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第8章 一人旅が不安でいっぱいだなんて、絶対誰にも知られたくない!

第30話 砂漠のオアシス

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「エミリーさん⁉」

 昼過ぎ、ギルドに顔を出すとクレアちゃんが驚いて駆け寄ってきた。

「大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。別に怪我をしたわけでもないし」
「でも、今日は休みだったんじゃ……」
「うん。ちょっと用事があって。……コールズ課長、ちょっとよろしいですか?」
「ん? いいよ」

 コールズ課長を促して、会議室に入った。なぜかランドル課長がついてきたが、手間が省けるので問題ない。

「それで、用事って?」
「これを」

 私が差し出したのは、退職願だ。

「うーん。ちょっと受け取れないな。理由を聞いても?」
「行かなきゃならないところがあって。かなり遠いので、いつ帰ってこれるか分かりません」

 それでもコールズ課長は受け取ってくれなかった。

「それなら、長期休暇ということにしよう。いいよね、ランドル課長」
「それがええ」
「でも」
「帰ってくるつもりはあるんだろう?」

 コールズ課長の問いに、私は言葉を詰まらせた。

「……帰ってきたいとは思っています」

 けれど、その可能性は限りなく低い。

「ほんなら、休暇や」

 言い切ったランドル課長が、私から退職届をひったくってビリビリに破いてしまった。

「エミリーちゃんは、帰ってきたいと思っとるんやろ?」
「……はい」
「なら、帰る場所はちゃんと残しといた方がええ」

 ポンと頭を叩かれて、今度は涙が出た。

「事情は聞かへん。どうせ言えへんのやろ?」
「はい」
「気をつけて行ってきいや」
「エミリーちゃんなら、大丈夫だ。待ってるよ」

 二人の優しさに涙が止まらなかった。

「あ、ありがとうございます」

 ──バンッ!

「エミリーさん!」

 ぐしぐしと泣いていると、クレアちゃんを先頭に職員たちがなだれ込んできた。

「誰が泣かせたんですか?」

 クレアちゃんの目が据わっている。

「ちがうよ、これは嬉し涙なの」
「そうなんですか? オッサン二人にいじめられたんじゃなくて?」
「いじめてへんわ!」
「ひどい言い種だなぁ」

 二人の課長が笑いながら肩を竦めるので、職員たちも笑った。
 帰り際、

「あの若造にも、ちゃんと伝えるんやで」

 と釘を差された。

「はい。お別れは、ちゃんと言うつもりです」
「それがええ」
「がんばって」
「エミリーさん、ファイトです!」
「待ってます!」

 大好きな人達の激励に背を押されて、私は自分の部屋に帰った。彼が帰ってくる前にやるべきことをしようと、便せんとペンを取りだした。

 まずは、今世の両親にあてた手紙を書いた。
 それから、部屋の中をきれいに掃除して、整頓した。帰ってくる、何度も心の中で呟きながら。

「さて、次は」

 私はキッチンに立って、最後の晩餐の支度に取り掛かったのだった。


 * * *


 めまぐるしかったけれど、たくさんの人の愛を感じて、サイラスくんの温もりを感じながら眠りについて、幸せな一日だった。

(お別れは、ちゃんと言えなかったけど)

 出掛けに書いてきた手紙を、彼はもう読んだだろう。彼には勇者としての運命があるので詳しい事情は書かなかった。マシューさんに釘を刺されたから、というのも理由の一つだが。

 きちんと事情を話さずに勝手にいなくなった私に、怒っているかもしれない。

「ごめんね」

 空飛ぶ絨毯に乗って砂漠のカラリとした風を頬に受けながら、何度も謝った。


 しばらく飛び続けるとオアシスを見つけたので、休憩のために下りた。空飛ぶ絨毯は私が考えた通りに動いてくれるので便利だが、いかんせん必死で掴まっていないと振り落とされてしまうのだ。

「休みたい」

 私はその一心だったので、マシューさんに言われた重要な注意点をすっかり忘れてしまっていた。

 泉で水を飲み、顔を洗った。ついでに飲水も汲ませてもらって、日陰に入って休憩する。

 ──ザァ……。

 風でオアシスの木々が揺れた。その音がなんだか不気味で、私はようやくはたと思い出した。慌てて地図を広げる。
 余白に、マシューさんのクセの強い字で『注意!』と書かれたそれ。

「……砂漠にはオアシスの姿をした魔物がいるらしい。気をつけるように」

 とはいえ、オアシスに寄らずに砂漠を旅することはできない。そこで、マシューさんは本物のオアシスと魔物のオアシスの見分け方も教えてくれた。私は、それを地図にメモしたはずだ。

「えっと、魔物のオアシスの木々は風で揺れない」

 ホッと息を吐いた。さっきから、しっかり揺れている。これは本物のオアシスだ。そう思いながら上を見上げた。

「……ん?」

 木々が揺れている。だけど。

「反対、だ」

 風向きとは逆の方向に揺れていた。

 ──ズズズズズズズ。

「きゃあ!」

 唐突に、地面を揺らしながら木々がウネウネと動き始めた。

(逃げなきゃ!)

 空飛ぶ絨毯を掴んで飛ぼうとしたが間に合わなかった。

 ──シュルルルル。

 植物のツルが私の身体に巻き付いて、オアシスの中に引き戻される。

(食べられる!)

 そう思ったが、すぐにツルの動きが鈍った。私を囚えるツルはそのままだが、ただゆらゆらと揺れるだけ。

「あ、これ、効いてるのね!」

 胸元に下げたペンダントだ。イアンが『魔物避けだ』と言ってくれた、それ。魔物に捕まったときは『死ぬ寸前までは守ってくれる』と言っていた。そして、【東の魔女】に助けを求めろ、とも。

 私はオアシスの外でフラフラと浮いている絨毯に念じた。

「助けを呼んで。東よ。【東の魔女】を呼んで! 私をこんなところで死なせたら、末代までたたってやるって伝えて!」

 もちろん絨毯は話せないので伝えることなどできないだろうが。【東の魔女】なら、私の現状を把握するくらいわけないだろう。今は彼女に助けを求めるしかない。

「行って!」

 絨毯は弾かれたように飛び去った。東に向かって。

 そうこうしている間に、オアシスの姿をしていた魔物はすっかり姿を変えていた。イソギンチャクのような不気味な植物だ。根本から無数のツルが生えていて、それらはウネウネと気持ち悪く動きながら、私に近づいては離れるを繰り返している。

 私は助けを待ちながらその様子を眺めるしかできない。

 しばらくすると、ツルの様子が変わった。その先端から、なにやら透明の液体を滴らせはじめたのだ。

「なに?」

 ──ブシュッ!

「きゃあ!」

 その液体が、水鉄砲のように私に向かって吹き出した。

「なにするのよ!」

 言葉が通じるとは思えないが、文句を言った。特に痛みはない。ペンダントの効果だろうか。
 ところが。

「え」

 私の身体ではなく、私の服が溶け始めた。あっという間に、全ての服が溶けてしまい、私は全裸になってしまった。

「きゃああ!!!!」

 叫んだところで、助けはまだ来ない。
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