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第11話・女王様はカレーが嫌い?
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加賀たち査察団が神聖ミーディアル王国にやってきた翌日。
議員や報道官、大学教授たちは二、三人で一つのグループをつくると、通訳代わりの騎士団と共にミーディある王都内部の散策へと繰り出した。
そして加賀はというと、異世界ギルドの受付横で担当官のカティーサークとメリッサ女王と共に、運ばれてきた貢物や様々な食材について議論をしている。
「まず大前提として、生物は全面禁止です」
異世界貿易担当官のオリヴィエという女性が、テーブルの上に置かれている食べ物についてそう話している。
「そうですねぇ。私どもは受け入れてもいいと思いますが、そこまで気になるものですか?」
「いえ、日本国の食材は確かに美味しいと思います。けれど、それを輸入するかどうかは話が別です」
そう話すと、オリヴィエが一つ一つ説明してくれた。
「アルス・メリアの生物をそちらに連れて行くと、環境の変化でどうなるかわからないのですよ。それに、卵がそちらで孵化したら、最悪取り返しがつかなくなりますよ?」
「そうなのですか?まあ、確かにドラゴンやモンスターの卵が孵化したら困りますよね」
「魔法でしか傷つけることができないモンスターも、結構いますから。それと人間を捕食したり、寄生するタイプもいますからね」
──ゾクッ
その説明を聞いた瞬間に、加賀は寒気を感じた。
魔法がない世界でそんなものが存在したら、確実に人類は滅んでしまう。
「そ、そうですねぇ。では加工していないものは全面禁止で」
そう話しながら、次々とメモを取る加賀。
「ん?」
ふと気がつくと、メリッサ女王がテーブルの上の菓子袋に興味を持ったらしく。
しきりにそちらをチラチラと見ている。
「そちらは日本で市販されている菓子類です。嗜好品と思っていただくと助かります」
「ほうほう、そうですか」
そんな話をしていると、加賀が袋菓子を手にとってパッと開く。
「ポテトチップスです。ジャガイモを薄く切ったスナック菓子ですね」
──パリッ
先に加賀が食べることで、皆に安心感を与えた。
「それでは頂きます」
女王も一枚手に取ると、それをゆっくりと口の中に頬張る。
よほど美味しかったのであろう、女王など涙を流して喜んでいた。
「美味しいです。本当に……」
「まだまだたくさんありますよ。こちらはチョコレート、こちらはスナック菓子で、キノコの形のチョコレートです。わたしはこっちのクッキーベースにチョコレートをコーティングした筍の形のチョコレートをお勧めします」
やがて全ての菓子の味見を終えると、いつのまにか職員たちも集まっておやつタイムに突入している。
初めて見た異世界のお菓子。
恐る恐る食べてみると、それは味わったことのない上品な味。
気がつくと、袋菓子は職員たちが綺麗に分配していた。
「加賀さん、また次もこの美味しいお菓子を持ってきてください」
「お願いします、このチヨクリートとかいうのがもっと食べたいです」
「わたしはこれですな。カブキイゲ。私のような老人にはいい菓子ですね」
加賀は、一人一人職員たちの注文をメモする。
「買ってくるのは経費でなんとでもなりますので構いませんが。持ってきて宜しいのですか?」
恐る恐る女王に問いかけると、女王はにこやかに笑顔を返した。
「まだ正式な輸入品として認可していないので、ギルドから外に出さなければ許す」
「はぁ。お土産としてですね、わかりました」
それもメモする加賀。
そして本題であるもう一つの荷物もテーブルに運ばれてきた。
「あら、こちらの箱はなんですか?」
「あ、その箱は私が選んだ貿易品の見本です。こっちが話し合いの本当の荷物ですよ」
