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15◇思い出◇
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あの別れから一月が経過した。俺は元の暮らしに戻り、日がな一日を領地経営の勉強や実務をして過ごしている。
そして、俺の傍にはいつもエルメスがいる。あいつとはあの晩別れたが、翌々日、母の助言もあり、正式に俺の従者として迎え入れることが決まった。てっきり断るかと思ったエルメスはといえば、次の職が決まるかも怪しいし、給金の良い職場を逃したくは無かったそうで、承諾したと言った。
そんなエルメスも従者としての教育を受けている最中だ。
俺達の関係は、要介護者と介護者から、主人と従者に変化した。だが、仕事の内容はあまり変っていないように思える。なぜならば――。
「ルンガ様、紅茶とケーキをお持ちしました」
「もう間食の時間か」
「食べる場所はこちらでよろしいですか?」
「ああ。わざわざダイニングまで移動するのは骨が折れる。ここでいい」
「またそんな面倒くさがりを。少しは歩いたらどうなんですか。健康体なのにもったいない」
「うるさい。つべこべいわず給仕に集中したらどうだ? 新米」
といった具合に軽口の応酬が絶えない。
これらには問題がないのだが、エルメスには少々困った部分がある。それは、無意識にあの日々を想起させるのか、何かの弾みに俺への態度が老人へのそれに変るのだ。
「どうぞ。今日のショートケーキもおいしそうですね」
「お前、食べるか?」
「……え? ルンガ様はよろしいのですか?」
「どっちでもいい。お前が食べたいなら、好きにしろ」
「ですが、僕は従者であって、」
「ちょっとくらいいいだろう。それに今なら誰の目も無い。ほら、食べろ」
俺は強引に小さく切ったショートケーキをエルメスの口元へ持っていく。そして、ぱくり、と口にした。
「甘い……ですね。ルンガ様、とても甘いです」
途端、何故か目を潤ませるエルメス。何事かと、俺は驚いた。
「一体何事だ?」
「いえ、気にしないでください。ちょっと……昔を思い出して」
そういえば過去にもこんなようなことがあったか。あの日も確か――
「確かショートケーキだったか。そういえばお前、俺に言われてから自分の家のアップルパイと比較して悩んでいたな。ふふ、あれは面白かった」
「え?」
「そういえば苦いのが苦手なのに、俺のたまにはに付き合って、渋い顔をしてコーヒーを啜っていたこともあったか。そしてあの日は……――エルメス?」
エルメスが本格的に肩を震わせて泣いている。俺はその感情の変化についていけない。こいつ、なんで泣いているんだ?
「や……り、……なんだ」
「?」
耳を澄ませば、小さな声でやっぱりそうなんだ、と聞こえる。なにがそうなんだ?
「ルン、ガ様……あ~ん」
泣いたまま、何故か笑って、エルメスは俺にスプーンを差し出す。それよりもぼろぼろ零れる涙が気になってしょうがない。
「いや、そんなことより、お前……どうかしたのか?」
「別にどうもしてません。それより、食べてください」
「うっ。しかし、毒でも入っていたのではないか?」
「そんなもの入ってませんよ」
結局、泣き止まないエルメスを見ながら、渋々俺はケーキを口にした。苺の甘さと酸味が効いていて美味しいが、それどころではない。エルメスに何が起きたんだ?
