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46 君は遠慮しない

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「上川がバイト休みになっても、こんなの見せられたらね。午後、本当に遊びに行く? って言いにくいよな」

 海崎の一言は、爆弾を投げ放たれたに等しかった。みるみる雪姫の表情が不機嫌を募らせて、頬を膨らませていく。




■■■




「私、我慢してたのに。冬君がアルバイトで忙しい、って。その後はお祖父ちゃん達と会うから。だから今日は会えないって、ずっとずっと我慢していたのに――」

 もうすでに雪姫は涙目だった。全部、自分の意気地なしがもたらした結果なんだと思う。

「冬君が会いたかったって言ってくれたの、あれは私に気を遣ったから?」
「違うよ」

 俺は深呼吸をする。これはツケなんだと思う。自分の本心を隠して下手に遠慮なんかしたから。今の雪姫を見れば分かる。遠慮する必要もなんてそもそもなかった。
 だから、自分の気持ちを素直に晒すことにした。だって、と思う。今日は雪姫が明るく振舞っていたように見えたが、根本は対人関係に臆病な面は一切変わらない。

 子ども達にヤキモチを妬いたことも。そして今のこの有り様だって。周りが見えていないんじゃない。周りが見えなくなるくらい不安に覆われてしまったのだ。だって、雪姫が過ごす世界は、今も自宅とリハビリで出向ける範囲内しかないから。
 それより向こう側を、雪姫が歩める自信はないから、当然不安が強くなる。それだけのことなのだ。

 だから、と思う。俺ができることは、雪姫に寄り添うこと。遠慮をしないこと。素直な気持ちを晒して、そして一緒に歩むこと。それしかできないし、それが一番大切なんだと、今更ながらに感じる。

「アルバイトの予定はあったんだよ。ただね、美樹さんが今日はお休みして良いって言ってくれて。雪姫との時間をとっていいよって――でも、俺は怖かったんだ」

 包み隠さず、気取らず、格好つけず。なんて俺ってダサいんだろう。そう思う。
 雪姫は目を丸くした。

「冬君が怖かった?」

 意外、とその表情が物語る。

「だって、がっついているようじゃないか? 昨日も会ったのに。今日も会いたいだなんて。まるで甘えているみたいでさ。そんな姿を見られて、雪姫に嫌われたらどうしよう、って思っちゃったんだ。でも、そういう考え方って雪姫にも海崎にも失礼だって、今さらながらに気付いたよ」

 俺が思わず俯くと、雪姫が俺の髪に触れる。髪をかきあげられて、雪姫の安心したような表情が見えた。

「お互いの気持ちって見えないから、不安になっちゃうもんね。そうだよね、冬君だって不安になるよね」
「ゆき?」

「……嬉しいというと、少し違うのかな? 私だけが不安なんじゃなくて、冬君もそう思っていたんだって、知ることができたから。うん、私の独りよがりじゃなかったって思ったら。自分でもヒドいなぁ、って思うけど。やっぱり嬉しかったのかも」

 すぅっと髪を雪姫のらその手で撫でられるのは、不思議な感覚だった。雪姫は笑顔をを溢しながら、言葉を続けていく。

「本当はね、冬君に友達ができて。もっと喜ぶべきなんだと思うけど。そこまで縛りたいなんて、全然思ってないから。ただ、私が知らなかったのと、冬君に遠慮されたのが、寂しかっただけだから」

 遠慮――いや、臆病になっていたんだと思う。自分から気持ちを伝えたのはずなのに。告白したただけで、全てが分かり合えるほど、人間という生き物は完成されていない。まだ俺は雪姫のことをほんの少ししか知らない。だったら確認して言葉で触れて、相談をして、確かめ合うべきだったのだ。
(本当に俺はバカだ――)

「だから遠慮しないで?」
「え?」

 雪姫の真っ直ぐな目に、俺は吸い込まれそうになる。

「言いたいことが言えないのは違うと思うの。でもワガママを一方的に言って、相手を無視することもやっぱり違うって思うから。私は時にケンカしても良いって思ってる。私は冬君に遠慮しないって決めたから。だから、冬君も私に遠慮しないで欲しい、そう思ってるよ」

「もっと雪姫の近くにいきたいって、傍に感じていたいと思うことは、重くない?」
「私は冬君の一番でいたいって公言しちゃっているから、重さならダントツで私だよね?」

 クスクス笑って雪姫は言う。それにね、と雪姫は言葉を続ける。

「冬君が寂しがり屋なの、私は知ってるから。だから、無理に隠そうとしないで?」

 ふんわりと微笑まれて、俺は思わず言葉を失ってしまう。

 友達ができなかった。だから雪姫が初めての友達で――そう言った記憶はあるが、自分の孤独感や寂しさまで雪姫に吐露した記憶は無い。ただ、と思う。この短い時間のなかで、雪姫の内面に触れることができた。自分が気付いていないだけで、雪姫は俺自身の弱さに触れていたのかもしれない。

(素直に自分を見せても、雪姫は色眼鏡で俺を見ない――いや、それも今さらか)

 思わず苦笑が溢れる。

「うん。どんな冬君でも、全部私の冬君だから。むしろ色々な冬君を私に見せて。傍でもっと感じたいのは、私も一緒だからね?」

 すぅっと、お互いの呼吸を肌で感じるくらいに近い。
 ――もっと近くで感じたいよ?