バカッと段ボールを開くと、中から様々な香辛料や精製塩、砂糖などの調味料をとりだす。
基本、北海道由来の調味料で、中にはカレー粉やインスタントカレー、クリームシチューの、 元なども収めてあった。
「香辛料ですか‥‥」
加賀は、女王の表情が先程までの楽しそうな表情から、真剣で厳しそうな表情に変化したのに気がついた。
(これは本気の仕事の顔ですね。なら、こちらも真剣に対応しなくては)
加賀も気を引き締めて話を始める。
「これはダメです。香辛料の持ち込みは禁止しますわ」
そう話すメリッサ女王。
その言葉には、加賀は驚きの顔をした。
様々な文献や映像資料などをもとに、調味料、特に香辛料は絶対不足していると思って持ってきたのだが。
「な。何故ですか? 晩餐会のメニューで使うと、もっと味がひきしまりますよ?」
そう力説する加賀。
だが、女王もなかなかに頑固である。
「確かに、この神聖ミーディアル連邦のあるガーリング大陸では、香辛料の類はほとんどありません。近年になってホークネィルなどの一部の香辛料の栽培は始まりましたが、絶対数は少ないです。けれどダメですね」
その話を聞くと、大航海時代を思い出す。
インドのスパイス航路のように、日本から香辛料を輸出すれば、一攫千金も狙える。それを危惧して必死に禁止しているのだろうか?
「では、このカレールーやシチューの素は? これでしたら香辛料の加工品ですから。どうでしょうか?」
メリッサ女王に市販のカレールーを手渡して問いかける。
だが、女王はカレールーを手にとって箱から取り出すと、それも箱に戻した。
「これも駄目ですわ。確かにこれがあれば、一般家庭でも誰でも簡単にカレーという香辛料をふんだんに使った料理が作れるようですね。けれど、それに伴って弊害も生まれます」
「弊害ですか?」
「ええ。私たち世界でも香辛料を手に入れるため、危険を冒して遥か海の向こうに航海します。ですから香辛料は高く大切なものです。それらを専門に扱っている商人が職を失いかねません」
実に正当な理由である。
日本で言うところの、自由貿易における弊害とも一致する。
「それに……香辛料を使った料理は私の得意料理、誰かれ構わず作られたら売れなくなってしまう……」
そうボソッと呟くメリッサ女王。
いまなんて言いました?
「え?」
「ですから、私の得意料理なのですよ」
「カレーが、女王さまの得意料理ですか?」
先日の晩餐会の豪華絢爛なメニュー。
それとは対照的な、庶民の味カレーライス。
それをこの女王さまが?
「そ。それは本当なのですか?」
慌てて隣でお菓子をモクモク食べている職員に問いかける。
「そうですねぇ。ちょうどお昼ですから、今日はサラナマが食べたいです」
その職員の言葉には、流石に他の職員たちも咎めていたが。
「では、今日は私の香辛料料理サラナマをご馳走しましょう、二人ついて来てください。配膳のお手伝いをお願いします」
「「はい!!」」
元気よく返事を返すと、二人の職員が女王の後ろについていく。
加賀はそれを見ていると、身体がウズウズして来た。
「人が料理を作るところを見たくなるのは、職業病ですよねぇ」
傍らで歌舞伎揚を眺めているギルドのサブマスターのリチャードに話しかける加賀。
その問いかけには、リチャードも軽く微笑む。
「初めて女王が日本で食事をした時。その料理の担当は加賀さんでしたよね?その次も食べたかったのに、別の場所で料理を食べさせられたと悔しがっていましたよ」
「そ、そうなのですか?」
「ええ。とても落ち着く味と仰っていました。東京とかいう国で食べた時は、自分の主張がうるさい料理とかでうんざりしたそうです」
「本当に、私の料理を気に入ってくれたのですか……」
その言葉はかなり嬉しいらしく、顔中が真っ赤になる。
──ホワァァァン
やがて奥の厨房からカレーの匂いが漂ってくると、女王が大きめの寸胴を抱えて歩いてくる。
