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第3章・神と精霊と、契約者と

第113話・お待たせしました、型録通販のシャーリィです

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 三本の波飛沫。

 サライ沖海上を爆走する3台の馬車。
 扉には【型録通販のシャーリィ】の紋様が浮かび上がり、御者台ではエセリアルホースを自在に操る三人の姿がある。

「ねぇ、ペルソナ。今回の件、シャーリィさまはどれぐらいお怒りなのかしら?」
「秩序の女神メルセデスさまに、直接、話をつけに向かった。海神リバイアスが主犯だとするならば神威降格、亜神から真竜への降格処分は免れないだろう。神々の約定である『人間への直接干渉』と言うものを破った……」
「でも、シャーリィさまも、ヴェルディーナ王国の教会の信徒を救ったわよね? あれは干渉にならないのかしら?」

 そのクラウンの問いかけに、ペルソナも少しだけ沈黙。

「クラウンや、そうペルソナを責めるでない。あの件は、聖女からの願いをシャーリィさまが聞き届け、クリスティナ嬢へ神託という形で願いを届けた。それに、あの手段を思いついたのはあの子だからな。シャーリィさまは、クリスティナ嬢の発想力の無限さに賭けたのじゃよ」
「ふぅん。まあ、私にはその辺りの事情はわからないのですけれどね。それで、よくもまあリバイアスは、こんな暴挙に出たものね」

 そのクラウンの問いかけもご尤も。
 世界を統べる神々にとっては、海神リバイアスは下級神であり海王神ネプトゥスの眷属。そのようなものが、上級神の怒りを恐れることなく約定を無視して暴挙に出るなどあり得ない。
 それがわかっているからこそ、クラウンもペルソナも、そしてジョーカーも、今回の顛末の影に存在するものに興味があった。

「おそらくは……魔族だな」
「それも、かなりの上級魔族であろうな。初代魔王の四天王、その封印が綻んだのか、それとも血族が覚醒したのか……いずれにせよ、勇者の力が必要な事態が訪れ始めているのは必至。当代の勇者達では、手も足も出ないかもしれないのう」

 ペルソナの言葉に、ジョーカーも頷きつつ呟くのだが。
 
「そんなくだらない事に、クリスティナさんを巻き込むな……」
「はいはい。本当にペルソナって、あの子のことになると変わるわよね」
「まあ、言うてやるな。シャーリィさまがペルソナさまをクリスティナ嬢の担当にした理由、それはクラウンも知っているだろうが」
「そうね。まあ、その話はまた今度という事で……島に上陸するわよ?」

 すでに島が見えている。
 その手前にある、人の目には映ることのない結界も。
 意図的に、この場所に人がよらないようにと仕掛けられた『認識誘導』の効果を組み込んだ結界。これがある限り、人間や動物は、この島を意図的にされていき、近寄ることも許されない。
 だが、エセリアルホースに引かれた馬車は、そんな結界などなかったかのように一直線に島目掛けて飛び込んでくると、虹色の結界など『無かった』かのようにすり抜けていく。

 そのまま道なき道を走り抜け、木々や岩をも透過して、まっすぐに島の東部、岩山をくり抜いて作り出した自然の要塞・対魔族収監場へと走り抜け始めた。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


──リバイアス島・青竜の居城
 対魔族収監場の一角に作られた城、そこはリバイアスが眷属と共に暮らすために改造された場所。
 ここの祭壇の間から、彼女は世界中の海神リバイアスの神殿からの声を聞き、そしていくつもの神託を授けている。

 その彼女がクリスティナを知ったのは、今から半年ほど前のこと。
 それまでは、退屈な日常を少しでも楽しいものとするため、過去の勇者の残した碑文や石碑などを集め、それを読みながら自分たちの知らない異世界に心を踊らさせていた。
 
 そんなある日、サライの教会から捧げられた奇妙な菓子。それを手にし一口味わった時、リバイアスのなかの常識がゆっくりと塗り替えられ始めた。
 何のことはない、フェイール商店の露店で買い物をした旅のの信徒が、異世界の菓子を少しだけ奉納しただけ。
 だか、それはリバイアスにとっては信じられないものであり、まさかこの世界で異世界の食べ物が手に入るなど、予想もしていなかったのである。