 そう雪姫は言いた気な表情を見せて、瞳を閉じる。その意味が理解できないほど、俺は鈍感じゃない。俺は雪姫の唇に触れるように――。




■■■




「おほん! おほん! おほん! げほん! げほげほ!」

 わざとらしい黄島さんと思わしき咳払い。喉を酷使したのか、本気で咽こんで涙目になっている。

「上にゃん、ゆっき! 盛り上がっているところ悪いんだけど、場所は考えて!」

「「あ……」」

 俺と雪姫の声が重なった。どうもお互い、相手のことに夢中になると周りが見えなくなってしまう。今が町内清掃中で、子ども会のお手伝い中だったことをすっかり忘れていた。

 見れば少し離れたベンチで、黄島さんと海崎、空君が座っていた。
 子ども会の面々も同様で。静かに俺達を見守って――今更ながら、俺も雪姫も気恥ずかしさで、顔が真っ赤になる。

「今さらだからね、恥ずかしがっても」

 空君が呆れたと言わんばかりに、ため息をつく。

「惜しい、あとちょっとだったのに」

 マセた女の子の声。視線も向ける勇気もない。慌てて雪姫とつないだ手を離そうとして、ぎゅっと力がこもる。雪姫が離さない、そう言いた気に俺の目を覗く。

「さ、子ども会はココで解散かな」

 役員のお母さんの言葉に、子ども達が「えー?!」と不満そうな声をあげた。

「でも、お兄ちゃんと雪姫ちゃんのジャマしちゃいけないでしょ?」

 そうお母さん達がホホホと笑いながら言うので、俺はどんな顔して良いのか分からなくなった。
 と、一人の男の子が雪姫にすがるように言う。

「お姉ちゃん、また会えるよね?」

 勇気を振り絞って言葉にしたのが、俺にも感じられた。雪姫を見ると、笑顔を咲かせてコクンと頷く。

「冬君が一緒だったら、また来れると思うから。また一緒に遊んでね?」

 ニッコリそう微笑んで。

「約束だよ?」

 いくつもの指が、雪姫と指切りゲンマンを繰り返して。俺がそれを微笑ましく見ていると、その指が俺にも絡んできて。

「お兄ちゃんも。だって、お兄ちゃんが一緒じゃないと、お姉ちゃんが来てくれないから。お兄ちゃん、一緒に遊んでくれて楽しかったし。絶対、また来てね!」

 俺は微笑んで、頷いてみせた。
 と、雪姫がもう片方の手でも俺の小指に指を絡めてきた。

「私が誰よりも冬君の一番だからね――指切りゲンマン、嘘ついたら針千本飲~ます。指切った♪」

 そう言って、雪姫は小指を離す。と思えばすぐに指を絡めてきて。

「雪姫?」
「切ったり、離れたりってやっぱりイヤだね」
「まぁ、本来の意味はかなり怖いからね」

 江戸時代、遊女が意中の客に不変の愛を誓う証として小指を切り落としたことが由来と言われている。

「指一本なんかじゃ足りないくらい、私は冬君のこと大好きだからね。遠慮しないって決めたから、覚悟してね?」

 そう言う雪姫に、俺は思わず見惚れてしまった。

「う、うん。俺も遠慮せず、雪姫に自分の気持ちしっかり伝え――」

「兄ちゃんも姉ちゃんもちょっとは遠慮して! 公衆の面前でイチャつくなって意味、分かってる?! 指切りゲンマンの小ネタも、子ども会で披露する内容じゃないからね!」

 結局、空君に怒られてしまった。






「上川、遊びに行くのはまた今度にしようか?」

 ようやく子ども会が解散になって、一息つく。子ども会で配布したジュースの余りをそれぞれに手渡すタイミングで、海崎は声をかけてきた。

「なんか、ごめん」
「気にしないで。僕達は下河とこうやって話せたってだけで、本当に嬉しかったから。だから上川には本当に感謝しているんだよ。それにさ今回、初めて行くわけじゃないじゃん?」
「まぁね」

 俺はコクンと頷く。雪姫以外にも接点ができた、これが本当に嬉しいと思っている。雪姫のことがもちろん一番大切だけれど。海崎との関係も大事にしていきたい。そう思う。何より、相談したり話を真摯に聞いてもらって。その存在は自分のなかでも大きいと感じていた。