それをテーブルの上に置くと、他の職員はスプーンや深めの皿、切ったライ麦パンを大量に持ってくる。
「盛り付けはお願いしますね」
それだけを告げて、女王は再び厨房に戻る。
その後ろ姿が、加賀には女王というよりも足柄シェフのような雰囲気を醸し出しているように感じた。
「はい。それでは失礼します」
一人の職員がサラナマという料理を盛り付けると、次の職員はパンとスプーンを皿につける。
日本のものとは違い、赤いカレーという感じに見える。
香辛料の違いもあるのか、香りも若干異なるのだが、加賀はこれがこの世界のカレーなのだろうと確信していた。
そして全員分のサラナマを盛り終わった時、女王が温野菜のサラダとピッチャーを持ってくる。
「これもお願いね」
「はい。それでは……」
全ての料理が配られると、そこで全員が一礼して食事をはじめる。
「あ、頭を下げるのか」
加賀もコクリと頭を下げると、目の前のサラナマをまずは一口。
──パクっ
丁寧にバターで煎られた小麦粉。
香りを出すために下処理された香辛料。
ホロホロに溶けそうな鶏肉
その骨から抽出されたらしいスープストック。
全体がバランスよく混ざり合い、口の中で広がっていく。
まるで、一流専門店のカレーのような味わいである。
「今日はノッキングバードですか。美味しいです」
「女王さま、今度サンドイッチも食べたいです」
そんな感想があちこちから聞こえてくる。
が、加賀にはひとつだけ疑問がある。
「これだけの料理を短時間で作れるなんて。カレールーのようなものがあるのですね? だから輸入を断られたのですか」
そう呟く加賀。
だが。
「いえいえ違いますよ。私の趣味は料理でして、時折王城の厨房で料理をしては保存していまして」
「これもですか‼︎ 保存食とは思えないぐらい香辛料が生きてます。どうやって保存しているのですか?」
つい問いかけてしまう加賀。
すると女王が傍に置いてあるバックを指差す。
「全てこの中ですよ。これは無限に空間が広がっているバックです。内部では時間も止まっていますから、入れた状態をそのま保存しています」
「アイテムバックですか。本物を見るのは初めてです」
嬉しそうに告げる加賀。
小説などでは知っている、時間が止まった、空間拡張されたマジックアイテム。
それがアイテムバッグ。
その名前を告げると、女王はニッコリと微笑んだ。
「ええ、よくご存じで。これも我が国の魔導具開発によって作られたものです。もっとも、わたくしのは特注品で、内部の時間経過が停止しています」
「そうですか。いやぁ、感動です」
そんな話をしつつ、再び食事を続ける。
職員たちは食べ慣れているのか、次々とお代わりをしている。
「あの、私もお代わり宜しいてすか?」
オズオズと職員に告げる加賀。
「どうぞどうぞ。加賀さんもうちの職員のようなものですから」
そう話しながら、お代わりを盛り付けて加賀に手渡す。
「私のサラナマは気に入って貰えましたか?」
そう女王が加賀に問いかけると。
「はい。なんていうか‥‥懐かしい味も感じるのですよ」
「懐かしいですか?」
「私が昔修行していた居酒屋がですね、こんなサラナマ……カレーを作っていまして。私も作りかたを教えて貰ったのですが、どうしても再現できなくて」
「へぇ。カレーの達人ですね」
「その方、去年事故で亡くなったのですよ。居酒屋も変わった名前で、『冒険者ギルド』っていう名前だったのですよ。お陰でそういうのが好きなお客さんが集まって……」
その加賀の話に、呆然としている女王。
「そうですか。あと少し早く、私たちが日本に行っていたら、蘇生できたかも知れませんね」
「いえいえ。人は死を受け入れなくてはなりません。ですからそれはもう良いのですよ。私は形見分けとしてシェフのレシピ帳を全て貰えたので、それだけで満足です」
