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無敵の神器? 解体新書!

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 杉田玄白。
 江戸時代の蘭学医であり、『ターヘル・アナトミア』を翻訳し、『解体新書』という名で刊行。
 外科医としても優れた手腕を持ち、多くの人々の命を救ったという。

………
……


「……それで、享年八十三歳で生涯を終える。ここまでは合っていますよね?」

 神界にある命の回廊。
 その手前にある広い部屋の真ん中で、統合管理神の一人、運命の女神メルセデスが呟く。
 彼女の手の中にあるのは『輪廻転生の書』、さまざまな世界で死した者たちの中から、『転生』するに相応しい者達の名前が連なっている。
 その本のとあるページを開き、メルセデスは目の前の老人に向かって問いかけていた。
 
「うむ。実に楽しい生涯であったといえよう。蘭学医として、あのような書物と出会えたことはまさに、青天の霹靂とでもいえよう。それをわしが翻訳し、後世に伝える事ができたのじゃから、我が国の医学は世界中に通じる。いや、世界よりも先に進む事ができよう!!」

 杉田玄白は高らかに笑う。
 オランダ語の医学書『ターヘル・アナトミア』を手に入れてから、彼は自らの生涯をかけるかのように翻訳に勤しんだ。
 友であり同じ学問を探求してきた前野良沢や、中川淳庵と共にいくつもの死体を腑分けし、その書物の正確さを確認。
 長年をかけて和訳書である『解体新書』を刊行。
 その後も日本の医学会に貢献してきた。

「あ~。あの誤訳が入り混じった書物ねぇ。あのね、あの書物の原書はドイツ語で、それをオランダ語に訳したものが『ターベル・アナトミア』なのよ。最初の訳の時点でも怪しいところがあったらしいけど。まあ、基本的な部分は合っていたから、のちの時代にはしっかりと改定されているから安心なさい」

──ポン
 メルセデスの言葉を聞き、玄白は思わず手を叩く。

「……なるほど、それであちこち和訳するのに苦労したわけだ。あれはなかなか大変じゃったぞ、そもそもあれが手に入る前は、『阿蘭陀経絡筋脈臓腑図解』という書物があってな、それがオランダから渡ってきた医学者でな。それを参考に自分たちで腑分けをして」
「ストーッツプ!! その話は長くなりそうだから終わり、おしまい。それよりも過去の話ではなく、未来の話をすることにしましょう」

 医学バカと言っても差し支えないほどの蘭学医・杉田玄白。
 その彼に医学の話をさせるのは危険と判断したメルセデスは、ようやく本題に入ることにする。

「未来も何も、わしは死んで涅槃に旅立ったはずじゃが? なるほど、目の前の神様が随分と破廉恥な服装だと思ったら、弁天様が迎えにきたのか」
「違っがうから、これはヒマディオンっていう服ですからね。決して痴女でも何でもないからね」
「異国の服か。肌襦袢にしては随分と形が違うと思ったが、それが服なのか……術衣として使うには、少し手を加えれば……」
「この蘭学バカ……もう面倒臭いから、簡単に話を終わらせるわよ。貴方はこれから異世界に転生してもらうの、わかった?」

 あっさりと言い切るメルセデス。
 すると、玄白も納得のいった顔をして、軽く手を叩く。
 
──ポン
「なるほど、輪廻転生。わしは生まれ変わるのじゃな?」
「そういうこと。そのあたりは分かってくれるわよね?」
「うむ。それで、わしはどの道に生まれ変わるのじゃ?」

 杉田玄白の言う道は、仏教で言う『六道』。
 地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人間界、天上界の六つの世界が存在し、前世の因果応報によって、進む道が違ってくる。

「六道じゃないわ。あえて言うなら、7つ目の世界。『ゼヴンデウェール』、それが貴方の生まれ変わる世界。貴方はその世界に転生して、新しい人生を生きるのよ」
「……新しい世界で生きる、それが試練というのなら、わしはその運命を受け入れようぞ」
「では、貴方はこれから新しい命として生まれ変わります。頑張ってくださいね」

 そうメルセデスが告げ、ゆっくりと詠唱を開始する。
 魂をリセットし、新たな命として生まれ変わるための転生の儀式が始まったのだが、
 ふと、玄白は腕を組んで考えはじめた。

「済まないが、わしの蘭学の知識、これは新しい命に引き継がれるのか?」
「え? ちょ、ちょっと待ってね……」

 突然の事に、メルセデスは一旦詠唱を止める。
 止めたからと言って暴走するわけでもないので、杉田玄白の話に耳を傾ける事にした。

「今から行う転生の儀式では、知識の継承は無理ね。全く別の存在に生まれ変わるのだから」
「それは惜しい。なにかこう、生まれ変わってもこの知識を手に入れることはできないか?」

 無理な願いなのは玄白も理解している。
 だが、解体新書の誤訳、それが何処であるのか知りたい。
 さらには、生まれ変わった世界でも、蘭学医としてどこまでできるのか試したいという気持ちがある。

