上 下
153 / 272
第4章・北方諸国漫遊と、契約の精霊と

第205話・バザールがおわったでござーる

しおりを挟む
 魔族の侵攻を指ししてから、すでに一週間。

 この間、色々なことが起こりました。
 なんといっても、救国の英雄と歌われているタイタン族のクリムゾンに一目会いたいという貴族が殺到し、避難してきた人々に無償で配布された『貴族ご用達といっても過言ではない肌ざわりの毛布』を求めて買い物客が殺到。
 炊き出しの味が忘れられず、ここに来たら食べられるのかという問い合わせもあったり、死者を弔うお香とキャンドルの取り扱いはないのかという人々もいらっしゃって。
 そして当然ながら、フェイール商店が『王室ご用達商人』としての許可を貰ったことから、多くの商会がフェイール商店を傘下に加えようと画策したり。
 また、一部貴族の方々は相変わらずエセリアル馬車を求めてやってきますが、この国の貴族は私たちに対して手出し無用という指示をうけているらしく、その手のちょっかいはかけてこないようにしているとか。
 
 つまり、面倒くさい交渉をしてくる方々は他国のギルドだそうですから、謹んでお断りを入れて無視する方向で話は終わっていますし、他の商会の傘下に加われという件についても、商業ギルドを通じて丁寧にお断りしますと告知してもらっています。

 そんなこんなで、精霊の祠への街道の安全が無事に確認され、私たちはようやく契約の精霊との話し合いに向かえるようになりました。
 大バザールの契約については今日で終了しますという連絡も行いましたので、あとは荷物をまとめて出発に相成りました。

「クリスティナさま、これで二階の荷物の纏めもすべて終了です」
「クリスっち、カウンターの荷物も箱詰めしてアイテムボックスに収めておいたし」
「馬車の準備も出来ておるぞ、これで全て終了じゃな」
「はい。長かったよような短かったような……でも、楽しいバザーでした」

 ちょうど商業ギルドの物件管理を行っている方が様子を見にやって来たので、そのまま鍵をお渡しします。

「はい、確かにお預かりしました。あと、この場所をについては、フェイール商店専用として開けておきますので、いつでも戻ってきて構いませんので」

 ニッカリとほほ笑みつつ、管理担当の方がカギを受け取ってから書類を私に差し出します。
 はて、何がどうしてそんなことになったのでしょうか?

「それはどういうことですか?」
「王宮から、この場所はフェイール商店用に貸し出すようにって連絡が届いたのですよ。残念なことにフェイール商店はわが国の商会ではないため、権利譲渡は行うことが出来ません。ですから、この場所をフェイール商店専用として王宮が借り受けることになりました。いつでも商業ギルドにいらしてくれれば、鍵はすぐにお渡ししますので」
「……はい、ありがとうございます」

 ああっ、ここにもちょくちょく来ないとならなくなりましたよ。
 まだまだ、やらなくてはならないことが山のようにあるのですけれど。

「クリスっち~、いつでも馬車を出せるし」
「あ、今行きますね……それではありがとうございました」
「いえいえ、それではまたのお越しをお待ちしています」

 担当の方との挨拶も完了。
 そして御者台にはクリムゾンさんが付き、いよいよロッコウ山脈東部中腹にある精霊の祠へ。
 山道を登らないとならないため、だいたい3日ほどの行程となるそうですが。
 この馬車なら、どこででも停車できますし柚月さん曰くの三食昼寝付き……バストイレ完備だそうですので安心して旅を再開することが出来ます。

「本当、あーしもこの馬車欲しいし。確かあーしの国でも、馬車を走らせるのには免許はいらない筈だし」
「免許? 異世界って馬車を操るのに資格がいるのですか?」
「そーだし。しかも大きさによっていろいろと種類があって細かく区分されているし。ちなみにあーしは資格を持っていないけれど、馬車はどうだったかな?」
「へぇ。異世界って楽しそうですよね。いつか、行ってみたいなぁ……」
「ん? いけると思うし。【型録通販のシャーリィ】の旅行券で、確か来れるはずだし?」

 ああっ、そうでした。
 旅行券というものがありましたよ。

「ちょ、ちょっと確認してみますね。最近は毛布とか食料品とか調味料関係ばっかりだったので、新しい型録についても確認していませんでしたよ」 
「この前、ペルソナっちが4月分の型録をもってきて……あ」

 そこまで話して、柚月さんが何かを思い出しています。
 
「んんん? 何かあったのですか?」
「んー。いや、ちょっと勘違いしただけだし。話しを戻すけれど、4月の特集はなにがあるし?」
「追加されたものは【入学・進学セール】ですね。あとは、【一つ上のお取り寄せ】フェアというものもやっていますが……あ、旅行券もありましたよ。伊豆諸島6泊8日の旅とか、沖縄漫遊5日間とか。イズ諸島は多分島の名前ですよね? オキナワは地名ですか?」
「うん。あーしのうちからは伊豆諸島が近い……って、近くないし。同じ東京なだけで、海の向こうだし。沖縄はまあ、あーしのおばぁの住んでいるところが近いし。どっちもいい場所だし」

 へぇ。
 今度、みなさんで行ってみたいですね。
 異世界旅行が楽しめるなんて、普通では考えられませんからね。

「確か、異世界では社畜旅行というのがあるのですよね? 年に一度か二度、会社の皆さんで旅行して上司の方にお酒を注いだりセクハラされたりとか。お酒を注ぐというのはエルフの風習でもありますのでわかりますが、セクハラというのはどのようなことをされるのですか?」
「んんん? 勇者語録にはセクハラはないし?」
「あるのはパワハラというやつですよ。貴族が市井の人々に行うことで、権力をかさに着てやりたい放題なことをするのがパワハラですよね?」

