上 下
38 / 38

最終話 恋とは

しおりを挟む

 私は今、玉座の前にひざまずいています。
 大勢の皇族と貴族たちが、その様子を固唾かたずを飲んで見守っています。

「この度は、私の縁者えんじゃであるフェルメズ王国王太子の不始末にて、ご心労をおかけしたことを心からおび申し上げます」

 ウォルトン王国軍を退け、私たちはすぐにバンベルグに戻ってきました。
 ことの顛末てんまつを報告するとともに、罰を受けるためです。

「うむ。今回のことは王太子の一存であったと聞いている。かん帝国の卑劣な謀略ぼうりゃくであった、ともな」

 皇帝陛下が、あごにたくわえた立派なひげを撫でています。
 怒っては、いらっしゃらないようです。

「そなたに罰は必要なかろう。身内の不始末は、すでに片を付けてきたのだからな」

「ご温情に感謝いたします」

「して。フェルメズ王家の継承問題はどうなる。王は病で倒れておるのであろう?」

「はい。国王陛下はすでにお話することも出来ない状態です。同じくイスハーク様も、ご病気により・・・・・・お部屋から出ることも出来ない状態となっております」

 詭弁ウソです。
 しかし、よりスムーズに王位継承の問題を解決するためには必要なこと。

「なるほど。病気では王太子を任せることはできないな。では、次の継承者を?」

「はい。現国王の男系の甥にあたる方が、次の継承順位となっております」

「ふむ、とどこおりなく継承が行われるのであれば、私が口を出すことでもなかろう」

「ありがたきお言葉」

「では、褒美ほうびが必要じゃな」

「褒美、ですか?」

「ウォルトン王国軍を、見事な奇襲であっという間に平らげたと聞いたぞ。さすが『獅子姫』じゃ」

「それは……」

「今回のことだけではない。連続誘拐事件のことも、『ヤル』のことも、それから連続毒殺事件のことも。おお、そうだ。ヒルベルト・ファン・ドルーネンとの決闘に勝利した祝いも、まだであったな」

「しかし、どれも私一人でしたことではありません」

「うむ、そうであろう。それを素直に言えることこそ、そなたの美徳じゃな」

恐縮きょうしゅくです」

「他の者にも褒美を与えよう。だが、そなたはそなたで褒美を受け取るべきじゃな。何が欲しい?」

「何、と言われましても……」

「フェルメズ王国へ帰ることを望んでも良いのじゃぞ?」

 ハッとして、皇帝陛下を見上げます。
 今回のことで、風向きが変わりました。
 フェルメズ王国は、明確にウォルトン王国──すなわち、かん帝国と敵対することになった。つまり、オルレアン帝国を裏切ることができなくなりました。

 この同盟には、人質の必要がなくなったのです。

「……いいえ」

 それでも、私は帰るべきではありません。

「私は、ここで暮らしとうございます」

「ほう。なぜじゃ?」

「私は、すでに私自身のために生きる道を選びました。フェルメズ王国は、そこに生きる者たちの手で立ち直らなければなりません」

 あの国の未来は、とっくの昔に私の手を離れているのです。


「私は、オルレアン帝国この国で生きていきます」


「よかろう。では、『獅子姫』への褒美じゃ」

 皇帝陛下が合図すると、しずしずと侍従が進み出ました。
 その手には、赤い天鵞絨ビロードの布。

「そなたには、ハルバッハ勲章を授ける」

 皇帝陛下が布の上から取り上げたのは、象牙ぞうげかたどった薔薇ばら勲章くんしょうでした。
 伝説の英雄ハルバッハの名を冠する勲章は、特に国益に貢献した家臣に与えられます。

「さらに、男爵バロネスの爵位を」

 皇帝陛下自らの手で、私の胸元に勲章が飾られました。

「バロネス・シーリーン。そなたも、今日から帝国貴族の一員じゃ」

 男爵バロネス──。
 それは、私が私自身の手で手に入れた、初めての称号です。
 誇らしいと思いました。

 同時に、私が本当に欲しいもの・・・・・・・・はこれではない、と。
 そう思ったのです。




「呪いは、解けましたか?」

 屋敷の庭で、今はテオドル皇子と二人きりです。
 冬を前に冷たい風が吹いていますが、それもまた風情があっていいものです。
 温かい紅茶を、もっともっと美味しく感じることができる。

「分かりません。けれど、貴方の言う『呪い』が何のことなのかは、分かりました」

 『呪い』の正体がわかったところで、私にとっては『愛される自分』を想像することは、とても難しい。
 けれど、自分に向けられる言葉を疑うことは辞めよう、とは思えるようになりました。