 それからは、リバイアスは常に『フェイール商店』の菓子を奉納するようにと神託を捧げた。
 そして教会の修道女達は、リバイアスの言葉に従うようにフェイール商店の商品を次々と購入。やがては食べ物だけではなく衣類や嗜好品なども求め始めたのだが、残念な事にフェイール商店はどこかへ旅立ってしまった。

 内陸部の教会にも神託を授けたものの、リバイアスの言葉を100%正確に聴き、それを理解できるほどの信仰心高きものはいなかったため、ここでリバイアスはフェイール商店の商品を手に入れることができなくなってしまった。

 それから暫くは海も荒れ始め、特にサライから沖合及び西方への航路付近は船が通らなくなるぐらいに海が荒れた。
 万が一にもフェイール商店の関係者が他国に行ってしまわないよう、自分の膝下に置いておきたい一心で航路を荒らさせたのだが、それでも彼女の足取りは掴めなくなっていた。

 やがて開港祭が始まるが、リバイアスはいつものように届けられた、以前とは違い味気ない、興味を失った供物を死んだような目で見ていた。

「リバイアスさま。フェイール商店が、サライへやってきました」

 その修道女の言葉を聞いた時、リバイアスはどれほど胸を躍らせていたであろうか。
 すぐにフェイールを教会へ連れて来るようにと神託を届けようとしたのだが、最悪な事に、フェイールの近くには勇者がいる。
 例え亜神といえど、神々の眷属は勇者とことを荒立ててはいけないしきたりがある。
 かつて、破壊神が魔王を操った世界を支配しようとしていた時、勇者はその聖なる武具により、破壊神を追い詰めた。

 聖剣、それは、如何なるものをも滅する。

 その聖剣は、勇者の手の中にある。
 つまり、クリスティナと仲のいい勇者ならば、彼女が連れ去られたと知ったら問答無用で取り返しにくるだろう。

 その時は、リバイアスは滅されてしまう。

「……供物を持ってこい。今は、それでいい……」

 苦渋の選択。
 そしてクリスティナが勇者と別れた後も、彼女に付き従っているエセリアルナイトを警戒し、手を出さなかった……。

 そしてある日。
 一人の女性が、教会に姿を表す。

「これは、リバイアスさまの飢えを、渇きを癒してくれる魔導具です。これを用いれば、フェイールはあなたの巫女となるでしょう……」

 そう告げられて、教会に捧げられた奇妙な袋。
 それが何であるのか、リバイアスは一瞬で理解できた。
 中に収められていたのは、三つの魔導具。
 その一つが、神をも封じる術式の刻まれた袋。
 だがそれを使いこなせるのは、勇者のみ。
 それならば、勇者を操ればいいのではないかと、リバイアスは考えたのだが。

 勇者の思考を操作するなど、たとえ神であっても不可能。
 だが、その力を封じられた勇者なら?
 少しでも勇者としての資質が残っているのなら、この魔導具は使えるはず。
 そして堕ちた勇者・タクマを召喚し言葉巧みに魔導具を手渡すと、勇者がいなくなった隙を狙って、それを使ってエセリアルナイトの二人を封じるように伝えた。

 これで、全ては終わり。

 あとは、封じの魔導具と同じ日に捧げられた『支配の聖痕』、これをクリスティナに刻み込み、魂からの支配を行うだけ。
 そうすれば、彼女は自分のもの。
 だが、リバイアスは祠から動けない。
 彼が動けるのは、神威漂う聖域のみ。
 故に、リバイアスは彼の元に魔導具を齎した女性に聖女たる加護を授けた。
 