そのあとは再びガヤガヤと雑談する一行。
メリッサ女王は時折何かを考えているようだが、少なくとも今後の交渉についての方向性が見えて来たので、加賀としては満足であった。
議員や報道官、大学教授たちは二、三人で一つのグループをつくると、通訳代わりの騎士団と共にミーディある王都内部の散策へと繰り出した。
そして加賀はというと、異世界ギルドの受付横で担当官のカティーサークとメリッサ女王と共に、運ばれてきた貢物や様々な食材について議論をしている。
「まず大前提として、生物は全面禁止です」
異世界貿易担当官のオリヴィエという女性が、テーブルの上に置かれている食べ物についてそう話している。
「そうですねぇ。私どもは受け入れてもいいと思いますが、そこまで気になるものですか?」
「いえ、日本国の食材は確かに美味しいと思います。けれど、それを輸入するかどうかは話が別です」
そう話すと、オリヴィエが一つ一つ説明してくれた。
「アルス・メリアの生物をそちらに連れて行くと、環境の変化でどうなるかわからないのですよ。それに、卵がそちらで孵化したら、最悪取り返しがつかなくなりますよ?」
「そうなのですか?まあ、確かにドラゴンやモンスターの卵が孵化したら困りますよね」
「魔法でしか傷つけることができないモンスターも、結構いますから。それと人間を捕食したり、寄生するタイプもいますからね」
──ゾクッ
その説明を聞いた瞬間に、加賀は寒気を感じた。
魔法がない世界でそんなものが存在したら、確実に人類は滅んでしまう。
「そ、そうですねぇ。では加工していないものは全面禁止で」
そう話しながら、次々とメモを取る加賀。
「ん?」
ふと気がつくと、メリッサ女王がテーブルの上の菓子袋に興味を持ったらしく。
しきりにそちらをチラチラと見ている。
「そちらは日本で市販されている菓子類です。嗜好品と思っていただくと助かります」
「ほうほう、そうですか」
そんな話をしていると、加賀が袋菓子を手にとってパッと開く。
「ポテトチップスです。ジャガイモを薄く切ったスナック菓子ですね」
──パリッ
先に加賀が食べることで、皆に安心感を与えた。
「それでは頂きます」
女王も一枚手に取ると、それをゆっくりと口の中に頬張る。
よほど美味しかったのであろう、女王など涙を流して喜んでいた。
「美味しいです。本当に……」
「まだまだたくさんありますよ。こちらはチョコレート、こちらはスナック菓子で、キノコの形のチョコレートです。わたしはこっちのクッキーベースにチョコレートをコーティングした筍の形のチョコレートをお勧めします」
やがて全ての菓子の味見を終えると、いつのまにか職員たちも集まっておやつタイムに突入している。
初めて見た異世界のお菓子。
恐る恐る食べてみると、それは味わったことのない上品な味。
気がつくと、袋菓子は職員たちが綺麗に分配していた。
「加賀さん、また次もこの美味しいお菓子を持ってきてください」
「お願いします、このチヨクリートとかいうのがもっと食べたいです」
「わたしはこれですな。カブキイゲ。私のような老人にはいい菓子ですね」
加賀は、一人一人職員たちの注文をメモする。
「買ってくるのは経費でなんとでもなりますので構いませんが。持ってきて宜しいのですか?」
恐る恐る女王に問いかけると、女王はにこやかに笑顔を返した。
「まだ正式な輸入品として認可していないので、ギルドから外に出さなければ許す」
「はぁ。お土産としてですね、わかりました」
それもメモする加賀。
そして本題であるもう一つの荷物もテーブルに運ばれてきた。
「あら、こちらの箱はなんですか?」
「あ、その箱は私が選んだ貿易品の見本です。こっちが話し合いの本当の荷物ですよ」
バカッと段ボールを開くと、中から様々な香辛料や精製塩、砂糖などの調味料をとりだす。
