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第一章・迷宮大氾濫と赤の黄昏編

最下層攻略戦~悪魔の所業~

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 タッタッタッタッ。

 エリオンがトワイライトとの一戦を行っている最中、レムリアもまた最下層へと続く階段を駆け下りている。
 そのはるか後方では、他の回廊の制圧が完了しボス部屋に合流した冒険者たちが今一度英気を養い、レムリアへ続くために準備を行っているところである。
 彼女がゲートキーパーをせん滅した直後、他の回廊が全て消滅したため冒険者たちは合流せざるを得なくなったというのが真実ではあるが。

「……到着。やっぱりここが最下層、そしてダンジョンコアのある場所」

 広い空洞、その中心にそびえたつ巨大な樹木。
 直径50メートルはあろう巨大樹の幹の中心あたりに、静かに脈打つルビーのような宝石が埋め込まれている。
 そしてその周囲には、耳の長いエルフたちが弓や槍を構えてレムリアの動きをじっと観察していた。

「トワイライトの話していたやつ? でも、彼らからは瘴気を感じない……」

 そう呟いた時、ふとレムリアを狙うエルフたちの様子がおかしいことに気が付いた。
 ダンジョンの瘴気から生み出される魔物は、生きとし生けるものを殺すという殺人衝動に操られている。
 それゆえ、知性を持つリッチロードのようなものでも、侵入してきた冒険者に対しては敵対意思をょ示すのが普通であるが。
 今、レムリアの目の前のエルフたちからは、敵対意思はあるものの殺意は感じられていない。
 ただ、レムリアの動きを監視し、それに対処すべく動向を伺っているようである。

「……私はレムリア、魔導レンタルショップ・オールレントの従業員。今回は分け合って、このキノクニ領の領主であるブンザイモン・キノクニとのレンタル契約により、ここのダンジョンコアを破壊するための戦力として貸し出された……あなたたちが邪魔をするというのなら討伐する、そうでなければ、このダンジョンコアを破壊するまで下がっていて欲しい」

 そう告げると。

――シュンッ
 レムリアの足元に矢が数本突き刺さる。
 巨大樹の枝で弓を構えていたエルフが放ったのである。
 そしてレムリアをじっと睨みつけると、枝の上のエルフが言葉を発した。

「悪いが、その申し出は受け入れられない。このダンジョンコアを破壊するというのなら、我々はそれを阻止するまで」
「なぜ、エルフがダンジョンコアを守るの?」

 そう問いかけつつ、目の前の巨大樹をじっと観察する。

(デバイス反応、瘴気0.5、精霊力250000……この巨大樹はダンジョンの瘴気から生み出されたものではない?)

 まさかと思い、周囲のエルフたちの様子も測定するが、やはりダンジョンから生まれたものではない。
 普通のエルフ種として命を持っているだけでなく、その体内に異形の核まで組み込まれているのが確認できた。

――バッ!
 レムリアの言葉に反応するかのように、一人のエルフが自分の胸元をさらけ出す。
 そこには、こぶし大のルビーのようなものが組み込まれており、巨大樹のダンジョンコアのように脈動していた。

「……この巨大樹は、我らが里に生えていた精霊樹だ。異界貴族のトワイライトは、我らが里を実験滋養として滅ぼしただけではなく、精霊王より授かった精霊樹にダンジョン核を埋め込み、このダンジョンに配置した……」
「それを護るべく、我らの体にも核を埋め込み、ダンジョンコアをリンクさせたのだ……このダンジョンコアを破壊されたら精霊樹は死んでしまう……そして我々もだ」
「頼む……トワイライトは、ここでこの巨大樹を護っているのなら、この地を我らが新たな里として認めると約束してくれたのだ……だから、帰ってくれ!」

――ポコッ……ポコッ
 エルフたちが叫ぶ間に、巨大樹の枝のあちこちに黒い果実が出現する。 
それは瞬く間に巨大化すると、地面に落ちてゲートキーパーを生み出した。

「……この樹木から生まれてくるのは、もうゲートキーパーのみ。あなたたちは魔物を生み出す化け物を護るために、この地を護るというの?」
「う、うるさい黙れ! 貴様に何が判るというのだ!!あの男は、我らが里のすべてを凌辱したのだぞ」
「実験と称して、奴は我が種の女性と魔物の異種交配実験をした……遺伝子改造などというバカげた魔術を用い、どのような化け物の仔も孕む体に改造されたのだ……わかるか、望みもしない子を孕み気がふれて自ら命を絶って行った女たちの無念を」
「それだけじゃない……男たちも自らの自我を封じられ、ただひたすらに子を作るための道具に成り下がってしまったのだ……」
「もう、我らが純血種はここにいるものたちだけ。それすら奴らは、精霊樹を護るために一つになれと、このような異形の核を組み込んだ……我々はもう、自らの意思で死ぬことはできない」

 血の涙を流しつつ、エルフたちが叫ぶ。
 彼らはおそらく、自らの意思で命を絶とうとするとリンクしているダンジョンンコアがそれを止めるのだろう。
 巨大樹は、彼らに自死を認めない。
 自らを護れと、そのための盾となれと。
 そのために力を与えられ、ただひたすらに、もう子孫を残せなくなった彼らは、永遠にこの地で巨大樹を守るのだろう。

「……分かったら、とっとと此処から立ち去れ! さもなくば、我々は生きるために貴様を殺さなくてはならない」

 再び大量の矢がレムリアに降り注ぐ。
 だが、それは彼女を傷つけることなく、全て周囲の地面に突き刺さった。

「……トワイライトのやったことは畜生にも劣る。でも、ここでいつまでも、こうして生きていくことは不可能。それは判っているの?」

――シュンッ
 レムリアの頬を掠めるように、一本の矢が掠めていく。
 そして頬から流れる赤い血を指先でぬぐい取ると、レムリアは振り向いてその場から立ち去るべく、階段を上り始めた。

「……あなたたちは、どれだけ自分たちがひどい目にあっていても、罪なき隣人を傷つけることを嫌う……それに、貴方たちの意思ももう、ダンジョンコアに侵食され始めている……だから、あの言葉は言えないのでしょう」

 ダンジョンコアの言いなりになるのなら。
 それならば、彼らは自らの死を求める。
 だが、それもダンジョンコアに侵食されている以上不可能。
 だから、彼らは訴えていた。

 自分たちを……殺してくれと。
 彼らの里は滅ぶが、他の多くのエルフたちはまだ存在している。
 それが判っているからこそ、レムリアの前に立ち憚ったエルフたちは、己の尊厳と、闇に堕ちた精霊樹を護り溜めに死を選んでいた。

 だから、レムリアは決断する。
 彼らの尊厳を無駄にしたくないと。

「エリオン……転送要請。4番倉庫の浄化の鉄槌ディスインテグレーターを転送して欲しい……滋養侠については、今から転送する。極地攻撃ではなく、広範囲浄化型に調整して欲しい」
『30分、それだけ時間を稼げ』
「了解」

 その言葉の直後、レムリアは階段の上で振り向くと、ゆっくりと負いかけて来るゲートキーパーの殲滅に意識を集中させることにした。
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