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第三章 白い悪魔と呼ばれる者達

番外編:リヒトの想い②

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 二十三時を回った頃に屋敷に到着した。遅い時間にも関わらず、使用人のテオバルトは「おかえりなさいませ、旦那様」と快く出迎えてくれた。

「遅い時間までありがとう。後は頼む」
「かしこまりました」

 彼にジャケットや貴重品を預けた後、真っ先に向かった場所はバスルームだった。着ていた服を脱衣所で脱ぎ、バスタブに湯を張る。

 その間に歯を磨いたり頭や身体を念入りに洗い流した後、一定の位置まで湯が溜まった頃にカランを捻って止め、ゆっくりと湯船に浸かった。遅い時間なのにシャワーだけで済ませなかったのは体に回ったアルコールを少しでも抜く為である。

「ハァ……やっぱり酒を飲んだら駄目だな」

 俺はボーッとしながら湯船に浸かり、さっき兄と話した事を思い返していた。酔った勢いで兄に恋愛相談してしまったが、後悔してももう遅い。俺は恥ずかしさを紛らわせる為に湯船に張ったお湯で顔をバシャバシャと洗い、気分を落ち着かせたつもりだったが気休めにしかならなかった。

「兄さんが俺と同い年のベルタと付き合い出した時はロリコンだって思ってたけど、まさか自分もそうなるとは思わなかったな……」

 俺が一回り年下の女の子に。しかも敵国の人間と同じ容姿を持つ子に恋心を抱くなんて思ってもみなかった。
濡れた前髪を掻き上げながら自分を笑った。俺は昔から自分の気持ちに嘘はつけない性分だ。シャリファと一緒に暮らしているうちに彼女の事が本当に好きになったし、誤魔化し続けてもこの想いは変わらないだろう。

 俺は湯の中から腕を上げて薄らと指輪の跡がついている薬指を見た。兄夫婦を見て、いつかあの二人のような関係を築ける人と幸せになりたいと漠然とした思いがあったが、人生なかなか上手くいかないものである。

「あー、兄さん達が羨ましい。きっと今頃、ベッドの上でイチャイチャしてるんだろうな」

 少し肩の辺りが冷えてきたので身体を上手いこと縮ませて湯船に浸かると、お湯がバスタブから少し溢れ出てしまった。排水溝に流れていく水の音を聞きながらいろんな事を考える。

 彼女と俺は同居人の関係だし、ましてや俺は既婚者だ。ここで彼女に無理に手を出してみろ。嫌われて拒絶されるかもしれない……それだけは絶対に嫌だ。

「……結局、恋人にもなれずに毎日シャリファと添い寝する事しかできないんだよな」

 これが結構キツかった。シャリファに腕枕をしてあげていた時の事だ。彼女はいつも可愛いレースのネグリジェを着て寝ており、上目遣いで「おやすみなさい、リヒトさん」と言われた時はいつも理性を抑えるのに必死になっていた。

 三十歳の俺が一回り年下の十八歳の娘に恋をする構図がこんなにも抵抗があるとは思ってもみなかったが、俺は既にシャリファの虜になっている。何をするにも彼女の事が可愛くて可愛くて仕方がない。

「あぁ……早く戻って寝よう。俺が戻るまでシャリファは絶対に起きてるはずだし……うん?」

 俺は湯船から上がると股間に熱が集中している事に気が付いた。鏡を見ていつもより少し大きくなった自分の陰茎を鎮める為に一度抜いておこうか迷ったが、結局抜かずに風呂から上がる事にした。

◇◇◇

「リヒトさんは赤ちゃんの作り方をご存知ですか?」

 寝室に戻るなり俺は思考が停止した。何か一人で考え込んでるなーとは思ったが、まさかの赤ちゃんの作り方だったとは……。

 今のは一体どういう意味なのだろうか? まさか孤児院で性教育を教わっていないのか? まさか、それを実践的に俺に教わろうとしている……いや、最後のはあり得ないな。

 色んな考えを頭の中で巡らせたが、何か別の意図があるに違いないと自分にそう言い聞かせ「……シャリファ、君はいくつになるんだ?」と冷静に突っ込んだ。

 少し気まずい空気の中、シャリファは慌てて「あ、あの! 赤ちゃんがお腹の中でどういう風に成長するのか知ってます! 私が知りたいのはその過程です!」と答えたので、俺はドキッと心臓が変な意味で跳ねた。

「か、過程……?」

 過程って事はどういう行為をするか……だよな?
あぁ……頼むからこれ以上、無意識に煽るのはやめてくれ。さっきバスルームで抜かずに熱を沈めたばっかりなんだぞ。

 俺は今、自分の性欲と戦っていた。このまま変な方向に流れないように軌道修正しろと考える善い俺と、この流れのまま手取り足取り教えてやれよという悪い俺が頭の中でせめぎ合う。

