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第3章 恋人には尽くすタイプだなんて、絶対誰にも知られたくない!

第9話 後輩はたまに様子がおかしい

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 ──ピコン。

(ついに、来た……!)

 その時が。
 私は軽快な音を立てた端末を睨みつけた。

「どうしたんですか? エミリーさん」

 その様子に声をかけてくれたのは隣の窓口で仕事をしていた後輩のクレアちゃんだ。18歳の新人。『若い・かわいい・愛想良し』の三拍子揃った完璧な後輩女子である。

「なんでも、ないよ」
「なんでもなくないでしょ? 一生懸命小型魔導通信機ポケベル見つめちゃって」

 私の手元にある端末は、通称ポケベル。短いテキストの受信しか出来ない簡易的な通信端末だ。こういった自動機械に使う魔石はそれなりにコストがかかるので、携帯用の自動機械は消費魔力の少ないものが一般的に使われている。

「サイラスくんでしょ?」

 ニヤリと、クレアちゃんが笑った。

「そうだけど」

 私は澄まして答えた。

「エミリーさんの、その表情……っ! 今すぐ肖像画に残したいくらいカワイイです」
「やめてください」

 思わず敬語で言ったが、そんなことには構うことなくクレアちゃんのセリフが続く。

「はぅぅぅ。彼氏から連絡が来て、嬉しくて舞い上がってるのに、それを堪えて無理やり引き締めた表情! ほんのちょっと頬が赤くて、ほんのちょっと口角が震えているのに! 本人は気付いていないところが、さらにグーなのぉぉぉぉぉ!」
「お願い、やめて……」
「はい。落ち着きます、今すぐ! エミリーさんのイメージに傷を付けるようなことは、私の本意ではありません。すーはー。はい、落ち着きました!」
「うん。ありがとう」

 顔をひきつらせながら言った私に、クレアちゃんがうっとりと微笑む。

「ああ、その表情。最高です。もっと私を見下してくださいぃぃぃ!」
「落ち着いて」
「はい! すーはー。落ち着きました!」
「うん。そのままね」
「はい!」

 ため息を吐いた私に、クレアちゃんはまたしてもうっとりと表情を崩しそうになり、慌ててそれを引き締めた。

「それで? サイラスくんはなんて?」

 ニコニコと笑うクレアちゃんに、私はたじろぎながらも素直にポケベルの画面を見せた。

「『コンヤ イキマス』……淡白ながら、有無を言わせぬ言い方ですね。グーです」
「こっちの都合は?」
「甘えてるんですよ。エミリーさんなら、絶対に断らないでしょ?」
「なるほど」
「それに、1ヶ月ぶりでしょ? 長期クエストで1ヶ月も離れ離れ! 付き合いたてのラブラブ期間だというのに! 我慢できないんじゃないですか?」
「そう、なの?」
「そりゃあ、そうですよ! さっき達成申請に窓口来た時、すごい目でエミリーさんのこと見てましたよ!」
「すごい目?」
「はい。お預け食らった大型犬でした。いや、あれは完全に狼ですね」
「そうだった?」
「はい。エミリーさんには気づかれないように、頑張って表情を引き締めてました。そういうとこ、『年下男子』って感じでグーですね!」

 再び親指を立てたクレアちゃんだった。


 * * *


 さて。
 何故こんな風に、後輩であるクレアちゃんに全てが筒抜けになっているかというと。

「エミリーさん、サイラスくんと付き合ってるって本当ですか⁉」

 と泣きながら縋りつかれたのが、約一ヶ月前、例の食事デートの翌日のことだ。

「つ、付き合ってる⁉」

 私は声を裏返らせつつも、クレアちゃんを人気のない場所に連れ出した。

「なんで、その、私たちが付き合ってるって、ことに……?」

 恐る恐る尋ねると、クレアちゃんはわっと声を上げてハンカチに顔を埋めた。

「だって、二人きりで食事して、好きだって言われて、拒否しなくて、そのまま家まで送ってもらって、あの男は朝までエミリーさんの部屋にいたんですよね⁉」
「なん、で、そんなこと知ってるの⁉」
「みんな知ってますよ!」

 彼女の言う『みんな』とは誰を指すのか。それは恐ろしくて聞けなかった。

「今朝、一緒に家を出る所を見たって! ファンクラブの連絡網で回ってきたんです!」
「ファンクラブ……?」
「……今のは忘れてください」
「あ、うん」

 急に真顔になったクレアちゃんに、思わず頷いた。聞かなかったことにしてはいけないような気もするが。敢えてそれを掘りかえす勇気は、なかった。

「付き合ってるんですか?」

 再び問われて、私は息を詰まらせた。

(これって、付き合ってるってことで、いいの……?)

 なにせ交際経験がないのだ。なんと答えたものか分からず、モジモジしてしまう。
 その様子を見たクレアちゃんは、目をパチクリと瞬かせてから、うっとりと微笑んだ。

「まさか、エミリーさんのモジモジを見れる日が来るとは……!」

 言いながら合掌して何かに感謝し始めた。はっきり言って、異常である。

「エミリーさん、大丈夫です。全て私にお任せ下さい」
「え?」
「エミリーさんに男性経験がないってことを知っているのは、ごく一部のコアなファンだけです」
「は?」
「この町には、首都での学生時代を知るファンは少ないですからね」
「どういうこと?」
「細かいことはお気になさらず」
「いやいやいやいや」

 ──ガシッ!

 クレアちゃんが、私の両手を固く握りしめた。

「推しの新しい表情が見られるのなら、それもまた良きです! 応援します!」
「はあ」

 まったく意味は分からないが、とにかくクレアちゃんは私が男性経験ほぼゼロであることを知っているらしい。なので、私のことを応援(?)してくれるらしい。

「さっそくですが、お付き合いの定義が分からなくてお困りですね⁉」
「え、まあ、そうね」

 思わず、素直に答えてしまった。この時の彼女には、そういう圧があった。

「好きって言われたんですよね?」
「うん」
「エミリーさんは、なんて答えたんですか?」
「……答えたっけ?」
「なるほど、そのパターンですね。他には何か言われませんでしたか?」
「何か、って?」
「『君はボクのものだー!』とか」
「……」
「言われたんですね! なかなかやるな、サイラスくん。グーです!」
「はあ」
「それで、何も答えなかったんですか?」
「うーん。……頷いた、かも」
「なら、問題ありません」
「これって、付き合ってるのかな?」
「はい。疑う余地はありません」
「でも、遊びかも……」
「だったら、エミリーさん相手にあんな目立つことしませんよ。サイラスくんだって、命は惜しいはずです」
「い、命……?」

 クレアちゃんの表情が、一瞬にして真顔になった。

「もし遊びなら、我々が呪い殺します」

 普段からは想像もできないような低い声に、冷や汗が流れる。
 しかし、その表情はキュルンという擬音とともに、すぐさま元に戻った。いつもの可愛らしい笑顔で、私を見上げている。

「付き合っているということで、間違いないです!」
「な、なるほど」

 とりあえず納得した私だった。先程の不穏な表情とセリフは、たぶん聞かなかったことにした方がいい。

 それからというもの、私は何かと彼女に相談に乗ってもらっているのだ。時折、『ああ、推しが尊い……!』や『供給過多ですぅ……!』という謎の言葉を聞かされるが、それらはスルーすることを覚えた。

 ちなみに、夜になると私の方がひんひん泣かされているということは、まだ気づかれていない。たぶん……。
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