基本、北海道由来の調味料で、中にはカレー粉やインスタントカレー、クリームシチューの、 元なども収めてあった。
「香辛料ですか‥‥」
加賀は、女王の表情が先程までの楽しそうな表情から、真剣で厳しそうな表情に変化したのに気がついた。
(これは本気の仕事の顔ですね。なら、こちらも真剣に対応しなくては)
加賀も気を引き締めて話を始める。
「これはダメです。香辛料の持ち込みは禁止しますわ」
そう話すメリッサ女王。
その言葉には、加賀は驚きの顔をした。
様々な文献や映像資料などをもとに、調味料、特に香辛料は絶対不足していると思って持ってきたのだが。
「な。何故ですか? 晩餐会のメニューで使うと、もっと味がひきしまりますよ?」
そう力説する加賀。
だが、女王もなかなかに頑固である。
「確かに、この神聖ミーディアル連邦のあるガーリング大陸では、香辛料の類はほとんどありません。近年になってホークネィルなどの一部の香辛料の栽培は始まりましたが、絶対数は少ないです。けれどダメですね」
その話を聞くと、大航海時代を思い出す。
インドのスパイス航路のように、日本から香辛料を輸出すれば、一攫千金も狙える。それを危惧して必死に禁止しているのだろうか?
「では、このカレールーやシチューの素は? これでしたら香辛料の加工品ですから。どうでしょうか?」
メリッサ女王に市販のカレールーを手渡して問いかける。
だが、女王はカレールーを手にとって箱から取り出すと、それも箱に戻した。
「これも駄目ですわ。確かにこれがあれば、一般家庭でも誰でも簡単にカレーという香辛料をふんだんに使った料理が作れるようですね。けれど、それに伴って弊害も生まれます」
「弊害ですか?」
「ええ。私たち世界でも香辛料を手に入れるため、危険を冒して遥か海の向こうに航海します。ですから香辛料は高く大切なものです。それらを専門に扱っている商人が職を失いかねません」
実に正当な理由である。
日本で言うところの、自由貿易における弊害とも一致する。
「それに……香辛料を使った料理は私の得意料理、誰かれ構わず作られたら売れなくなってしまう……」
そうボソッと呟くメリッサ女王。
いまなんて言いました?
「え?」
「ですから、私の得意料理なのですよ」
「カレーが、女王さまの得意料理ですか?」
先日の晩餐会の豪華絢爛なメニュー。
それとは対照的な、庶民の味カレーライス。
それをこの女王さまが?
「そ。それは本当なのですか?」
慌てて隣でお菓子をモクモク食べている職員に問いかける。
「そうですねぇ。ちょうどお昼ですから、今日はサラナマが食べたいです」
その職員の言葉には、流石に他の職員たちも咎めていたが。
「では、今日は私の香辛料料理サラナマをご馳走しましょう、二人ついて来てください。配膳のお手伝いをお願いします」
「「はい!!」」
元気よく返事を返すと、二人の職員が女王の後ろについていく。
加賀はそれを見ていると、身体がウズウズして来た。
「人が料理を作るところを見たくなるのは、職業病ですよねぇ」
傍らで歌舞伎揚を眺めているギルドのサブマスターのリチャードに話しかける加賀。
その問いかけには、リチャードも軽く微笑む。
「初めて女王が日本で食事をした時。その料理の担当は加賀さんでしたよね?その次も食べたかったのに、別の場所で料理を食べさせられたと悔しがっていましたよ」
「そ、そうなのですか?」
「ええ。とても落ち着く味と仰っていました。東京とかいう国で食べた時は、自分の主張がうるさい料理とかでうんざりしたそうです」
「本当に、私の料理を気に入ってくれたのですか……」
その言葉はかなり嬉しいらしく、顔中が真っ赤になる。
──ホワァァァン
やがて奥の厨房からカレーの匂いが漂ってくると、女王が大きめの寸胴を抱えて歩いてくる。
それをテーブルの上に置くと、他の職員はスプーンや深めの皿、切ったライ麦パンを大量に持ってくる。