「――懐かしいですね、ルンガ様」
ああ、そう。こんな風に俺を老人と重ねるのだ。
と、その時は思った。
「前にもこうやって食べましたよね。あの時は、ケーキが単においしいだけかと思ってましたけど、今は違う。
貴方が居てくれたから、あのケーキも美味しく感じられたんですよね」
「エルメス? おい、しっかりしろ。また昔に戻ってるぞ。あいつはもう……」
エルメスが正面からいなくなる。すると背中から俺を抱き締めて、エルメスは言った。
「ここに、ずっと居てくれたんですね。ルンガ様」
切ない疼きが復活する。甘く痺れるようなこの想いは何度味わったことか。それは、俺を蕩けさせる。
「おい、エルメ……」
「あの日、コーヒーは結局最後まで飲めませんでした。貴方の様子がいつもと違って、早々に飲むのを止めたんです。貴方は俺の……光だったから。あの日の悩みは、もう解決しましたか? ルンガ様」
「俺とあいつを重ねるなと何度言ったら……!?」
ぎゅっと強い力で椅子ごと包まれる。
「ルンガ様と時々重なるのは、僕の気のせいだとずっと思っていました。でも、今さっきのやりとりで確信しました。気付いていませんか? 貴方は僕とルンガ様との間にあった事をよく知っているようでしたが……さっきは自らのことのように話しておいででしたよ?」
そこでようやく、俺は自分のしでかしたヘマに気付かされた。
そして、俺の傍にはいつもエルメスがいる。あいつとはあの晩別れたが、翌々日、母の助言もあり、正式に俺の従者として迎え入れることが決まった。てっきり断るかと思ったエルメスはといえば、次の職が決まるかも怪しいし、給金の良い職場を逃したくは無かったそうで、承諾したと言った。
そんなエルメスも従者としての教育を受けている最中だ。
俺達の関係は、要介護者と介護者から、主人と従者に変化した。だが、仕事の内容はあまり変っていないように思える。なぜならば――。
「ルンガ様、紅茶とケーキをお持ちしました」
「もう間食の時間か」
「食べる場所はこちらでよろしいですか?」
「ああ。わざわざダイニングまで移動するのは骨が折れる。ここでいい」
「またそんな面倒くさがりを。少しは歩いたらどうなんですか。健康体なのにもったいない」
「うるさい。つべこべいわず給仕に集中したらどうだ? 新米」
といった具合に軽口の応酬が絶えない。
これらには問題がないのだが、エルメスには少々困った部分がある。それは、無意識にあの日々を想起させるのか、何かの弾みに俺への態度が老人へのそれに変るのだ。
「どうぞ。今日のショートケーキもおいしそうですね」
「お前、食べるか?」
「……え? ルンガ様はよろしいのですか?」
「どっちでもいい。お前が食べたいなら、好きにしろ」
「ですが、僕は従者であって、」
「ちょっとくらいいいだろう。それに今なら誰の目も無い。ほら、食べろ」
俺は強引に小さく切ったショートケーキをエルメスの口元へ持っていく。そして、ぱくり、と口にした。
「甘い……ですね。ルンガ様、とても甘いです」
途端、何故か目を潤ませるエルメス。何事かと、俺は驚いた。
「一体何事だ?」
「いえ、気にしないでください。ちょっと……昔を思い出して」
そういえば過去にもこんなようなことがあったか。あの日も確か――
「確かショートケーキだったか。そういえばお前、俺に言われてから自分の家のアップルパイと比較して悩んでいたな。ふふ、あれは面白かった」
「え?」
「そういえば苦いのが苦手なのに、俺のたまにはに付き合って、渋い顔をしてコーヒーを啜っていたこともあったか。そしてあの日は……――エルメス?」
エルメスが本格的に肩を震わせて泣いている。俺はその感情の変化についていけない。こいつ、なんで泣いているんだ?
「や……り、……なんだ」
「?」
耳を澄ませば、小さな声でやっぱりそうなんだ、と聞こえる。なにがそうなんだ?
「ルン、ガ様……あ~ん」
泣いたまま、何故か笑って、エルメスは俺にスプーンを差し出す。それよりもぼろぼろ零れる涙が気になってしょうがない。
「いや、そんなことより、お前……どうかしたのか?」
「別にどうもしてません。それより、食べてください」
「うっ。しかし、毒でも入っていたのではないか?」
「そんなもの入ってませんよ」
結局、泣き止まないエルメスを見ながら、渋々俺はケーキを口にした。苺の甘さと酸味が効いていて美味しいが、それどころではない。エルメスに何が起きたんだ?
「――懐かしいですね、ルンガ様」
ああ、そう。こんな風に俺を老人と重ねるのだ。
と、その時は思った。
「前にもこうやって食べましたよね。あの時は、ケーキが単においしいだけかと思ってましたけど、今は違う。
貴方が居てくれたから、あのケーキも美味しく感じられたんですよね」
「エルメス? おい、しっかりしろ。また昔に戻ってるぞ。あいつはもう……」
エルメスが正面からいなくなる。すると背中から俺を抱き締めて、エルメスは言った。
「ここに、ずっと居てくれたんですね。ルンガ様」
切ない疼きが復活する。甘く痺れるようなこの想いは何度味わったことか。それは、俺を蕩けさせる。
「おい、エルメ……」
「あの日、コーヒーは結局最後まで飲めませんでした。貴方の様子がいつもと違って、早々に飲むのを止めたんです。貴方は俺の……光だったから。あの日の悩みは、もう解決しましたか? ルンガ様」
「俺とあいつを重ねるなと何度言ったら……!?」
ぎゅっと強い力で椅子ごと包まれる。
「ルンガ様と時々重なるのは、僕の気のせいだとずっと思っていました。でも、今さっきのやりとりで確信しました。気付いていませんか? 貴方は僕とルンガ様との間にあった事をよく知っているようでしたが……さっきは自らのことのように話しておいででしたよ?」
そこでようやく、俺は自分のしでかしたヘマに気付かされた。
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