70 / 102
第2部 - 番外編
番外編5 狩猟大会
しおりを挟む「ジリアン、その格好は……?」
その日、秋の狩猟大会が盛大に開かれた。若い男性が狩猟の腕前を競う大会で、魔法は使用厳禁である。純粋に馬術と弓術を競うことになる。
「何って、私も参加するから」
ジリアンが申し訳程度のレースの飾りが施された乗馬服姿で現れたものだから、婚約者のアレンは眉を寄せた。
「ジリアンが?」
「ええ、そうよ。……おかしい?」
「おかしくは、ない、けど……」
アレンの様子に、ジリアンも眉を寄せた。
「私だって侯爵家の後継者よ。狩りだってできるってこと、ちゃんと証明しなくちゃ」
彼女の言うことは間違いではない。事実、他にも乗馬服姿の女性はいる。
しかし、アレンが顔をしかめたのには、他に理由があった。
「あのさ、知ってるよな」
「何を?」
「この大会の、意味、というか、由来」
「知ってるわよ」
馬鹿にするなと言わんばかりに、ジリアンは身を乗り出した。
「狩猟の神トゥルリムが、豊穣の女神イヤスデヤに感謝の気持ちを現すために狩りの獲物を捧げたことが始まり。今年の実りに感謝しつつ、来年の豊作を祈る儀式でもあるわ」
得意げに言ったジリアンに、アレンはため息を吐いた。
「そっちじゃなくて」
「そっちじゃないって……。……。……っ!」
なにかに気付いて、ジリアンは慌てて周囲を見回した。
「私、参加すべきじゃなかった?」
「うーん。悩ましいところだな」
周囲では、恋人同士らしい男女が仲睦まじく話している。女性は男性を激励し、男性は狩りの成功を約束する。
「ごめんなさい。これって、そういう……恋人同士のイベントだったわね」
頰を染めたジリアンに、アレンが笑った。
「狩猟の神トゥルリムは、豊穣の女神イヤスデヤに獲物を捧げて求婚した。イヤスデヤは、『地上に住む誰よりも多くの獲物を狩ることができたなら、その求婚を受け入れよう』と約束した。というわけで、恋人に獲物を捧げるのが慣例だな」
特に婚約期間中の男女は、このイベントでおおいに盛り上がるのだ。また、この大会で意中の女性に求婚する男性も多いのだ。
「まあでも、そういう参加者ばっかりじゃないからさ」
純粋に狩猟の腕を競いたい参加者も、もちろんいる。侯爵家の後継者として参加すると言ったジリアンも、間違ってはいないのだ。
「でも、婚約者がいるのに……、ごめんなさい」
「じゃあ、やめる?」
「……やめない」
「だと思った」
アレンが笑うので、彼は怒っていないらしいと分かってジリアンはほっと息を吐いた。
「しかし、ジリアンが出場となると、なかなか厳しいな」
「え?」
「弓の腕も相当だろ?」
問われたジリアンは、ニヤリと笑った。
「さあ、どうかしら」
「その顔……。さては、今日のために侯爵に特訓してもらったな」
ジリアンの父であるマクリーン侯爵は最強の魔法騎士である。剣の腕は言わずもがな、弓も相当腕が立つことで有名だ。侯爵は狩猟大会で何度も優勝しているのだ。
「私が一番になって、あなたに獲物を捧げてあげるわ」
「言ったな。いいぜ、勝負だ」
「ふふふ。負けないわよ」
「こっちのセリフだ」
と、話しながら仲睦まじく去っていく2人を、彼らの友人が見ていた。
「相変わらずだな、あの2人は」
「ええ。脳筋、ってやつね」
王立魔法学院の学友であるアーロン・タッチェルとダイアナ・チェンバースである。アーロンは狩猟大会に参加するために弓矢を手に乗馬服を着込んでいる。対するダイアナは、この日のために誂えた華やかなデイドレス姿だ。
「ダイアナ嬢は、参加しなくてよかったのか?」
彼女もチェンバース公爵家の後継者候補だ。ジリアンと同じように狩猟に参加してもよい立場である。
「乗馬は好きだけど、弓だけは苦手なの」
「意外だな」
「私にだって、苦手なことくらいあるわ」
「ふーん。……で、あてはあるのか?」
「あて?」
ダイアナが首を傾げるので、アーロンは頬を掻いて目をウロウロと動かした。
「獲物を捧げてくれる相手に、あてはあるのかって聞いてるんだよ」
「何よ、それ。嫌味?」
「そうじゃないけど」
「残念ながら、私に求愛しようなんていう度胸のある男性は、この国にはいないみたいね」
ダイアナはふんっと鼻を鳴らして腕を組んだ。彼女は公爵家の令嬢であり、王立魔法学院でも成績優秀で第四席を務めている。並の男では相手にもされないだろうと考えるのは、当たり前だ。
「かわいそうに……」
アーロンがおどけて言うと、ダイアナが再び鼻を鳴らした。
「そう思うなら、あなたが獲物を持ってきなさいよ」
「俺?」
「そうよ。……あなただって、相手がいなくて困ってたんじゃないの?」
しばし睨み合う2人。
──ピィー!