「盛り付けはお願いしますね」
それだけを告げて、女王は再び厨房に戻る。
その後ろ姿が、加賀には女王というよりも足柄シェフのような雰囲気を醸し出しているように感じた。
「はい。それでは失礼します」
一人の職員がサラナマという料理を盛り付けると、次の職員はパンとスプーンを皿につける。
日本のものとは違い、赤いカレーという感じに見える。
香辛料の違いもあるのか、香りも若干異なるのだが、加賀はこれがこの世界のカレーなのだろうと確信していた。
そして全員分のサラナマを盛り終わった時、女王が温野菜のサラダとピッチャーを持ってくる。
「これもお願いね」
「はい。それでは……」
全ての料理が配られると、そこで全員が一礼して食事をはじめる。
「あ、頭を下げるのか」
加賀もコクリと頭を下げると、目の前のサラナマをまずは一口。
──パクっ
丁寧にバターで煎られた小麦粉。
香りを出すために下処理された香辛料。
ホロホロに溶けそうな鶏肉
その骨から抽出されたらしいスープストック。
全体がバランスよく混ざり合い、口の中で広がっていく。
まるで、一流専門店のカレーのような味わいである。
「今日はノッキングバードですか。美味しいです」
「女王さま、今度サンドイッチも食べたいです」
そんな感想があちこちから聞こえてくる。
が、加賀にはひとつだけ疑問がある。
「これだけの料理を短時間で作れるなんて。カレールーのようなものがあるのですね? だから輸入を断られたのですか」
そう呟く加賀。
だが。
「いえいえ違いますよ。私の趣味は料理でして、時折王城の厨房で料理をしては保存していまして」
「これもですか‼︎ 保存食とは思えないぐらい香辛料が生きてます。どうやって保存しているのですか?」
つい問いかけてしまう加賀。
すると女王が傍に置いてあるバックを指差す。
「全てこの中ですよ。これは無限に空間が広がっているバックです。内部では時間も止まっていますから、入れた状態をそのま保存しています」
「アイテムバックですか。本物を見るのは初めてです」
嬉しそうに告げる加賀。
小説などでは知っている、時間が止まった、空間拡張されたマジックアイテム。
それがアイテムバッグ。
その名前を告げると、女王はニッコリと微笑んだ。
「ええ、よくご存じで。これも我が国の魔導具開発によって作られたものです。もっとも、わたくしのは特注品で、内部の時間経過が停止しています」
「そうですか。いやぁ、感動です」
そんな話をしつつ、再び食事を続ける。
職員たちは食べ慣れているのか、次々とお代わりをしている。
「あの、私もお代わり宜しいてすか?」
オズオズと職員に告げる加賀。
「どうぞどうぞ。加賀さんもうちの職員のようなものですから」
そう話しながら、お代わりを盛り付けて加賀に手渡す。
「私のサラナマは気に入って貰えましたか?」
そう女王が加賀に問いかけると。
「はい。なんていうか‥‥懐かしい味も感じるのですよ」
「懐かしいですか?」
「私が昔修行していた居酒屋がですね、こんなサラナマ……カレーを作っていまして。私も作りかたを教えて貰ったのですが、どうしても再現できなくて」
「へぇ。カレーの達人ですね」
「その方、去年事故で亡くなったのですよ。居酒屋も変わった名前で、『冒険者ギルド』っていう名前だったのですよ。お陰でそういうのが好きなお客さんが集まって……」
その加賀の話に、呆然としている女王。
「そうですか。あと少し早く、私たちが日本に行っていたら、蘇生できたかも知れませんね」
「いえいえ。人は死を受け入れなくてはなりません。ですからそれはもう良いのですよ。私は形見分けとしてシェフのレシピ帳を全て貰えたので、それだけで満足です」
そのあとは再びガヤガヤと雑談する一行。
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