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第3章・神と精霊と、契約者と

第103話・新しい型録は、不思議が一杯でした

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 朝、目が覚めます。

 もう冬、いくら南方の地でも、早朝は少しだけ肌寒く感じます。
 とりあえずは身支度を……おおお、体が動きません。

「ウニャウニャ……」

 横で眠っている柚月さんに、ガッチリと体を抱きしめられています。
 これは、まさか。

「私、抱き枕カバーですか!!」

 ええ、抱き枕カバーというのは、先日、武田さんに頼まれた商品の一つです。
 もうこの世界に来て半年以上が経過するので、そろそろ故郷が懐かしくなってきたとかで、そこで、私に抱き枕カバーというものがないか問い合わせてきましたのです。
 でも、抱き枕カバーなるものがよく理解できませんでした。
 こう、扇情的な衣服を着た女性の姿が印刷された枕用のカバーとかで、その枕も大きく、つまり枕に等身大の女性が描き込まれているようなものだそうで。
 今の柚月さんが私を抱きしめながら眠っているかのように、抱き枕とはその名の如く、抱きしめて眠る……あ、抱き枕カバーではなく、私が抱き枕なのですね。
 つまりは、そういうものです。
 当然、シャーリィにはありませんよ、私も初めて聞きましたから。

「あの、柚月さん。そろそろ朝ですよ?」
「ん~、コーンフレークが食べたいし」
「コーンフレーク? シリアルのことですよね? ありますよ?」

──ガバッ!!
 いきなりベッドで跳ね起きて、私の肩を抱きしめる柚月さん。
 はい、まだ寝ぼけていますね。

「朝ごはんはシリアルだけでいいし~。チョコのやつが好きだし~」
「チョコもありますし、こう、ドライフルーツのやつもありますよ。それと、五穀米? 何かわからないお米もありますけど?」
「……目が覚めたし。って、どうしてクリスっちが抱きついているし?」
「逆ですよ。柚月さんが私を抱きしめているのですって……」

──ガラガラガラガラ
 そんな話をしていますと、どこからともなく聞き慣れた馬車の音。
 型録通販のシャーリィから、型録ギフトが届いたようですよ。

「あ、い、急がないと!!」
「何かあったし?」
「シャーリィの配達馬車が到着したのですよ!!」
「……手伝うし」

 大急ぎで身だしなみを整えます。
 そしてしっかりと着替えてから、宿の外に飛び出しました。
 この間、わずか12分。
 勇者語録による着替えの最高速度は、確か1ミリ秒とかいう人がいるそうですし、船乗りは40秒で身支度をしないといけないそうです。
 本当に、異世界は厳しい。

「おはよう御座います。型録通販のシャーリィの配達です」
「はい、いつもありがとうございます……って、ペルソナさん!!」

 白い馬車に白い帽子とペストマスク。
 あれ? 朝の配達はジョーカーさんで、あ、そうか、彼は取次店の担当になったのですよね。

「ん? 私に何か?」
「いえいえ、ペルソナさんおはようございます。朝の担当も兼任ですか?」
「本日は配達品と一緒に、年末年始の新しい限定型録をお持ちしましたので。では、先に納品から終わらせてしまいましょうか」
「はい、よろしくお願いします」

 帽子を脱いで挨拶するペルソナさん。
 私も思わず、深々と頭を下げてしまいました。
 そして馬車の後ろを開けて、新しい型録を二冊、私に手渡してくれます。

「ご注文の『型録ギフト』です。こちらが『日用雑貨』『アメニティ』『食料品』の型録、そしてこちらが『衣料品』『食料品』『アメニティ』の型録です。ご確認ください」
「ありがとうございます、では早速確認しますので、少々お待ちください。ブランシュさん、荷物の受け取りをお願いします」
「了解。姐さん、ひとまず俺が預かっておくからな」
「はい、確認が終わったらすぐに受け取りますので」

 受け取ったカタログの目次を確認します。
 はい、しっかりと、注文通りのカタログが届いていました。
 内容についても、私が一度、取り扱ったものなども網羅されていますので、柚月さんたちもこれで満足かと思います。

「いよっ!! ペルソナさんおひさ!!」
「おや、どなたかと思いましたら、勇者の柚月さんですか……本当に、歴代勇者相手には、認識阻害効果は発動しないのですよねぇ」
「にしし。伊達に大賢者じゃないし。それよりも、教えて欲しいことがあるし」

 何やら、柚月さんとペルソナさんが話をしていますね。
 まあ、とりあえず私はこちらに集中しましょう。

「なしてペストマスクをつけているし? そもそも、こっちの世界ってペストがあったし?」
「ありましたよ。初代勇者の召喚時に出すからもう500年ほど昔ですかね。魔王の側近で、疫病を流行らせる奴がいまして、そいつがばら撒いたものが黒死病という伝染病でした」
「……ペスト?」
「はい。幸いなことに、当時の聖女は医学に精通していたらしくてですね。魔法により黒死病を処置し、仲間たちには伝染病を防ぐために装備、すなわちペストマスクを装着させて治療にあたらせていたのです」

