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錬金術ギルドと教会と
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玄白が冒険者ギルドで起こした奇跡。
これは瞬く間に町中に広がっていく。
最初は冒険者たちへ、そして商店街。
そして今回の件で最も重要な位置に存在する、教会と錬金術ギルドまで。
──錬金術ギルド
「あの小娘は何者だァァァァァ!!」
オリオーン錬金術ギルドを統括するギルドマスター、ギーレンの怒声が事務室に響く。
冒険者ギルドから、新しく登録した冒険者の『治癒適正』を判断してほしいという依頼を受け、事務員であるマーベルを送り出したところまでは良い。
治癒師としての適性を見るためには、『怪我の状態に応じて適切な量の魔法薬を使えるかどうか』を見定める必要がある。
魔法薬は、少なすぎても効果を発揮せず、多すぎると再生痛という激痛が走る。
この再生痛が曲者で、大抵は数刻の間、転がるような痛みを伴うことが多く、最悪はこの痛みに耐えられず死ぬものもある。
この再生痛を抑えるために、魔法薬にはグレードが設定されている。
最下級の五級魔法薬は同じ怪我でも必要な量が多く、再生痛もかなりひどい。
これに対して、最上級である一級魔法薬となるとほんの少量で怪我は治癒し、再生痛も殆どない。
さらにこの上、特級魔法薬というものが存在するのだが、これは伝説として語られている『エリクシール』を指し、現在は入手不可能、それを作り出すためのレシピすら存在しない。
この魔法薬を適切に扱えるのが【治癒師】である。
つまり、治癒師となるためにはそれ相応の知識が必要であると同時に、錬金術ギルドが独占販売している魔法薬が必要となる。
だが、玄白はその魔法薬を、自らの魔法により作り出した。
それも治療の状況に応じて次々と。
さらに、最後の仕上げがあの伝説の『エリクシール』であるなど、誰が想像していたであろう。
「マーベル、お前は見ていたんだろう? あいつは何者なんだ、どこから来たんだ、あのエリクシールはどうやって作り出したんだ?」
「そ、そんな事をもうされましても。私も、最初は目を疑ったのですよ? たかが新人治癒師如きがあんなに簡単に、古傷を癒すことができるなんて誰が想像できると思うのですか?」
「それだ!! そのために役立たずの元冒険者を連れて行かせたんだ。うちでも穀潰しの二人をな!! それがなんだ? 完全に怪我が治ったからうちを辞めて冒険者に復帰するってさっき出ていったぞ!!」
玄白に四肢を再生してもらった冒険者は、この錬金術ギルドの職員。
主に倉庫整理などをして日々の糧を得ていた、ギルドマスター曰く『潰しのきく人材』である。
安い給料で朝から晩までこき使える、半ば使い捨ての人材。
それがあっさりと治癒し、うちを辞めて冒険者に戻ると言った。
「それこそわたしには関係ありませんよ」
「いい、それはもういい。それよりもその小娘だ!! なんとかして錬金術ギルドに登録させろ!! あのエリクシールを作らせろ。どうせレシピとかは秘匿するのだろうから、せいぜい登録ギルド員として使ってやるわ!!」
「あ~。その件も無理ですね。商業ギルドを通して、治療院を開院するって話していましたよ?」
その一言を聞いて、ギーレンが真っ赤な顔になる。
「ち、治療院だと? だめだだめだ、そんなことは認められるか!! あの小娘が治療院など開いたら、我がギルドの魔法薬が売れなくなるではないか!!」
「認めないも何も、商業ギルドは冒険者ギルドの一件を耳にして、もう場所の選定を始めているそうですよ。錬金術ギルドでは、開院を邪魔することなんてできないのですから」
そうあっさりと言い切るマーベルに、ギーレンは怒りを露わに立ち上がる。
「商業ギルドに行ってくる!!」
ドッスドッスと足音を立てて部屋から出ていくギーレン。
その姿を見送ってから、マーベルも今後の身の振り方を考えることにした。
………
……
…
──オリオーン・.クルーラカーン教会
ヴェルディーナ王国の国教であり、この世界の『戦神』であるクルーラカーンを祀る教会。
このオリオーン教会にも、『神の奇跡を齎す少女』の噂は届いていた。
「コワルスキー司祭、一刻も早くあの少女を保護するべきです。神の神技を齎す少女を、冒険者などという下劣なものたちに預けるべきではありません」
