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第5章・結婚狂騒曲と、悪役令嬢と

第216話・6月の花嫁は幸せになる

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 無事、何事もなく朝食を終えて。
 
 それではさっそく、家宰のローズマリーさんの待つ馬車へと移動するために宿から出たとき。
 私たちが動き始めるのを見計らっていたのか、外で待っていたらしい男たちが近寄ってきました。
 見た目は身ぎれいな格好の商人のようにも見えますが、腰につけている帯剣用のベルトと少し大ぶりなナイフ、それになんとなくですが目がいやらしく感じます。
 私の方を見てこんな雰囲気を醸し出しているのですから、横に立つノワールさんが小声で『クリスティナ様にそんないやらしい視線を向けて、こいつらバラしてもいいですよね』とかブツブツと呟いているのですよ。

「クリスティナ・フェイールさんですね。シャトレーゼ伯爵の使いで参りました。昨日のとある商会への侮辱行為について、色々とお話を伺わせていただきたいので同行願います」

 努めて冷静に告げている男性。
 その左右の男たちについては、いつでも動けるようと少し腰を低くしています。
 さて。
 あなたたちのすぐ後ろの馬車は、そのシャトレーゼ伯爵の使いの方の馬車なのですけれど、これってつまり、伯爵の名を語って私を連れていこうという魂胆ですよね。
 ほら、その証拠に馬車の窓からローズマリーさんが顔を見せていますし、何かをつぶやいています。

「クリスティナ様、今しがた、ローズマリーさんから許可を得ました」
「ということなので、この偽物たちをとっ捕まえて構わないな?」

 私にだけ聞こえるように小さい声で呟く二人。
 はぁ、私にも、ローズマリーさんが嬉しそうにサムズアップしている姿が見えますよ。
 それってつまり、伯爵家からの許可が出たということで構わないのですよね。

「お断りします。なぜ、私たちが同行する必要があるのでしょうか。もしも私に直接話がしたいというのでしたら……そうですね。せめて伯爵家家宰であるブラットベリーさんが迎えにくる程度でなくては話になりません」

 きっぱりと告げます。
 ええ、そんな家宰なんていませんよ。
 
「誠に申し訳ありません、家宰であるブラットベリーは所用で外に出かけて居まして。私どもが代理ということでやってきました。こちらとしてもあまりことを荒立てたくないので、どうぞこちらへ」

 そう男が告げると同時に、左右の男たちが前に出ましたので。

「シャトレーゼ伯爵家の使いを名乗る無頼漢についていくようなことはありません。そもそもブラットベリーなどという家宰は存在しませんよ!!」
「ちっ」

 堂々と大きな声で叫びましたよ。
 すると舌打ちをした瞬間に、男たちが私を捕まえようと前に出てきて……。

──ドサドサッ
 はい、膝から崩れ落ちました。
 ノワールさんとクリムゾンさんが勇者語録にある『電光石火』という速さで二人の男たちに接敵し、幻とも呼べる超人的な速度で拳を叩き込みましたよ。
 腹部に深々とつき込まれたノワールさんの拳と、同じく踏み込んでからの肘撃ちで相手の鳩尾をえぐるクリムゾンさん。
 一瞬で意識を刈り取られた二人の無頼漢はその場に倒れ、ノワールさんが足で踏みつけています。

「それで、二人はこの通りですがどうしますか?」

──カチャッ
 私の言葉と同時に馬車の扉が開き、ローズマリーさんが出てきます。

「ち、畜生!!」

 慌てて振り向くリーダー格のような男。
 そして素早くローズマリーさんが降りてきた馬車に目を付けると、その御者台に向かって走って……行く前にローズマリーさんに腕を取られ、そして地面に顔面から叩きつけられました。

──ドゴォッ
「うん、悪は滅びるというかなんというか。そんなかんじですね。ローズマリーさん、御怪我はありませんか?」
「大丈夫です。シャトレーゼ伯爵家で家宰として勤める以上、この手の輩など素手で取り押さえられなくてはなりませんから。今、警吏の騎士たちに突き出しますので、しばしお待ちください」

 そう告げてから、懐から小さな笛を取り出して高らかに鳴らしています。
 そしてやや少ししてから騎士たちが集まってくると、3人の暴漢は騎士たちに突き出されました。

「伯爵家の使いを名乗り御館様の大切な来客を攫おうとした輩です。しっかりと裏を取ったのち、極刑にてお願いします」
「畏まりました。屋敷までの護衛は必要でしょうか」
「それには及びません。なお、この件で手心を与えることはシャトレーゼ伯爵さまは快く思いませんので、それなりの対応をお願いします」

 ビシッと指示をだしてのち、ローズマリーさんが私たちのところへやってきます。

「それではクリスティナさま、ノワール様、クリムゾンさま、こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
「食後の運動にもなりませんでしたね」
「うむ、爪が甘いというか運が悪かったというか……」
「まあまあ、全員無事でしたので結果オーライっていうやつですよ、勇者語録にもあるじゃないですか」

 ということで、そのまま馬車に乗って伯爵邸まで移動。
 そのままあっという間に応接室まで案内されると、シャトレーゼ伯爵とその奥様、そして金髪イケメンの男性が室内に入ってきました。

………
……


「これはこれはクリスティナ・フェイール嬢、お久しぶりです。本日は無理を言ってきていただいて申し訳ない」
「大丈夫です、こちらとしても領都を出る前にご挨拶に伺おうかと思っていましたので。それで、なにか火急の用事があるとかでけれど、なにかあったのでしょうか? ある程度はローズマリーさんから伺っていますけれど、細かい部分につきましては伯爵さまに伺った方が良いかと思いますので」

 これはローズマリーさんから聞いた話の確認をかねて。
 そして私の言葉の意味がしっかりと伝わったのか、伯爵がひとつひとつ丁寧に説明を始めてくれました。

「まあ、説明もなにも、来月の頭に行われる息子ガトーと、隣国のエリー・マクガイア嬢との結婚に行って、実は頼みごとがあったのだが」
「はい。それではフェイール商店として、詳しいお話を伺わせていただきます」
「実は、異世界での結婚式について王城の勇者たちに話を伺ったのだが。おおよその流れは同じであったのだが、一部は違っていてな……そこにガトーが興味を持ってしまったらしく、それを再現できないものかと相談をされてしまったのだよ」

 私たちの世界でいう結婚式は、主に教会にで執り行われます。
 国の主神に誓いを立て、婚姻の証である指輪を交換。司祭様の祝詞が挙げられたのち、二人が幸せになることを契約の精霊エンゲイジさまに誓います。
 そののち聖歌を皆が歌い、その中を結婚した夫婦が教会の外へと向かって歩いていく。
 ええ、私も何度か、この結婚式についていったので間違いはありません。
 
 そして結婚式のあとは両家の見え張り合戦の開始、教会外での立食パーティーが始まります。
 それはもう盛大に、この結婚式でしか味わえないような料理が盛りだくさん。
 これも貴族として、自分の家格を示す行為であり、このために散財した挙句、当分は根菜の塩スープのみという生活を送っている貴族もいたそうで。

「……というのが一般的ですよね。では、異世界風というのはどのような感じでしょうか」
「おおよそは同じであるらしいが、なんでも新婦を彩るのはシルクのホワイトドレスだそうだ。あとは我々と同じような感じらしいが、楽団に曲を披露してもらい歌を歌ったり、一芸に秀でているものが芸を披露したりというのも聞いたな」
「それと料理ですわ。ええ、やはり異世界の料理をぜひとも並べたいのです」
「あとは、そう、結婚式に参列した皆さんにお土産を持たせるとかで……そのお土産の質によって、家格を表しているとも言われているそうですが」
「なるほど、初めて聞いたことばかりです」

 これは、もう少し踏み込んだ知識が必要です。
 【型録通販のシャーリィ】に、結婚式ついて説明されてる本がないかどうか調べる必要があります。
 それと、料理とドレスと引き出物ですか。
 ちょうど6月の特集コーナーに【ジューンブライト】について記されているページがありましたし、これが『幸せになれる6月の結婚』という意味も理解しています。

「では、一日お時間を頂いてよろしいでしょうか。こちらとしても色々と調べる必要がありますので」
「それは構わない。いや、一日で済むというのなら助かる。こちらとしても、あらかじめ用意するものなどが分からば、それに合わせて予算を組みなおす必要があるかもしれないからな」

 はい、そう呟いているシャトレーゼ伯爵の顔色はあまりよくありません。
 昨年のお嬢様のデビュタントでも、予定以上に出費がかさんだらしいので。

「畏まりました。それでは一旦、宿に戻って色々と調べることにします」
「ああ、フェイールさんの宿泊している宿については、こちらからも護衛を付けるようにしておくので。まさか伯爵家を語る愚か者が出て来るとは思っていなかったからな」
「ありがとうございます。では、本日はこれで失礼……」

 そう告げた時、伯爵夫人が私の手を取って目で何かを訴えています。

「今日は、異世界の装飾品は持ってきていないのかしら?」
「ええ……あの、ガトーさまの結婚式で出費がかさむのですよね?」
「それとこれとは話が別ですわ。ほら、二つの家の婚姻というのは、いわば見栄の張り合いって言われているのはフェイールさんもご存じですわよね?」
「はあ、さようですか、そうですね……」

 ということで、いましばらくは伯爵夫人とご子息のお相手をすることになりまして。
 その様子を眺めつつ、伯爵さまがヨロヨロと部屋から出て行ったのは見なかったことにしておきますね。
 ええ、お知り合い価格で提供させていただきます。
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