「すまぬが、このままでは死んでも死に切れん!! どうにかわしの願いを受け入れてもらえぬか?」

 丁寧に土下座する玄白。
 無理は承知で頭を下げると、メルセデスもやれやれという笑いを浮かべながら本を開き、彼の願いを叶えられるかどうか調べ始める。

「禁則処理ギリギリですけれど……そうね。魂は一つ、そこに存在する人としての我、それをリセットするのが転生。でも、魂をリセットしないで新しい肉体に移すことは可能。そのためには、この神界で新しい体を用意しなくちゃならない。少し時間はかかるけれど、それでいいのなら貴方の知識、記憶、自我はそのままに、異世界に転生させられるわよ」
「一つよろしく頼む!!」

 パン、と両手を合わせてメルセデスを拝む。
 するとメルセデスも頬を少しだけ紅潮させて、嬉しそうに頷く。

「そうね。それじゃあ、せっかくだからどんな体を作って欲しいのか教えて貰えるかしら? ある程度の希望は汲み取ってあげるわよ?」
「そうか。それじゃあせっかくじゃから……」

 杉田玄白は語る。
 己の目的に適した身体を。
 そして前世では叶わなかった、最後の好奇心を満たすために。

 
 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 目の前には、青い空。
 風が頬を擽り、草の香りが鼻腔に染み渡る。
 ゆっくりと手を伸ばして雲を掴むように握りしめる。
 自分の体が動くか、どのように違うのか、玄白は体の各部位を意識しつつ体を起こした。

「うむ。神が与えた御神体、しっかりと動いておる。どれどれ」

 立ち上がって周りを見渡す。
 以前とは違う視線の高さに少しだけ戸惑いつつも、周りの光景をグルリと眺めてみる。
 いま立っている場所は丘の上、すぐ近くには街道。
 見下ろした先には広大な森林が広がり、そのはるか向こうに街のようなものが見えている。

「街は向こうで、ここが丘。徒歩で向かうとしても、それほど遠くはあるまい」

 袴の袂を払い、身体を大きく伸ばす。
 そしてようやく、玄白は自分の身体に起こった異変に気がついた。

「こ、これが……女体の感覚か!!」

 そう。
 玄白が異世界に転生する際。
 女神に頼んだものが、この女体化。
 蘭学医として数々の死体の腑分けを行い、且つ、病に悩む人々を救済して来た玄白だが。
 自身が男であるが故に、女性の体については触診あるいは腑分けでしかその構造を把握していない。
 それを知るため、更なる高みを目指すために、玄白は自らの新しい体を女体化して貰ったのである。
 この着物も女神が用意したものらしく、巫女装束と水干が適当に混じった形をなしている。
 動きやすいかというと、できるならば作務衣が良かったのだろうが、今はそこまで文句は言うまいと頭の中を切り替える。

「これはなかなか……そうじゃ!! 解体新書ターヘルアナトミアよ!!」

──ブゥン
 声高らかに叫ぶ。
 すると、その右手の中に解体新書が姿を表す。
 これは女神から授かったチート装備であり、玄白は神から授かった身体『御神体』と『解体新書』の二つのチートを授かり、この世界に転移したのである。

「どれ……」

 ページを捲ると、最初に目次。
 次が取扱説明書となっており、今の時点での『解体新書』の能力がページごとに羅列されている。

「ふむふむ。わしが触れたものの、でーたや能力が、全てここに自動的に網羅されるのか。でーた? おお、詳細のことか、ふむふむ、文字も自動翻訳されるとはまた、便利な代物じゃな」

 解体新書の初期能力は以下の通り。


・触れたもののデータ化。
 3D立体図による人体図解。内臓をはじめとする神経節なども全て網羅されている。

・自身の身体能力の向上
 魔力及び闘気をコントロールすることにより、自身の身体能力を向上させることができる。

・全ての言語の自動翻訳
 解体新書の保有者は、全ての会話及び言語を自動的に翻訳する。
 揺らぎも含めた翻訳のため、特定名称なども随時、玄白の理解可能な単語に置き換わる

・薬品及び手術道具精製
 必要に応じて、魔力を消費することにより薬品や手術道具を作り出すことができる。また、解体新書の頁の中にそれらを保存することができる。

 今はこれだけしかないが、女神曰く、玄白がより多くの経験を積むことにより、解体新書の能力は増えていく。

「ほうほう、ほほう……」

 丘の上、広い草原にどっかりと腰を下ろし、玄白は解体新書を読み始める。
 幸いなことに、彼自身が翻訳した解体新書も、原書であるターヘル・アナトミアも網羅されているので、それを比較しつつどこが誤訳か、違訳なのなを知ることができる。
 そして初めて知ったのが、この世界の生物にしか存在しない『魔力経絡』という存在。
 体の中に存在し、ここを魔力や闘気が流れ、制御する事で魔法や戦闘技術が使えるようになる。

「こ、これは……こんな面白いものがあるのか? そうか、これが異世界というものか!!」

 初めて知ったの知識ならば、それを解析し実践してみたいのが蘭学者である。
(玄白が例外であり、普通の蘭学者はいたって真面目である)。

 そんなこんなで、解体新書の閲覧と実践にどっぷりと浸り込んでしまったため、気が付いたらすでに夜の帷が下り始めていた。

「……わし、どこに泊まればいいのじゃろ?」
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