バイバイ、セフレ。

月岡夜宵

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『この証(マーキング)は剥がせない』

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 現実に現れた王子様は髪を黒染めに、瞳のカラーコンタクトを外した状態で現れた。


 白馬を模した男子達が見せる圧巻の、騎馬パフォーマンス。その後ろから華やかな装いに身を包み、悠々と歩いてくる王子様。スモークの間から現れた彼だが、その視線は俺だけをひたとみつめている。

 絵本に出てくる王子様は白馬に乗ってやってくる。そう相場は決まっている。けれど現実にはそれは叶わない、はずだ。それでも苦肉の策としてやるならば、まあこうなるのだろうか。

 共として、白馬の友人を引き連れた紫君が、人々の視線をかっさらう。それは主役の座にふさわしい、堂々たる姿勢で。たっぷりと間を置き、観客を静め、ようやく俺に向き合う。

 そうここは、舞台の中心。
 俺に用意された返事の場は。
 とんでもなく目立つ演出をこれでもかとかけて用意されてしまっていた。

(なんでだあああああああ!! こんなの聞いてない!)

 頭を抱えるも、時すでに遅し。緊張は最高潮。観客は賑わっている。演劇で使用されるような王子様の格好をした紫君の登場で。黄色い声援も飛び交うなか、彼は。

 パチン、と指を鳴らす。

「今、最後の魔法をかけた。君にぜひともみてもらいたいものがある。案内してもいいだろうか。よ」
「はっ?」
(あ、やべ。地で返事しちゃった……)

 観客も苦笑している。だめだ、これは。なんだかしらないけど、巻き込まれているのだから、俺もそれなりに演技を。

「君は演技なんかしなくていいから、どうか心のままに答えてくれ」

 フっと笑いかける紫君。そっと俺にだけ聞こえるようにして、耳元に吹き込まれ、離れる顔。

 返事を貰うのはこちらのはずだった。なのになぜだろう。俺が返事をすることになっている。赤面した顔を隠すようにうつむいたまま、彼の手をとる。そっと、よろしくお願いします、と小声で答えて。

「これは預かるね」

 抱えていたカードは全て紫君に回収され、黒子へと渡される。そこから手を繋いだまま導かれる。


 向かう場所が不明なまま、歩くと、なにやら掲示板の前が騒がし……ん?

「ね、ねえちょっと、今の何!?」
「まあまあ。今はあとで、ね」

(いやいや!? チラっとみえましたけど、今のって)

 ――なんか今、指名手配されていたような……?

 王子様に案内されたどり着いたのは講演施設。歌と踊りの劇の後で待っていたのは、大画面のスクリーンに映し出される写真。そこに映る画が変わろうと、登場するメインキャストは主にふたりだけ。あとはみんな引き立て役でしかない。

 それはアルバムだった。俺と彼が過ごして来た日々の。
 隙間なく埋めるように貼り付けられていた写真の数々。それが映し出されていた。

 俺たちが特等席にたどり着くと、映像が切り替わる。
 ムービーは、ここ最近の大学内での出来事であった。
 このサプライズが計画されていく様子が、最初は紫君自身の手で。友人達に協力を依頼してからは、彼らの手で録画されていた。

 これまでの裏話の数々が映し出される。


 友人らに俺の案内などの応援を頼み、大学のダンスサークルや演劇サークルにも協力を要請する紫君の様子。内容に興味を持ち、手を貸そうと快諾する人々。ほかには大学でのサプライズイベントの開催を申し出るために教師陣を説得して回る彼の姿も。

 掲示板や大学新聞へ掲載する許可を事務室で尋ねたり、学内での催しの許可を取り付けるべく私的な利用の詳細を書類に記入したり。
 講演会場の使用許可申請書、生徒主体の自主企画、サークルの垣根を超えた野外公演、等の文字が見受けられる。

 そして、提出した内容が問題になり密かに呼び出される紫君。
 頭を抱える教師陣経営陣の視線に晒されながらも、背筋を伸ばし、丁寧に説得を続ける紫君。彼は始終否定的な文言を口にする理事長の前でも臆することなく、願いを口にしていた。

「愛してる人との関係をはっきりさせる為です。これは俺のけじめです」と。

 日が迫っていくなか、さすがに焦りが見えていた紫君。思ったようにいかない事案も出てきて疲労もピーク、そこへ再びの呼び出し。さすがの紫君もこれには苦悶とした様子……だったのだが。

「いいだろう。君の熱意は十分に評価しよう。友人……いや、この学舎で関わったすべての人々に感謝することだ」
「それは?」
「ああ、これかね? これは此度の計画の嘆願書だよ。参加や開催に前向きな人々が署名している。すべては良き関係を築いた君の功績だな」

 厚みのある署名簿。それを満足げにみる理事長。

「ほんとにいいんですか?」
「なあに、私もこういう・・・・のは嫌いじゃないんでね」

 フフとニヒルに笑う理事長。よくみればその周囲にはもう反対派などいなかった。根気よく紫君が説き伏せた結果と彼の人望の賜が起こした全員一致。

 力を込めて拳を握る。そこに一切の憂いはないように見える。あとはもう、やれるとこまでやるだけだ、と言わんばかりの紫君。

 配役の決定。演劇部の歌や踊りの練習。当日の衣装合わせ。出会いの学び舎、思い出の中庭、せっせと行われた準備。


 あとは時々見える素の紫君の貴重なオフショットも残っていた。おそらく友人がイタズラ半分で記録したのだろ。うたた寝している所やおかしをつまみ食いしているところ。仲間内でふざけている場面なんかが、記録として残っている。