 淡々と話をしている二人なのですけど、あの、気になって型録の確認作業が滞ってしまうのですが。

「ふぅん。でも、今はペストがないし。どうしてペルソナっちは、ペストマスクをつけているし?」
「ああ、これは私の姿をお見せできない理由もありますが、何よりも、人間界の大気には瘴気が少なからず含まれています。それは、私たち精霊界の住人にとっては毒のようなものでして、それを中和するために、これをつけているのですよ」
「ふぅん。なるほど、理解したし。ここにくる配達員は、皆んな、ペストマスクつけているし?」
「いえいえ、普通の精霊人は多少の瘴気ごときには負けることはありません。ですが、私はちょっと体質的に……ね」

 そうなのですか。
 以前は帽子もかぶっていましたし、ひょっとしてらお顔を拝見できる日が来るかもと思ってましたけれど。
 でも、精霊人エレメンタラーだったとは予想外です。

「精霊人って、体弱いし? あーしたち人間とは違うの?」
「基本的には同じですよ。実際に、精霊人と結婚した人間もいますからね。そもそも、ハイエルフは精霊人に属するのですよ?」
「なるほど……クリスっち、良かったね?」
「はぁ!! どうしてここで、私の名前が出てくるのですか?」
「まあまあ、それよりも、確認終わったし?」
「とっくに終わってます!!」

 全くもう。
 それよりも、確認完了したので、早速支払いですよ。

「柚月さんも中々、面白い方ですね。歴代勇者となりますと、大抵は堅物であったり、権力を得て傲慢になったり、その逆に過度な期待に耐えきれずに病んでしまった方もいらっしゃいますから」
「そうなのですか……、あ、今日もチャージでお願いします」
「はい。では、いつも通りに」

 アイテムボックスから【シャーリィの魔導具】を取り出し、支払いを済ませますと、いつものようにペルソナさんは笑顔で私を見ていました。
 
「いつも型録通販のシャーリィをご利用いただき、誠にありがとうございます。それと、こちらは年末年始限定の型録です。異世界にとっては、毎年の年末年始は大切な行事なので、このように特別な商品が販売されますので」
「そうなのですか、ありがとうございます」
「へ? 年末年始? クリスマスケーキとか七面鳥とかあるし?」
「クリス……マフ?」
「クリスマスだし。あとで一緒に見たいけど、良いし?」
「ふふ、構いませんよ」

 本当に嬉しそうな柚月さん。
 その姿を見るだけで、私も元気を分けてもらっているような気になりますよ。
 それで、今日はブランシュさんが沈黙していますけど、なぜでしょうか?

「余計なことを言わないようにって、釘を刺されたんだよ、シャーリィ様から」
「余計なこと? まさか、柚月さんに何か話したのですか? 喧嘩でもしたとか?」
「あ、いや、そうじゃなくて、まあ、色々とあるということで」

 ブランシュさんが、また沈黙しました。

「それでは、またのお取次を楽しみにお待ちしています。基本的に朝もクラウンが配達人としてきますけれど、今回は、期間限定型録を届けるためにやってきました。では、また一週間後に」
「はい、お疲れ様でした」

 深々と頭を下げますと、ペルソナさんはいつものように馬車に乗って走って行きました。
 そして姿が消えると、お約束のように周りに集まっていた商人が集まってきますけれど。

「本日は予約品のみで、新しい商品な入荷していませんので」
「あ、そうなのか。それじゃあ仕方がないなぁ」
「うーん、残念だ。フェイール商店の新商品が入手できると思っていたんだが」
「残念無念……では、またの機会に」

 もう顔馴染みになった商人さんたちが、手を振って立ち去っていきます。
 このサライでも、顔馴染みの商人さんが増えるというのは、なんだか嬉しいですよね。
 
「さてと。お待たせしました。こちらがご注文の【型録ギフト】です。金貨一枚まで商品を購入できますので、お好きなものをお取り寄せしてください」
「はーい、ありがとうだし。まあ、本当に困ったらすぐに飛んでくるので、その時は色々とお願いするし」
「了解ですよ。それで、今日は王都に向かうのですよね?」

 勇者としての任務を終えた皆さんは、国王陛下への報告があります。
 ですから、急いで帰らないとなりません。
 ちょっと寂しいですけどね。

「ん? これからクリスっちの部屋で、型録をよむし。帰るのは明日の朝に変更だし!!」
「そ、それで良いのですか?」
「あーしたちが西方諸国に向かうことは、聖域奪回成功時に騎士団長に話してあるし。だから、そんなに仰々しい報告は必要ないし。それよりも、この年末年始グッズは、あーしが説明しないとわからないんじゃない?」

 ニマニマと話す柚月さん。
 うう、痛いところを突かれてしまいました。

「そうですね。よろしくお願いします」
「どん、と大船に乗ったつもりで頼ってくるし」

 大きな声で叫ぶ柚月さん。
 その前に、武田さんたちの注文品もお渡ししないとなりませんよね。
 ということで、まず先に、武田さん、緒方さん、そして紀伊國屋さんの三人の注文品をお渡ししてしまいましょう。
 今日も、楽しい一日になりそうです。
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