街の噂を聞きつけたサミュエル助祭が、上司であるコワルスキーに進言する。
だが、コワルスキー司祭は空を見上げて顔の前で印を組むと。
「その必要はありません。その少女は、自ら冒険者となりました。その道を塞ぐことはなりません」
「ですが!! あの少女こそ、伝説の聖女の再来なのかもしれません!! それならば、聖女の奇跡は選ばれたものにのみ使われるのが相応しいはず」
「それこそありません。その少女が聖女だという神託は降りていません。それに、その力で人々に救済を施してくれるのならば、我らが神であるクルーラカーンも慈愛の元に微笑んでくれるでしょう」
諭すようにサミュエル助祭に告げるコワルスキー司祭。
「そうですか。わかりました」
それだけを告げて頭を下げると、サミュエルはその場を後にする。
そして自室へと戻ると、頭を抱えて呻き声を上げていた。
「なんだあの少女は!! 怪我人を癒すのは我らが神の信徒のみ。神聖なる魔法を操れるのは、神に認められた聖職者のみ。にも関わらず、あの少女はなぜ、神聖魔法が使えるのだ!! この私でも使えないというのに!!」
嫉妬。
嗚咽にも似た声で、サミュエルは玄白を否定する。
「それにだ、治療院など開かれたりしたら、神の雫が売れなくなるではないか!! この私が、ようやく管理を任された神の雫。それを横流しして金を稼いでいたのに、それができなくなるじゃないか!!」
王都の大聖堂から送られてくる『神の雫』。
その魔法効果は一定時間が経過すると消滅し、ただの水に変化してしまう。
その効果を利用して、サミュエルは神の雫を横流しすることで暴利を貪っている。
このオリオーンは魔の森にも近く、怪我人が大勢でる。
そのために、王都大聖堂に申請し送られてくる神の雫も膨大な量である。
サミュエルはそれを管理しつつ、スラム街を牛耳っている盗賊ギルドに神の雫を横流ししていたのである。
盗賊ギルドは受け取った神の雫をとある場所にさらに転売しているらしいが、そんなことはサミュエルには関係がない。
今、重要なのは。
玄白が治療院を開院することにより、多くの怪我人が癒されるということ。
サミュエルが裏から手を回し、錬金術ギルドと魔法薬の流通量をコントロールすることで神の雫の価値を高め、その利潤の一部をギーレンに渡していたことも。
何もかもが、失われそうになっている。
いっそ聖女認定でもしてくれるなら、その少女は王都大聖堂に召し抱えられるのだが。
それさえも、生真面目なコワルスキー司祭が止めたのである。
「くそっ!! あの小娘さえいなければ……」
そう考えたサミュエルが、盗賊ギルドに少女の暗殺を依頼するのは、極めて自然なのであろう。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──冒険者ギルド
「ただの飲み過ぎじゃボケぇぇぇぇ!! 水を飲んで出直してこんかぁ!!」
冒険者ギルドの酒場の一角。
そこには、玄白が辻治療しているテーブルがある。
格安で簡単な治療が受けられるということもあって、冒険者だけでなく近所の住民も並んで待っていた。
「次!! 手を出して見るが良い……って、肥満じゃ、肉ばっかり食っておらんで、野菜も食え!! 肉より魚じゃ!!」
「あ、いや、俺の相談はこのお腹の中じゃなくて……その、ランガクイーノさんって、恋人はいるんですか!!」
「患者以外の相談は知らんわ!! スターク、こやつを叩き出してくれ、次!!」
「オーケィ、ボス」
並んでいる自称患者の中には、美少女と噂の治癒師の姿を一目でも見ようとしたものもいたのだが。
そういう輩は、近くで待機していた『深淵をかるもの』のメンバーが実力で排除している。
ちなみに玄白が治癒師としてここで働いている間の護衛を依頼されているので、仕事はしっかりと行なっている。
「なあ、この古傷って治るのか?」
ひとりの女性冒険者がやってきて、顔半分を隠す仮面を外した。
そこにはひどい火傷の跡があり、折角の美貌が見るも無惨な状態になっている。
「どれ……解体新書よ、このものの怪我を診てくれるか?」
右手に解体新書を取り出し、ページを開く。
そして開かれたページを確認すると、玄白はその顔にそっと手を翳す。
「本来ならば手術式で皮膚移植をする方が格安なのじゃが。まあ、宣伝なので、これで構わんじゃろ。ヒール」
──シュゥゥゥゥ
解体新書を通じて、玄白は女性の顔にヒールを施す。
すると、ゆっくりと火傷の跡が消え始め、五分ほどで完全に消滅した。