 自分の思いが悟られないようにゴホンと咳払いをしてから「シャリファは男と付き合った事もないのか?」と聞いてみた。

「えっと……はい」

 戸惑いがちに肯定したシャリファの言葉を聞き、嬉しくなった俺は口角がグッと上がりそうになるのをどうにか堪える。思った事を気取られまいと「シャリファはお子様なのか」と揶揄い、長い銀の髪をわしゃわしゃと少し乱暴に撫でると彼女は変な声を出して憤慨していた。

 でも……何故、いきなりこんな事を聞いてきたんだろうか?
何かきっかけがあるはずだと思い「なんでまた急にそんな事を聞いてきたんだ?」と聞くと、どうやらベルタに俺との夜の生活はどうだ? と聞かれたらしい。

 ベルタめ、シャリファに余計な事を……。

 やっぱりもっと早くに釘を刺しておけば良かった。
だが、今の俺はそんな事よりも全身を真っ赤にさせて俺に背を向けたシャリファの方が気になっていた。何故なら、寝返りを打った拍子に少し癖のある銀髪の間から白い陶器のような頸が露出したからだ。

 それを見た俺はゴクリと生唾を飲み込む。

 触れたい。触れちゃ駄目だ。触れたい。触れちゃ駄目だ。触れたい––––そう心の中で葛藤し、俺はシャリファに向かって手を伸ばしたり手を引っ込めたりを繰り返すが、もう我慢の限界だった。

 俺は股間に熱が集中しないように意識しながらシャリファを背後から優しくギュッと抱きしめると、彼女は慌てて身を捩り始めた。

「リヒトさん、擽ったいです!」

 シャリファが無意識に耳元を手で押さえようとしたので、瞬時に耳が弱いのかと察した俺は頸に狙いを定めてチュッ……とキスを落とす。

 すると、面白いくらいにピタッと動かなくなった。
俺はそんな彼女の反応がもっと見たくて背中にまでキスを落としていく。時折、強弱を付けて吸い付いたりすると「ひゃ、んっ……」と小さくて甘い声が聞こえてきた。

「……シャリファ、可愛い」

 思わず心の声が漏れ出た。シャリファが愛おしくて堪らない。このまま続きをしたい所だが、それだと歯止めが掛からなくなってしまう。

 落ち着け……俺は年上の男だろう。

 俺はゆっくりと息を吐いた。陰茎が下着の中で膨張していくのを感じる。今日、履いている寝間着が柔らかい素材じゃなくて良かったと心底思った。

「……ッ」

 我慢しろ……彼女の為に我慢するんだ。一回りも年の違う男が、経験もない女性に対して野獣みたいにがっついたら気持ち悪いだろう。第一、シャリファは俺の事が好きとは限らないだろうし……。

 だから、これは触りだ。
子供を作る過程の触りを教えた––––そういう事にしよう。

 純粋な女の子を欺く事に少し罪悪感を感じたが、俺が嫌われない為にはこう言うしかない。

「……子供を作るなら」
「はい?」
「子供を作るなら、これ以上の事をするんだぞ?」
「…………嘘」

 俺の言葉に案の定、シャリファは絶句していた。
一人でパニックに陥った後「は、破廉恥だわ!」と発していたので、俺はこれ以上手を出さないで良かったと酷く安堵したのだった。

「だから、シャリファはお子様なんだ。今日は疲れた。もう寝る」

 いつもなら腕枕をするべき所、俺は彼女に背を向けて寝たフリを始めた。シャリファには疲れたからと言って誤魔化したが、彼女に触れていると陰茎に集まった熱がどうにも治まりそうにない。先ずはこれを落ち着かせないと。

 あぁ、やっぱり風呂で抜いとけば良かったかもなぁ。

 少し後悔しているとシャリファが俺の背中にピッタリとくっついてきた。俺は何が起こったのか分からず、せっかく落ち着きつつあった陰茎に熱がまた集まりだすのを感じ、緊張が走る。

「リヒトさん……」
「……なんだ」
「ドキドキ……して、る……?」
「ッ……」

 声を察するにシャリファは眠いのかもう寝落ちしそうになっているらしい。明日になれば、この会話は覚えていないだろう。

 結局、シャリファはピッタリと俺に寄り添ったまま眠りに落ちてしまったらしく、スー……スー……という寝息が背後から聞こえてきた。

「…………あぁ、しんどいなぁ」

 今すぐにでも寝間着と下着を脱ぎ去って陰部に集まるこの熱をどうにかしたい。でも、シャリファが背後でピッタリと張り付いてるからどうする事もできない。だから、こうしてジッと耐える事しかできないのだ。

「早く寝て誤魔化すしかないな」

 俺は深い溜息を吐き、自身の腕にギュッと爪を立てて必死に理性を抑える事に努めた。
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