 海崎が困っていることがあれば、その時は俺も真っ先に助けてあげたい。そう思う。

「光兄ちゃんと冬希兄ちゃんって、そんなに遊びに行く仲だったの?」

 意外と言いたそうに、空君が言う。

「いや先週からだよね。本屋行った帰りに、ちょっと食べて帰ったりして。下河の話を聞かせてもらいながらね」

 そう海崎がニッと笑む。へぇ、と空君と黄島さんが頷くのと対象的に雪姫が痛いくらい、俺の手を握ってきた。

「ズ、ズルい……」
「え?」
「私だって、お出かけしたいのに。海崎君の方が先に冬君と!」

 見るからにぶすっと頬を膨らます雪姫に俺達は目を丸くする。最近の雪姫は感情の起伏が豊かだった。

「いやいや、下河は上川と一緒に毎日お出かけしているでしょ?」
「あれはリハビリだもん。学校に行くために頑張ってるんだもん! お買い物とか、お食事とか、まだ冬君と行けてないもん! 海崎君だけずるい!」

「でも上川、カフェオレを淹れてくれたんでしょ?」
「あれは冬君がおもてなし側だからノーカウント! それに冬君のコーヒー先に飲んだの海崎君達だから!」
「えぇ……?」

 海崎がかなり困惑した顔で、『上川、君の彼女なんとかして』と必死に訴えてくる。
 外に出ることに不安を感じていた雪姫を煽った海崎にも、責任があると思うが、雪姫の暴走を放置しておくわけにもいかない。火の粉がこっちに飛んで来そうな勢いだった。

「でも、カフェオレを淹れてくれた日、冬君から『好きなんだ』って言ってくれたのは本当に嬉しかったけど」
「「「え?」」」

 海崎、黄島さん、空君の声が重なる。見事に俺に火の粉が飛んできた。今ここで、そのカミングアウトはかなり恥ずかしいんですけど、雪姫さん?
 と――。

「ぷっ――」

 黄島さんが、お腹を抱えて吹き出した。

「黄島さん?」
「彩ちゃん?」
「彩音?」
「黄島先輩?」

 それぞれ声をかけるが、黄島さんはお構いなしで、笑い転げそうな勢いだった。ようやく一息ついて、目尻を指で拭う。笑いすぎて、涙まで零れてしまったらしい。

「いや、ごめ、ごめん、ぷぷっ。優等生でお姉さんで通っていたゆっきが、上にゃんの前だとこんなに甘えっ子になるなんて、ちょっと想像できなくてね。いや、なんとなく予感してたけど。以前より甘々で、想像以上なんだもん。ぷぷっ」

 言ってる傍から吹き出すのもどうかと思うけど? ただ、と思う。それだけ幼馴染から見ても、雪姫の変化は大きいのかもしれない。

「ただね、ゆっき、ごめんね。私もひかちゃんも、もっとゆっきとお話したいなって思っちゃったのよ。上にゃんには、ゆっきの時間を大切にして欲しいって思うけど、ね?」
「う、うん……。それは私も本当に嬉しかったよ」

 心の底からそう思っていると、その笑顔が物語る。向日葵のような笑顔を見ることができて、何より俺が満たされているのを実感する。

「それで、ね。コレは私からの提案と言うか、思いつきなんだけどさ。お昼をみんなで持ち寄って、この公園でピクニックとしゃれこまない?」

 黄島さんは、イタズラを思いついた子どものように、ニンマリ笑んで見せた。

「上にゃんが、ゆっきにどう告白したのか聞かせて欲しいしね」
 




________________

【指切りげんまんバックステージ】

女の子「空にいちゃん、大きくなったら結婚しようね。指切りげんまんウソついたら針千本のーます。指切ったー♪(倍速)」
空「速い、速い、速いし、結婚はしな――」
女の子「浮気したら、針千本じゃすまないかも。えへへ☆」
彩音「うん、『一途に想っていたあの子は振り向いてくれず、幼女にばっかり好かれる件について』だね」
空「やめれ!」
海崎「ちなみに空君、そんな子がいたの?」
彩音「それがねひかちゃん。空っちが中二のときに転校してきた天音あまねさんって、子がいてね」
海崎「おー。中学校のアイドル的存在の」
彩音「そうそう。空っち、絶賛片想い中で、進路も彼女にあわせてウチの高校に――」
空「やめてー! 俺の個人情報ー!」
海崎「下河と天音さんだから、ダウンアップサポーターズ?」
空「いいから! 俺のこと放っておいて! ご町内ぐるみの応援なんか絶対いらないから! あぁ、もう――兄ちゃんも姉ちゃんもちょっとは遠慮して! 公衆の面前でイチャつくなって意味、分かってる?! 指切りゲンマンの小ネタも、子ども会で披露する内容じゃないからね!」
海崎「ごまかした」
彩音「ごまかした」

そして本編へ。
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