そうこうしている内に、狩りの始まりを告げる笛の音が聞こえてきた。周囲で話していた参加者たちが、次々に騎乗して森に入っていく。
「……じゃ、俺も行ってくる」
「……気をつけて」
アーロンも騎乗して、馬の腹を蹴った。が、少し進んでから足の馬を止めて、振り返る。
「俺以外から、獲物を受け取るんじゃないぞ」
「はいはい。あなたが獲物を捧げる相手がいなくて困ってしまうものね」
「……そういうこと」
「わかってるわよ。いってらっしゃい」
「……おう」
アーロンは、改めて森に向き直り、馬を走らせたのだった。
=====
次回から本編第3部スタートします!
20
お気に入りに追加
4,145
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
無理やり『陰険侯爵』に嫁がされた私は、侯爵家で幸せな日々を送っています
朝露ココア
恋愛
「私は妹の幸福を願っているの。あなたには侯爵夫人になって幸せに生きてほしい。侯爵様の婚姻相手には、すごくお似合いだと思うわ」
わがままな姉のドリカに命じられ、侯爵家に嫁がされることになったディアナ。
派手で綺麗な姉とは異なり、ディアナは園芸と読書が趣味の陰気な子爵令嬢。
そんな彼女は傲慢な母と姉に逆らえず言いなりになっていた。
縁談の相手は『陰険侯爵』とも言われる悪評高い侯爵。
ディアナの意思はまったく尊重されずに嫁がされた侯爵家。
最初は挙動不審で自信のない『陰険侯爵』も、ディアナと接するうちに変化が現れて……次第に成長していく。
「ディアナ。君は俺が守る」
内気な夫婦が支え合い、そして心を育む物語。
嫌われ令嬢が冷酷公爵に嫁ぐ話~幸せになるおまじない~
朝露ココア
恋愛
ハベリア家伯爵令嬢、マイア。
マイアは身分に相応しくない冷遇を受けていた。
食事はまともに与えられず、血色も悪い。
髪は乱れて、ドレスは着せてもらえない。
父がかわいがる義妹に虐められ、このような仕打ちを受けることとなった。
絶望的な状況で生きる中、マイアにひとつの縁談が舞い込んでくる。
ジョシュア公爵──社交界の堅物で、大の女嫌いが相手だ。
これは契約結婚であり、あくまで建前の婚約。
しかし、ジョシュアの態度は誠実だった。
「君は思っていたよりも話のわかる人だな」
「それでは美しい姿がもったいない」
「マイア嬢、食べられないものはあるか?」
健気なマイアの態度に、ジョシュアは思わぬ優しさを見せる。
そんな中、マイアには特殊な「おまじない」の能力があることが発覚し……
マイアを支度金目当てに送り出した実家では、母と妹のせいで家計が傾き……マイアが幸福になる一方で、実家は徐々に崩壊していく。
これは不遇な令嬢が愛され、ただ幸福な日々を送る話である。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【完結】せっかくモブに転生したのに、まわりが濃すぎて逆に目立つんですけど
monaca
恋愛
前世で目立って嫌だったわたしは、女神に「モブに転生させて」とお願いした。
でも、なんだか周りの人間がおかしい。
どいつもこいつも、妙にキャラの濃いのが揃っている。
これ、普通にしているわたしのほうが、逆に目立ってるんじゃない?
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?
氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!
気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、
「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。
しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。
なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。
そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります!
✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜
湊未来
恋愛
王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。
二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。
そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。
王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。
『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』
1年後……
王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。
『王妃の間には恋のキューピッドがいる』
王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。
「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」
「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」
……あら?
この筆跡、陛下のものではなくって?
まさかね……
一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……
お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。
愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる