えるけれど、人を貶めるような人物の魂の色ではないのよ」

 隣国の、それも評判の悪い令嬢の過去など本来は気にすることがない。
 だが、今の彼女はクリスティナ・フェイールの商店の従業員。
 不思議なことに、クリスティナの元には大勢の人が集まってきて、彼女もまたそれを受け入れている。
 しかも、その中には芯から腐り切っているような悪意を持つものなどいない。
 あの長兄のグランドリでさえも、周囲の精霊は騒いでいるもののクリスティナ本人に対しての悪意はない。
 それ故に、ノワールは彼女の過去が少し気になってしまった。
 クレアの魂は澄んでいる。
 まるで、誰かのために汚名を受け入れているような気がすると。

「そうですね。それじゃあ、私がどうして悪役令嬢になったのか、それをご説明しますわ」

………
……


 かつて、彼女は通っている魔術学園で酷い虐めを行なっていた。
 その結果、悪役令嬢というレッテルを張られたのちの、世間が彼女を見る視線は冷たい。
 でも、それは彼女自らが選んだ道。
 その噂が、本当の悪役令嬢に作られたのであっても。

 エリー・マクガイアとその取り巻きが陰で行っていたいじめの数々、それをクレアは黙って見過ごすことが出来なかった。
 正攻法で彼女を糾弾しようにも、常にエリーには取り巻きが大勢いた。
 彼女とクレアの両親は犬猿の仲、特に政敵といっていいレベルで争っている。
 残念なことにその学園ではアイゼンボーグ派閥の子息子女は少なく、実質的に子爵家であるマクガイア家の方が大きな勢力を持っていたという。

 そして彼女にとって致命的であったのが、エリーを糾弾した結果、クレア自身が虐めの首謀者であるというデマを押し付けられた挙句、エリー自身も被害者であると周囲に訴え始めたということ。  
 これがデマであるとクレアは声高く説明するが、エリーの取り巻きによりその噂は一瞬で学園内どころか街の中にまで広がっていく。
 こうなると取り返しはつかなくなり、いくら彼女が真実を告げようと、無実だと叫ぼうと全てはエリーの取り巻きによって握りつぶされ、新たなデマで塗り固められてしまった。

 そしてとある園遊会の席で、クレアは婚約者であった公爵家子息から破談を言い渡される。
 その後ろでほくそ笑んでいるエリーを見て彼女が激昂するのは仕方のないことだが、迂闊にも彼女はその園遊会の席で魔法を使ってしまった。
 怒りの感情に身を任せ放った魔法など制御できるはずもなく、さらにはエリーを始めとして、その場にいた人々は酷い怪我を追ってしまった。

 このアイゼンボーグ令嬢の暴走事件により、彼女の父は莫大な賠償金を支払うことになり、クレアは契約の精霊に宣誓を行ったのち、王国払いを申しつけられたのである。
 
「……っていうこと。まあ、あの女には私も思うところがあったし、虐められていた子たちは助けることができたから満足よ。でも、あの子たちがもう少しだけ勇気を持ってくれていたら、全ての元凶はエリーだって証言してもらえたのだけれどね……これで分かったかしら? 私はいじめられっ子を庇った結果、そのいじめの首謀者に仕立て上げられた『作られた悪役令嬢』よ。だったらと、堂々とエリーたちを糾弾し虐めてあげたのよ。悪役令嬢を貫こうって決めたのよ……そうすれば、彼女たちのターゲットは私に集中するから……」

 笑いながら呟くクレア。
 だが、その双眸からは涙が溢れている。

「貴方はお強い。今の話を告げても、誰も信じてはくれなかったのでしょう……それでも、帰るべき元を取り返すために、今でも戦っているのですね」

 クレアの元に向かい、ノワールは彼女を抱きしめる。
 
「ま、まあ、私はそんなに強くは……ない……」

 彼女の言葉はそこで途切れる。
 そして嗚咽のような声が聞こえたからかと思うと、クレアはノワールの胸に抱かれて号泣していた。
 
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