恋ノ炎ハ鎮火セズ

月岡夜宵

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「っ、送信っと」

 おれはアマチュアの消防士。私情を比較的抑え、できるだけ凪いだ言葉で入力欄に書き込む。受け手が誤解した為に荒ぶっている種火。そよ風ですら煙が立ちそうな文言になっている呟きにそっと但し書きを添える。
 そうすれば――ほら、冬の木枯らしで発火を免れない森も山火事になるまえに消火が完了する。なんだ、そういうことか、と納得して去っていく人々。どうやら今回も無事、引火や誘爆の危険は避けられたようだ。よかった。

 なにも火消し役は火消し役でも現実世界の職業:消防士ではない。ネット上で過激な発言や加熱した討論、それらが完全に大規模拡散し炎上してしまう前に鎮静化させるのがおれたちの役目だ。ただし仕事ではないので無償奉仕である。完全に個々の趣味の分野でのみ発揮される力。地元消防団のように。
 そして相良さがら正樹まさきことおれが活動する消防団はとある芸能人を護衛することに重きを置く。消火部隊でありながらさながらボディーガード気取りである。
 本来炎上を未然に防ぐ団体なんぞそう出動回数は多くないはずだ。しかし何を隠そう、おれの推しは天然過ぎてついついやらかしてしまうのだ。炎上発言を。
 分かってる。普通に炎上野郎なんて聞いたら気分を害するような発言を連投する危ない奴だと思われても仕方ない。だが彼の場合はそうじゃない。無自覚過ぎるゆえんだと思われるが、何気ない些細な感想が、発信するタイミングが壊滅的に悪く、悩みや問題を抱える人の心に火を点けてしまうのだ。
 それが彼の足を引っ張ろうと躍起になって目くじらを立てる人にみつかって、あわや炎上か!? という事態に繋がっているのだ。
 正直こちらは毎回ひやりとさせられる。その度に推し命で火の手が回る前にあの手この手で鎮火に挑む。壮絶な苦労を伴うこともあるが、推しの為なら苦労は苦労ではない。この奉仕は喜びだ。推しに貢ぐ以外の働きがあることをおれは喜んでいる。推しの為ならたとえ火の中水の中というやつである。


ポセイドン:さっすが、リーダー! 頼れる男は違うっすね!
渚:そうだろ~。
アクア:謙遜しない所がリーダーらしいわね。
渚:だっていくら消火の腕あげても褒めてくれる人なんていないじゃん。リアルで活かせるスキルでもないし。
ウォーターポンプ:たしかに。
海蛇:我らももっと派手に有名になりたいでごじゃる。
人魚姫:やーねえ。私達が有名になったら各地でボヤ騒ぎじゃない! 縁起でもない。
水仙:ヤバッ!?
海蛇:すまぬ。
アクア:でも気持ちはわかるわ。せめて表彰とかはされたい。
水仙:表彰って……。誰がやるの?
人魚姫:も ち ろ ん、我らが神からよ!
みずあめ:……オーマイゴッド。
スプラッシュ:今の笑うところ?


 SNSのアカウント名は「渚」で消火活動をしている。ちなみに全員「水系統の字を使う」または「水に関係する名前」なのはわざとお揃いにしたから。かつて消防団にはアカウント名がホムラという奴がいた。しかしそれが占いでよくないと言われ、その隊員は改名に走り、ついでにと皆乗ったという経緯がある。
 消防団の発起人は一応おれということになっている。最初にせっせと消火活動していたのを見かねて参加するようになった親切で愉快な面々。ノリで「消火」になぞらえて「消防団」として創設。勝手にリーダーと担ぎ上げられたわけでが、今ではまんざらでもなかった。

「うーん、今日もいい仕事したなぁ。ボヤ騒ぎはあれだけど、たしかに感謝ぐらいはされたいな。『いつもありがとう』とか言われたら……あ、死ぬ。あのふてぶてしい横顔でそんなギャップはおれが死んでしまうぞ!?」

 うっとりと思い浮かべてしまったのはおれの推し。悶々として、手近にあったクッションを叩いて照れを発散する。

 そういえば今日のおやすみルーティーンはまだだったな。消火に手間取ったからまだ読んでない推しのページへ飛ぶ。最後のつぶやきは。

【今日も疲れた。寝る】

 潔い! わざわざそんな短文を打ち込むマメさ、ありきたちな文面だろうが心が躍る。他の芸能人の呟きだったら「愛嬌がない」とか「簡素過ぎ」とか、「塩対応なの??」なんて穿ってしまいそうな文面だが、これが推しが書いた呟きだと思うとそれだけでおれを動かす原動力となる。

 布団に潜り消灯。明日も仕事かと憂鬱になるも、最後の推しの呟きを思い出して癒やされる。うん、寝よう。
 薄れゆく意識の中でそっと祈る。

(どうか、おれの推しがゴシップの餌食になりませんように)


 だが知らなかった。もしこの後の展開を知っていればなにがなんでも徹夜したのにと後悔することを。明くる日の出社を最悪な体調で迎えることを覚悟してでも、おれの人生を輝かせた推しをあらゆる手から守ったのにと。あんな発言ぐらいかき消してやったのに。あれだけの奮闘も、褒められる程の腕前も、なんのための火事場の消火部隊だろうか。
 叶うことならあの日呑気に眠った自分を叩き起こしたいと未来の自分は後悔するのだった。
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