上 下
15 / 72

14 彼が占めるウエイト

しおりを挟む

 私はベッドで横になりながら、スマートフォンを――いや、正確には彼がくれたストラップをぼんやりと見やる。唇が自然と綻んで。嬉しくて、嬉しくてたまらない。彼には、もらってばかりだなって思う。

 そして私は、どんどん欲張りになっていく。
 今日、息が苦しくなった理由も分かっていた。

 弥生先生に嫉妬したからだ。冬君からしてみたら、お願いされた立場。心配してくれている弥生先生の存在は、本当に有難いと思う。

 でも、と思う。冬君にとって、弥生先生はどれくらいの位置を締めているんだろう。そう考えると、より胸がザワつくのだ。
 あの時の冬君の言葉が、今でもリアルに脳内で再生されて――チクリチクリ胸が痛む。

「みんなも食べたいって思うんじゃないかな? 弥生先生も下河さんのことを気にしていたこともあったけど、お菓子に興味津々だったぞ?」
「そっか……」

 私の胸が疼いた瞬間だった。ワガママだと思う。冬君のことをもっと知りたいし、独り占めしたいと思っている自分がいて。私のワガママは自制が利かなくなっていることを実感する。
 冬君に食べて欲しい――。

「実はスコーン、ちょっと作りすぎちゃって。明日、お昼のデザートを持っていきます? 夏目先生にもお裾分けできるぐらいの量はあるから」
「え? 俺にまで良いの?」
「うん、一番は上川君に食べて欲しいかな。美味しそうに食べてくれる、そんな顔を見ちゃったらね」
「俺、メチャクチャ食い意地はってるみたいじゃん」

 冬君が微笑んでくれて、つられて私も笑った。だって冬君に食べて欲しい。あんな風に「美味しい」って言ってもらえたら、また次も頑張りたい、そう思っちゃう。冬君は私にどんどん魔法をかけていくのだ。時々、彼の笑顔を見ていると、別の意味で呼吸が止まりそうになる。

 欲がどんどん溢れてくる。
 冬君ともっと色々なところに、色々な場所を回ってみたい。彼なら、嫌な顔一つせず私のワガママに付き合ってくれそうな気がするのだ。

 そのためにも頑張らなくちゃ、そう思う。だってそうしている間も、冬君はきっとその優しさで誰かに魔法をかけてしまう。それが弥生先生だったり、他の誰かだったり。

 考えすぎ? 私だってそう思う。でも一度欲張りになるともっと欲しくなってしまう。だから、焦ってしまったんだと思う。
 その感情を悟られまいと、私は深呼吸をした。
 ――と、冬君が私に囁いた。

「大丈夫、一緒にやろう」

 冬君の言葉が、私を鷲掴みにして離さない。私は頷くことしかできなかった。嬉しくて、でもここで感情を爆発させたら、きっとおかしな子って思われてしまう。

「一人でやるんじゃない。無理なら今日はそれでも良い。でも、一人じゃない。頼りないかもしれないけれど、俺と一緒にやろう――」

 だから、そういうことを平気で冬君は言ってしまうから。そんな冬君だから、私に魔法をかけていく。あ、ダメかも。私は自分の感情を抑えきれなかった。できるだけ、抑えようと努めたけれど。

 幸せだって思った。冬君がいてくれる。ただそれだけで。
 でも、胸の奥底で燻るのは変わらなくて。
 冬君のなかでどれぐらいのウエイトを弥生先生が占めているんだろうか。それが頭からこびりついて、離れなかった。




■■■




 呼吸は大丈夫。玄関を出てもやっぱり大丈夫。それは分かりきっている。だって冬君がいるから。
 家の庭から、道路に出て。私は冬君にお願いをしてみた。これは精一杯のムリな背伸びだって分かった上で。

「この近くに公園があるんだけど、そこまで行ってみても良いですか?」

 冬君は、心配そうに私を見た。少し考えて、それから小さく頷く。

「無理だけはするなよ?」

 冬君がすごく心配してくれていることが、伝わってきたから。私はその気持を大事に受け止めるように、小さく頷いて笑顔を見せた。
 もっと冬君の傍に行きたい。冬君の色々な表情を見たい。その一心で。




■■■




 順調に歩みすすめる。冬君は、私を追い越すでもなく遅れるでもなく、一緒に歩んでくれた。この分なら公園まで問題なく行けそうだ。

 と、足音。人影が見えて。最初、それが弥生先生に見えて。胸がしめつけられる想いになった。
 今、冬君とリハビリ中なんです。お願いだから、邪魔をしないで。私の冬君を奪わないで。

 何でだろう。パニックになりながら、そんなことを思っていた。

 それから、その人影は色々と、姿を――顔を――表情を変えていった。
 海崎君も、そのなかにはいたと思う。
 それ以外の保育園時代からの幼馴染たち、それぞれにその顔を変えて。

 を――投げ放って。
 ヤメて、あの言葉を冬君の前で言わないで。

 みんなはまだ我慢できる。諦めたら良いから。私が、我慢をしたらそれで良いから。
 でも冬君だけは――。お願いだから。
 
やっと……ようやく……安心できる人に出会えたの。自分を出しても笑わない人にようやく出会えたの。私が、私のままで良いよって。一緒に歩こうって、傍にいてくれる人にようやく出会えたから。
 お願いだから、冬君を私から奪わないで――。




■■■




 感情の濁流に飲み込まれた私は――呼吸ができなくなっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

俺様幼馴染の溺愛包囲網

吉岡ミホ
恋愛
枚岡結衣子 (ひらおか ゆいこ) 25歳 養護教諭 世話焼きで断れない性格 無自覚癒やし系 長女 × 藤田亮平 (ふじた りょうへい) 25歳 研修医 俺様で人たらしで潔癖症 トラウマ持ち 末っ子 「お前、俺専用な!」 「結衣子、俺に食われろ」 「お前が俺のものだって、感じたい」 私たちって家が隣同士の幼馴染で…………セフレ⁇ この先、2人はどうなる? 俺様亮平と癒し系結衣子の、ほっこり・じんわり、心温まるラブコメディをお楽しみください! ※『ほっこりじんわり大賞』エントリー作品です。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

処理中です...