「我が聖女ストラトスよ。我が加護を授ける故に、我が代理人としてフェイールを我が巫女となすが良い」
「かしこまりました、我が主の命ずるままに」

………
……


 ウロウロウロウロ

 居城の大広間。
 そこでストラトスは、今か今かと待ち望んでいた。
 クリスティナの体に刻み込んだ術式、それは確実に彼女の心を支配する。
 もしも邪魔が入ったとしても、三つの魔導具の最後の一つ、霊子崩壊術式ディスインテグレートの組み込まれた錫杖がある。
 これさえあれば、たとえ上位神であろうとも彼女に勝てるはずがない。

「……ふふふっ。これがあれば、私は無敵なのよ……メルセデスも、シャーリィも。そしてリバイアスも。この私に逆らうことなんて出来なくなるのよ……」

 手にした錫杖から流れて来る力。
 その黒い何かは、ゆっくりとストラトスの心を、身体を支配し始めている。
 だが、それに気づくものはなく、それを咎めるものもなく。
 やがて魔族へと覚醒したストラトスは玉座に座ると、そこで静かに時が来るのを待つ事にした。

………
……


──コン……コン……コン……コン……
 回廊から、何かが歩いて来る音がする。
 また聖女が私を笑いにきたの?
 私はもう、帰れないの……。

 心が溶けていく感覚がする。
 助けてほしい。
 誰か、私を助けて……。
 お願い……助けて……ペルソナさん……。

──ガチャッ
 扉が開く。
 まさか聖女はここまで来たの?

「クリスティナさま、お待たせしました。型録通販のシャーリィより、夕方便でのお届けに参りました……」

 扉を開けて入ってきたのは、あの聖女ではなく、黒いローブのクラウンさんです。

──ジワッ
 涙が溢れてきます。
 助けに来てくれたのですね。

「さて、納品と行きたいのですが、ここまで馬車は入ることができませんので。このまま馬車まで移動する事になりますけど、よろしいでしょうか?」
「あ、は、はい……でも、私……もう力が入らないし……目も霞んで……」

 涙で霞んだのではなく、胸元の術式により視力が奪われ始めたようです。
 でも、クラウンさんらしい人がベッドまで近寄ってきてくれると、私を抱きしめて、そして抱き上げてくれました。
 これは、ペルソナさんにされたことがある『お姫様だっこ』ですね。

「間に合いましたか。クラウン、薬をください」
「はいは~い。こんなこともあろうかと、ちゃんと霊薬エリクシールはお待ちしていますよ」
 
 あ、ペルソナさんの声も聞こえてきました。
 それじゃあ、私を抱きしめているのは、ペルソナさんですか?

「これを飲めますか?」

 そう呟いてから、私の口元に薬の瓶を付けてくれますけれど。
 御免なさい。
 もう、飲む力も出てこなくて。

 すると、何かが私の唇に触れます。
 そしてゆっくりと口が開くと、少しずつ、薬を飲ませてくれました。
 本当に少しずつ。
 でも、それが身体の中に浸透していくのがわかります。
 よかった。
 ペルソナさんが、助けに来てくれたのですね……。
 ブランシュさんと、ノワールさんも……。

………
……


「うん、安心したのか、眠りについた感じだな」
「……あの、一つだけ言わせてもらいますけど。そこは口に含んで、口移しで飲ませるのが浪漫ではないのですか? わざわざ癒しの杖で少しだけ回復させてから飲ませるなんて……貴方はお子様か!!」

 そのクラウンの言葉で、ペルソナは手にした癒しの杖をアイテムボックスに収める。

「わ、悪かったな!!」
「はいはい。それじゃあ、ペルソナさまはクリスティナさんを連れて馬車まで向かってくださいね。私はジョーカーと合流して、悪い海神に操られている魔族の聖女にお仕置きタイムですから……」
「よろしく頼みます。魔族の干渉とは予想外でしたが、貴方とジョーカーの二人なら問題はないでしょうから」
「はいはい。先にサライまで逃げていて大丈夫ですから、そのあとで納品させてもらいますけれどね」

 クラウンの言葉に頷いてから、ペルソナはクリスティナを抱き直す。
 そしてクリスティナを抱き抱えたまま、認識阻害の効果を発動してから、建物の外へと走り出した。
 
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