 サプライズイベントの敢行。映像により、それが伊達や酔狂で行われた類のものでないと知らされた。きちんと細部まで計画を練って、自分が出せる予算と協力してくれる人々の善意で賄われた、苦労に苦労を重ねて仕上げられたものだった。


「最後に。これを見ている尚紀君に伝えたいことがあります」

 ムービーの最後にはビデオレターが記録されていた。隣にいるはずの紫君が、至極真面目な顔をして、普段どおりの姿で映し出されるのが奇妙な感覚である。

 なんだかこそばゆい。ビデオでメッセージを残すなんて粋なことをするな。隣にいるのに、遠くから声をかけられていることを不思議に思っていると、ふと手を繋がれた。その感触に高揚としたまま、手紙を、聞き取る。

「君は今、なんで? って思ってると思う。でも言ったよな、俺。〝こっちには写真だって動画だってある。脅し文句じゃねーよ? 本気でお前を怯えさせてでも離さない用意があるってこと〟ってさ。卑怯な俺はそれを実現することにしたんだ。悪いな」

「へ?」

 今までのビデオや演技の姿とは異なる、地の紫君が突然話しかけてきた。内容は、そう、絶交の宣言を言い出した日に聞かされたものだ。

 もしや彼は――復讐を目的とし写真をばらまくリベンジポルノ、……の逆バージョンとでもいえばいいのか。それをやってのけたのか?

 大々的にお披露目して、周囲に認識させ、逃げ場を文字通りなくさせる。公にお手つき状態をアピールして。そのための掲示板やこのスクリーンで映し出された写真の数々。

「もう逃さないよ。尚紀」

 隣から、満面の笑みというか、ちょっと悪い顔をした紫君が宣言する。

「復縁なんて生ぬるいよね。だからここに交際宣言をさせて欲しいんだ」
「こう、さい」
「唯一の君、どうか俺と結婚し、生涯をともにしてください」

 いうなればこれは、リベンジ・エンゲージ。大々的に実行されたサプライズイベントはすべてこのための伏線。

 マーキングだ、と思った。彼の眼はまっすぐだけど、やり口は手抜かりがないようしっかりと、外堀から埋められている。ああそうか、彼女がいっていたのはこういうことか。

『紫に何されても、あなた、無事でいられるかしら』

 あれは多分、唯一逃げ出せる機会チャンスだったのだろう。気づいた時には、もういろんな意味で遅いけど。

 でも、気分は清々しいばかりだ。

 公開告白で求婚されてしまった。返事を待つはずが、本当に返事をしなくてはならない。

 大好きな人からの、大切な気持ちだ。

 たとえ既成事実化されて逃げ道をなくされようが、デジタルタトゥーじゃないけど一生消えない記録をさらされてしまおうが、そんなのは関係ない。

 なんて幸せな復讐劇だろう。彼は確信犯で、俺をその腕で囲うためだけにこの無茶苦茶な計画を立てた。それもこれも全部。

(俺が二度と、別れを切り出さないようにするためか)

 住む世界が違うだとか、彼の隣にふさわしくないとか、不安がってそんな要らない心配をさせないために、彼はわざわざ強硬してみせたのだ。
 周囲にはもう知られてしまった。彼が俺を好きな気持ち。でもまだみんなには知らせていないこともある。それを明確にするために、俺は確かな一歩を、みんなの応援を受けて、進む。だれよりも紫君の期待に応えるべく。

「お、れも、すき……です。あなたのことが、だいすきです。だから、だからおれ、いっしょにっいたい、です」

 心を奪ったプロポーズ。
 その彼みたいに格好良く決めるつもりだったけれど、あまりの歓喜で言葉が震えてでてこない。しまいには泪まで出てきた。そんな俺を抱きしめて受け止める彼のやさしさにますます泣けてくる。ああ、よかった。不格好でもちゃんと言えたよ。君へ、返せた。

 暫く泣いていたが、騒然としている場の空気にぱちぱちと響く音。温かく受け入れる、拍手喝采。場の雰囲気もあって、野次はない。その音で、ここが公的な場だったことを思い出しすっかり萎縮してしまう。
 俺をみつめる瞳はやさしいまま、しかし彼は俺に自分で立つように促す。離れがたい気持ちでいっぱいのところを奮闘すると、まるでご褒美みたいにそれは現れた。


 片膝をつく紫君。腰に忍ばせていた箱をおもむろに取り出す。大事に、壊れ物を扱うような慎重さと丁寧さで箱を前へ。

(箱だ。まさか……、っ!?)

 絶句する俺をおいてけぼりに、恭しい手付きで蓋が開かれると中には輝く銀のリングが鎮座していた。

「求婚の印です。どうか受け取ってください。愛しき君」

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