「あ、嘘!! こんな事って……」
涙を流しながら感謝する女性冒険者。
「まあ、これだけ患者が並んでいると、あまり時間が取れないからのう。治療代は金貨二枚じゃ」
「払う、払うとも!! 王都の大聖堂でもこの火傷の傷は無理だって断られたんだよ。それが金貨二枚じゃ、安すぎるよ!!」
すぐさま懐から財布を取り出し、支払いを済ませる女性。
そして次の患者、さらに次と治療をおこなっていると。
──カァァァン、カァァァン
夕刻を告げる教会の鐘がなる。
「ふむ、時間じゃ。残りはまた明日な」
その玄白の言葉に、まだ数名ほど並んでいた患者は残念そうに列から離れる。
「ランガクイーノさん、お疲れ様です」
「いやいや、今日も助かったぞ。これが本日分の報酬じゃな」
今日の治療費から金貨一枚を取り出し、リーダーであるスタークに手渡す。
「いえいえ、マチルダを治してくれたお礼がまだ」
「まだ言うのか? その話は終わったはずじゃが」
受け取りを固辞しようとするスターク野手を取り、玄白が金貨を一枚握らせる。
「そうですね。では、本日分の報酬として受け取ります。でも、半日の護衛代は、こんなに高額ではないのですよ?」
「それもそうじゃが。わし、魔力が枯渇しかかっておってな。今は殆ど無力なのじゃよ」
解体新書を用いて治療を行う場合。
実は、手術式を用いて玄白みずからが治癒するのと、先ほどのように解体新書を通して神聖魔法を行使する場合では、消費魔力が違う。
手術式を1とするなら、神聖魔法の直接行使はなんと100。
それも軽度の傷ならそれほどでもないのだが、古傷の、それも火傷の修復には魔力の半分ほどが持っていかれていたのである。
「この状態では、闘気による透当てもできぬ。今のわしは、か弱い少女じゃよ」
幸いなことに、それ以上の怪我人もおらず、胃腸薬などの魔力消費の少ない薬品を解体新書によって作り出して目の前で飲ませていたので、完全に枯渇することはなかった。
でも、いくら御神体を持つ玄白でも、魔力が枯渇するとたちまち少女の能力まで低下してしまう。
「まあ、少女って、それが普通なのですけどね。ランガさんは特別なのでしょうね」
「ぐぬぬ。それは否定できぬわ」
マーベルのツッコミに悔しそうな顔で対応する玄白。
それを聞いていた深淵のメンバーの笑い声が酒場に響くのは、当然なことであろう。
これは瞬く間に町中に広がっていく。
最初は冒険者たちへ、そして商店街。
そして今回の件で最も重要な位置に存在する、教会と錬金術ギルドまで。
──錬金術ギルド
「あの小娘は何者だァァァァァ!!」
オリオーン錬金術ギルドを統括するギルドマスター、ギーレンの怒声が事務室に響く。
冒険者ギルドから、新しく登録した冒険者の『治癒適正』を判断してほしいという依頼を受け、事務員であるマーベルを送り出したところまでは良い。
治癒師としての適性を見るためには、『怪我の状態に応じて適切な量の魔法薬を使えるかどうか』を見定める必要がある。
魔法薬は、少なすぎても効果を発揮せず、多すぎると再生痛という激痛が走る。
この再生痛が曲者で、大抵は数刻の間、転がるような痛みを伴うことが多く、最悪はこの痛みに耐えられず死ぬものもある。
この再生痛を抑えるために、魔法薬にはグレードが設定されている。
最下級の五級魔法薬は同じ怪我でも必要な量が多く、再生痛もかなりひどい。
これに対して、最上級である一級魔法薬となるとほんの少量で怪我は治癒し、再生痛も殆どない。
さらにこの上、特級魔法薬というものが存在するのだが、これは伝説として語られている『エリクシール』を指し、現在は入手不可能、それを作り出すためのレシピすら存在しない。
この魔法薬を適切に扱えるのが【治癒師】である。
つまり、治癒師となるためにはそれ相応の知識が必要であると同時に、錬金術ギルドが独占販売している魔法薬が必要となる。
だが、玄白はその魔法薬を、自らの魔法により作り出した。
それも治療の状況に応じて次々と。
さらに、最後の仕上げがあの伝説の『エリクシール』であるなど、誰が想像していたであろう。
「マーベル、お前は見ていたんだろう? あいつは何者なんだ、どこから来たんだ、あのエリクシールはどうやって作り出したんだ?」
「そ、そんな事をもうされましても。私も、最初は目を疑ったのですよ? たかが新人治癒師如きがあんなに簡単に、古傷を癒すことができるなんて誰が想像できると思うのですか?」