「私を……、その……、可愛いとか美しいと言ってくださる言葉に、嘘はなかったのだと。ちゃんと分かりました」

 強さと美しさは共存し得る。
 それを、彼らが教えてくれました。

「それならば、よかったです」

 テオドル皇子が、私の手を握りました。

「ですから、みだりに女性の手を握ったりしてはいけないと……」

「みだりに、ではありません。私は、貴女の・・・手を握りたいのです」

「どうして、です、か?」

「わかりませんか?」

 瑠璃ラピスラズリの瞳が、私を見つめています。
 頬に熱が集まるのを止めることができません。

 なぜなら、『手を握りたい』その理由が、たぶん分かったからです。




「また抜け駆けかよ。皇子のくせに卑怯だぞ」

 ──スパンッ。

 とっても気持ちの良い音とともに、イヴァンの平手がテオドル皇子の頭に命中しました。

「こら! イヴァン!」

「いいのですよ。こんな皇子の頭など、もっと叩いてやりなさい」

 リッシュ卿が私の手を握るテオドル皇子の手を手刀で叩き落とします。
 痛そうです。

「いつもいつもこうやって抜け駆けして、騎士の風上にも置けない男だ」

 ドルーネン卿がテオドル皇子を睨みつけています。

「テオドル殿下は皇子でしょう? 騎士とは違うのでは?」

「ご存じないのですか? テオドル皇子殿下の剣の腕は天下一品。軍の指揮でも、頭ひとつ抜き出ています」

 デラトルレ卿が教えてくださいます。

「数々の戦で活躍なさっていますから、皇子でありながらも『帝国一の騎士』と謳われているのですよ」

「知りませんでした」

「その帝国一の騎士が、まさか敵軍の将を見初めて、身分を偽ってまで自分の手で国に連れ帰ってくるとは。本当に物語のような話ですよ」

 バルターク卿は苦笑いを浮かべています。
 確かにその通りですが、その言い方は、ちょっと恥ずかしいです……。

「お嬢様は、テオドル皇子殿下とご結婚なさるのですか?」

 シュナーベル卿の、見えないはずの耳が垂れ下がっている様子が見えます。
 ああ、そんな悲しそうな顔をしないで。

「私は、まだ結婚は考えていませんよ」

「そうですか!」

 今度は、嬉しそうに尻尾を振っています。

「では、何をお考えなのですか?」

 テオドル皇子が、微笑んでいます。
 この表情かおは、面白がっているときの表情かおです。

 正直、恋だとか愛だとかは、未だによくわかりません。

 しかし、テオドル皇子の『貴女が広い世界でどう生きるのか、見てみたかった』という言葉に嘘偽りはないのだと分かります。
 これからも、私の生き方を見守ってくださるのでしょう。

「自由に、生きたいです」

「自由に?」

「誰にも縛られず、何にも囚われず。自分の価値を、自分自身の手で築き上げたい」

 勲章も爵位も、確かに嬉しい。
 けれど、そうではない何かを、私は手に入れたい。

 誰かに認められるためではなく、誰かに褒められるためではなく。
 自分自身で、自分の価値を決める生き方を。

「貴女になら、きっとできますね」

「ふふふ。結婚相手だって、誰かに決められたりしないわ。私が自分で決められるほどに強くなるの」

 政略的な結婚ではなく、私自身が望む相手と結婚する。
 そのためにも、私は強くならなければ。

「おや。それは、我々七人の中からお選びいただけるのですか?」

「え!?」

「何を驚いているんですか?」

「だって。それにはまず、前提として……。貴方たちが私と結婚したいと思ってくれなくちゃ」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 今のセリフは、良くなかった。
 分かります。
 それくらいは、私にも分かります。
 七人分の沈黙と視線が痛い。

「……ごめんなさい。ちゃんと、分かってるわ」

「本当ですか?」

「本当に」

「……怪しいな」

「……実に怪しい」

 イヴァンが言うと、他の面々も口々に同意します。
 これは、きちんと言わないと信じてもらえない、ということでしょうか。

「分かっています。貴方たちが、その、私を……」

「私を?」

 七人分の視線が、私に突き刺さります。

「好いてくださっている、と……」

 蚊の鳴くような小さな声でしたが、きちんと聞こえていたようです。
 七人の騎士たちが、それはそれは嬉しそうに微笑んでいます。

「ようやく、スタートラインに立てたということですね」

 テオドル皇子が、朗らかに笑いました。

「では、覚悟してくださいね」

「覚悟、ですか?」

 さらに鋭くなった七人分の視線に、足が引けてしまいます。
 逃げ出してしまいたくなるのも、仕方がないと思いませんか?

「私たちの本気を、ご覧に入れますよ」

 ああ、これは『鋭い』ではありません。
 『熱い』です。

 本当に、覚悟しなければ。

 視線が、熱い。
 胸が、頬が、唇が。どんどん熱をもっていく。


 恋とは、こんなにも熱いものだったのですね──。





 完
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(7件)

コロコロタマネギ

作者様の他の小説を読み(’-’*)♪
面白くて他の作品も読みたくて(^.^)一気読みしました(*´∀`)
獅子姫カッコ可愛い…(*´∀`*)ポッ

鈴木 桜
2022.11.18 鈴木 桜

感想ありがとうございます!
カッコいいですよね(^^)

解除
沙吉紫苑
2022.09.29 沙吉紫苑

完結お疲れ様です。

それぞれのキャラとのマルチエンディングを読んでみたいです。

鈴木 桜
2022.09.29 鈴木 桜

ありがとうございます!
マルチエンディング!いいですね(^^)

解除
hiyo
2022.09.29 hiyo

とてもとても素敵な物語でした。
まっすぐに生きるって難しいと思うのです。

この後はどうなるのかなぁ~とは思いますが……
最後まで読ませて頂いてありがとうございました。

鈴木 桜
2022.09.29 鈴木 桜

ありがとうございます!
最後までお読みいただけて嬉しいです!

解除

あなたにおすすめの小説

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。