 そう問いかけますと柚月さんが腕を組んで考え込んでいます。

「んんん……あっているといえばあっているし。違うのは上司が部下に行うっていうことだし。セクハラはまあ、こんど説明するし」
「はい。それでは楽しみにしていますね」
「あはは~。まあ、のんびりと待つし」

 そんな感じで型録の新商品をチョイスしたり、定番商品の追加発注を行ったりと、楽しい三日間を過ごしていました。
 ちなみに納品は毎朝、クラウンさんが届けに来てくれました。
 夕方の当日配達を急ぐほどのことはありませんし、道中に村落もありませんでしたから。
 ただ、この精霊の祠へと続く街道は、本来は中腹を回って北方の集落へと向かうためのものだそうで、そちらへ交易に向かう馬車や、そちらからやってくる商人の姿もちらほらと見えています。
 この街道を途中から頂上の方へと道をされて進んだ先に、精霊の祠があるそうで。
 
 王都マツダズームを出てから3日後。
 私たちは無事に、精霊の祠と呼ばれている洞窟へとたどり着くことが出来ました。
 周囲を深い森に包まれ、さらに精霊魔法による『認識阻害』と『永遠の迷宮』という二つの魔法によって隠されている洞窟。
 人が近寄った形跡もなく、本当に隠された場所であるというのがよく分かります。

「……クリスティナさま。それでは参ります」
「はい、先行をお願いします」
「あーしはクリスっちの横を歩いていくし。クリムっちは後ろを見張ってくれると助かるし」
「まあ、何もついてきてはおらんからなぁ……」

 そのまま、周囲に気を付けて洞窟の中へ。
 どれだけ奥に向かうのかとドキドキしていましたら、一歩踏み込んだ瞬間に周囲の風景がスーーッと変わっていきました。

「うわぁ……」

 なだらかな丘陵地帯。
 そこにある祠から出てくると、目の前には紫色の花が咲き乱れる草原が広がっています。
 そしてそこの丘陵を下った先に、小さな町が見えています。

「これが、精霊の祠の中……」
「正確には、精霊界の東方の森の近く、エンゲージたちの管理する領都じゃよ。そこに見えるのが、契約の精霊であるエンゲージたちの住む町じゃな」
「へぇ……凄い……それに心なしか、空気がおいしいです。なんていうか、スーッとしていて甘いような、なんていうのかな」
「精霊力が充満していますからね。この世界の精霊人は、この精霊力が満ちた大気の中でしか生きられません。まあ、何事にも例外はありますけれど」

 そういえば、確かペルソナさんがマスクを着けて顔を隠しているのも、私たちの世界では精霊力が薄いからとか、そんな話を聞いたことがあったような気がします。
 
「よっし、とっとクリスっちの契約を破棄して貰って、ハーバリオスに帰るし!!」
「そうですね……でも、このあとは東部のハマスタ王国まで足を伸ばしてみたいと思いますけれど」
「んんん。まあ、しばらくクリスっちもオーウェンとかいうところに戻っていないから、一度戻って元気に顔を見せてあげてもいいとおもうし」

 確かに。
 たまに指定配達で商品を届けてはもらっていますけれど、顔も出した方がいいですよね。
 
「それでは、契約の解除が出来たら、一度ハーバリオスに戻りましょう!!」

 それじゃあ、まずは町まで向かうことにしますか。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】妃が毒を盛っている。

ファンタジー
2年前から病床に臥しているハイディルベルクの王には、息子が2人いる。 王妃フリーデの息子で第一王子のジークムント。 側妃ガブリエレの息子で第二王子のハルトヴィヒ。 いま王が崩御するようなことがあれば、第一王子が玉座につくことになるのは間違いないだろう。 貴族が集まって出る一番の話題は、王の後継者を推測することだった―― 見舞いに来たエルメンヒルデ・シュティルナー侯爵令嬢。 「エルメンヒルデか……。」 「はい。お側に寄っても?」 「ああ、おいで。」 彼女の行動が、出会いが、全てを解決に導く――。 この優しい王の、原因不明の病気とはいったい……? ※オリジナルファンタジー第1作目カムバックイェイ!! ※妖精王チートですので細かいことは気にしない。 ※隣国の王子はテンプレですよね。 ※イチオシは護衛たちとの気安いやり取り ※最後のほうにざまぁがあるようなないような ※敬語尊敬語滅茶苦茶御免!(なさい) ※他サイトでは佳(ケイ)+苗字で掲載中 ※完結保証……保障と保証がわからない! 2022.11.26 18:30 完結しました。 お付き合いいただきありがとうございました!

とある婚約破棄の顛末

瀬織董李
ファンタジー
男爵令嬢に入れあげ生徒会の仕事を疎かにした挙げ句、婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を告げた王太子。 あっさりと受け入れられて拍子抜けするが、それには理由があった。 まあ、なおざりにされたら心は離れるよね。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」 9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。 そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。 幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。 叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

妹に出ていけと言われたので守護霊を全員引き連れて出ていきます

兎屋亀吉
恋愛
ヨナーク伯爵家の令嬢アリシアは幼い頃に顔に大怪我を負ってから、霊を視認し使役する能力を身に着けていた。顔の傷によって政略結婚の駒としては使えなくなってしまったアリシアは当然のように冷遇されたが、アリシアを守る守護霊の力によって生活はどんどん豊かになっていった。しかしそんなある日、アリシアの父アビゲイルが亡くなる。次に伯爵家当主となったのはアリシアの妹ミーシャのところに婿入りしていたケインという男。ミーシャとケインはアリシアのことを邪魔に思っており、アリシアは着の身着のままの状態で伯爵家から放り出されてしまう。そこからヨナーク伯爵家の没落が始まった。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。