「それだ!! そのために役立たずの元冒険者を連れて行かせたんだ。うちでも穀潰しの二人をな!! それがなんだ? 完全に怪我が治ったからうちを辞めて冒険者に復帰するってさっき出ていったぞ!!」
玄白に四肢を再生してもらった冒険者は、この錬金術ギルドの職員。
主に倉庫整理などをして日々の糧を得ていた、ギルドマスター曰く『潰しのきく人材』である。
安い給料で朝から晩までこき使える、半ば使い捨ての人材。
それがあっさりと治癒し、うちを辞めて冒険者に戻ると言った。
「それこそわたしには関係ありませんよ」
「いい、それはもういい。それよりもその小娘だ!! なんとかして錬金術ギルドに登録させろ!! あのエリクシールを作らせろ。どうせレシピとかは秘匿するのだろうから、せいぜい登録ギルド員として使ってやるわ!!」
「あ~。その件も無理ですね。商業ギルドを通して、治療院を開院するって話していましたよ?」
その一言を聞いて、ギーレンが真っ赤な顔になる。
「ち、治療院だと? だめだだめだ、そんなことは認められるか!! あの小娘が治療院など開いたら、我がギルドの魔法薬が売れなくなるではないか!!」
「認めないも何も、商業ギルドは冒険者ギルドの一件を耳にして、もう場所の選定を始めているそうですよ。錬金術ギルドでは、開院を邪魔することなんてできないのですから」
そうあっさりと言い切るマーベルに、ギーレンは怒りを露わに立ち上がる。
「商業ギルドに行ってくる!!」
ドッスドッスと足音を立てて部屋から出ていくギーレン。
その姿を見送ってから、マーベルも今後の身の振り方を考えることにした。
………
……
…
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ヴェルディーナ王国の国教であり、この世界の『戦神』であるクルーラカーンを祀る教会。
このオリオーン教会にも、『神の奇跡を齎す少女』の噂は届いていた。
「コワルスキー司祭、一刻も早くあの少女を保護するべきです。神の神技を齎す少女を、冒険者などという下劣なものたちに預けるべきではありません」
街の噂を聞きつけたサミュエル助祭が、上司であるコワルスキーに進言する。
だが、コワルスキー司祭は空を見上げて顔の前で印を組むと。
「その必要はありません。その少女は、自ら冒険者となりました。その道を塞ぐことはなりません」
「ですが!! あの少女こそ、伝説の聖女の再来なのかもしれません!! それならば、聖女の奇跡は選ばれたものにのみ使われるのが相応しいはず」
「それこそありません。その少女が聖女だという神託は降りていません。それに、その力で人々に救済を施してくれるのならば、我らが神であるクルーラカーンも慈愛の元に微笑んでくれるでしょう」
諭すようにサミュエル助祭に告げるコワルスキー司祭。
「そうですか。わかりました」
それだけを告げて頭を下げると、サミュエルはその場を後にする。
そして自室へと戻ると、頭を抱えて呻き声を上げていた。
「なんだあの少女は!! 怪我人を癒すのは我らが神の信徒のみ。神聖なる魔法を操れるのは、神に認められた聖職者のみ。にも関わらず、あの少女はなぜ、神聖魔法が使えるのだ!! この私でも使えないというのに!!」
嫉妬。
嗚咽にも似た声で、サミュエルは玄白を否定する。
「それにだ、治療院など開かれたりしたら、神の雫が売れなくなるではないか!! この私が、ようやく管理を任された神の雫。それを横流しして金を稼いでいたのに、それができなくなるじゃないか!!」
王都の大聖堂から送られてくる『神の雫』。
その魔法効果は一定時間が経過すると消滅し、ただの水に変化してしまう。
その効果を利用して、サミュエルは神の雫を横流しすることで暴利を貪っている。
このオリオーンは魔の森にも近く、怪我人が大勢でる。
そのために、王都大聖堂に申請し送られてくる神の雫も膨大な量である。
サミュエルはそれを管理しつつ、スラム街を牛耳っている盗賊ギルドに神の雫を横流ししていたのである。
盗賊ギルドは受け取った神の雫をとある場所にさらに転売しているらしいが、そんなことはサミュエルには関係がない。
今、重要なのは。
玄白が治療院を開院することにより、多くの怪我人が癒されるということ。
サミュエルが裏から手を回し、錬金術ギルドと魔法薬の流通量をコントロールすることで神の雫の価値を高め、その利潤の一部をギーレンに渡していたことも。
何もかもが、失われそうになっている。
いっそ聖女認定でもしてくれるなら、その少女は王都大聖堂に召し抱えられるのだが。
それさえも、生真面目なコワルスキー司祭が止めたのである。
「くそっ!! あの小娘さえいなければ……」
そう考えたサミュエルが、盗賊ギルドに少女の暗殺を依頼するのは、極めて自然なのであろう。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──冒険者ギルド
「ただの飲み過ぎじゃボケぇぇぇぇ!! 水を飲んで出直してこんかぁ!!」
冒険者ギルドの酒場の一角。
そこには、玄白が辻治療しているテーブルがある。
格安で簡単な治療が受けられるということもあって、冒険者だけでなく近所の住民も並んで待っていた。
「次!! 手を出して見るが良い……って、肥満じゃ、肉ばっかり食っておらんで、野菜も食え!! 肉より魚じゃ!!」
「あ、いや、俺の相談はこのお腹の中じゃなくて……その、ランガクイーノさんって、恋人はいるんですか!!」
「患者以外の相談は知らんわ!! スターク、こやつを叩き出してくれ、次!!」
「オーケィ、ボス」
並んでいる自称患者の中には、美少女と噂の治癒師の姿を一目でも見ようとしたものもいたのだが。
そういう輩は、近くで待機していた『深淵をかるもの』のメンバーが実力で排除している。
ちなみに玄白が治癒師としてここで働いている間の護衛を依頼されているので、仕事はしっかりと行なっている。
「なあ、この古傷って治るのか?」
ひとりの女性冒険者がやってきて、顔半分を隠す仮面を外した。
そこにはひどい火傷の跡があり、折角の美貌が見るも無惨な状態になっている。
「どれ……解体新書よ、このものの怪我を診てくれるか?」
右手に解体新書を取り出し、ページを開く。
そして開かれたページを確認すると、玄白はその顔にそっと手を翳す。
「本来ならば手術式で皮膚移植をする方が格安なのじゃが。まあ、宣伝なので、これで構わんじゃろ。ヒール」
──シュゥゥゥゥ
解体新書を通じて、玄白は女性の顔にヒールを施す。
すると、ゆっくりと火傷の跡が消え始め、五分ほどで完全に消滅した。
「あ、嘘!! こんな事って……」
涙を流しながら感謝する女性冒険者。
「まあ、これだけ患者が並んでいると、あまり時間が取れないからのう。治療代は金貨二枚じゃ」
「払う、払うとも!! 王都の大聖堂でもこの火傷の傷は無理だって断られたんだよ。それが金貨二枚じゃ、安すぎるよ!!」
すぐさま懐から財布を取り出し、支払いを済ませる女性。
そして次の患者、さらに次と治療をおこなっていると。
──カァァァン、カァァァン
夕刻を告げる教会の鐘がなる。
「ふむ、時間じゃ。残りはまた明日な」
その玄白の言葉に、まだ数名ほど並んでいた患者は残念そうに列から離れる。
「ランガクイーノさん、お疲れ様です」
「いやいや、今日も助かったぞ。これが本日分の報酬じゃな」
今日の治療費から金貨一枚を取り出し、リーダーであるスタークに手渡す。
「いえいえ、マチルダを治してくれたお礼がまだ」
「まだ言うのか? その話は終わったはずじゃが」
受け取りを固辞しようとするスターク野手を取り、玄白が金貨を一枚握らせる。
「そうですね。では、本日分の報酬として受け取ります。でも、半日の護衛代は、こんなに高額ではないのですよ?」
「それもそうじゃが。わし、魔力が枯渇しかかっておってな。今は殆ど無力なのじゃよ」
解体新書を用いて治療を行う場合。
実は、手術式を用いて玄白みずからが治癒するのと、先ほどのように解体新書を通して神聖魔法を行使する場合では、消費魔力が違う。
手術式を1とするなら、神聖魔法の直接行使はなんと100。
それも軽度の傷ならそれほどでもないのだが、古傷の、それも火傷の修復には魔力の半分ほどが持っていかれていたのである。
「この状態では、闘気による透当てもできぬ。今のわしは、か弱い少女じゃよ」
幸いなことに、それ以上の怪我人もおらず、胃腸薬などの魔力消費の少ない薬品を解体新書によって作り出して目の前で飲ませていたので、完全に枯渇することはなかった。
でも、いくら御神体を持つ玄白でも、魔力が枯渇するとたちまち少女の能力まで低下してしまう。
「まあ、少女って、それが普通なのですけどね。ランガさんは特別なのでしょうね」
「ぐぬぬ。それは否定できぬわ」
マーベルのツッコミに悔しそうな顔で対応する玄白。
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